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『Seaside summer.〜惑の青年 』
久遠 栄ja2400

 探偵倶楽部の夏合宿が、決まったのはつまる所、九神こより(ja0478)の独断と偏見によるところが、非常に大きかった。そもそも、昨年の冬合宿に引き続き、夏合宿を決行しようと決めたのもこよりならば、その行き先を決めたのもまたこよりである。
 だから久遠 栄(ja2400)がそれを、不満としていた訳ではもちろん、まったくない。そうして栄を含む探偵倶楽部のメンバーがその旅館にやって来たのは、つまりそんな理由であって。
 最寄りの駅から部員の皆と一緒に、どんな旅館なのかと楽しみに話しながら歩いてきた栄は、その合宿先であるところの旅館の前で足を止めた。先を立って歩いていたこよりが、その旅館の前で誇らしげに胸を張る。

「ここがその旅館だ」
「おぉーッ。海も近いんだねーッ」
「そうだな。いかにも何か出そうな良い旅館だ。俺の部屋には一番良いのを頼む」
「郷田さん……」

 こよりの言葉に、浜辺の方をぐるりと見回しながら楽しげに言った栄の傍らで郷田 英雄(ja0378)がそう言うと、柊 夜鈴(ja1014)が額を押さえた。こよりの傍らでは、ホラーが大の苦手の真田菜摘(ja0431)が真っ青になって「え、で、出るんですか!?」とこよりを振り返る。
 いつものこよりならばここで、英雄と一緒に「そうか、なら肝試しでもするか」などと言ったに違いない。けれども今日に限っては、「そんな訳ないだろう」と首を振る。
 そうして、ため息を吐きながらさらに何か言いかけたこよりが、ふと旅館の方を振り返った。それを追う様に栄も視線を走らせると、そこに居たのはどうやら旅館の経営者らしい、老夫婦の姿だ。
 こよりとは既知なのだろう、老夫婦はにこにこと人の良い笑顔で近寄ってくると、久方ぶりに会った孫のように、ぎゅッ、とこよりの手を握った。

「お待ちしておりましたよ、こより嬢ちゃま。駅からは遠うございましたでしょう」
「そうでもないぞ。皆と一緒だったからな」
「では、こちらが嬢ちゃまの仰られていた、ご友人の方々ですか?」
「うん。よろしく頼むな」

 そうして、本当の孫のように心配を始める老夫婦に、こよりが肩を竦めてちら、とこちらを振り返った。それに気付いた木南平弥(ja2513)が、ぺこん、と大きく頭を下げる。
 それからちら、と眼差しだけを向けて、一体どんな関係なのかと尋ねる平弥に、ひょいとこよりは肩を竦めた。

「この旅館には、昔から毎年遊びに来てるんだ。なかなか良いだろう?」
「せやなぁ。やっぱ、合宿って言ったらホテルとかより、こういう旅館の方が雰囲気出るしな!」
「本当に、情緒あふれる素敵な旅館ですけど……その、どこか寂しい感じが……」
「安心しろ、なっつん。幽霊は絶対に出ないから。――絶対にだ」

 先ほどの話題がまだ尾を引いているのだろう、きょろ、と辺りを見回して、胸の辺りでぎゅッと手を握りながら言葉を選んで言った菜摘を、安心させるようにこよりが微笑んだ。そうしてこちらを見つめる老夫婦に、荷物を運んで欲しいと頼み、この場から遠ざけて。
 実は、と口を開く。

「幽霊が出る、という噂はあるんだ。ただし、あそこのホテルが流したデマだけどな」
「どういう事だ、こより」
「嫌がらせだ」

 ひょいと首を傾げた夜鈴に、きっぱりと言い切ったこよりが少し離れた小高い丘に立つ、小綺麗なホテルをまっすぐ見上げながら説明した事には、いつの頃からか、風光明媚なこの海岸に目を付けたリゾート開発会社が、嫌がらせを始めるようになったのだという。
 前述のような根も葉もない噂はもちろん、旅館の前であからさまにホテルの宣伝を始めたり、ネットの口コミにも悪い噂を書き立てたり。そんな事が続くうちに、幾つもあった旅館は1つ減り、2つ減り、今ではこの旅館しか残っていないとかで、それすら泊まりに来る客は毎年数える程だという。
 だが、幼い頃から縁あって毎年夏を過ごすこの旅館と、あの老夫婦が好きだったこよりは、それを見過ごせなくて。

