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『流れる星の見る夢は 』
小野友真ja6901


 夏祭りが終わった夜空に、涙のような流れ星が一滴。
「あ」
 いつもよりちょっとだけ早く退社して、夏祭りを恋人と満喫した帰り道。
 見つけた小野友真は、忘れてしまっていた大切なことを思い出す。
「ごめん、会社に忘れ物しとった……。明日の朝イチの会議で必要なん。取ってこな……」
 資料をまとめておく必要があるから、今日のデートだって遅くならない程度に、ということだったのに。やらかした。
 学生時代だったら『ちょっぴりドジっ子・キュートな小野友真くんでっす☆』で済んでいたのに、社会人になるとそうもいかない。
 それはお互い解っていて、学生時代からの付き合いである恋人は仕方がないなと笑って許してくれた。




 急いで戻れば、まだ恋人と一緒に過ごせる時間を作れる。
 友真は息せき切って、部署へと駆け込んだ。
 輸入雑貨取扱・エンジェル商会、京都支社。少ない社員、過酷な労働、頼れる社員は大体目が死んでいる。
 縁あって、友真が転職してから既に半年以上が過ぎていた。
 激務の流れも把握してきて、そんな中、降ってわいたような今日の早上がりだったのに――……
「……あれ、部長」
「うん? 忘れ物か、小野君」
 鞄を肩に掛け、帰り支度を整えていた米倉 創平――直属の上司とバッタリ出くわした。
「え、部長も今日は早よ帰るって」
 顔色一つ変えず、常と変わらぬやや血色薄めの上司は、腕時計と自分の顔を見比べている部下に少しだけ笑ったようだった。
 一人で何でもこなそうとして無理をして、それでも意地でも倒れることのしない上司を気遣って、友真は残業に付き合うことが多くて。
 だけど今日に限っては、自分も早く上がるから、早く上がれと……
(……俺が帰れるようにする嘘、でした?)
 数日前、ちょっとした時に交わした同僚たちとの雑談。
 この時期の夏祭りは、恋人と過ごすのだと……この会社に来てからはそうもいかないって覚悟はできてると、そんなことを話していた記憶はある。
(憶えて……?)
 またこの人は、そうやって一人で背負い込む。
 なんでもない、って顔をする。
 友真は自分のデスクに置き忘れた書類を取りに行きがてら、素早く恋人へメールを送る。
『ごめん、ちょっと遅くなる。家で待ってて』
 恋人の優しさに甘えてしまっているなあ、そう思いながら、甘えられる相手のいない人を振り返る。
「部長、祭りは終わったけど俺と今からご飯行きませ―― ちょ、部長!!」
 友真を待つでなく、すたすたとエレベーターへ向かっているとは予想外だった。
 部長、そーくーる。




 特別な場所じゃない。
 気負わず飾らず、行く先はいつものお気に入り屋台。
 夏だろうが冬だろうが季節を問わず、温かなおでんを用意している陽気な大将の屋台。
 深夜営業・サービス旺盛・話しやすい・美味しい、で行きつけとなっていた。
 米倉を誘えるかどうかはタイミング次第。
「おう、お疲れ様ー 大変だね、今日も遅くまで」
 ぐいぐいと友真に腕を引かれるようにしてやってきた米倉の姿に肩を揺らしながら、馴染みの二人へ赤毛の大将は声を掛ける。
「大将、まいどー。祭りやから、売上良かったんやないです?」
「フッ、小野君……。ここはオフィス街だぜ? 皆さん早上がりで祭りイベント会場へ向かいますよねー。今日は二人の貸切だよ……」
 デスヨネー、と言える身ではなかった。友真はオロオロと他の話題を探す。
「てか二人ともデートのご予定とか」

「「あると思うか」」

「あーこれ美味しいなー! ほたては俺用かなー!」
 すみませんすみません、まさか真顔で声を揃えられるとは思いませんでした何コレおでんはあったかいのに心が寒い! 視線が痛い!!


