『Seaside summer．〜豪の青年 』

郷田　英雄（ja0378）

　探偵倶楽部の夏合宿が、決まったのはつまる所、九神こより（ja0478）の独断と偏見によるところが、非常に大きかった。とはいえ郷田　英雄（ja0378）がそれを、不満としていた訳ではもちろん、まったくない。
　故に、最寄りの駅から部員の皆と一緒に、早く一泳ぎしたいものだと思いながら歩いてきた英雄は、その合宿先であるところの旅館の前で足を止めた。先を立って歩いていたこよりが、その旅館の前で誇らしげに胸を張る。

「ここがその旅館だ」
「おぉーッ。海も近いんだねーッ」
「そうだな。いかにも何か出そうな良い旅館だ。俺の部屋には一番良いのを頼む」
「郷田さん……」

　こよりの言葉に、浜辺の方をぐるりと見回しながら楽しげに言った久遠　栄（ja2400）の傍らで英雄がそう言うと、柊　夜鈴（ja1014）が額を押さえた。こよりの傍らでは、ホラーが大の苦手の真田菜摘（ja0431）が真っ青になって「え、で、出るんですか！？」とこよりを振り返る。
　いつものこよりならばここで、英雄と一緒に「そうか、なら肝試しでもするか」などと言ったに違いない。けれども今日に限っては、「そんな訳ないだろう」と首を振る。
　うん？　と首を傾げた英雄に、ため息を吐きながらさらに何か言いかけたこよりが、ふと旅館の方を振り返った。それを追う様に英雄も視線を走らせると、そこに居たのはどうやら旅館の経営者らしい、老夫婦の姿だ。
　こよりとは既知なのだろう、老夫婦はにこにこと人の良い笑顔で近寄ってくると、久方ぶりに会った孫のように、ぎゅッ、とこよりの手を握った。

「お待ちしておりましたよ、こより嬢ちゃま。駅からは遠うございましたでしょう」
「そうでもないぞ。皆と一緒だったからな」
「では、こちらが嬢ちゃまの仰られていた、ご友人の方々ですか？」
「うん。よろしく頼むな」

　そうして、本当の孫のように心配を始める老夫婦に、肩を竦めたこよりがちらりと振り返ったのを見て、最初に気付いた木南平弥（ja2513）が、ぺこん、と大きく頭を下げる。それから、一体どんな関係なのかと尋ねるように、ちら、と眼差しだけをこよりに向けた。
　英雄もまた、こよりへと視線を向ける。それらの視線を受け止めて、ひょい、とこよりが肩を竦めた。

「この旅館には、昔から毎年遊びに来てるんだ。なかなか良いだろう？」
「せやなぁ。やっぱ、合宿って言ったらホテルとかより、こういう旅館の方が雰囲気出るしな！」
「本当に、情緒あふれる素敵な旅館ですけど……その、どこか寂しい感じが……」
「安心しろ、なっつん。幽霊は絶対に出ないから。――絶対にだ」

　先ほどの話題がまだ尾を引いているのだろう、きょろ、と辺りを見回して、胸の辺りでぎゅッと手を握りながら言葉を選んで言った菜摘を、安心させるようにこよりが微笑んだ。そうしてこちらを見つめる老夫婦に、荷物を運んで欲しいと頼み、この場から遠ざけて。
　実は、と口を開く。

「幽霊が出る、という噂はあるんだ。ただし、あそこのホテルが流したデマだけどな」
「どういう事だ、こより」
「嫌がらせだ」

　ひょいと首を傾げた夜鈴に、きっぱりと言い切ったこよりが少し離れた小高い丘に立つ、小綺麗なホテルをまっすぐ見上げながら説明した事には、いつの頃からか、風光明媚なこの海岸に目を付けたリゾート開発会社が、嫌がらせを始めるようになったのだという。
　前述のような根も葉もない噂はもちろん、旅館の前であからさまにホテルの宣伝を始めたり、ネットの口コミにも悪い噂を書き立てたり。そんな事が続くうちに、幾つもあった旅館は1つ減り、2つ減り、今ではこの旅館しか残っていないとかで、それすら泊まりに来る客は毎年数える程だという。
　だが、幼い頃から縁あって毎年夏を過ごすこの旅館と、あの老夫婦が好きだったこよりは、それを見過ごせなくて。

