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『Seaside summer.〜赤の少女 』
真田菜摘ja0431

 探偵倶楽部の夏合宿が、決まったのはつまる所、九神こより(ja0478)の独断と偏見によるところが、非常に大きかった。そもそも、昨年の冬合宿に引き続き、夏合宿を決行しようと決めたのもこよりならば、その行き先を決めたのもまたこよりである。
 だから真田菜摘(ja0431)がそれを、不満としていた訳ではもちろん、まったくない。そうして菜摘を含む探偵倶楽部のメンバーがその旅館にやって来たのは、つまりそんな理由であって。
 最寄りの駅から部員の皆と一緒に、どんな旅館なのかと楽しみに話しながら歩いてきた菜摘は、その合宿先であるところの旅館の前で足を止めた。先を立って歩いていたこよりが、その旅館の前で誇らしげに胸を張る。

「ここがその旅館だ」
「おぉーッ。海も近いんだねーッ」
「そうだな。いかにも何か出そうな良い旅館だ。俺の部屋には一番良いのを頼む」
「郷田さん……」
「え、で、出るんですか!?」

 こよりの言葉に、浜辺の方をぐるりと見回しながら楽しげに言った久遠 栄(ja2400)の傍らで郷田 英雄(ja0378)がそう言ったのに、柊 夜鈴(ja1014)が額を押さえた。が、菜摘としてはそれよりも、もっと違うセリフが気になって、真っ青になってこよりを振り返る。
 何か出そうな、という表現は大抵の場合、ホラーなどで使われる。だが、ホラーが大の苦手の菜摘にとっては、例えどんなものであろうと『出る』こと自体が大問題だ。

(そ、それに、一番良いの……ッてどんなのでしょう!?)

 とっさにあらぬ方向に思考が流れたのにも、気付かないままぐるぐると考える。ホラーで良いものと言えば怖いもの――いやいや、そんなものが出てもらっては困る。
 そんな風に必死に、怖いからこそ考えてしまう菜摘を見て、こよりが「そんな訳ないだろう」と首を振った。そうしてため息を吐きながらさらに何か言いかけたこよりが、ふと旅館の方を振り返る。
 それを追う様に菜摘も視線を走らせると、そこには旅館の経営者らしい、老夫婦の姿があった。こよりとは既知なのだろう、老夫婦はにこにこと人の良い笑顔で近寄ってくると、久方ぶりに会った孫のように、ぎゅッ、とこよりの手を握る。

「お待ちしておりましたよ、こより嬢ちゃま。駅からは遠うございましたでしょう」
「そうでもないぞ。皆と一緒だったからな」
「では、こちらが嬢ちゃまの仰られていた、ご友人の方々ですか?」
「うん。よろしく頼むな」

 そうして、本当の孫のように心配を始める老夫婦に、こよりが肩を竦めてちら、とこちらを振り返った。それに気付いた木南平弥(ja2513)が、ぺこん、と大きく頭を下げる。
 それからちら、と眼差しだけを向けて、一体どんな関係なのかと尋ねる平弥に、ひょいとこよりは肩を竦めた。

「この旅館には、昔から毎年遊びに来てるんだ。なかなか良いだろう?」
「せやなぁ。やっぱ、合宿って言ったらホテルとかより、こういう旅館の方が雰囲気出るしな!」
「本当に、情緒あふれる素敵な旅館ですけど……その、どこか寂しい感じが……」
「安心しろ、なっつん。幽霊は絶対に出ないから。――絶対にだ」

 先ほどの話題を思い出して、自分を奮い起こすように胸の辺りでぎゅっと手を握りながら、慎重に辺りを見回して言った菜摘を、安心させるようにこよりが微笑んだ。そうしてこちらを見つめる老夫婦に、荷物を運んで欲しいと頼み、この場から遠ざけて。
 実は、と口を開く。