「そんな状況、黙って見ていられるかッ!」
「――つまり、今回の合宿は旅館を盛り上げる? みたいな感じか」

 ぐぐッ、と天に怒りの拳を突き上げたこよりに、夜鈴がふむ、と頷いた。それにこよりが大きく頷くと、なるほど、と思案顔になる。
 海水浴客で賑わう海岸の方を見ていた英雄が言った。

「復興? 簡単だ、リゾート開発会社とやらが潰れればいいんだろう?」
「おや郷田、何か良い案があるのかい?」
「無論。まず久遠が突撃したら、頃合いを見て通報する。頼んだぞ」
「あれ……俺が鉄砲玉……?」

 英雄の言葉にちょっとした期待を込めて尋ねた栄に、けれども英雄は良い笑顔でそんな事を言い、肩を叩いた。それにこっくり首を傾げて、会話の内容を反芻するようにぶつぶつ呟き始める。
 そんな栄に大真面目な顔で英雄は、そんな事はないぞ、と首を振って。

「重要な役どころじゃないか。俺はその間に水着美人と楽しんでいるからな」
「郷田なんにもやってないよね!?」
「通報するのにも手間と労力がかかるだろう?」

 ひょうひょうとそんな事をマジメに言う英雄に、やっぱり栄が犠牲になるだけじゃないか、とがっくりと肩を落とす。英雄とそんな会話をしているうちに、どうやらこより達の方の話題も纏まったようだ。
 それに気付いた栄は、会話を切り上げてこより達のそばに戻った。そうしてにこにこ笑って、こう告げる。

「まずは何が出来るか、自分でも体験してみなくちゃね。という訳で、早速遊びに行こうぜッ!」
「ああ、そうだな」

 その言葉に、こよりが大きく頷いて海岸の方を見つめる。その横顔をちょっと見つめてから、栄もまた海岸へと視線を向けた。
 旅館の復興なんて、一体どうすれば良いのかも、どこまで出来るのかも正直なところ、判らない。けれどもこよりが大切にしている旅館ならば尚更に、何とかなれば良いなと栄は考えていたのだった。





 早速旅館で水着に着替えて、菜摘達は海岸へと繰り出した。こよりに一緒にどうかと誘われて、旅館の老夫人が一緒に日傘をさしてついて来る。
 浜辺には見渡す限り、色とりどりの水着に身を包んだ人々が居た。向こうの方でビーチボールを楽しむ若者集団が居るかと思えば、あちらの波打ち際では親子が砂遊びに興じている。
 そんな中、真っ先に動き始めたのは英雄だった。と言っても旅館の宣伝を始めたのではなくて、身に着けた流行のトランクスを颯爽と閃かせ、砂浜で遊ぶ人々を、主には若い男女の方へ近付いていくと、熱心に声をかけ始めたのである。
 おい、とそんな英雄にこよりが、呆れたように声をかけた。

「郷田、何をやっているんだ?」
「せっかくの海だ、遊ばなくてどうする。それにどうせ遊ぶなら、人数は多い方が良いだろう」
「それはそうやけど……」

 胸を張り、きっぱりと言い切った英雄の言葉に、聞いていた平弥が首をかしげる。だがそんな台詞など聞こえなかった素振りで――否、英雄のことだから本当に聞いてないのかもしれないが、新たな出会い(?)を求めて英雄はさっさと移動してしまい。
 思わずその姿を見送って、それから苦笑してみんなと顔を見合わせた。老夫人がくすくすと笑って、うちのお爺さんにもあんな頃がありましたよ、と懐かしそうに目を細める。
 とまれあっさり戦線離脱した英雄は放っておいて、栄は残る仲間と一緒に、旅館の宣伝をする事にした。だが、ただ声を張り上げた所で、じゃあ行ってみようかと興味を引かれる人間など、そうそう居るはずもない。
 なら、どうしたら良いんだろう――うーん、と腕を組んで考えていたらこよりが、ふむ、と声を上げた。

「ビーチフラッグをするか。旗に旅館の名前を書いといて……」
「おッ、面白そうだね! 俺の瞬発力を見せるときが来たようだな……」
「ワイも参加しよかな!」
「僕は審判に回ろうかな」
「わ、私は……」