「そんな状況、黙って見ていられるかッ！」
「――つまり、今回の合宿は旅館を盛り上げる？　みたいな感じか」

　ぐぐッ、と天に怒りの拳を突き上げたこよりに、夜鈴がふむ、と頷いた。そんなこより達の会話を、けれども実の所、英雄は半ば聞き流していて。
　冷たいようだが英雄にとって、気になるのはやはり旅館の存亡よりも、海岸でのきゃっきゃうふふなアレやコレや、だったりする。何しろそのために英雄は、メンズファッションショップで店員のお姉さんに頼み込み、今年流行の一番モテる（ここ重要）トランクスを選んでもらったのだから。
　ゆえに今、英雄の心をくすぐるのは海岸から聞こえてくる、海水浴客の賑やかな声。だから半ば以上投げやりに、さっさとこの面倒な問題を解決して遊びに行きたいという意思を込めて、英雄はこよりにこう言った。

「復興？　簡単だ、リゾート開発会社とやらが潰れればいいんだろう？」
「おや郷田、何か良い案があるのかい？」
「無論。まず久遠が突撃したら、頃合いを見て通報する。頼んだぞ」
「あれ……俺が鉄砲玉……？」

　早速反応してきた栄に、適当に役を押し付けていい笑顔で肩を叩いた英雄に、叩かれた栄がこっくり首を傾げて、会話の内容を反芻するようにぶつぶつ呟き始める。そんな栄に大真面目な顔で英雄は、そんな事はないぞ、と首を振って見せた。
　何しろ、復興のために汗水垂らして頑張ろう、というやる気は英雄の中のどこを探しても、残念ながら出てこない。ついでに言えば面倒ごとが起こっても、絶対に関わりたくないのでさっさと警察に押し付ければ良い、と思っている。
　最小限の手間だけで済んで、面倒くさくなくて、それなりに騒ぎになってリゾート開発会社が潰れそうな、だからこれは英雄にとってどうでも良いなりの最上の提案だった。

「重要な役どころじゃないか。俺はその間に水着美人と楽しんでいるからな」
「郷田なんにもやってないよね！？」
「通報するのにも手間と労力がかかるだろう？」

　栄とそんな会話をするうちに、こより達の方の話題も纏まったらしかった。栄もそれに気付いたのだろう、もう良いよ、とがっくり肩を落として英雄との会話を切り上げ、戻っていく。
　復興ね、と英雄はもう一度呟いた。悪い旅館ではない――むしろ良い旅館だけれども、生憎やっぱりどうしても、申し訳ないほどに英雄の中には、それへの情熱はどこにも見当たらなかった。


●


　早速旅館で水着に着替えて、英雄達は海岸へと繰り出した。こよりに一緒にどうかと誘われて、旅館の老夫人が一緒に日傘をさしてついて来る。
　浜辺には見渡す限り、色とりどりの水着に身を包んだ人々が居た。向こうの方でビーチボールを楽しむ若者集団が居るかと思えば、あちらの波打ち際では親子が砂遊びに興じている。
　早速自分もその中に加わろうと、英雄は件の流行のトランクスを颯爽と閃かせ、砂浜で遊ぶ人々に、主には若い男女の方へ近付いていくと、熱心に声をかけ始めたのである。いや、どうせ一緒に身体を動かすのなら、若い方が何となくこちらも目の保養になるじゃないか。
　取りあえず身体を動かしたい気持ちで、いつになく積極的に（多分）声をかける英雄にこよりが、呆れたような声をかけてくる。

「郷田、何をやっているんだ？」
「せっかくの海だ、遊ばなくてどうする。それにどうせ遊ぶなら、人数は多い方が良いだろう」

　そんなこよりに胸を張り、きっぱりと言い切って英雄は再び、新たな出会い（？）を求めて動き始めた。ちょうど折りよく、あちらの方にビーチボールで遊んでいる男女の集団が居る。
　日本人特有の恥じらいやら謙虚さやら遠慮やら、そういったものを全て置き去ってきた堂々たる足取りで、英雄はその集団へと近付いていった。