「まったく、うちの社員ときたら」
 ふう、差し出された熱燗を一口飲んで、米倉は深く息を吐きだす。
「休養も、仕事のうちだ。無為にしないでくれ」
「それを部長が言います……? 無為になんて、してへんです。有意義に、こうして過ごしてるやないですか」
「上司と飲んで楽しいか」
「プライベートな呑みは別ですー。それに尊敬する人との残業は苦やないんです。だから、傍に置いといて下さいね」
「君が傍にいるべきは、俺じゃないだろう」
「それはそれ! これはこれ!!」
 上司と、必死な部下とのやりとりを前にして、大将は笑い震えている。
「はいはい、その辺りで」
 コトリ、サービスだと言って揚げ出し豆腐が出てきた。
 出汁がしっかり利いたあんかけで、ふわりとした豆腐の食感と共に心を軽くしてくれる。
「そいや大将、今日は相棒さんは?」
 通うようになってから知った、この屋台の助っ人の存在。
 忙しい時期に大将と一緒に回している青年の姿を友真は探す。
「あくまで手伝いだからねえ。今日は本職で忙しくしてるよ」
「へー。忙しい人はいつでも忙しいもんですんね……」
「時間は、ひとつしか流れが無いからね」
 友達、恋人、同僚、傾ける感情はいくつもあるけれど、『誰とどう過ごすか』は、一つしか選べない。
 多くを巻き込んで――が可能である場合もあるが、少なくとも夏祭りとここの屋台は友真にとって二者択一だ。
「部長は」
 恋人が待っているから、今日はノンアルコール。コーラの注がれたグラスを両手で握って、友真は隣に座る人へ問いかける。
「人を、諦めてしまわんでくださいね。せめて、ここでは」
「……何を言うかと思えば」
 何を言っているのだろう。自分でも思う。
 それでも、米倉は微苦笑してくれるから…… 社畜と呼ばれるような職場環境で、それでもこうして笑う余裕が、少しでもあるのなら……

 少なくとも、この世界では
 



 音が聞こえた気がした。
 弾かれるように、友真は屋台から身を乗り出す――
「あっ流れ星!」
 銀色の、刹那の輝き。
「え、どれ?」
 短い声に、大将も身を乗り出した。
 今夜は流星群だったろうか?
「願い事何にします? 部長、見ました? ちゃんと見れました?」
 がくがくと揺らすと、御座なりな声が返される。
 星に願いを、なんて人じゃないとは思うけれど、こんな『遊び心』も忘れないでいて欲しいと、思って。
「俺はー…… 皆が笑顔で居られますように、かな。俺の大事な人らに笑顔で居てほしいです。勿論二人を含めて!」
「小野君は上手だなー」
「俺言うたんやから二人の願い事も教えてや、ほら考えて!」
「えーー?」
 そういうことが嫌いじゃない大将は、左顎の傷をなぞりながら。
 米倉はカウンターに頬杖をついて。
「商売繁盛」
「景気回復」
「しょっぱいな!? 塩分控えめで! 控えめでお願いします!!」




 流れる涙が一滴。
 夢から覚めて、友真は見慣れた天井を見詰めたまま、しばらく動けずにいた。

(少なくとも、あの世界では)

 知っている。あの世界は、夢の向こう側だ。願望が見せた、一つの並行世界。
 自分の現実と重なることはない。
「……あれ、俺何で泣いてんやろな……?」
 夢なのに。
 夢でしかないのに。
 溢れ出した涙が止まらない。寝起き独特の高揚感だ、深い意味はきっとない。


 京都を制圧している敵の将の一人、米倉 創平。
 その現実は、どう足掻いても転じることはない。
 敵には敵の道理があって、戦わざるを得ないことだって知っている。

 フリーランスの撃退士、筧 鷹政。
 学園へ姿を見せる時はいつだって明るくて鷹揚で、それでも他の場面では今は『一人』で仕事をこなしている。
 欠落した存在を補うことをせず。

 そして、自分は―― これから、京都へ向かう。
 戦うために。


 それぞれが、譲れない信念を抱いて、それぞれの戦場へ。
(俺の大事な人らに笑顔で居てほしい)
 夢の中の言葉は、嘘じゃない。
 嘘じゃない、だから。
 友真は枕元のスマートフォンを探す。
(戦場行く前に、声、聞きたい……)
 今は、自分が笑顔になるために、ちょっとだけ甘えさせて下さい。
 いや、いっつも甘えてるような気もするのだけれど。

 夢の話をしたのなら、相手はどんな言葉を返すだろう。
 想像はつきながら、友真は大切な人の声を待った。




【流れる星の見る夢は 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃
━┛━┛━┛━┛
【ja6901/小野友真/男/社会人】
【jz0092/米倉創平/男/社畜】
【jz0077/筧 鷹政/男/屋台の大将】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
夢オチ、ということで夏の終わりの見せる願い事、お届けいたします。
今だからこそザクザク抉るような、いつかの先に読み返して、「ああ、あの頃は」そう感じて頂ければ。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月27日

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