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『エクセレント・サマー 〜瞳の輝き 』
シルヴィア・エインズワースja4157




 爽やかな風が頬を撫でて行く。
 白い樹肌の木々と柔らかな緑色のコントラストに、木漏れ日の金色が鮮やかな彩りを添えていた。
 大きく伸びをすると、少し湿り気を帯びた山の空気が体に染み渡る。
 辺りに響くのは、鳥の囀りと、葉擦れの音だけ。
 サンルームで籐の椅子に身を預け、目を閉じていたシルヴィア・エインズワースは、微かな足音に身を起こした。

「あら。おやすみでした?」
 天谷悠里が少し申し訳なさそうな顔を覗かせる。
 実際の年齢より悠里は少し幼く見える。
 だからそんな表情をされると、どこか頼りなげに見えて、シルヴィアはほんの少しだけ口元をほころばせた。
「大丈夫ですよ、ユウリ。少し目を閉じていただけです。ここでこうしていると、色々な音楽が聞こえて来るのです」
 シルヴィアの空を映したような澄んだ青い瞳が、ガラスの向こうの空を見上げた。
「音楽……ですか」
 悠里は、陶製のお人形のようなシルヴィアの横顔に思わず見とれてしまう。
 日本で普通に生きて、普通に暮らしてきた悠里が、初めて間近に見た本物のレディ。
 学園のコンテストで見かけたときには、その優雅な物腰、ドレスの着こなしの美しさに、溜息が出たものだ。
 大学部に所属し、同じく音楽を学ぶ先輩ではあるが、ピアノに多少の自負もあるとはいえ、趣味の延長である悠里とは違ってその技量はまさに芸術の域と思える。
 ――と、悠里にとってシルヴィアはちょっとした憧れの存在だった。
 きっとこの先輩には、本当に自然が奏でる音楽が聞こえているのだと思う。
 そんな悠里の気持ちを知ってか知らずか、シルヴィアが静かに立ち上がった。
「折角の良いお天気ですし、近くを少し散策してみましょうか」
 否のあろうはずがない。
 悠里の表情がぱっと輝いた。




 古くから開けた別荘地は、夏の華やぎの中でも落ちついた空気に満ちている。
 コテージは、程良く整備された小道沿いに、樹木の陰に隠れるように控え目に点在していた。
 そのうちのひとつをシルヴィアの親戚が所有しており、頼めば使わせてくれるのだ。
 町からそう遠くない場所にありながら眺めもよく、近くには温泉、もう少し足をのばせば冬にはスキー場も楽しめる、絶好のロケーションである。
 時折同じように散策している人と出会うと、皆上品に会釈し、柔らかな二言三言が交わされる。
 まさしく上質な避暑地の風情であった。
「あら、猫!」
 悠里が小さく声を上げると、今小道を横切ろうとしていたキジトラが、ぴたりと足を止めてこちらを振り向いた。
「野良猫でしょうか。珍しいですね」
 猫は、そうかもね、とでも言うように小さく一声『にゃあ』と鳴くと、再び草むらに姿を消した。
 後には木立のざわめきと、鳥の声、そして遠くから響くせせらぎの音。
「あら、川が」
 悠里が耳をそばだてる。
「綺麗なところですよ。少しかかりますけれど、行ってみますか」
「ぜひ行きたいです!」
 眼を輝かせる悠里に、シルヴィアは優しく微笑んだ。
「では行きましょうか。日暮れまでにはまだ間がありますし」
 シルヴィアにとっては、何度も訪れている場所である。
 だが、綺麗だと言って喜ぶ悠里を見ていると、いつもよりもっと素敵な場所に思えてくるから不思議だ。
 そしてもっと喜ばせたい、もっと感動させてあげたいと思ってしまうのだ。
 足取りも軽く、二人は森の中を抜けて行く。