「ビーチボールか。俺も混ぜてもらえないか？」
「えー？　あっちの友達は良いの？」
「可愛い子が揃ってるのに」

　ねー、と逆に顔を見合わせられて、そうか？　と英雄は探偵倶楽部の仲間たちの方を振り返る。確かに、菜摘が着ている大胆なデザインの、真っ赤なホルターネックビキニはグッジョブと言うより他はなかったし、対称的にこよりの着ている真っ白なホルターネックワンピースもまた、潮風にはためく裾の辺りの動きを目で追っているのは至福としか言いようがない。男子3人もそれぞれに、見所のある顔であるのも事実だ。
　とはいえ英雄にとって彼らはやはり、倶楽部の仲間だった。だから鑑賞の対象にならないのかと言えば、それはもちろん十分になるのだが、それはそれである。
　英雄がそう主張すると、くすくすと楽しそうな笑いが返ってきた。これは良い反応だ、とさらに一歩踏み込もうとしたら、あちらの方を伺っていたらしい男子の1人が、あ、と声を上げる。

「お仲間、ビーチフラッグするみたいだよ」
「ビーチフラッグ？」
「ああ。よく聞こえないけど、商品が出るとか……高級……ナントカ？　あの白い水着の女の子とのデート権とか、あったりしないのかな」
「何ッ！？」

　その瞬間、英雄は先ほどまでの自分の言動などすっかり忘れ去って、ぐるんと勢い良くこより達の方に向き直った。デート権と聞いては黙っていられな……もとい、高級っぽいものが賞品と聞いては黙っていられない。
　ザッザッザ、と来た時と反対に英雄は真っ直ぐこより達の元に戻る。ちょうど、夜鈴が参加者の最終点呼をしているところだった。

「――結局、参加するのは栄君と平弥だけで良いのかな」
「俺を忘れてもらっては困るな。健康的にビーチフラッグこそ、学生の本分だろう」
「ふぅん？　郷田……海を堪能するんじゃなかったのか？」
「だから、堪能しに来ただろう？」

　心底楽しげな笑顔で言ったこよりに、ひょうひょうとそう言い返す。そんな英雄の後ろから、どうやら一緒についてきていたらしいビーチボール集団の男子が何人か、自分達も参加したい、と手を挙げた。
　ライバルか、と先ほどまでの事をすっかり水に流して、威嚇するような眼差しで彼らを見つめる。やはりデート権と聞くと、男子たるもの本気を出さざるを得ない――つまり、そういう事だろう。
　早速にわか会場に砂山が幾つか築かれて、その真ん中に堂々と海風になびく旗が突き立てられる。良く見ると旗には旅館の名前が入っていて、どうやらこれも復興作戦の一環らしい。
　自らを賞品にしてまで復興を願うこよりの心意気に、ほぅ、と英雄は関心の眼差しを向けた。そのこよりはと言えば、砂山を挟んでスタートラインの向こう側に立ち、何かのレースクイーンのように、右手に日除けの白いパラソルを持ち、左手に副賞らしい腕時計を参加者にも、観客にも見えやすいように捧げ持っている。
　あの腕時計が高級ナントカか、と思いながら英雄は何気なく、傍らに立って準備が終わるのを一緒に待っていた栄に尋ねた。

「やはり、久遠もデート権につられたのか？」
「ぶふぉッ！？　ご、郷田、一体何の……」
「何を言っているんだ、賞品は九神とのデート権だと聞いたぞ？　そうか、となると木南もデート狙いか。やはりライバルだな」
「何でそうなるん！？」

　同じく参加する平弥にうんうんと頷いて見せると、2人は揃って顔を真っ赤にしてぶんぶんと必死に首を振る。どうやら照れているらしい。これからの日本、シャイな草食系男子では生き残れないぞ、と忠告をしてやるべきだろうか。
　そんな鞘当を、意図せず一方的に楽しみながら準備の様子を見ているうちに、審判の夜鈴が砂山の側に陣取って、いつでもどうぞと手を挙げた。砂にずるずると線を引いただけのスタートラインの所には、真っ赤なビキニが眩しい菜摘が真面目な顔で、合図用の旗（ちなみにこれは旅館の名前の入ったタオルを棒に括りつけただけだ）を握り締めていて。
　気合も十分に、英雄を含む参加者が一斉にスタートラインに並んで伏せた。見つめる先は賞品であるこよりと腕時計――ではなく、まずは狙うべき旗。
　一気に、勝負に意識を集中した。今この時を置いて他に、一体いつ全力を出せば良いというのか。いやない。
　じりじりと合図の旗が振り下ろされるのを、待つ。その、緊張が最高に張りつめた間合いを見計らって、さッ、と菜摘が旗を大きく降り降ろした。
　瞬間、文字通り砂を蹴り上げ、砂埃を巻き上げて、跳ね起きた英雄達は一斉に砂山と、その天辺に立つ旗へと駆け出した。

