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『夏宵待ち 』
春炎(ic0340)


 夏の日というのはどうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。
 夏になるとどうしても心が騒いで、そして仲間とつい遊びたくなってしまう。
 そしてそれがどんなにたわいのないことでも、夏の思い出はまるで夏の日の影のようにいつまでも色濃く胸に焼きつくのだ。

 ――さて。
 春炎とジャミール・ライルの場合、そんな夏の日はやはり他愛のない一言から始まった。
「春、デートいこー」
 ジャミールの屈託ない言葉に、春炎が頷いたからである。
 ……あらかじめ言っておくが、ジャミールも春炎も男だし、あくまでふたりともその言葉に変な含みがあるとは思っていない。そう、ゆるい友人関係。
 むしろ友人なんて単語も、なんだか仰々しいくらいの関係。
 緩くつるんでは一緒に飲み食いする程度。特に春炎は、気持ちを言葉に昇華するのが得意ではなく、交友関係も広く屈託なく付き合ってくれるジャミールになんとなくついていく、そんな関係。
「夏なんだからさぁ、もっと楽しく……って、まあふたりでも楽しいよな。春はどうー?」
 ジャミールが問いかけると、ちいさく、もう一度頷く。
「決まり。どこか行きたいとことかある?」
 破顔したジャミールに、つられて春炎も少し頬をゆるめ。
 そして、春炎は少し考えた後、こう言った。
「……河原で宵待ちに」


「……で、宵待ちって何ー?」
 ジャミールがきょとんとした顔で友人に尋ねる。
「夜になるのをのんびりと待つことだ」
 言葉少なに、それでも的確に応じる春炎。残暑の季節ではあるが、場所を選べばまだ蛍を見ることも十分できる。
 幸運にも春炎はそんな穴場を知っていた。目的地はそんな、人里離れた河原だ。のんびりと夜になるまで水と戯れながら涼みつつ、やがて訪れる宵闇の中ではほんのりと光る蛍を鑑賞する――それをとても好ましく思って想像する春炎の横顔を眺めやって、ジャミールもゆるりと笑顔を浮かべた。
「よくわかんないけど、なんかおもしろそー。乗った」
 その反応に、表情の変化に乏しい春炎の頬も、ほんのりと朱を刷いた。

 さて、待ち遠しく思う日々もあっという間に過ぎ、気づけば当日である。
 先にも言ったとおり、目的の河原は少し道を外れた、人が近づきにくい場所。そうなるとしぜん、準備も多くなる。荷物も増えれば、服装だってそれらしいものを用意したりもするものだ。
 だから、待ち合わせの場所についたとき――春炎はあぜんとするしかなかった。
 ジャミールの姿ときたら、そんな緊張感の欠片もない、いつもどおりの格好で現れたのだから。思わず尋ねたくなったが、その前にジャミールが声を上げた。
「なー春、その荷物なんなの……?」
「いやジャミールも、そんな格好でいいのか?」
 そう春炎に問い返されたジャミールはよくわからない、という顔で首を傾げ、春炎もジャミールの行動がよくわからない、という圧倒的な意思疎通不足。
「いや、言わなかったか? 今回は獣道を抜けたところにある河原で、何かと危険だ」
 それに宵待ちをするのならその準備も必要だし、日中は河原で遊ぶとすれば着替えなどもいるだろう。そしてもちろん、食料も。
「だって遊びに行くだけだろ?」
 ジャミールの答えはなんとものんきなものだ。
「……遊びに行った先で飲み食いすらしないのか?」
 そんな友人に一つため息を付いてから、春炎はそう言って一つ徳利を見せる。中に入っているのはもちろん酒だ。新鮮そうな生野菜も別の袋に入っており、これを川の水で冷やせばちょっとしたつまみにもなる。ジャミールもさすがに目をパチクリさせた。
「なんだよ、酒呑むなら言えよ……言えば用意したのに」
「そのくらいは察しろ。あと、食い物も用意した」
 するとジャミールは感心したようにヒュウ、と口笛を吹く。
「用意いいな〜春」
「……お前はしなさ過ぎだ」
 そう言いながら友人を見る。瞳にわずか呆れたような色があったが、まばたきをすればそれは茶目っ気のあるこの友人に対して怒ることなど出来ないといった色に変わり、そしておもむろに
「……行くか」
 と荷物を持って歩き出した。