「幽霊が出る、という噂はあるんだ。ただし、あそこのホテルが流したデマだけどな」
「どういう事だ、こより」
「嫌がらせだ」

 ひょいと首を傾げた夜鈴に、きっぱりと言い切ったこよりが少し離れた小高い丘に立つ、小綺麗なホテルをまっすぐ見上げながら説明した事には、いつの頃からか、風光明媚なこの海岸に目を付けたリゾート開発会社が、嫌がらせを始めるようになったのだという。
 前述のような根も葉もない噂はもちろん、旅館の前であからさまにホテルの宣伝を始めたり、ネットの口コミにも悪い噂を書き立てたり。そんな事が続くうちに、幾つもあった旅館は1つ減り、2つ減り、今ではこの旅館しか残っていないとかで、それすら泊まりに来る客は毎年数える程だという。
 だが、幼い頃から縁あって毎年夏を過ごすこの旅館と、あの老夫婦が好きだったこよりは、それを見過ごせなくて。

「そんな状況、黙って見ていられるかッ!」
「――つまり、今回の合宿は旅館を盛り上げる? みたいな感じか」

 ぐぐッ、と天に怒りの拳を突き上げたこよりに、夜鈴がふむ、と頷いた。それにこよりが大きく頷くと、なるほど、と思案顔になる。
 海水浴客で賑わう海岸の方を見ていた英雄が言った。

「復興? 簡単だ、リゾート開発会社とやらが潰れればいいんだろう?」
「おや郷田、何か良い案があるのかい?」
「無論。まず久遠が突撃したら、頃合いを見て通報する。頼んだぞ」
「あれ……俺が鉄砲玉……?」

 栄がこっくり首を傾げて、会話の内容を反芻するようにぶつぶつ呟き始める。何やら話が長くなりそうだと、菜摘は小さく苦笑して視線をこよりへと戻した。
 夜鈴や平弥も、2人から視線を戻してうーん、と唸っている。そうしてしばらく考えた後、夜鈴がまだ首を傾げながらこう言った。

「どこまで出来るか判らないが、出来るだけ力になりたいな」
「そうですね。せっかくですからご夫婦にも楽しんで頂けるような、思い出に残ることをやってみたいです!」
「せやな。ワイも出来ることは頑張るで!」

 夜鈴の言葉に、菜摘と平弥は揃ってうんうん頷く。そうしてぎゅっと両手を握って、どんな事をしようかと思いつくままに、夜鈴と3人でああでもない、こうでもないと話し始めて。
 会話がひと段落ついたのか、菜摘達のそばに戻ってきた栄がにこにこと言った。

「まずは何が出来るか、自分でも体験してみなくちゃね。という訳で、早速遊びに行こうぜッ!」
「ああ、そうだな」

 その言葉に、こよりが大きく頷いて海岸の方を見つめる。その眼差しを追うように、菜摘もそちらの方をじっと見つめた。
 旅館の復興なんて、一体どうすれば良いのかも、どこまで出来るのかも正直なところ、判らない。けれども大好きなこよりが大切にしている旅館でもあるのだし、自分に出来る事を精一杯やりたいと、菜摘は考えていたのだった。





 早速旅館で水着に着替えて、菜摘達は海岸へと繰り出した。こよりに一緒にどうかと誘われて、旅館の老夫人が一緒に日傘をさしてついて来る。
 浜辺には見渡す限り、色とりどりの水着に身を包んだ人々が居た。向こうの方でビーチボールを楽しむ若者集団が居るかと思えば、あちらの波打ち際では親子が砂遊びに興じている。
 そんな中、真っ先に動き始めたのは英雄だった。と言っても旅館の宣伝を始めたのではなくて、身に着けた流行のトランクスを颯爽と閃かせ、砂浜で遊ぶ人々を、主には若い男女の方へ近付いていくと、熱心に声をかけ始めたのである。
 おい、とそんな英雄にこよりが、呆れたように声をかけた。

