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『例えばこんな休日を 〜清世はいつも変わらない 』
百々 清世ja3082




 行き交う学生の波の中から、栗原 ひなこは自分を呼ぶ声を耳にした。
 振り向くと百々 清世が笑いながら手をあげている。
「栗原ちゃんみっけー」
「ももくん、こんなとこで逢うなんてめずらしいね!」
「俺だって偶には学校にも寄りますしー?」
 但し、授業に出るとは言っていないが。
 それはさておき、清世は胸のポケットから取り出した物をひなこの前に差し出す。
「栗原ちゃんこゆの好きだったよねー? チケ貰ったんだけど、どう?」
「え? ……わぁっ! ここ一度調査に行きたいなって思ってたんだ! すっごーい!!」
 大きな眼を一層見開くひなこ。
 それは最近話題の、体験型アトラクションのチケットだった。
 マンションの一室に閉じ込められたという想定で、室内に隠された様々なアイテムを集め、謎を解き、最終的にそこから脱出する、という趣向である。
 大喜びのひなこに、清世は満足そうに頷く。
 可愛い後輩がここまで喜んでくれるなら、足を運んだ甲斐もあるというものだ。
「んで、3枚もらったんだけどさ。あとひとりどーする?」
「うーん、どうしよう……」
 チケットは日程どころか時間も指定されている。アルバイトに勤しむ者には、なかなか厳しい時間帯だった。だからこそ回ってきたのであるが。
「あ、じゃあ白川先生も誘っていこっか〜♪」
「……え、じゅりりん? おー、良いんじゃない、きっと暇してるって」

 何の確証もなく暇と認定されたジュリアン・白川は、自室で盛大なくしゃみをひとつ。
「……おかしいな、風邪か?」
 この時点の彼はまだ、これから自分の身に起こる事を知らない。




 時間ちょうどに、約束の場所に清世は到着した。
 待ち合わせの相手が男だったら、まあ余りないことであろう。
「あれー? 栗原ちゃんまだか」
「ごごご、ごめんなさいーーー!!!」
 ポニーテールを揺らして、必死の形相でひなこが駆けて来た。
 清世はその慌てふためく顔に、思わず笑い出しそうになる。
「あんまり走って、転んじゃだめよー?」
 顔を真っ赤にしたひなこが、息を切らせて到着。
「ま、前に一度来たから、大丈夫だと思ったんだけど……ちょっと迷っちゃって……! この辺り、良く似たマンションが多いんだねっ!」
「あーそうかも。ま、時間はぜんぜんだいじょーぶだし、余裕余裕」
 清世はゆるく笑いながら、すぐそばのマンションのエントランスホールへと入って行く。
 そのままエレベーターに乗り込むと、躊躇いもなく目的の階を押し、閉まるドアを前に電話を取り出した。
 コールの音が数回して途切れ、清世が開口一番言い放つ。
「やっほー、じゅりりん、暇ー?」
 ひなこは興味津々という風情で笑いをこらえつつ、耳をそばだてる。
 その頃には既に二人は目指す玄関ドアの前。
 そろそろと開くドアの隙間から、眉間にしわを寄せた白川が顔を出す。
「来ちゃった♪」
 上目遣いの清世が可愛い口調、だがその爪先は素早くドアに突っ込まれている。
「しーらかーわせーんせ、あっそびましょ♪」
 ひなこが構えたカメラに、死んだ魚のような眼をした白川が映っていた。




 白川は引率という名目で清世とひなこに家から引っ張り出され、既に諦めの境地。
 到着した会場で、リーフレットに目を通し呟く。
「成程、脱出ゲームとやらの概略は解った」
 元々好奇心旺盛な上に、実は負けず嫌いの気もある。
 ここまで来たからには本気で挑んでやろうと覚悟を決めた。
「うーん、やっぱりプレイ中は撮影禁止かぁ」
 事前説明にひなこがちょっと残念そうな声を出した。
 面白いことを逃さず記録する為に持ち歩いているカメラだが、受付に預ける。
「ま、その分、目一杯楽しもうっと! 目指せ、最短記録!!」
 拳を握り、突き上げた。

 割とよくあるタイプの、マンションの玄関を開いて中に入る。
「では頑張ってくださいねー!」
 スタッフの声と共にドアが閉まり、鍵のかかる音が響いた。
 ゲームスタートだ。