 その言葉に、早速反応したのは栄と平弥だった。意味もなく髪をさらっとかき上げて、何となくポーズを取ってみた栄をチラッと見ながら、いつも通りと言うべきか、夜鈴がみんなをフォローする役回りに立候補し、菜摘が困った様子で真っ赤になる。
 何となれば、今日の菜摘の水着は大胆なデザインの、真っ赤なホルターネックビキニ。こよりの着ている真っ白なホルターネックワンピースとまるで一対のようなデザインだけれども、その格好でビーチフラッグに挑むのは、なかなか勇気が居るだろう。
 故に真っ赤になった菜摘に、こよりが澄ました顔で声をかけた。

「なっつんはやらないのか? ちゃんと、録画もしておくぞ?」
「こッ、こよりッ! その、この格好ですと色々、不都合が……ッ!」
「でも、九神も真田もその水着、よく似合ってるよ」
「だねぇ。……ところで九神、勝ったら何か賞品とか無いのかい?」

 こよりの言葉に、途端にわたわたと真っ赤になって必死に言い募る菜摘と、こよりを見比べて夜鈴がすかさず褒める。そんな夜鈴に同意しながら、尋ねた栄の言葉にこよりが、もちろんあるぞ、と頷いた。
 お、と栄はそんなこよりに、期待の眼差しを向ける。せっかくみんなで勝負をするのだから、賞品はあった方がやっぱり楽しいし、盛り上がるじゃないか、と思うのだ。
 そんな期待の視線を受けて、こよりが企むように笑った。

「なんと、優勝賞品は……このわ・た・し! だ」
「な……ッ!?」
「――というのはもちろん冗談だ。ちゃんと高級腕時計を用意してある。……おや何だ栄、期待したのか? エッチだなー、なっつん、気をつけるんだぞ?」
「は、その、はい……?」

 にんまり笑ったこよりの言葉に、栄は驚きのあまり思わずぎょッと顔を上げ、ようとして勢い余って砂浜に突っ伏した。エッチとか、そういう意図は誓ってまったくない。ないのだ、けれどもその、ちょっと想像してしまったというか。
 そんな栄に向けられる、こよりの視線が心なしか痛い気がした。栄とこよりを見比べて、おろおろしているだろう菜摘の姿も、かなりリアルに想像できる。
 さっさと話を進めよう、と言わんばかりの口調で、夜鈴が「九神」と声を上げた。

「冗談はその辺にして。栄君もいつまでも砂に顔を突っ込んでないで――結局、参加するのは栄君と平弥だけで良いのかな」
「俺を忘れてもらっては困るな。健康的にビーチフラッグこそ、学生の本分だろう」
「ふぅん? 郷田……海を堪能するんじゃなかったのか?」
「だから、堪能しに来ただろう?」

 心底楽しげな笑顔で言ったこよりに、英雄がひょうひょうとそう言い返す。そんな英雄の後ろから、どうやら一緒についてきていたらしい海水浴客が何人か、自分達も参加したい、と手を挙げた。
 早速にわか会場に砂山が幾つか築かれて、その真ん中に堂々と海風になびく旗が――もちろん、ばっちり旅館の名前入りだ――突き立てられる。そうして、砂山を挟んでスタートラインの向こう側にはこよりが、何かのレースクイーンのように、右手に日除けの白いパラソルを持ち、左手に副賞らしい腕時計を参加者にも、観客にも見えやすいように捧げ持って立っていて。
 そんな様子を眺めながら、栄は軽く身体をほぐすように、ぐるりと大きく腕を回した。どうしても高級腕時計が欲しいわけじゃないけれども、せっかくやるからには勝ちたい。
 そんな事を考えていた栄は、同じく準備が終わるのを一緒に待っていた英雄に声をかけられた。

「やはり、久遠もデート権につられたのか?」
「ぶふぉッ!? ご、郷田、一体何の……」
「何を言っているんだ、賞品は九神とのデート権だと聞いたぞ? そうか、となると木南もデート狙いか。やはりライバルだな」
「何でそうなるん!?」