「郷田、何をやっているんだ?」
「せっかくの海だ、遊ばなくてどうする。それにどうせ遊ぶなら、人数は多い方が良いだろう」
「それはそうやけど……」

 胸を張り、きっぱりと言い切った英雄の言葉に、聞いていた平弥が首をかしげる。だがそんな台詞など聞こえなかった素振りで――否、英雄のことだから本当に聞いてないのかもしれないが、新たな出会い(?)を求めて英雄はさっさと移動してしまい。
 思わずその姿を見送って、それから苦笑してみんなと顔を見合わせた。老夫人がくすくすと笑って、うちのお爺さんにもあんな頃がありましたよ、と懐かしそうに目を細める。
 そうなんですね、と菜摘はそんな老夫人の話しにこっくりと頷いた。ますますお2人のために頑張らなくちゃと、胸の中で決意をもう一度固め、こより達を振り返る。
 一口に旅館を宣伝すると言っても、ただ声を張り上げた所で、じゃあ行ってみようかと興味を引かれる人間は少ないだろう。ならばどうしたら良いのだろうと、うーん、と考えていたら、こよりが「ふむ」と声を上げた。

「ビーチフラッグをするか。旗に旅館の名前を書いといて……」
「おッ、面白そうだね! 俺の瞬発力を見せるときが来たようだな……」
「ワイも参加しよかな!」
「僕は審判に回ろうかな」
「わ、私は……」

 その言葉に、早速反応したのは平弥と栄だった。いつも通りと言うべきか、夜鈴もみんなをフォローする役回りに立候補したのを見て、菜摘は困った顔で口ごもる。
 何となれば、今日の菜摘の水着は大胆なデザインの、真っ赤なホルターネックビキニ。こよりの着ている真っ白なホルターネックワンピースとまるで一対のようなデザインだけれども、この格好でビーチフラッグなんて激しい競技に挑んでは、とても大変な事になってしまうんじゃないだろうか。
 それを想像しただけでも恥ずかしくなって、真っ赤になった菜摘にこよりが、澄ました顔で声をかけた。

「なっつんはやらないのか? ちゃんと、録画もしておくぞ?」
「こッ、こよりッ! その、この格好ですと色々、不都合が……ッ!」
「でも、九神も真田もその水着、よく似合ってるよ」
「だねぇ。……ところで九神、勝ったら何か賞品とか無いのかい?」

 こよりの言葉に、途端にわたわたと真っ赤になって必死に言い募った菜摘と、こよりを見比べて夜鈴がすかさず褒める。そんな夜鈴に同意しながら、尋ねた栄の言葉にこよりが、もちろんあるぞ、と頷いた。
 あるんですか? と興味を惹かれて菜摘は、ちょっとだけさっきまでの話題を忘れてこよりに眼差しを向ける。そんな期待の視線を受けて、こよりが企むように笑った。

「なんと、優勝賞品は……このわ・た・し! だ」
「な……ッ!?」
「――というのはもちろん冗談だ。ちゃんと高級腕時計を用意してある。……おや何だ栄、期待したのか? エッチだなー、なっつん、気をつけるんだぞ?」
「は、その、はい……?」
「九神、冗談はその辺にして。栄君もいつまでも砂に顔を突っ込んでないで――結局、参加するのは栄君と平弥だけで良いのかな」
「俺を忘れてもらっては困るな。健康的にビーチフラッグこそ、学生の本分だろう」

 にんまり笑ったこよりの言葉に、驚きのあまり砂浜に突っ伏した栄に同情しているうちに、柊が最終確認を始めた。それに自分が入ってないことに安堵したのも束の間、ゆらりと現れた影が言葉を挟んだのに、え? と振り返る。
 そこに居たのは、新たな出会いを求めに行ったはずの英雄だった。どうやら、出会いは失敗したらしい。
 ふぅん? とこよりが楽しげに言った。