――ズドドドドドド……ッ！！
「うぉぉぉぉぉ……ッ！」

　砂浜の空気が震えるほどの雄叫びを上げ、ただひたすらに旗を目指して砂浜を駆ける。何しろ、元々用意されている旗は人数分よりも少ないから、どの旗を狙うかという作戦から重要だ。
　これと狙いを定めた砂山へ、まっしぐらに走った英雄達はあっと言う間に辿り着き、ほぼ同時のタイミングで一斉に旗目掛けて宙を舞った。何としても賞品を逃してなるかと、英雄は椅子取りゲームよろしく空中で手近な参加者を叩き落し、小さな旗へと手を伸ばす。
　その手が、確かに旗を掴んだ。が、交通整理のお巡りさんの如く、有効だ失格だと振り分けていた夜鈴が、そんな英雄に無常にも「郷田さん、反則で失格」と言い渡す。
　くそ、と思いながら辺りを見回すと、英雄の他に参加した2人の探偵倶楽部メンバーのうち、栄も英雄と同じく失格組に加わっていた。平弥の方は逆に、しっかりと旗を握り締めて有効組のほうにいる。
　ゴールのところまでやってきたこよりが、むぅ、と唇を尖らせた。

「なんだ。栄と郷田は失格か」
「郷田さんは周りを押し退けすぎだし、栄君はそもそも、こけて砂に突っ込んだきり、ゴールしてないしね。平弥、少ししたら第二回戦をやるから、それまで休憩してると良いよ」
「ふっ、旗どころか、地球を掴んでしまったようだな……。なんぺー、俺の分まで頑張ってくれよな！」
「つまり、木南が倶楽部代表と言うことだな。なら、優勝の名誉も倶楽部で山分けという事だ、俺は賞品だけで良いから、お前達は名誉を存分に味わうと良い」
「お、おう……とりあえず、次も頑張ってくるわ」
「頑張って下さいね、木南さん！」

　そんな仲間達の暖かい（？）声援に見送られ、第二回戦という名の決勝戦に送り出された平弥は、第一回戦よりもさらにヒートアップした決勝参加者を何とか制し、見事賞品をゲットした。そうして、悔しそうな参加者達の暖かな拍手の元、進呈された腕時計を受け取りながら、ほっとした表情を見せる。
　デート権が得られて嬉しいのだろう、と好意的に解釈した英雄の横で、自慢のワカメヘアーから砂浜に突っ込んだ時に絡んだ砂を、サラサラ、パラパラとこぼしながら、栄がさて、と皆を振り返った。

「さッ！　じゃあ、次は何をしようか！」
「今度は平和なんがえぇなぁ……」
「何を言ってるんだ、なんぺー。ビーチフラッグだってちゃんと、平和な競技だぞ？」
「そうだな、実にロマン漲る戦いだった。ところで木南、賞品は……」
「渡さなくて良いからね、平弥。でも確かに、次は同じ海らしい遊びでも、あんまり殺伐としてないものが良いかな」
「あ！　では、スイカ割りなどどうでしょうか？」

　皆の話を聞きながら、一生懸命考えていたらしい菜摘が、ぽん、と胸の前で手を合わせてそう提案した。スイカ割り。目隠ししたままスイカを棒で叩き割る、夏の海では定番の遊びである。
　良いわね、と聞いていた老夫人が、にっこり笑って頷いた。

「スイカでしたら、旅館の裏の畑にありますから、使って頂いて構いませんよ」
「本当ですか？　ありがとうございます。ぁ……でも、手頃な棒が……」
「棒なら、さっきのビーチフラッグので良いんじゃないか？」
「でも、あれでは短すぎますし………あッ！」

　こよりの言葉に首を降り、うーん、と悩み始めた菜摘は少しして、大きく目を見開き顔を上げた。何か思いついたか？　と見守る英雄達の前で、ぱっと菜摘が取り出したのは、どこからともなく顕現させた日本刀だ。
　すらりと慣れた仕草で白刃を鞘から抜き放つと、重さや長さを確かめるように幾度か素振りする。そうして菜摘は嬉しそうな笑顔で言い切った。

「これがありました！　これなら、斬った後も断面が崩れる事はないです！」
「……ッてなんでそんなに本気な素振りなの……う、うわぁぁぁッ！」

　危うく日本刀に髪の一房を持っていかれた栄が、本気で怯えて張って逃げながら悲鳴を上げる。英雄達も思わず一歩、のみならず5歩ほど下がって安全な距離を取った。
　え？　と菜摘が不思議そうな、そして焦った顔になる。

