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『夜を歩く 』
彪姫 千代jb0742


「千代!」
 いつも、見つけるのは自分が先だから、呼びかけられるなんて珍しい。
「おー!! 父さん! どうしたんだー!?」
 喜色満面で、彪姫 千代は父と呼び慕う筧 鷹政のもとへ駆け寄って抱き付く。
 ゴワゴワした革ジャケット、いつもの匂い。
「今日はこれから、暇か?」
 赤毛の青年は慣れた風に笑い、常と同じく千代の髪をかき回しながら。
 夏休み期間中で、学園に来ているのは友人たちと遊ぶためくらい。
 予定は、あってないようなもの。
 知った上で、確認の問いかけだった。
「おお……? なんかあるのかー?」
「なつまつり。俺の家の、近所で宵宮があるんだ。一緒に遊ばないか?」
「遊ぶぞ! 俺、父さんと遊ぶんだぞ!!」
 ヨイミヤ、がなんであるのかはよくわからない。
 けれど、一緒に遊ぼうだなんて鷹政から誘ってくることなど珍しい……むしろ初めてかも知れないことに、千代は気づいていない。
 一も二もなく、千代は飛びついた。全力で、尻尾のアクセサリーが揺れる。




 オレンジ色の西日が部屋へ差し込む頃、二人は鷹政の事務所兼自宅へ到着した。
 ここで準備をしてから向かうのだという。
「実家から浴衣が送られてきてなぁ……。この年で、って思うんだけど」
「おー……? ゆたか、ってなんだ??」
「お祭りの時に着る戦闘服だな」
 送られてきたのは、紺地に波のような薄柄が染め抜かれたものと、綿麻の涼やかな布地に小さな波紋が散らされた2種類。
 何故、二着なのか――、その理由には鷹政は触れることなく、どちらにどちらがいいか、などと呟いている。
「んー……。千代に紺、だと、悪くないけどこの柄だと子供っぽくなるか?」
「おお……?」
「よっし、決まり。こういう時、半裸は着替えさせやすくていいな」
 しゅる、固い布地が千代の背を滑る。
「――――!!?」
「そのまま、じっとして。はい、腕ひろげてー」
「とととととととうさん!?」
「おう」
「そ、それ、まさか…… 服なのか?」
「あー、まあな」
「服は恥ずかしーだし…… 嫌なんだぞ……」
「じゃ、やめるか宵宮。俺は一人で行ってくるけど」
「!!? どうしてなんだぞ!? どうして、そんないじわるするんだ!!?」
「俺は、千代と二人で浴衣を着て祭りに行きたいからな」
 強い誘惑的な響きだが、しかしそれは千代にとってあまりにも高いハードル。
 なぜ、千代が常に上半身裸であるのか―― 語ることができないほどに、自然なものとなってしまっていて『服』を着ることが恥ずかしくてたまらない。
 きっと、服を着て天魔と戦えと言われたら恥ずかしさのあまり能力値半減スタート間違いない。
「父さん酷いんだぞ!! うー……」
 知っているはずなのに。
 父さんは知ってて、無理やりなんかしないのに。
 なんで、今日は、どうして
 凹んで見せても目に涙を浮かべて見せても、こちらを試すような意地の悪い笑顔を引っ込めようとしてくれない。
「寂しいなー。一人でタコ焼きやお好み焼きやおでんに炒り豆か…… あー、寂しいなー」
(でも……父さんと一緒に行きたいんだぞ……)
 だって。
 二人っきりなのだ。
 自分だけを誘ってくれた、今日は特別なのだ。
 悶々と悩む間、鷹政は紺地の浴衣を一人でさっさと着付けてゆく。
「俺は準備できたけど?」
「……うう」
「そんなに、嫌か?」
 こくり。
「仕方ないな……。これならどうだ?」
 浴衣の、下半分を千代の腰に当ててやる。
「ここで、帯締めて…… あとは、下脱げ、下」
「お、おー……」
 上半身を肌蹴た形で、これはこれで、『はしゃぎ過ぎた結果』の姿、ではある。
 肩からを覆う布が無いだけで、千代の羞恥心は随分と違う。これなら悪くないかも――
「で、最後に。千代、ちょい腕伸ばせ。そうそう、横に――」

 動きに合わせて袖を通し、袷を整えれば非常に苦しいが見られなくもない浴衣姿の完成。

「と、と、とうさん……だましたのか!?」
「こんなもんだろ、上出来上出来。よっしゃ、遊びに行こうぜ、千代! なに喰いたい?」
「おー……? ハンバーグ!!」
「それは…… 屋台には無いな?」