「郷田……海を堪能するんじゃなかったのか?」
「だから、堪能しに来ただろう?」

 ひょうひょうとそう言い返した英雄に、思わず菜摘は苦笑した。その間にも商品が高級腕時計と聞いてか、他にも何人かが参加したいと手を挙げた。
 早速にわか会場に砂山が幾つか築かれて、その真ん中に堂々と海風になびく旗が――もちろん、ばっちり旅館の名前入りだ――突き立てられる。こよりがその砂山を挟んでスタートラインとは反対側に立ち、何かのレースクイーンのように、右手に日除けの白いパラソルを持ち、左手に賞品の腕時計を参加者にも、観客にも見えやすいように捧げ持った。
 審判の夜鈴が砂山の側に陣取って、いつでもどうぞと手を挙げる。それにこくりと頷いた菜摘が居るのは、その砂山を挟んでこよりとは反対側、つまり砂にずるずると線を引いただけのスタートラインの所。
 うぅ、と己の真っ赤なビキニを思い出し、菜摘は居心地の悪い、恥ずかしい思いを噛みしめた。だが、参加しない以上は自分も何か、みなさんのお役に立つものを――と考えた結果がこの、スターターというポジションだったのだから仕方ない。

(頑張らねばなりませんね)

 恥じらいを振り切るようにきゅっと唇を引き締めて、菜摘は真面目な顔で合図用の旗(ちなみにこれは旅館の名前の入ったタオルを棒に括りつけただけだ)を握り締めた。スタートラインに並んで伏せた参加者の顔も、高級腕時計を見つめて――否、旗を見つめて真剣に引き締まる。
 その、緊張が最高に張りつめた間合いを見計らって、さッ、と菜摘は旗を大きく降り降ろした。
 瞬間、文字通り砂を蹴り上げ、砂埃を巻き上げて、跳ね起きた参加者が一斉に砂山と、その天辺に立つ旗へと走っていく。

――ズドドドドドド……ッ!!
「うぉぉぉぉぉ……ッ!」

 いったい、何が彼らをそれほどまでに、高級腕時計へと駆り立てるのだろう。砂浜の空気が震えるほどの雄叫びを上げ、ただひたすらに旗を目指して砂浜を駆ける男達の姿は、見ている菜摘も圧倒される程だ。
 あっと言う間に彼らは旗へと辿り着き、ほぼ同時のタイミングで一斉に旗目掛けて宙を舞った。だが、何しろ目指しているのは人数分より少ない上に小さな旗だ、あちらこちらで交通事故よろしく、ごっつんごっつんと頭と頭がぶつかり合う。
 そんな参加者達を夜鈴が交通整理のお巡りさんの如く、有効だ失格だと振り分けていた、のだが。その結果が一通り出ると、聞いたこよりがむぅ、と唇を尖らせた。

「なんだ。栄と郷田は失格か」
「郷田さんは周りを押し退けすぎだし、栄君はそもそも、こけて砂に突っ込んだきり、ゴールしてないしね。平弥、少ししたら第二回戦をやるから、それまで休憩してると良いよ」
「ふっ、旗どころか、地球を掴んでしまったようだな……。なんぺー、俺の分まで頑張ってくれよな!」
「つまり、木南が倶楽部代表と言うことだな。なら、優勝の名誉も倶楽部で山分けという事だ、俺は賞品だけで良いから、お前達は名誉を存分に味わうと良い」
「お、おう……とりあえず、次も頑張ってくるわ」
「頑張って下さいね、木南さん!」

 栄が砂に突っ込む瞬間を、間近で見ていた菜摘は同情と心配の眼差しを彼に向けながらも、笑顔で平弥を応援した。そんな仲間達の暖かい(?)声援に見送られ、第二回戦という名の決勝戦に送り出された平弥は、なぜか第一回戦よりもさらにヒートアップした決勝参加者を何とか制する。
 そうしてこよりから高級腕時計を受け取った平弥は、なぜだか喜んでいると言うより、安堵した風で。なぜでしょう? と首を傾げる菜摘の前で、なぜか同じくほっとした様子で、自慢のワカメヘアーから砂浜に突っ込んだ時に絡んだ砂を、サラサラ、パラパラとこぼしながら、栄がさて、と皆を振り返った。