 張り切って捜索を開始するひなこと、引き摺られるようにして後を追う白川。
 早速キーアイテムを発見したひなこが歓声を上げた。
「お、さっすが栗原ちゃん、頭良いねぇ」
 一番後ろをついて歩きながら、清世は辺りを見回す。
 恐らくはトランクルームのようなものをそれらしく設えたのだろう、一応はマンションのように見える内装はなかなか良くできている。
 とりあえず手近のドアノブに手を掛けると、鍵はかかっていなかった。
「ここはベッドルームか。……あれ、電気付かねえの」
 壁のスイッチを押してみるが無反応。廊下の灯を頼りに、ベッドに近付く。
「お、やだ……このベッドふかふかじゃん……」
 軽く腰掛け具合を確かめると、清世はごろりと寝転がった。
 が、その瞬間。

「――痛っ!?」

 衝撃に後頭部を押さえ、思わず身を起こす清世。
「何だ、痛ぇと思ったら……」
 ぼやきながら枕カバーを外すと、非常用の手動充電式懐中電灯が出てきた。
「俺、ここの主催に会ったら、一発ぐらい殴る権利があると思うわ」
 真顔で呟き、カシャカシャと充電器を動かす。暗い部屋に光の帯が現れた。
 その先の廊下を、賑やかにひなこが走っている。
「まあ俺はほら、そんなに頭良いほうじゃねぇからさ。頭使うのは栗原ちゃんとじゅりりんに任せておいてー」
 今この場にいる理由を、全面否定する清世の発言。
 だがとにかく面倒なことは避けて通る主義、彼らしいといえば彼らしいだろう。
 何か困ったことがあれば、協力するつもりはあるのだ。

 清世はベッドに掛け、極めて自然な動作でポケットを探った。
 取り出した煙草を一本咥え――そこで手を止める。
「もしかして室内って煙草とか吸えないん、です……?」
 懐中電燈の光の中、巨大な『禁煙』の張り紙が浮かび上がっていた。
「やべ。吸えないと思ったら、やたら吸いたくなってきたわ。しゃーない、真面目に探すか……」
 清世はベッドの下を覗き込み、懐中電灯で暗がりを照らす。
「お、なんか落ちてるっぽい……? あとちょっとで届かねえんだけど、めんどくせえな」
 結局そこに落ちていた乾電池を手にするまでに、清世もそれなりの苦労を強いられることとなる。




 清世が乾電池を手にリビングに入ってきた。
「なんか落ちてたよー。もしかしてリモコンとかあった?」
「「電池ッ!!」」
 いつも通りのんびりゆったりの清世と対照的に、ひなこと白川がかなり真剣な目を向ける。
「ちょっと二人とも、こわいかなー……?」
 微笑む清世に背を向け、ひなこが電池をリモコンにセット。電源を入れると、テレビの画面にメッセージが表示された。

『最後のパスワードのヒントです。座るときに身体を支える。そこに脚がついている。柔らかいものも固いものもある』

 白川が手元のタブレットパソコンを取り上げる。
「入力する場所はここだな」
「えっと……入力するのは五文字……?」
 ひなこが頭を抱えた。
 既にかなりの時間が経過している。このままではタイムアップだ。
 やおら、ひなこと白川はヒートアップ。
「尻では一文字、ひらがなでも二文字……英語だと三文字かっ!」
「ローマ字はっ!? S・H・I・R・Iなら五文字っ!!」
「いや、違うみたいだ」
「わあん、おをつけて、でもだめだよねっ他に何かないかな?」
「方言となると、これはもうお手上げだな」
 唸る二人を微笑みながら見ていた清世が、ふわりと呟いた。
「えっとさ。……椅子。C・H・A・I・Rじゃない?」