 慌てて平弥と2人、揃って顔を真っ赤にしてぶんぶんと必死に首を振る。だがその意味が通じているのか、判っている、とばかりに英雄はうんうん頷くだけだ。
 まさか他の参加者も、こよりのデート権が賞品という、恐ろしい誤解をしているのだろうか。ふとその可能性に気付き、見る見るうちに顔色をなくした栄は、やはりその可能性に気付いたらしく焦った様子の平弥と顔を見合わせた。
 マズイ、と思う。誤解は誤解だと言えば終わるのだろうが、何となく周りの盛り上がっている雰囲気が、それだけで終わると思えない何かを醸し出しているようで。
 それに何より――本当にこよりがこの中の誰かとデートをすることになってしまったら、ちょっと、いや、かなり嫌だ。となれば結論はただ1つ。

「こうなったら、俺かなんぺーかが優勝するしかないね」
「せやな。ワイも全力で頑張るわ」

 そっと2人で囁き合ううちに、審判の夜鈴が砂山の側に陣取って、いつでもどうぞと手を挙げた。砂にずるずると線を引いただけのスタートラインの所には、真っ赤なビキニが眩しい菜摘が真面目な顔で、合図用の旗(ちなみにこれは旅館の名前の入ったタオルを棒に括りつけただけだ)を握り締めていて。
 気合も十分に、栄を含む参加者が一斉にスタートラインに並んで伏せた。見つめる先は賞品である腕時計と、それを持つこより――ではなく、まずは狙うべき旗。
 一気に、勝負に意識を集中した。間違いなくこの戦いは、何があっても負けられない戦いだ。
 じりじりと合図の旗が振り下ろされるのを、待つ。その、緊張が最高に張りつめた間合いを見計らって、さッ、と菜摘が旗を大きく降り降ろした。
 瞬間、文字通り砂を蹴り上げ、砂埃を巻き上げて、跳ね起きた栄達は一斉に砂山と、その天辺に立つ旗へと駆け出した。――が。

「わ、わわわ……ッ!?」

 その最初の一歩であろう事か、思い切り砂に足を滑らせて栄は、勢い良く砂の中へと頭から突っ込んだ。慌てて何とか立ち上がり、走り出そうとするけれどもすでに、他の参加者たちは遥か彼方へと走って行ってしまっている。

――ズドドドドドド……ッ!!
「うぉぉぉぉぉ……ッ!」

 砂浜の空気が震えるほどの雄叫びを上げ、ただひたすらに旗を目指して砂浜を駆ける姿に、後悔と焦燥が同時に胸に押し寄せた。せめて平弥が勝ってくれます様にと、心から祈る。
 そうして見守る間にも、あっと言う間に彼らは旗へと辿り着き、ほぼ同時のタイミングで一斉に旗目掛けて宙を舞った。だが、何しろ目指しているのは人数分より少ない上に小さな旗だ、あちらこちらで交通事故よろしく、ごっつんごっつんと頭と頭がぶつかり合う。
 そんな参加者達を夜鈴が交通整理のお巡りさんの如く、有効だ失格だと振り分けていった。遅ればせながら、と栄がそんな夜鈴のところまで歩いていくと、当たり前ながら「栄君は失格」と言い渡されてがっくり肩を落とす。
 そうして全ての参加者が一度ゴールし終わったところで、むぅ、とこよりがその結果に唇を尖らせた。

「なんだ。栄と郷田は失格か」
「郷田さんは周りを押し退けすぎだし、栄君はそもそも、こけて砂に突っ込んだきり、ゴールしてないしね。平弥、少ししたら第二回戦をやるから、それまで休憩してると良いよ」
「ふっ、旗どころか、地球を掴んでしまったようだな……。なんぺー、俺の分まで頑張ってくれよな!」
「つまり、木南が倶楽部代表と言うことだな。なら、優勝の名誉も倶楽部で山分けという事だ、俺は賞品だけで良いから、お前達は名誉を存分に味わうと良い」
「お、おう……とりあえず、次も頑張ってくるわ」
「頑張って下さいね、木南さん!」

 平弥だけでも突破出来たのは幸いだ、と心から思いながら栄は平弥をそう応援する。彼が予選を突破してくれたからこそ、こうして冗談を言う余裕もある、と言うべきか。
 あっという間に責任重大になってしまった平弥は、他にも仲間達の暖かい(?)声援に見送られて第二回戦という名の決勝戦に挑んだ。そうして、第一回戦よりもさらにヒートアップした決勝参加者を何とか制し、見事優勝を果たす。
 悔しそうな参加者達の暖かな拍手の元、進呈された高級腕時計を受け取りながら、ほっとした様子の平弥の表情に、栄もほっと息を吐いた。そうして平弥へと、感謝の眼差しを惜しみなく注ぎ。
 そうして、自慢のワカメヘアーから砂浜に突っ込んだ時に絡んだ砂を、サラサラ、パラパラとこぼしながら、さて、と皆を振り返る。