「さッ! じゃあ、次は何をしようか!」
「今度は平和なんがえぇなぁ……」
「何を言ってるんだ、なんぺー。ビーチフラッグだってちゃんと、平和な競技だぞ?」
「そうだな、実にロマン漲る戦いだった。ところで木南、賞品は……」
「渡さなくて良いからね、平弥。でも確かに、次は同じ海らしい遊びでも、あんまり殺伐としてないものが良いかな」
「あ! では、スイカ割りなどどうでしょうか?」

 皆の話を聞きながら、今度は自分も何か提案できればと一生懸命考えていた菜摘は、自分の思いつきにぱっと顔を輝かせ、ぽん、と胸の前で手を合わせた。夏と言えばスイカ、夏の海と言えばスイカ割りではないか。
 良いわね、と聞いていた老夫人が、にっこり笑って頷いた。

「スイカでしたら、旅館の裏の畑にありますから、使って頂いて構いませんよ」
「本当ですか? ありがとうございます。ぁ……でも、手頃な棒が……」
「棒なら、さっきのビーチフラッグので良いんじゃないか?」
「でも、あれでは短すぎますし………あッ!」

 こよりの言葉に首を降り、うーん、と菜摘はまた悩む。が、少しして思わぬ盲点に気がつき、大きく目を見開いた。
 ぱっと顔を輝かせ、意識を集中して呼び出したのは愛刀。慣れた仕草で白刃を鞘から抜き放ち、重さや長さがスイカ割りに相応しいかを、幾度か素振りして吟味する。
 菜摘にはすっかり慣れた重みだが、一般にもよく知られているように、日本刀というのは意外に重い。逆に言えば、重すぎるとスイカ割りの棒としては相応しくないのだが――これなら大丈夫だろう。
 うん、と大きく頷いて、菜摘は満面の笑顔でみんなを振り返った。

「これがありました! これなら、斬った後も断面が崩れる事はないです!」
「……ッてなんでそんなに本気な素振りなの……う、うわぁぁぁッ!」

 だがそんな菜摘の前で、なぜか栄が本気で怯えた表情になり、張って逃げながら悲鳴を上げる。他の仲間もそれに倣うように1歩、のみならず5歩ほど下がっていくではないか。
 あら? と菜摘は心底不思議に思って、こっくり首を傾げた。が、次の瞬間自分が怯えられているのだと気付いて、わたわた焦り出す。

「ど、どうして皆さん青い顔して私の傍から離れるんですか!?」
「いやいや、なっつん。可愛らしいビキニのなっつんが、勇ましく日本刀を振り回す姿が、だな……?」
「スイカ割り、ならぬスイカ斬りか……このメンツだと違和感が仕事しないな」
「せやけど、子供が日本刀振り回すんは危なないか?」
「大人でも危ないと思うよ。それにしても、スイカ斬り……? 割るんじゃないのか」

 そんな菜摘に、口々に返ってきた言葉にますます菜摘は焦り、あぅあぅと顔を真っ赤にした。ついでに、ビキニ姿で日本刀を素振りするのはどうかすれば、ビーチフラッグ以上に恥ずかしいと気付いて、慌てて片手で隠すように肩を抱く。
 とまれ、菜摘の身を張った(?)提案は残念ながら、V兵器の日本刀ではそもそも顕現した菜摘以外が握ってスイカ斬り(?)をするのは難しい、と却下になった。代わりに、旅館にあるという壊れた箒の柄を取りに行くことになる。
 先ほどのビーチフラッグで集まってきていた海水浴客も、スイカ割りをすると聞いて集まって来た。こよりと菜摘がそんな人々の相手をしている間に、老夫人が棒を持って来てくれて、さらに男子4人が畑まで行って、せっせとスイカを運んできて。
 今回も裏方的な役割を買って出てくれた夜鈴が、それらのスイカを1つを除いて全部、ごろんと網に入れて海に放り込み、手っとり早く冷やそうと提案した。他にもせっせとビニールシートを敷いたり、食べ終わったスイカの皮を回収するゴミ袋を用意したり。
 そんな用意はありがたく夜鈴に任せて、今度は菜摘も参加すべく、順番待ちの列に加わった。そうして始まったスイカ割り大会もまた、砂浜に賑やかな活気をもたらして。
 目隠しをするだけではなく、何回かその場でぐるぐると身体を回されてから歩き出すので、ふらふらとあらぬ方向に歩き出す挑戦者に喝采やヤジが飛ぶ。

