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『となりのかみさま side縁 』
点喰 縁ja7176


 こいびと、という発音には未だ慣れなくて。
 それでも、大切だという気持ちは日々、膨らむ。
 熱気球のように何処かへ遠く飛んでしまわないように。
 繋ぎとめたいと思って伸ばす手の、その温度に胸が鳴る。
 天井知らずの夏の暑さのように、募る言葉にできない思いは、一体どこまで?



●膝の上の三毛猫
「地元で例祭があるんだ。夏休みだし…… ゆかりちゃんの日程が空いてれば一緒にどうでぃ?」
 点喰 縁の地元は東京方面。茨城沖に浮かぶ久遠ヶ原からでも、そう負担にはなるまい。
 距離は、良いとして……。
 こうして、特別な存在になってから二人きりで誘うのは勇気が要る。
 相手の……杷野 ゆかりの反応を、緊張しながら縁は伺った。
「縁さんの地元っ? 行ってみたいですっ」
 ぱっとした明るい表情で、ゆかりが膝の上の弁当箱のふたを閉じた。
 デート……デートと呼べるのか、ゆかりがお弁当を用意しての、ご近所散歩の日のこと。
 木陰のベンチで涼みながら、切り出すきっかけを探していた縁だったが、その笑顔に心が軽くなった。
(愛でるときは愛でたいなーって思ってても、なかなか……。普段の分、大事にしてぇな)
 大切な彼女さん。
 細工物のような扱いに納まるようなひとではないと、縁が風邪で倒れた時に知ったけれど、大事なものは大事で。
 日常の隙間を縫うような、今日のようなひと時も嬉しいけれど、何か、もっと、こう…… こう。
 迷って悩んで夏祭り。




 到着した頃には、既にお祭り客で参道も賑わっていた。
 熱気を孕んだ夏の風が、浴衣姿に程よく吹き込む。
「えへへ、改まるとなんだか照れますね」
 せっかくだからと、今日の浴衣は瑠璃紺色で金魚が描かれた浴衣に髪をアップにして、帯と同じ色の髪飾りで纏めている。
 色白のゆかりに、とても似合っていた。
「……だねぇ」
 似合っているね、が喉に詰まって出てこなくて、縁が咽こむ程度の。
 こちらは黒地のしじら織を、こなれた風に。
「まあ、取り立て変わったもんねぇかもしんないけどさ」

 猫神神社。
 そう呼ばれる通り、並ぶ面、出迎える左右の狛犬が狛猫だったりと猫々しい。
 
「すごく、納得しました」
 この眺めを、『普通の』範囲へ含めてしまう縁の感性について。
 重々しく頷いて見せて、ゆかりは差し出された手に手を乗せた。
 柔らかに繋いで、祭りの中へ。

(あ)
 人の波に飲み込まれかけて、縁が足を止める。
 少しだけ強く、ゆかりの手を引き振り返り……、その帯に、縁が贈った手作りの猫の根付けが下がっていたことに気づく。
 ストラップのように使われることが多いご時世だが、こうやって和物に合わせるのが一番しっくりくる。
「ゆかりちゃん、それ」
「やっと気づいてくれましたね!」
「うっ」
 びっくりするかな? 喜んでくれるかな? ゆかりは、ずっとどきどきそわそわしていたのに。
 責めるでない笑顔が、ザクリと縁の胸に刺さった。嬉しさと混ざり合って、複雑な心持ちとなる。
「鈍感ですまねぇ……」
「そんなじゃないですよー。嬉しいんです」
 ふふ、と笑い、ゆかりは縁の隣へ追いついた。




「縁さん、わ、輪投げが!」
「うん?」
 一見、なんの変哲もない屋台の様だが…… 輪が、伸びをした猫の姿をデフォルメした形になっている。
「真っ直ぐ飛ぶのかしらー……」
「一丁、試してみるかい?」

「手ごわかったです……。なんで、縁さんはあんなに上手なんですか……」
「慣れかねぇ?」
 と言っても、獲れたのは小さな招き猫だとか、駄菓子だとか。
 子供の遊びにしちゃあ、技術を要する乙なものであった。
「金魚……は、実家じゃないしちゃんと面倒が見れないから我慢かな。ヨーヨー釣りなら、平気ですよね」
 手作り工芸玩具の屋台などを覗きこみながら、ゆかりは次のチャレンジへ。
「……猫耳のヨーヨーとか……」
 まるいヨーヨーの上部に、猫耳を表現した二つの突起、黒猫三毛猫茶トラなど、愛らしく水に浮かんでいる。
 堪え切れず、ゆかりは縁の肩に顔を押し付けて笑い震えた。