「さッ! じゃあ、次は何をしようか!」
「今度は平和なんがえぇなぁ……」

 思わず、といった風でしみじみ呟いた平弥の言葉に、栄も無言で同意した。ビーチフラッグそのものが悪いわけではないが、こんなに心臓に悪い遊びはちょっと、今後は遠慮したい。
 平弥の言葉に、だが事情を知らないこよりが首を傾げる。

「何を言ってるんだ、なんぺー。ビーチフラッグだってちゃんと、平和な競技だぞ?」
「そうだな、実にロマン漲る戦いだった。ところで木南、賞品は……」
「渡さなくて良いからね、平弥。でも確かに、次は同じ海らしい遊びでも、あんまり殺伐としてないものが良いかな」
「あ! では、スイカ割りなどどうでしょうか?」

 皆の話を聞きながら、一生懸命考えていたらしい菜摘が、ぽん、と胸の前で手を合わせてそう提案した。スイカ割り。目隠ししたままスイカを棒で叩き割る、夏の海では定番の遊びである。
 良いわね、と聞いていた老夫人が、にっこり笑って頷いた。

「スイカでしたら、旅館の裏の畑にありますから、使って頂いて構いませんよ」
「本当ですか? ありがとうございます。ぁ……でも、手頃な棒が……」
「棒なら、さっきのビーチフラッグので良いんじゃないか?」
「でも、あれでは短すぎますし………あッ!」

 こよりの言葉に首を降り、うーん、と悩み始めた菜摘は少しして、大きく目を見開き顔を上げた。何か思いついたか? と見守る栄達の前で、ぱっと菜摘が取り出したのは、どこからともなく顕現させた日本刀だ。
 すらりと慣れた仕草で白刃を鞘から抜き放つと、重さや長さを確かめるように幾度か素振りする。その拍子に、ヒュッ、と何かが栄の前を過ぎっていった。
 ん? とその行方を眼差しで追って、足元を見ればぱらりと切れた一房の髪。――髪!?
 ぎょッと目を見開いた、栄に気付かず菜摘が、嬉しそうな笑顔で言い切った。

「これがありました! これなら、斬った後も断面が崩れる事はないです!」
「……ッてなんでそんなに本気な素振りなの……う、うわぁぁぁッ!」

 次は髪以外の場所も斬られるんじゃないかと、本気で怯えて張って逃げながら悲鳴を上げる。他の仲間もそれに倣うように1歩、のみならず5歩ほど下がって安全な距離を取った。
 え? と菜摘が不思議そうな、そして焦った顔になる。

「ど、どうして皆さん青い顔して私の傍から離れるんですか!?」
「いやいや、なっつん。可愛らしいビキニのなっつんが、勇ましく日本刀を振り回す姿が、だな……?」
「スイカ割り、ならぬスイカ斬りか……このメンツだと違和感が仕事しないな」
「せやけど、子供が日本刀振り回すんは危なないか?」
「大人でも危ないと思うよ。それにしても、スイカ斬り……? 割るんじゃないのか」

 口々にそう告げると、ますます菜摘が「何でですか!?」と言わんばかりの真っ赤な顔になった。なかなか大胆なビキニで日本刀を素振りするという、色んな意味で目のやり場に困る光景になっている事にも、気付いたらしく慌てて片手で隠すように肩を抱く。
 とまれ、せっかくの菜摘の提案だったけれども、V兵器の日本刀ではそもそも顕現した菜摘以外が握ってスイカ斬り(?)をするのは難しいので、旅館にあるという壊れた箒の柄を取りにいく事になった。先ほどのビーチフラッグで集まってきていた海水浴客も、一度は煌めく白刃に『危ない集団か!?』と逃げたものの、どうやら平和にスイカ割りが始まりそうだと察して戻ってくる。
 女子2人がそんな人々の相手をしている間に、棒を取りに行くという老夫人について栄達は畑まで行き、スイカを運ぶ事になった。畑から収穫したてのスイカは、触るとほっかり暖かい。
 よいしょ、と持ち上げてせっせと砂浜まで運ぶ。運んだスイカは、今回もまた裏方的な役割を買って出た夜鈴の指示に従って、最初の1つを除いて全部、ごろんと網に入れて海に放り込み、手っとり早く冷やす事にして。
 他にもせっせとビニールシートを敷いたり、食べ終わったスイカの皮を回収するゴミ袋を用意したりといった、用意はありがたく夜鈴に任せて、次も参加すべく栄は順番待ちの列に加わった。そうして始まったスイカ割り大会もまた、砂浜に賑やかな活気をもたらして。
 目隠しをするだけではなく、何回かその場でぐるぐると身体を回されてから歩き出すので、ふらふらとあらぬ方向に歩き出す挑戦者に喝采やヤジが飛ぶ。