「そのまま真っ直ぐー!」
「違う違う! もっと右だ、右!」
「後ろー!」
「あぁ〜……ッ! 惜しい!」

 飛んでくる声が正しいとは限らない上に、完全に平衡感覚を失った状態ではどちらがどちらだかも怪しかったりする。ゆえに、菜摘も含めて見事スイカを叩き割る猛者はなかなか現れず、見事にスイカを割ったのは家族連れで遊びに来たという、小学生の男の子だった。
 観客も参加者も、わぁッ、と一斉に拍手する。そんな中、老夫人と夜鈴が割れたスイカを回収して皆に配り始めると、後はもう、スイカ割りを続ける傍らで、海に沈めて冷えたスイカも適時引っ張り出して、それこそ菜摘が改めて日本刀でざくざく斬って配ることになった。
 文字通りのスイカ斬りは、見ている人になかなかの好評で。菜摘としても、子供達に「ビキニのねーちゃん、かっくいー!」と憧れの眼差しで見られるのは悪い気分ではないし――むしろこうしてみんなと一緒に過ごせるのが、本当に楽しいし。

(けど……何だか私、良いように弄られてるような……)

 うーん? と首を捻りながら、せっせとスイカを斬り続けるうちに、最後の一つのスイカも見事叩き割られて、スイカ割り大会も終わりになった。ぞろぞろと、楽しげな顔で海水浴客が去っていくのを、手を振って見送る。
 そんな菜摘の耳に、こよりが「ん?」と不思議そうに声を上げたのが届いた。振り返ると、眉を寄せて首を大きく傾げている。

「なんぺーはどうしたんだ?」
「あら? そう言えば……スイカ割りに参加されていたのは見たのですが」

 こよりの言葉に、菜摘はこっくり首を傾げた。確かに今居る顔を見回してみても、平弥の姿はどこにもない。
 栄と英雄も顔を見合わせて、皆できょろきょろ辺りを見回した。そんな中、最初に「あそこ」と気付いたのは夜鈴だ。

「あそこに浮かんでる水着が、平弥のに似てる気がするんだけど」
「そういえば……ッて、なんで水着だけ?」
「泳いでいて脱げたのかも知れないな。なかなか大胆だな、俺もやるか」
「と言いながら脱ぐな、郷田! けど……水着だけなら良いが……」
「ま、まさか……木南さん、溺れているのでは……ッ!?」

 波の間に間に漂う水着は、それだけとも、人が漂っているとも見えた。それをじっと見つめているうちに、最悪の考えに辿り着いた菜摘は、はッ、と目を見開いて顔色を変える。
 映画などでは溺れる時に派手な水飛沫が上がるが、本当に人が溺れた時には一見、何も起こっていないように見えるものだ。溺れている我が子を見た親が、だが溺れている事に気付かず――という例も少なくはない。
 平弥も、そんな状態なのかも知れなかった。ならば一刻の猶予はないと、菜摘は慌てて海に駆け寄ると、スポーツ選手のような見事なフォームでそのまま飛び込もうとして。
 ぶくん、と水着が沈んだかと思うと、代わりに波の上に平弥の、遠目にもよく目立つ鮮やかな髪の色が現れたのに、え? と気勢が殺がれる。とたんに体がバランスを崩し、菜摘はつんのめってそのままの勢いで、海に顔から突っ込んでしまった――後から考えたら、勢いで飛び込んでいたら間違いなく海底に頭をぶつけていたに違いないが。
 慌ててばしゃばしゃと起き上がり、呆然と見守る中で平弥は危なげなくすいすい泳いで岸まで戻ってくると、ざばざば海から上がってきた。そうしてじっと自分を見つめる眼差しに、やっと気付いてびくん、と身を引く。