 コテージに戻る頃には、日は随分と西に傾いていた。
 玄関の扉に手を掛けるシルヴィアに、悠里が遠慮がちに声をかけた。
「あの、シルヴィアさん、お願いがあるんですけれど」
「あら何かしら?」
 振り向いたシルヴィアの微笑みが、悠里の手にしたデジカメを見てそのままの形で固まる。
「えっと、せっかくなので、この素敵なコテージの前で記念写真を撮りたいんです。……ダメですか?」
 悠里は庶民の感覚がシルヴィアに不快なのではないかと、緊張した面持ちだ。
 だが、そうではない。
 何事もそつなくこなすシルヴィアの、ほぼ唯一と言っていい弱点。それは悲しい程に機械音痴なことだった。
「い、いえ、構いませんよ。でも……」
「でも?」
「その、私、どのボタンを押せばいいのか……!」
 ほんの一瞬の間。
 悠里が思わず噴き出した。それ程にシルヴィアの目が怯えていたのだ。
「いえ、あの、一緒に写真を撮りたいんです。シルヴィアさんが嫌じゃなければ、ですけど」
 シルヴィアは一瞬、脱力の余りドアにもたれかかりそうになった。
 ――良かった。自分がシャッターを押すのではなかった。
「そういうことなら勿論喜んで」
「じゃあ、ここにセットしますね。一緒に撮りましょう!」
 悠里はシルヴィアに背中を向けて、カメラを操作する。ふりをして、笑いを堪えた。
 意外にも可愛い一面が見られたことに、頬が緩む。

「準備できました。あの光を見てください!」
 コテージの手すりに置かれたデジカメに、二人は寄り添って微笑む。
「ふふ、シルヴィアさんとの写真なんて嬉しいです。さて、ご飯にしましょうか」
 弾んだ悠里の声が、シルヴィアの耳に心地よく響いた。


● 

 キッチンでの主導権を握ったのは、悠里の方だった。
 シルヴィアも決して、料理が不得手な訳ではない。ただ、比較すると悠里の方が家事に慣れているというだけである。
「では、メインはお任せしますね」
 そう言われて悠里は大いに張り切った。
 何をやらせても上手だろうシルヴィアに、任されることが自分にもある。
 それなら、素敵な場所に連れて来てくれたせめてものお礼に、美味しい物をご馳走したい。
 包丁を握る手にも、気合が籠る。
「何かお手伝いできることがあれば言ってくださいね」
 シルヴィアがちょっと笑いをこらえたような顔で、声をかけた。
 余りに真剣な悠里の表情に、何だか可笑しくなってしまったのだ。
「いえ、ここは……」
 言いかけて悠里は、言葉を切った。
 はじめは自分の力で何とかしたいと思う気持ちが強かったが、考えてみればシルヴィアと一緒にキッチンに立つ機会など、そうあるものでもない。
「……シルヴィアさんを使っちゃっていいのでしょうか」
「ふふ、こき使ってくださって構いませんよ?」
 冗談めかしてシルヴィアが小首を傾げた。
 悠里はそんな仕草を見せるシルヴィアを珍しいと思う。
 そして、なんだか無性にうれしくなった。
「じゃあこっちをお願いします。ポタージュスープにしようと思うんです」
「任せてくださいな」
 シルヴィアはエプロンをキリリと締めて、かぼちゃに立ち向かう。


 二人で作った夕食がテーブルに並ぶ。
 悠里が焼き具合にまでこだわったハンバーグステーキには、特製のデミグラスソースを添えて。
 シーザーサラダに、シルヴィアが下ごしらえを頑張ったパンプキンスープに、程良くきつね色になったバケット。
 他にも軽くつまめるものがいくつか、彩りよく食卓を飾る。
「そういえばユウリももう、お酒を飲めるようになってましたよね」
 シルヴィアが程良い温度の赤ワインを持ちだした。
 慣れた手つきでコルクを外し、大ぶりのグラスに品よく注ぐ。
「大丈夫でしょうか」
 初めてまともに嗅ぐワインの香りに、悠里が緊張の面持ち。
「渋みの少ない、口当たりの軽い物を選びました。量を過ごさなければ大丈夫ですよ」
 悠里はそう説明するシルヴィアを、やっぱりどこか別世界の人のように思う。
 それは拒絶でも隔絶でもなく、本当に素直な憧れの気持ちで。
 そんな憧れの存在が自分の為にワインを選び、こうして一緒に笑ってくれることが本当に嬉しくなってくるのだ。
「あ……おいしいです」
「良かった。ハンバーグにも良く合いますね。とっても美味しいです」
 悠里はほんのり頬を染め、優雅にカトラリーを操るシルヴィアの白い指をうっとりと眺めた。