「そのまま真っ直ぐー!」
「違う違う! もっと右だ、右!」
「後ろー!」
「あぁ〜……ッ! 惜しい!」

 飛んでくる声が正しいとは限らない上に、完全に平衡感覚を失った状態ではどちらがどちらだかも怪しかったりする。ゆえに、栄も含めて見事スイカを叩き割る猛者はなかなか現れず、見事にスイカを割ったのは家族連れで遊びに来たという、小学生の男の子だった。
 その瞬間、栄を含む参加者も、見ていた観客も一斉に、わぁッ、と大きな拍手をした。ここまで来ると後はもう、スイカ割りを続ける傍らで、海に沈めて冷えたスイカも適時引っ張り出して、それこそ菜摘が改めて日本刀でざくざく斬って配り始める。
 栄もそのお相伴に、ありがたく預かった。そうしてしゃくしゃく頬張るうちに、最後の一つのスイカも見事叩き割られて、スイカ割り大会も終わりになった。
 ぞろぞろと、楽しげな顔で海水浴客が去っていく。 それを見送ってから、さて次はどうするんだろうと仲間を振り返ったら、きょろきょろと辺りを見回しながらこよりがひょい、と首を傾げたのに気がついた。

「ん? なんぺーはどうしたんだ?」
「あら? そう言えば……スイカ割りに参加されていたのは見たのですが」

 こよりの言葉に、菜摘もこっくり首を傾げる。栄と英雄も顔を見合わせて、皆できょろきょろ辺りを見回して。
 あそこ、と気付いたのは夜鈴だった。

「あそこに浮かんでる水着が、平弥のに似てる気がするんだけど」
「そういえば……ッて、なんで水着だけ?」
「泳いでいて脱げたのかも知れないな。なかなか大胆だな、俺もやるか」
「と言いながら脱ぐな、郷田! けど……水着だけなら良いが……」
「ま、まさか……木南さん、溺れているのでは……ッ!?」

 波の間に間に漂う水着は、それだけとも、人が漂っているとも見えた。はッ、と目を見開いた菜摘が顔色を変えて、慌てて海に駆け込もうと走り始めて。
 ぶくん、と水着が沈んだかと思うと、代わりに波の上に平弥の、遠目にもよく目立つ鮮やかな髪の色が現れたのに、今まさに飛び込もうとしていた菜摘がつんのめり、そのまま海に顔から突っ込んだ。というか、勢いで飛び込んでたら別の意味でアウトだったが。
 栄達が呆然と見守る中で、そのまま平弥は危なげなくすいすい泳いで岸まで戻ってくると、ざばざば海から上がってきた。そうしてじっと自分を見つめる眼差しに、やっと気付いてびくん、と身を引く。

「な、なんかあったんか……?」
「木南さん……溺れていたのでは……?」
「え? あぁ、ちょっと休憩ついでに遊んでてん。ほら、なんか波にゆらゆら揺れてたら楽しそうやん? やから、ぷかーッと浮かんで……どこまで漂っていくか……やな………?」

 皆を代表して尋ねた菜摘に、最初は楽しげににこにこと『遊び』を説明していた平弥だったけれども、やがて栄達の眼差しが険しくなっていくのに気がついたのだろう、次第に声が弱々しくなってきた。誰か味方は居ないかと、救いを求めるようにおろおろ視線がさ迷う。
 まったく、とそんな平弥にため息が漏れた。まさか本当に溺れたと信じていたわけではないけれど、それでももしかして、と思ってしまったじゃないか。
 他のみんなも似たり寄ったりだったのだろう、やれやれ、と言った素振りで顔を見合わせた。そうしてその後しばらくの間、平弥をそのネタで弄り倒す事になったのだった。