「ど、どうして皆さん青い顔して私の傍から離れるんですか！？」
「いやいや、なっつん。可愛らしいビキニのなっつんが、勇ましく日本刀を振り回す姿が、だな……？」
「スイカ割り、ならぬスイカ斬りか……このメンツだと違和感が仕事しないな」
「せやけど、子供が日本刀振り回すんは危なないか？」
「大人でも危ないと思うよ。それにしても、スイカ斬り……？　割るんじゃないのか」

　口々にそう告げると、ますます菜摘が「何でですか！？」と言わんばかりの真っ赤な顔になった。残念ながら、大胆なビキニで日本刀を素振りするという、色んな意味で目の保養になっていた事実にも気付いてしまったらしく、慌てて片手で隠すように肩を抱く。
　とまれ、せっかくの菜摘の提案だったけれども、V兵器の日本刀ではそもそも顕現した菜摘以外が握ってスイカ斬り（？）をするのは難しいので、旅館にあるという壊れた箒の柄を取りにいく事になった。先ほどのビーチフラッグで集まってきていた海水浴客も、一度は煌めく白刃に『危ない集団か！？』と逃げたものの、どうやら平和にスイカ割りが始まりそうだと察して戻ってくる。
　女子2人がそんな人々の相手をしている間に、棒を取りに行くという老夫人について英雄達は畑まで行き、スイカを運ぶ事になった。1つずつ運ぶのは面倒なので、両腕に1つずつ抱えて持って帰ることにしたのだが、そうすると今度は持ち難くて、余分な力が必要になる事に気づく。
　とはいえ一度始めてしまった以上、半ば意地でせっせとスイカを運んだ英雄は、後の事は全部裏方的な役割を買って出た夜鈴に任せると、「俺は疲れたから休む」とあっさり戦線離脱した。そうして、やはり夜鈴が敷いたビニールシートにどっかりと腰を下ろし、後はスイカが来るのを待つことにする。
　スイカを割ろうと斬ろうと、自分で割ろうと他人が割ろうと、最終的に食べられれば何の問題もない。美味しければ言う事はないが、モノがスイカである以上、そもそもの出来如何だろう。
　今回は賞品もないしな、と1人頷き見守る中で、始まったスイカ割り大会もまた、砂浜に賑やかな活気をもたらした。目隠しをするだけではなく、何回かその場でぐるぐると身体を回されてから歩き出すので、ふらふらとあらぬ方向に歩き出す挑戦者に喝采やヤジが飛ぶ。

「そのまま真っ直ぐー！」
「違う違う！　もっと右だ、右！」
「後ろー！」
「あぁ〜……ッ！　惜しい！」

　飛んでくる声が正しいとは限らない上に、完全に平衡感覚を失った状態ではどちらがどちらだかも怪しかったりする。ゆえに、参加した探偵倶楽部のメンバーも含めて見事スイカを叩き割る猛者はなかなか現れず、見事にスイカを割ったのは家族連れで遊びに来たという、小学生の男の子だった。
　観客も参加者も、わぁッ、と一斉に拍手が沸き起こった。そんな中、老夫人と夜鈴が割れたスイカを回収して皆に配って回るのを、すかさず英雄はゲットする。
　ここまで来ると後はもう、スイカ割りを続ける傍らで、海に沈めて冷えたスイカも適時引っ張り出して、それこそ菜摘が改めて日本刀でざくざく斬って配り始めて。
　それらのスイカを遠慮なく、思うままにしゃくしゃく頬張る。そうしてせっせとスイカの皮の山を築くうちに、最後の一つのスイカも見事叩き割られて、スイカ割り大会も終わりになった。
　ぞろぞろと、楽しげな顔で海水浴客が去っていく。それを見送りながら、さて次はどうするんだと仲間を振り返ったら、きょろきょろと辺りを見回しながらこよりがひょい、と首を傾げたのに気がついた。

「ん？　なんぺーはどうしたんだ？」
「あら？　そう言えば……スイカ割りに参加されていたのは見たのですが」

　こよりの言葉に、菜摘もこっくり首を傾げる。栄と英雄も顔を見合わせて、平弥の姿をきょろきょろと探して。
　あそこ、と気付いたのは夜鈴だった。

「あそこに浮かんでる水着が、平弥のに似てる気がするんだけど」
「そういえば……ッて、なんで水着だけ？」
「泳いでいて脱げたのかも知れないな。なかなか大胆だな、俺もやるか」
「と言いながら脱ぐな、郷田！　けど……水着だけなら良いが……」
「ま、まさか……木南さん、溺れているのでは……ッ！？」