 ――しばしの沈黙が訪れる。




 清世が思い切り伸びをする。 
「あー、久々に頭使ったら腹減ったわぁ……」
 ほとんど動いてなかったような気もしないではないが、最後のトドメを持って行ったのは清世なので、ひなこと白川は意義を申し立てることはなかった。
「うん、でも楽しかったねー! ももくん誘ってくれてありがとー」
 わたしを呼んでくれてありがとう。
 わたしの好きな物を知っててくれて、ありがとう。
 大好きなお兄さんみたいな先輩に、ひなこはとびきりの笑顔を向ける。
「どいたましてー。あ、そだ。栗原ちゃんこのへんで美味しい店とか知らない?」
 そう言いつつ、清世はしっかと白川の腕を捉えた。
 美味しいスイーツの情報などに詳しい女子のひなこに、財布の白川。今日はやべえぐらいに完ぺきである。
 ひなこががぜん張り切る。
 自分が知っている情報を教えて、喜んでもらえる。――なんて素敵なこと!
 ひなこの放送部員魂に火がついた。
「知ってる! あのね、フルーツがいっぱいのったパンケーキがすっごく美味しいカフェなの! あとパフェも超おすすめ!!」 
「おー、じゃあそこ行こ。じゅりりん、ごちでーす!」
「はいはい。それぐらいなら喜んで」
 笑いながら白川もついて行く。


 カップルと女性客でいっぱいの店の一角に、ちょっと異色の一行が落ちついた。
 鼻にくっつきそうな位にフルーツとクリームが高々と盛り上げられたパフェ、ベリーにオレンジのソースにとろとろにとろけそうなアイスの乗ったパンケーキ。
 賑やかなテーブルを前に、ひなこの瞳が輝く。
「白川先生、ごちそうになりま〜っす」
 長い銀のスプーンを取り上げ、早速一口。
「うーん、おいしい! 幸せ……っ!」
 感極まったように声を上げるひなこに、白川の顔もほころぶ。
 笑ったり、慌てたり、赤くなったり、青くなったり。
 くるくる変わっていく表情は、見ていて飽きることがない。
 同じようにひなこを見ていた清世が、ふと思いついたように悪戯っぽく笑った。
「じゅりりんも食べよー。あ、そだ。今日付き合ってくれたお礼。あーんってしたげるね」
 清世がフルーツとクリームをすくいあげたスプーンを、妙に意味ありげな仕草で差し出す。
「……謹んでご遠慮申し上げる。自分の分ぐらい、自分で食べられるからね」
「プリンは良いのに俺のパフェは食えねぇの? ……じゅりりん、俺のこと嫌いなの?」
 清世が不満げな様子で軽く睨むと、白川はテーブルに片ひじをつき、額を支える。
「あれは……ッ、罰ゲームのようなものだろう!? 大体」
 不意に白川が手を伸ばして、清世のこめかみを軽く指で弾いて笑う。
「嫌いな人物に誘われて休日を過ごす程、できた人間ではないよ、私は」
「冗談だってば……」
 ――いちいち反応するから、ネタにされるんじゃん。
 清世はそう思ったが、教えるのはやめた。
 慌てたり、ムキになったり、冗談を飛ばして見たり。
 学園で見せる取り澄ました表情の下に、白川が隠している生身の部分。
 それを垣間見せるのは、多少なりともこちらに気を許しているということか。
 もう暫くそれを眺めるのも悪くはない。

 二人を捉えたハンディカメラを構えて、ひなこがほくそ笑む。
(これは……なかなかいい画が撮れたような気がする!?)
 その抑えた笑いに気付いたか、白川が画面の中で振り向いた。
「栗原君、肘がクリームにつきそうだよ」
「えっ!? あっ!!」
「あらら、だいじょぶ? 栗原ちゃん。ほら、これ使いなよ」
「わあん、ありがとももくんっ」
「ああほら、慌てないで。まずはカメラを置きたまえ!」

 その瞬間のそれぞれの表情も、声も。
 カメラはずっと、賑やかな休日を記録し続けているのだった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3001 / 栗原 ひなこ / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】
【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は楽しい休日のイベントに、NPCもお誘いいただきまして有難うございました。
種明かしをしますと、最後のキーワードには元ネタがあります。
某有名スパイ映画の一本に出て来るものなのですが、おそらくこういう場面で一番冷静な方が気付くのではないかと思い、ちょっとアレンジして使用いたしました。
尚、一部の単語が商標登録されていまして、そのまま採用できておりません。申し訳ありませんがご了承くださいませ。
四段落目がセットでご依頼いただいたもう一本と、違う内容になっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
ご依頼誠にありがとうございました!
流星の夏ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月26日

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