 旅館の方を手伝いに戻るという、老夫人が去った後も時折休憩を挟みながら全力で遊んでいるうちに、気付けばそろそろ海に陽も落ちる頃合だった。砂浜にひしめいていた海水浴客も、いつしか疎らになっている。
 ゆっくりと空と、海が異なる茜色に染まっていくのを、しばし皆で眺めた。最後の黄金色が水平線の向こうに消えていくのを、そうして見送ってから、ゆっくりとラベンダー色に染まり出した空の下を、旅館までのんびり歩いて。
 旅館に帰りついて、軽くシャワーを浴びて着替えた後は、トランプや卓球をして遊ぶ。今日の今日で宿泊客が増えるはずもなく、小さいとはいえそれなりの広さがある旅館には、まだ泊まっている人は疎らだ。
 ゆえにあちらこちらで気の向くままに、のんびりと遊んで過ごしていたら、いつの間にか姿が見えなくなっていた平弥がふらり戻ってきて、栄達を見回しこう言った。

「夕食の準備できたで。部屋に運んどいたから、冷めへんうちに食べよ」
「わ。たこ焼きですか?」
「や、それもあるけど他にも色々、手伝わせて貰ったんとか、厨房をちょっと借りて作らせてもらったのんとか」
「どんな料理があるんだろうね〜」

 ぱっと顔を輝かせて尋ねた菜摘の言葉に、平弥が首を振りながら言ったのを聞いて、栄はそう声を上げながら立ち上がる。そうして、他の仲間たちがそれぞれに、「をぉ、それは楽しみだな」「確かにそろそろ、腹も減ったな」「ありがとう、平弥」と話すのを聞きながら、ぞろぞろと部屋まで移動した。
 部屋は三間続きの和室になっていて、真ん中の部屋が皆で過ごす共有スペースに、その両端がそれぞれ、男子と女子の部屋になっている。その、真ん中の共有スペースの机にずらりと並べられた料理に、をぉ〜、と歓声が上がった。
 お刺身の盛り合わせに、新鮮な魚介類が入った小さな鍋が1つずつ。他にも旅館の畑で獲れた夏野菜を使った和風マリネなどが並んでいて、真ん中にはホカホカとまぁるい、おなじみのたこ焼きがドーンと積み上げられていて。
 そんな美味しそうな夕食を、わいわいと賑やかに食べ終わって、お腹も心も満たされた気分で満足げに胃の辺りをさする。そのまま、のんびりとした気分に浸っていたら、市販の花火セットを手にしたこよりが声をかけてきた。

「そろそろ花火をしないか?」
「そうだね。あんまり遅くなると、旅館の人や他のお客さんにも迷惑になるし」

 こよりの言葉に、ちらりと時計を見ながら夜鈴がそう頷く。つられて一緒に壁掛けの時計を見上げると、確かにもう少しすると、幾ら旅先でもご近所迷惑になりそうな時間だ。
 さすが夜鈴、と頷いて栄達は、それぞれに持参してきた花火セットを手に外に出た。海から陸へと吹き抜ける涼やかな風を心地良く受け止めながら、向かったのは昼間も遊んだ海岸だ。
 真っ暗な海岸は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。遠くの方でちらほらと、同じように花火を楽しむ人々の影と、パチパチと色とりどりに弾ける花火が小さく見える。
 そうして――

「あぁ、そこに居たのか。準備は出来ているか?」
「……ッ!?」
「はい。ご依頼どおり花火200発、いつでも打ち上げ可能です」
「って……打ち上げ花火!?」

 砂浜に何本もの筒を立て、日頃はテレビなどでしか目にしないような紙張りのごろりとした花火玉を積み上げた、花火師達と会話を始めたこよりに、さすがに栄は驚きの声を上げた。そんな英雄達をふふんと見て、こよりが楽しげに「じゃあ、始めてくれ」と依頼する。
 はい、と頷いた花火師達に危険なのでと促され、ぞろぞろと距離を置いて数分待った。そうして、まだかかるのかな、と少し間延びした気分になった頃。