「な、なんかあったんか……?」
「木南さん……溺れていたのでは……?」
「え? あぁ、ちょっと休憩ついでに遊んでてん。ほら、なんか波にゆらゆら揺れてたら楽しそうやん? やから、ぷかーッと浮かんで……どこまで漂っていくか……やな………?」

 皆を代表して尋ねた菜摘に、最初は楽しげににこにこと『遊び』を説明していた平弥だったけれども、やがてみんなの眼差しが険しくなっていくのに気がついたのだろう、次第に声が弱々しくなってきた。誰か味方は居ないかと、救いを求めるようにおろおろ視線がさ迷う。
 溺れて居なくて良かった、と安堵して菜摘は小さな息を吐く。――が、手放しにただ喜ぶ事が出来ないのは、一体何故なのだろう。
 他のみんなも似たり寄ったりだったのだろう、やれやれ、と言った素振りで顔を見合わせた。そうしてその後しばらくの間、その話題は事あるごとに繰り返される事になったのだった。





 旅館の方を手伝いに戻るという、老夫人が去った後も時折休憩を挟みながら全力で遊んでいるうちに、気付けばそろそろ海に陽も落ちる頃合だった。砂浜にひしめいていた海水浴客も、いつしか疎らになっている。
 ゆっくりと空と、海が異なる茜色に染まっていくのを、しばし皆で眺めた。最後の黄金色が水平線の向こうに消えていくのを、そうして見送ってから、ゆっくりとラベンダー色に染まり出した空の下を、旅館までのんびり歩いて。
 旅館に帰りついて、軽くシャワーを浴びて着替えた後は、トランプや卓球をして遊ぶ。今日の今日で宿泊客が増えるはずもなく、小さいとはいえそれなりの広さがある旅館には、まだ泊まっている人は疎らだ。
 ゆえにあちらこちらで気の向くままに、のんびりと遊んで過ごしていたら、いつの間にか姿が見えなくなっていた平弥がふらり戻ってきて、菜摘達を見回しこう言った。

「夕食の準備できたで。部屋に運んどいたから、冷めへんうちに食べよ」
「わ。たこ焼きですか?」
「や、それもあるけど他にも色々、手伝わせて貰ったんとか、厨房をちょっと借りて作らせてもらったのんとか」
「をぉ、それは楽しみだな」

 ぱっと顔を輝かせて尋ねた菜摘の言葉に、平弥が首を振りながら言ったのを聞いて、どんなのでしょう、と楽しみになる。そうして、他のみんなもそれぞれに「をぉ、それは楽しみだな」「確かにそろそろ、腹も減ったな」「ありがとう、平弥」「どんな料理があるんだろうね〜」と話すのを聞きながら、ぞろぞろと部屋まで移動した。
 部屋は三間続きの和室になっていて、真ん中の部屋が皆で過ごす共有スペースに、その両端がそれぞれ、男子と女子の部屋になっている。その、真ん中の共有スペースの机にずらりと並べられた料理に、をぉ〜、と歓声が上がった。
 お刺身の盛り合わせに、新鮮な魚介類が入った小さな鍋が1つずつ。他にも旅館の畑で獲れた夏野菜を使った和風マリネなどが並んでいて、真ん中にはホカホカとまぁるい、おなじみのたこ焼きがドーンと積み上げられていて。
 そんな美味しそうな夕食を、わいわいと賑やかに食べ終わったら次は、こよりが打ち上げ花火を用意していたのにびっくりさせられた。それから、ロケット花火で狙われたり、噴き出す花火を持ったままぐるぐると回るこより達に、笑いながら悲鳴を上げたりして。