「……ところでお前も、少しは持て」
 春炎は身軽な格好のまま歩いていくジャミールをほんの少しにらむ。結構な荷物なのだが、それを春炎は一人ですべて持っているのだ。ちょっとそのことにいらだちを覚えても無理は無い。とは言え表情に出ることのあまりない春炎のこと、せいぜいがチラリとその想いを込めて眺めやる程度だ。
 ジャミールの方はといえば、ひょいひょいと飛び跳ねるように道無き道を歩いていたが――ふと思い出したかのように春炎に駆け寄ると、徳利をひょいと春炎から奪った。
「これくらいは持つぜー。どうせあとで飲むんだし」
「もう少し、持て……っ」
 ボソリと春炎はつぶやいたものの、ジャミールはどこ吹く風。もとより手ぶらを決め込んだこの友人が荷物を持ってくれるとも思えなかったから、春炎はちいさく溜息をつく。
「早く行こうぜー、もう結構足疲れちゃってさあ」
 ジャミールはあくまでマイペース。
「……もうすぐ、目的地だ。涼めるぞ」
 そう励まして、二人の青年は、歩みを進めた。


「おー、こりゃあ結構なもんだなー」
 ようやく辿り着いた河原は、開けた中に白く丸い石が適度に転がっていて、見た目にも涼やかな場所だった。近くには程よい影を作ってくれている。その下に敷布を敷いて、春炎はそこに荷物をどっかと置くと疲れた顔で座り込んだ。
 その前に、野菜を笊に入れて川にひたし、野菜を冷やす準備ももちろん調えてあるけれど。
「俺もう足クタクタ〜。とりあえず水で冷やすか」
 ジャミールはジャミールで履物をポイっと脱ぐと、早速川の水に足を浸してみる。
「ひゃー、冷てぇ。春も来いよー」
「……ちょっと待て、すぐに行く」
 呼ばれた春炎もそっと足をひたし、ここまでの疲れを癒やす。ここに至るまでにそれなりの汗を流している二人からすれば、この水の冷ややかさは心地よく体中に染み渡っていくのだ。春炎が、どことなく嬉しそうにジャミールに尋ねる。
「……いいところだろう」
「おー、こりゃいいとこだなー。のんびりできる」
 欲を言えば女の子もいると完璧だったんだけどな。
 ジャミールはそう笑って、友人の背をどんと叩いた。

 一刻ほどが過ぎただろうか。
 たどり着いたのはもう昼飯時をとうに過ぎた時間帯だったので、途中で昼食を食べてはいたがそろそろ小腹がすいてきた。
 そのことをジャミールがいうと、春炎は無言で笊からよく冷えたきゅうりを取り出し、また準備していたカバンから味噌を取り出してきゅうりに乗せてかじるように渡した。
 パリっと噛めば、みずみずしくそしてどこか甘いきゅうりの味わいにジャミールも舌鼓をうつ。
「おおー、うまいなーこれ」
「素朴なものほど、うまいものだ」
 春炎は友人の感想に、そう言ってちいさく頷いた。