――ヒュゥゥゥゥゥ〜………
――ドー……ンッ!
「おぉ……ッ!」

 花火大会で聞くよりも遥かに大きな打ち上げオンが響き渡って、次の瞬間大きな花火が夜空に咲いたのに、目を奪われた。――それは大きく、力強く、華やかに輝く儚き花。
 一定の間隔を置いて、次々と打ち上げられる花火に惹かれたのだろう、気付けば砂浜にはちらほらと、花火を見に来た人の姿も見えていた。やがて200発の花火が全て夜空に打ちあがり、大気を震わせる余韻を残して最後の輝くかけらが消えると、誰からともなく花火師達へと拍手が沸き起こる。
 それに並んで一礼をして、それでは、と役目を終えて帰って行った花火師達を見送って、今度こそ英雄達は持ってきた手持ち花火を楽しみ始めた。

「うわぁ……ッ! 本当にたくさんの種類がありますね!」
「だねー! 真田はどれにする? 俺はこれかな、このロケット花火」
「よ、ッと。海水を汲んだバケツ、ここに置いておくよ。みんな、終わった花火はここに入れて……」
「そうだな、後始末はしっかりしないといけないな。あと九神、花火は人に向けてはいけないぞ」
「郷田、そういうとまるで、私だけがそんな悪戯をしようとしているみたいじゃないか。栄やなんぺーにも注意するべきじゃないのか?」
「ワイもッ!?」

 全力で巻き込もうと、びしッ、と指をさしたこよりに平弥がおろおろして、ぷっ、と誰からともなく笑いが漏れる。そうして結局、ロケット花火で狙い合ったり、噴き出す花火を持ったままぐるぐると回って周りから悲鳴を上げられたりして、栄も一緒に3人で揃って怒られて。
 最後は、線香花火だった。それまでの賑やかさが嘘のように、パチパチと静かな音を立てて儚く咲く線香花火を手に持って、自然とこより達も無言でまぁるく輪になって、自分の持つ線香花火の行方を見守る。
 小さな、小さな火の玉が、ぷくんと膨らみ砂に落ちて消えた。それに小さな吐息を漏らして、栄は新たな線香花火を手に取り、そっと火をつける。
 それはどこか、神聖な儀式にも似ていて。いつしか静かに、息すら殺してじっと見守って――ふと、傍らで同じように花火を見つめているこよりの浮かべる、微笑に目を奪われる。

「……? どうしたんだ、栄?」
「えッ!? い、いや、何でもないよ!?」

 その眼差しに気づいたのだろう、ふいに視線をめぐらせ尋ねてきたこよりに、栄は慌ててぶんぶんと首を振って目を逸らした。不意打ちに、顔が赤くなってしまったのが自分でも判る。
 こよりには、気付かれただろうか。花火はそう明るくはないから、気付かれないだろうか。今の態度を、不審に思われはしなかっただろうか。
 ぐるぐる、ドキドキとそう考える。逸らした顔を元に戻せないままで、けれども全身の神経を張り巡らせて傍らの、こよりの気配をじっと伺って。
 そうだな、と何気ない口調でこよりが、呟いた。――それはきっと、栄にしか聞こえない言葉。

「今度また、どこか遊びに行くか?」
「……ッ! そ、うだね……また、今度」

 その言葉に、栄は一瞬大きく息を呑んだ後、小さく噛み締めるように頷いた。それから、ぎぎぎ、と音がしそうな動作でゆっくり、ゆっくりこよりの方にまた顔を向けると、彼女は何だかちょっと居心地の悪いような、くすぐったいような表情で、ああ、と確かに頷く。
 また今度、と。――それがいつ果たされる約束になるのか、今はまだ判らないけれども十分に嬉しくて、栄は知らず柔らかな笑みを浮かべたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 /     職業     】
 ja0378  /   郷田 英雄   / 男  / 20  /    阿修羅
 ja0431  /   真田菜摘    / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより   / 女  / 16  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴    / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄    / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥    / 男  / 16  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
お届けが大変遅くなりました事を、心からお詫び申し上げます。

息子さんの、探偵倶楽部の皆様との夏の海での物語、如何でしたでしょうか。
今回は何やら、切なく甘酸っぱい方向に――なるはずだったのですが気付けばこんな事になっておりまして、本当に申し訳ございません……(顔を覆う
負けられない勝負、こんな感じになりましたが、如何でしたでしょうか(どきどき

息子さんのイメージ通りの、楽しく賑やかなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
流星の夏ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年10月02日

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