　むぅ、とこよりのクレームにしぶしぶとトランクスから両手を放す間にも、波の間に間に漂う水着は、ゆらゆらと海に弄ばれているように見える。はッ、と目を見開いた菜摘が顔色を変えて、慌てて海に駆け込もうと走り始めて。
　ぶくん、と水着が沈んだかと思うと、代わりに波の上に平弥の、遠目にもよく目立つ鮮やかな髪の色が現れたのに、今まさに飛び込もうとしていた菜摘がつんのめり、そのまま海に顔から突っ込んだ。というか、勢いで飛び込んでたら別の意味でアウトだったが。
　そうして英雄達が見守る中で、そのまま平弥は危なげなくすいすい泳いで岸まで戻ってくると、ざばざば海から上がってきた。そうしてじっと自分を見つめる眼差しに、やっと気付いてびくん、と身を引く。

「な、なんかあったんか……？」
「木南さん……溺れていたのでは……？」
「え？　あぁ、ちょっと休憩ついでに遊んでてん。ほら、なんか波にゆらゆら揺れてたら楽しそうやん？　やから、ぷかーッと浮かんで……どこまで漂っていくか……やな………？」

　皆を代表して尋ねた菜摘に、最初は楽しげににこにこと『遊び』を説明していた平弥だったけれども、やがてみんなの眼差しが険しくなっていくのに気がついたのだろう、次第に声が弱々しくなってきた。誰か味方は居ないかと、救いを求めるようにおろおろ視線がさ迷う。
　脱いだんじゃなかったのか、とそんな平弥をしみじみ眺めた。新しいナンパ方法かと、ちょっぴり期待してしまったではないか。
　他のみんなも似たり寄ったりだったのだろう、やれやれ、と言った素振りで顔を見合わせた。そうしてその後しばらくの間、平弥をそのネタで弄り倒す事になったのだった。


●


　旅館の方を手伝いに戻るという、老夫人が去った後も時折休憩を挟みながら全力で遊んでいるうちに、気付けばそろそろ海に陽も落ちる頃合だった。砂浜にひしめいていた海水浴客も、いつしか疎らになっている。
　ゆっくりと空と、海が異なる茜色に染まっていくのを、しばし皆で眺めた。最後の黄金色が水平線の向こうに消えていくのを、そうして見送ってから、ゆっくりとラベンダー色に染まり出した空の下を、旅館までのんびり歩いて。
　旅館に帰りついて、軽くシャワーを浴びて着替えた後は、トランプや卓球をして遊ぶ。今日の今日で宿泊客が増えるはずもなく、小さいとはいえそれなりの広さがある旅館には、まだ泊まっている人は疎らだ。
　ゆえにあちらこちらで気の向くままに、のんびりと遊んで過ごしていたら、いつの間にか姿が見えなくなっていた平弥がふらり戻ってきて、英雄達を見回しこう言った。

「夕食の準備できたで。部屋に運んどいたから、冷めへんうちに食べよ」
「わ。たこ焼きですか？」
「や、それもあるけど他にも色々、手伝わせて貰ったんとか、厨房をちょっと借りて作らせてもらったのんとか」
「確かにそろそろ、腹も減ったな」

　ぱっと顔を輝かせて尋ねた菜摘の言葉に、平弥が首を振りながら言ったのを聞いて、英雄はそう声を上げながら立ち上がる。そうして、他の仲間たちがそれぞれに、「をぉ、それは楽しみだな」「ありがとう、平弥」「どんな料理があるんだろうね〜」と話すのを聞きながら、ぞろぞろと部屋まで移動した。
　部屋は三間続きの和室になっていて、真ん中の部屋が皆で過ごす共有スペースに、その両端がそれぞれ、男子と女子の部屋になっている。その、真ん中の共有スペースの机にずらりと並べられた料理に、をぉ〜、と歓声が上がった。
　お刺身の盛り合わせに、新鮮な魚介類が入った小さな鍋が1つずつ。他にも旅館の畑で獲れた夏野菜を使った和風マリネなどが並んでいて、真ん中にはホカホカとまぁるい、おなじみのたこ焼きがドーンと積み上げられていて。
　そんな美味しそうな夕食を、わいわいと賑やかに食べ終わって、お腹も心も満たされた気分で満足げに胃の辺りをさする。そのまま、のんびりとした気分に浸っていたら、市販の花火セットを手にしたこよりが声をかけてきた。