 すうっと、風がわずかに涼しくなってきた。
 夏ももう終りが近い。太陽がジリジリと照りつける日中から夜間になるような黄昏時には、随分と空気もひんやりしてくるものだ。太陽の色も赤みを増し、どこか見ていて胸に郷愁を起こさせるような、そんな色を帯びている。
 さすがに川の水も『涼しい』ではなく『冷たい』に近くなってきた。体を下手に冷やしすぎるのは良くないので、さすがに水に入って戯れることはもうさすがにしない。けれどその涼しさ、冷たさがまだ夏の情熱が胸にくすぶっているような青年たちには心地よくて、川べりの岩場に二人並んで腰掛ける。もちろんそのそばには徳利と小さな猪口がふたつ用意されていて、いかにも酒を飲みながらの気兼ねない関係なのがわかる。
「そういえばさ、折角だしなんか話聞かせてよ〜、春」
 すでに酒がわずかに回っているのだろうか、普段から口が軽いとはいえいつもよりもさらに口の軽い印象を受けるジャミールがけろっと笑った。
「ん……? 特に話すことはない」
 口が堅いというよりも話すべき内容をそれほど持っていない春炎はそう言ってきゅっと冷酒を口に含む。
「……まあ、お前相手だと、飽きることはない、かな」
 春炎がそう言えばジャミールはその言葉に首をちょっとだけかしげ、
「そんなもんなん?」
 と尋ね返す。ゆっくり春炎は頷くと、
「むしろお前の話のほうが聞いてみたいかもしれないな」
 と、ちいさく口元をほころばせた。寡黙な春炎だからこそ、そんな小さな表情の変化もなんだか珍しく感じてしまう。そして今日はそんな表情の変化を沢山、沢山――ジャミールは見ている。
「……面白いやつだな、春」
「そういうお前こそ、どうなんだ」
 逆に春炎に尋ねられると、ジャミールはちょっと考えてから、
「俺はー……ま、いつもどおり、かな?」
 そんなふうに言って、酒をあおった。

 ――と、ついっと春炎の手がジャミールの髪に伸びる。側頭部にはなにかキラリと光るものがあって、思わずそれに手を伸ばしたのだ。
「……え?」
 しかしそれは触れようとした瞬間に遠ざかっていく。――蛍だ。周囲を見ればそこここに淡い光が舞っている。
「……すげえ」
 ジャミールは思わずそれだけを口にした。いやそれしか口にできなかったのだ。特にジャミールにとっては初めて見る蛍、ふわりふわりと舞うそんな蛍たちを目の当たりにして、その美しさに言葉を失ってしまったのである。
 いや、美しいものを愛でるとき、言葉はむしろ無粋だ。
 美しいという言葉すら陳腐に聞こえる。はかないからこその幽玄の美、幻想的な光景。
 ――いや、やはり言葉にするのは良くない。言葉にしたはしから、どんどんイメージが遠ざかっていく。
 ただ、二人の青年はそれを呆然と見つめていた。言葉も発せず、ただそれを受け入れていた。
(まるで流星のようだ)
 春炎はぼんやりとそう思う。ほのかな光がちらついて、それがどうしてか、……そのように思えたのだ。
「……でもこんなの知ってるとか、お前すごいね……」
 普段はどこか軽い口調のジャミールが言葉少なにそうつぶやく。酒をまた煽って。
 時間はゆるやかに、川の流れのように静かに過ぎていく。
 せせらぎの音が、時の経過を知らせるばかり。


「……来年も来るか、また」
 帰り道。ぽつり、と春炎が言う。静かな時間の経過が、彼も気に入ったのだろう。
 そして、ジャミールとともにある時間の、穏やかさも。
「おう、また誘ってよ。飲みでもなんでもいいからさ……お前と一緒だとどんなことも楽しいから」
 ジャミールはちいさく笑う。いつもの軽口でなく、それが本心だと言わんばかりに。
「……そうか」
 春炎は微笑んだ。

 見上げれば空には無数の星。
 その下を、青年二人がくすくすと笑いあいながら、歩く。
 いつかまた来よう。
 そう、約束して。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0451 / ジャミール・ライル / 男性 / 24歳 / ジプシー】
【ic0340 / 春炎 / 男性 / 25歳 / シノビ】



ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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遅くなってしまい申し訳ありません!
男二人ののんびりした夏の宵、楽しく書かせていただきました。
蛍というのは亡くなった人の魂とも言われますが、お二人の場合はさてどうなのでしょう。
基本的に途中で分ける必要性が薄かったこともあり、今回は一本道となっています。
舵天照は世界観的にも魅力が多くて楽しいですね。
ではどうもありがとうございました。
流星の夏ノベル -
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舵天照 -DTS-
2013年09月27日

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