「なんか、腹にたまるもんでも探そうかねぇ」
「それも良いですねー」
 たくさん遊んで一息ついたところで、少しだけ歩くペースを緩める。
 ふわふわ、ほんのり温かい綿あめを片手に、ゆかりが頷く。
(そういえば。地元なんだもん、縁さんのお友達とすれ違ったり、よく知ってる人とすれ違うのかしら)
 今まではお祭りを楽しむことに集中していたゆかりが、周囲へ意識を向け始める。
(あ、あんなところにも猫)
 狛猫を始め、ところどころで見かける猫たちの像は、みな福々しい。
 一匹見つけるたびに、幸運を得たような気分。
「縁さん、縁さん…… 痛っ」
「ゆかりちゃん!?」
 面白いもの発見――、報告しようと縁の腕を引っ張ったゆかりだが、同時にすれ違った祭り客とぶつかり、体勢を崩した拍子に下駄の鼻緒が切れてしまった。
「いたた……。よそ見してたのが悪かったんです……」
 足も挫いてしまった。
「一先ず、人混みから抜けようかね」
「え? ――えっ!?」
 職人の顔つきになった縁は、ヒョイとゆかりを横抱きにして屋台の終わり口を目指した。
 鼻緒にしても、ケガにしても、応急処置をするのであれば落ち着いた場所に行ってから。
 鼻緒の切れた下駄を左手に提げ、ゆかりの膝下を支える。
「わ、わわわ ごめんなさい!」
 突然のことに動揺しながらも、ゆかりは腕を伸ばして縁の肩にしがみついた。
「や、まあ俺も恥ずかしいからでぇじょうぶ。うん」
(顔が、近い……)
 こんなに近づくなんて、初めてかも知れない?
 照れを隠すためか、縁は真っ直ぐに前を向いたまま。
 でも、触れたところから伝わる熱が、ほんの少しのこわばりが、緊張を教えてくれる。
 屋台の明かりに照らされて、その頬がほんのり赤く色づいていることも。
(おとこのひとなんだ)
 当たり前の、ことなのだけど。
 力強くゆかりを支える腕に、しっかりとした足取りに、掴まる肩の骨格に、ドキドキしてしまう。
 身長差はそれほどなくて、普段から目線は近いはずなのに。




 人もまばらな神社の境内で、縁はゆっくりとゆかりを降ろす。
「すぐ、戻ってくっからさ、ちょっと待っててくれな」
 こくり、言葉少なにゆかりは頷き、道具調達に身を翻した縁を見送った。
(はー。何て間抜け。せっかくのお祭りなのにな……)
 じんわりと熱を持つ左足首をさすり、ゆかりはしょげる。
 もっと屋台を回りたかったし、色んな彼の表情を見たかった。
 地元のお友達と会えたなら、昔話を聞いてみたかった。
(……しばらくは無理かもだけど、お祭りリベンジしたいな)
 秋も冬も、何かしら季節の祭りがあるだろう。
(そして、来年こそはこのお祭りでも今年の分も楽しみたいな、……なんて)
 夏の祭りは夏にしかなくって、猫神神社の例祭は、この季節だけなのだから。
 猫の輪投げも、今度はもっと上達したいし、猫ヨーヨーもたくさん連れ帰りたい。
 縁と一緒に過ごしたい時間、挑戦したいことが指折り数えるたびに増えていく。


「じゃがバタひとっつ、あ、すいやせん、割り箸は余分にお願ぇしやす」
「苦学生は大変だねぇ」
「えー、いや、ははは」
 友人と分け合うとでも思われたらしい。やむなしか。
 笑ってごまかし、縁は境内へと取って返した。

 心許ない明かりの下で、縁を待つゆかりの姿が見える。
 待っている間にトラブルに巻き込まれるといったことはなかったようで、ひとまずは安堵。
「ほい、中身よろしく」
「わ。ほこほこ」
 割り箸入手のための購入だったじゃがバタをゆかりへ渡し、縁は石段に膝をつく。
 余分にもらった割り箸を適度な長さに折って、ハンカチも使って鼻緒の応急処置。
(それから、っと)
 そっと、両の手をゆかりの足首にかざす。
 周囲から奇異の目で見られないよう気を配って、ライトヒールで治療を。
 ひざ下から少しだけ浴衣の裾が肌蹴て、ゆかりの細い脚線が布地の下に伺えた。
(……いけねぇいけねぇ)
 見惚れてしまって、縁は慌てて首を振る。
「これで、でぇじょうぶか?」
「はい、ありがとうございます」
 心強いな、そう思うと共に、迷惑かけてしまって申し訳ない気持ちと。
 優しい縁へ甘えきる形になってしまって、流石のゆかりも元気が控えめ。
「こっから、人通りの少ない抜け道があんだ。そこ通って帰ぇろう」
「……は」
「うん?」
「来年は、もっと、ゆっくり楽しく制覇したいです……」
「……お、おう」

 せめて、帰り道はゆっくりと。
 福を招く猫たちに見送られ、二人は祭りを後にした。


 いつの間に。どこから。
 ゆかりを姫抱きして走る姿を地元の友人に激写され、学園の身内の手元に届くのはそれから数日後のこと。




【となりのかみさま side縁 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7176/ 点喰 縁  / 男 /18歳/アストラルヴァンガード】
【ja3378/ 杷野 ゆかり / 女 /18歳/ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
猫神神社での夏祭りデート、猫成分増し増しでお届けいたします。
冒頭部分、それぞれの視点で差し替えしております。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月26日

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