 キッチンの灯を消すと、静寂が一層深くなるようだった。
 銀のトレイを手に、シルヴィアはまるで一日の終わりを締めくくる儀式のように、静かにドアを閉める。
(ユウリ、大丈夫でしょうか……?)
 初めて口にするワインを、美味しいと喜んでくれたのは良かったのだが。
 日本人はアルコールに対する耐性が弱いとも聞く。
 念のために、もう一杯酔い覚ましの水を飲ませておいた方がいいだろう。

 シルヴィアは元々、世話焼の傾向がある。
 それが気に入っている相手なら、尚のことだ。
 休みを別荘で過ごさないかと誘ったのも、悠里に喜んで欲しかったから。
 何かを与えれば、キラキラ光る眼が応えてくれる。
 その反応が嬉しくて、シルヴィアはもっともっと悠里を喜ばせたくなってしまう。
(あの目はちょっと反則ですわね)
 何かに似ていると思った。そしてシルヴィアは一人で笑いを漏らす。
 そう、じゃれつく仔犬だ。
 信頼感と愛情を全身から溢れさせ、走って来る無邪気な仔犬。
 失礼ながら悠里の目は時々、そんな感じなのだ。
(ああ、でもそういうことなら……)
 じゃれつかれて喜んでいる自分は結局のところ、群れるのが好きなのかもしれない。
 勿論、誰にでも許す訳ではない。
 悠里の飾らない真っ直ぐな心、それがこちらの心に届くからこそ。
(……明日は何をしましょうか)
 シルヴィアは楽しい計画に思いを巡らせる。


「あら、窓を開けていたのですか」
 部屋に戻ってきたシルヴィアの声に、悠里が振り向いた。
「星があんまりきれいだったので」
「そうですか。でも寒くはないですか?」
 シルヴィアは並んでベッドに座り、悠里と一緒に夜具を被る。
「明日も晴れたら、外で星を見ましょうか」
「……」
「ユウリ? ……眠ってしまいました?」
 いい匂いと、伝わる体温。まだ冷めないワインの余韻。
 シルヴィアに肩を寄せると、身体を通じて聞こえる柔らかな声。悠里は陶然と耳を傾ける。
 ここにも優しい音楽があった。世界は優しい音に満ちている。
 目を閉じたままで悠里が呟いた。
「うん、明日はもっと星を見たいな……お姉ちゃんと一緒に」
 シルヴィアが短い沈黙の後、悠里を振り向いた。
「ユウリ……?」
「あっ……!」
 悠里は頭に血が上るのを感じた。――どうしよう、恥ずかしい!!
 シルヴィアが歓喜の余り悠里を抱きしめる。
「もう一度、もう一度言ってみて! ね、ユウリ!」
「ひゃああああ!?」


 それ以降、別荘に滞在している間中、悠里はシルヴィアをずっと「お姉ちゃん」と呼ぶことになる。
 並んで撮った写真と共に残る、それは夏の日の忘れがたい記憶。
 一緒に笑いあいながら、いつか思い返すだろう日々。
 世界に満ちる優しい響きは、これからもずっと、二人の周りに溢れ続ける。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0115 / 天谷悠里 / 女 / 18 / アストラルヴァンガード】
【ja4157 / シルヴィア・エインズワース / 女 /  21 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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仲の良いお二人の素敵なバカンス、如何でしたでしょうか。
仔犬のキラキラ目は反則ですね。サービス精神旺盛な方に対しては、ものすごい威力を発揮すると思います。
きっとこれからも、楽しい計画を練るしかないことでしょう。
今回、最終章の前半が、同時にご依頼いただいたもう一本と対になっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
流星の夏ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月27日

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