「そろそろ花火をしないか？」
「そうだね。あんまり遅くなると、旅館の人や他のお客さんにも迷惑になるし」

　こよりの言葉に、ちらりと時計を見ながら夜鈴がそう頷く。つられて一緒に壁掛けの時計を見上げると、確かにもう少しすると、幾ら旅先でもご近所迷惑になりそうな時間だ。
　さすが夜鈴、と頷いて英雄達は、それぞれに持参してきた花火セットを手に外に出た。海から陸へと吹き抜ける涼やかな風を心地良く受け止めながら、向かったのは昼間も遊んだ海岸だ。
　真っ暗な海岸は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。遠くの方でちらほらと、同じように花火を楽しむ人々の影と、パチパチと色とりどりに弾ける花火が小さく見える。
　そうして――

「あぁ、そこに居たのか。準備は出来ているか？」
「……ッ！？」
「はい。ご依頼どおり花火200発、いつでも打ち上げ可能です」
「って……打ち上げ花火！？」

　砂浜に何本もの筒を立て、日頃はテレビなどでしか目にしないような紙張りのごろりとした花火玉を積み上げた、花火師達と会話を始めたこよりに、さすがに英雄は驚きの声を上げた。そんな英雄達をふふんと見て、こよりが楽しげに「じゃあ、始めてくれ」と依頼する。
　はい、と頷いた花火師達に危険なのでと促され、ぞろぞろと距離を置いて数分待った。そうして、まだかかるのかな、と少し間延びした気分になった頃。

――ヒュゥゥゥゥゥ〜………
――ドー……ンッ！
「おぉ……ッ！」

　花火大会で聞くよりも遥かに大きな打ち上げオンが響き渡って、次の瞬間大きな花火が夜空に咲いたのに、目を奪われた。――それは大きく、力強く、華やかに輝く儚き花。
　一定の間隔を置いて、次々と打ち上げられる花火に惹かれたのだろう、気付けば砂浜にはちらほらと、花火を見に来た人の姿も見えていた。やがて200発の花火が全て夜空に打ちあがり、大気を震わせる余韻を残して最後の輝くかけらが消えると、誰からともなく花火師達へと拍手が沸き起こる。
　それに並んで一礼をして、それでは、と役目を終えて帰って行った花火師達を見送って、今度こそ英雄達は持ってきた手持ち花火を楽しみ始めた。

「うわぁ……ッ！　本当にたくさんの種類がありますね！」
「だねー！　真田はどれにする？　俺はこれかな、このロケット花火」
「よ、ッと。海水を汲んだバケツ、ここに置いておくよ。みんな、終わった花火はここに入れて……」
「そうだな、後始末はしっかりしないといけないな。あと九神、花火は人に向けてはいけないぞ」
「郷田、そういうとまるで、私だけがそんな悪戯をしようとしているみたいじゃないか。栄やなんぺーにも注意するべきじゃないのか？」
「ワイもッ！？」

　ここは1つ大人の対応を見せつけようと、釘を刺してみたら栄と平弥も巻き込もうと、こよりが全力でびしっと2人を指差した。それに、指された平弥がおろおろし始めて、何だかおかしくなってぷっと吹き出す。
　そうして、結局ロケット花火で狙い合ったり、噴き出す花火を持ったままぐるぐると回ったり始める3人に、夜鈴と一緒に怒ったり、注意をしたり。そうして最後の線香花火を終えて、後始末を見届け旅館に帰りついた英雄は、露天風呂に行って湯船に浸かりながら、ごくごく真面目な顔で男子3人に尋ねた。

「……さて、混浴はどこだ」
「いや、ないんじゃないかな？」
「ない？　ええい、こうなったら女風呂でも構わん！」
「郷田さん……」

　返って来た栄の言葉に、くわっと目を見開いてざばっと湯船から身を起こし、仁王立ちになった英雄を見て、夜鈴がすっかり頭を抱える。が、むしろこの俺について来いと、英雄は勇ましく女風呂へ――正確には女風呂と男風呂を隔てる、無常な壁へと偉大な一歩を踏み出して。
　勢い余ってずるっ、と大きく足を滑らせ、そのままバランスを崩して湯船の床に派手に転ぶ。