 終わりかけの夏の夜。
 幾つかの鳥居を潜り抜け、屋台が立ち並ぶ場所に出る。
 柔らかな月明かり、賑やかな屋台の明かり、人の群れ。
 何処からともなく響く、笛太鼓。
「……千代」
「恥ずかしいんだぞ……」
 千代は、外へ出てからずっと顔を真っ赤にし、うつむき加減で鷹政の浴衣の裾を掴んでいる。
 気分に合わせて揺れ動く尻尾のアクセサリーは、するりとその腕に絡みついていた。
 外敵に怯える猫のよう。
 そんなことを考えて、千代を見下ろして鷹政は笑う。
 意地悪をしたいわけではなかったが、予想以上の反応に子供じみた悪戯心がくすぐられている。
「お、肉だ肉だ。フランクフルト、食べるか?」
「おお……! 良いのか? 父さん!」
 ぱっと顔を上げる、屋台の主と視線が合って、千代は鷹政の背後に回ってしがみつく。
「おいおい、それじゃ食べらんないぜー。マスタードは?」
「ばすたーと……?」
「あ、すみませんケチャップだけで2本」

 フランクフルトだったら、下を向いて食べていてもおかしくはない。
 噛り付くと、アツアツの肉汁が口の中に広がって、そういえばお腹が空いていたのだと思い出す。
「せっかく千代と二人だしな、食べ物系屋台制覇もロマンだよなー」
「おおお!? せいは? それって凄いのか?」
「すごいぜ、学園に戻ったら自慢できる」
「俺、せいはしたいんだぞ!」
「よっしゃ、そうこないとな! 次はどれにすっか、あ、イカ焼きあるぜ。海の家のと違いってなんだろ」
 イカ焼き。夏の海で食べたことは覚えている。美味しかった。
 顔を上げ、そして下げる。
「またか!」
「だ、だって……」
 父さんと一緒に来れて嬉しいし、祭りは屋台が沢山あって楽しい。
 けど、服を着ていることが恥ずかしくって、上手く遊べない……。
 悔しさで、じわりと涙が浮かんでくる。
 恨みがましく顔を上げれば、意地の悪い笑顔が楽しげに千代を見下ろして、優しい声で名前を呼んで、何やら美味しい食べ物をくれる。
「そんなに恥ずかしいならさ、面でも買ってやろうか」
「めん……? ラーメンか?」
「それも屋台にはないな……。顔に付けるやつ。それだったら、誰も千代だって解らないだろ?」
「おー……? そうなのか?」

 だまされた。

 屋台のおっちゃんが、「こうするとかっこいいぞー」と、虎の面を千代の頭へ斜めに引っかけたのだ。
「おお、カッコいいカッコいい。そのままが良いと思うぜ」
 そう言われると、顔を隠すに隠せない。おかしい、隠すために買ったんじゃないのか……?
「父さん…… 今日は何だか、意地悪なんだぞ……」
 ぎゅうううう、恥ずかしくって恥ずかしくって、鷹政の背に顔を押し付けて後ろから抱き着く。
 いつものジャケットとは違う家の匂いがする。
 まるで、知らない人みたいだ。
「父さん」
「千代と一緒だからな」
「一緒だと、意地悪するのか?」
「一緒だと、楽しいんだよ」




 金魚すくいは、うまくできなかった。
 海や川の魚なら、どんなに大きくても捕まえられるのに……
 力任せじゃ成功しない、その横で鼻を鳴らして鷹政は赤と黒の金魚を掬ってみせる。

 輪投げは…… 当てて倒したら駄目だって、怒られた。
 虎のぬいぐるみ、ちょっと欲しかったのにな。

 食べて歩いてはしゃいで、少しずつ緊張がほぐれてきた頃、
「千代、こっち」
 ぐい、鷹政が強く手を引いた。
 人混みをかき分け、切れ間が見えた頃――


 ――……どぉん・‥


 大輪の花が、夜空に咲いた。




 花火。知ってる。今年の夏、海で見た。
 それよりも、うんと近くて大きくて……
 時には雨が降るような、細やかな音と煌めき。
 時には体の奥に響くような、大胆な光と深い音。
「すごい! すごいすごいすごいんだぞ!!!!」
 千代の瞳は爛々と輝き、夜空へと引き付けられる。
 強く強く、鷹政の腕を抱き寄せて、空に描かれる花々に見惚れた。


「見せてやりたくってさ。小さな祭りだけど、花火が豪勢でさー」
「すっごく綺麗だったんだぞ!!」
 千代は花火大会が終わった後も、興奮で頬を上気させていた。
「それにしても」
 くく、鷹政が喉の奥で笑う。

「花火の前だったら、浴衣姿でも恥ずかしくないんだな、千代」
「!!!!!!」


 寝た子を起こす、という言葉がある。
 瞬間的に顔を真っ赤に沸騰させた千代は、勢い余って隠虎で身を隠し、照れを隠すために鷹政へ冥虎をけしかけた。


 その日、恐らく最後に散ったのは花火ではなく赤毛の撃退士であっただろう。
 帰り道は、ようやく上半身を肌蹴ることを許してもらいました。(手段:物理)




【夜を歩く 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃
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【jb0742/ 彪姫 千代 / 男 /16歳/ ナイトウォーカー】
【jz0077/ 筧 鷹政  / 男 /26歳/ 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
ちょっと珍しい感じで、筧がからかう立ち位置での夏祭り、お届けいたします。
浴衣を着せるまでの問答が、一番長かったような気がしなくもないですが大事でした。
筧と一緒に、楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月27日

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