「――なっつん、楽しんでるか?」
「はい、こより。とっても楽しい、素敵な合宿です!」

 旅館にまた帰ってきてから、一緒に露天風呂に入ったこよりがそう尋ねたのに、菜摘は心からそう頷いた。それは何を偽るところのない、心からの気持ちだ。
 暖かで過ごしやすい旅館に、たくさんの楽しい出来事。大好きなこより達と過ごす、かけがえのないこの時間。
 だから幸せそうな笑顔を浮かべた、菜摘にほっとしたように、こよりも「そうか」と笑顔になった。そうして何かを言いかけて、隣の男湯から「ええい、こうなったら女風呂でも構わん!」という雄たけびが聞こえてきたのに、ぎょッ、とそちらの方を振り返る。
 あの声は英雄だろうかと、話していたら今度は隣から激しい物音が聞こえてきて、ちょっと心配になってしまった。その後、部屋で再会したら心配していたより元気そうで、ほっとする。
 そうしてその後、唐突に始まった枕投げ大戦からこっそり抜け出して、菜摘は何となく旅館の外へと足を向けた。良く晴れた、雲1つ見えない夜空をひょいと見上げてみれば、はっと息を呑むほどたくさんの星が、地上に降り注ぐように輝いている。
 都会では到底見られない、文字通りの満天の星空にしばし、見惚れた。――今日という日を思い返して、胸の辺りをそっと押さえた。

「大切な思い出……、今日という日も刻まれるのかな……」

 この、胸の中に。魂の中に。
 永遠にも錯覚しそうなこの時間は、けれどもいつ唐突に終わってしまうか判らない事を、いつでも菜摘は意識せずには居られない。だからこそ1つ1つの事柄を大切に噛み締めて、心に刻み込んで、ぎゅっと抱き締めて生きたい――そんな、大切な思い出。
 この身体の隅々まで、それが刻み込まれれば良いと願った。そうして自分と過ごすこの日々が、どうか自分の大切な仲間達の中にも刻まれれば嬉しいと、祈った。

(――寂しがり屋なのかな、私)

 そんな思いを自分自身で振り返って、こく、と菜摘は首を傾げて考える。そうして、自分自身に問いかけるようにまたそっと胸を押さえるのを、ただ夜空の星だけが見つめていた。





 それから数日を過ごして、いよいよ帰るという日に菜摘の提案でみんなで書いた寄せ書きと、ささやかなプレゼントを老夫婦は大喜びしてくれた。そうして宝物のようにぎゅっと胸に抱き、大切にしますね、と微笑んでくれたのに、菜摘は嬉しくなって目を細める。
 どうか。願わくば、この素敵な旅館がいつまでもありますように――
 まるで我が事のように、菜摘はそう祈らずには居られなかったのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 /     職業     】
 ja0378  /   郷田 英雄   / 男  / 20  /    阿修羅
 ja0431  /   真田菜摘    / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより   / 女  / 16  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴    / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄    / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥    / 男  / 16  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
お届けが大変遅くなりました事を、心からお詫び申し上げます。

お嬢様の、探偵倶楽部の皆様との夏の海での物語、如何でしたでしょうか。
気付けば今回もお嬢様は、全力で弄られ愛されておりました……(そっと目を逸らす
とはいえ、ご自身の中に憂いというか、どこか消えない暗いものがあられるからこそ、そういったものを逆にお嬢様ご自身が大切になさっている部分も在るのかな、などとふと考えて見たり。
ビキニが赤になったのは、完全に蓮華の独断と偏見ですすみませんきっとお似合いだと思ったんです……!(全力土下座からの五体投地

お嬢様のイメージ通りの、楽しく賑やかなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
流星の夏ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年10月02日

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