「ぐおッ！？　俺のロマンを邪魔するのは誰だ……ッ！」
「石鹸……かなぁ……？」

　あまりといえばあまりの光景に、平弥が助け起こすのも忘れて冷静に、蹴っ飛ばされていった石鹸の塊を見つめながら言った。いかにアウルに目覚め、鍛え抜かれた撃退士と言えども、この不意打ちはさすがにちょっと――いや、かなり痛い。
　うぐぐ、と何とか復活してよろよろと部屋に戻ると、魅惑の女風呂に居た菜摘とこよりが、方や心配そうに、方や面白そうに声をかけてきた。

「露天風呂で郷田の声が聞こえてきたが、まさか覗こうとしたんじゃないだろうな？」
「その後、何やら激しい物音がしましたけれども……郷田先輩、お怪我をされたのではありませんか？」
「何、どうと言う事はない。障害はつき物だからな」
「障害……？」

　栄がこくりと首を傾げたのを、べしりと顔面を叩いて黙らせる。そうしてもう寝ようと――くどいようだが、如何に撃退士であっても不意打ちで容赦のないダメージを局部に受ければ、それなりに大変な事になる――英雄達が露天風呂に行っている間に敷いてくれた布団に、足を向けかけて。
　ぼふ、と軽くて鈍い衝撃を頭に受けて、がくん、と勢い良く首を前に傾けた。ぼて、と足元に落ちたのは、見れば枕だ――これが頭に当たったらしい。
　ゆらーり、そのまま振り返ると「にひ」と笑ったこよりが、次なる枕を手にしている所だった。水着姿はきちんと目の保養になるナイスバディだが、やはりこういう所はまだまだ子供らしい。
　ふ、と英雄は笑った。

「いいか、九神。俺はそんな、子供じみた……ッ」
「ていッ！　なっつん、栄もなんぺーも柊も、旅行と言えば枕投げだろう」
「こより、それは旅館のご迷惑に……ッ」
「やれやれ、はしゃぐなら節度を保って……ッ」

　常識派の夜鈴と、年長の英雄が真面目な顔でもっともらしく注意をしようとしたが、その矢先から枕がどんどん飛んでくる。ついに幾度目かで、ぶち、と英雄はぶち切れた。
　ゆらり、両手に持つのは投げつけられた枕。己の長身を存分に生かして、上部から叩き込むように投げつける。

「よろしい、ならば戦争だ……！」
「その勝負、受けてたとうじゃないか」
「2人とも！　周りの部屋の迷惑になるだろう！？」

　ついに夜鈴までもが声を荒げて、第一回枕投げ大戦に乱入した。止めさせようと言うつもりなのだろうが、この場合はすでに逆効果だ。
　ゆえにまずは最初の生贄とばかりに、英雄とこよりは息の合ったタイミングで夜鈴めがけて枕を投げつけ、撃沈させた。そこからさらに戦域を拡大して――手当たり次第にとも言う――周りのメンバーも巻き込んでいく。
　そうして始まった戦いは、やがて旅館の老夫婦が困り顔で仲裁にやって来るまで、果てしなく続いたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　　　　ＰＣ名　　　　／　性別　／　年齢　／　　　　　職業　　　　　】
　ja0378　　／　　　郷田　英雄　　　／　男　　／　20　　／　　　　阿修羅
　ja0431　　／　　　真田菜摘　　　　／　女　　／　16　　／　　ルインズブレイド
　ja0478　　／　　　九神こより　　　／　女　　／　16　　／　インフィルトレイター
　ja1014　　／　　　柊　夜鈴　　　　／　男　　／　18　　／　　　　阿修羅
　ja2400　　／　　　久遠　栄　　　　／　男　　／　20　　／　インフィルトレイター
　ja2513　　／　　　木南平弥　　　　／　男　　／　16　　／　　　　阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
お届けが大変遅くなりました事を、心からお詫び申し上げます。

息子さんの、探偵倶楽部の皆様との夏の海での物語、如何でしたでしょうか。
楽しく書かせて頂くうちに、気付けば何だか大変なボリュームになっておりまして、あれ？　と首を傾げたとかそんな、そんな（目逸らし
キャラ崩壊もOKとのことでしたが、崩壊というか暴走状態になってしまったような気も致しますが、気のせいだと信じていたい今日この頃です。

息子さんのイメージ通りの、楽しく賑やかなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します（深々と

流星の夏ノベル

蓮華・水無月

エリュシオン

2013年10月02日