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『Seaside summer.〜笑の少年 』
木南平弥ja2513

 探偵倶楽部の夏合宿が、決まったのはつまる所、九神こより(ja0478)の独断と偏見によるところが、非常に大きかった。そもそも、昨年の冬合宿に引き続き、夏合宿を決行しようと決めたのもこよりならば、その行き先を決めたのもまたこよりである。
 だから木南平弥(ja2513)がそれを、不満としていた訳ではもちろん、まったくない。そうして平弥を含む探偵倶楽部のメンバーがその旅館にやって来たのは、つまりそんな理由であって。
 最寄りの駅から部員の皆と一緒に、昂ぶるテンションのままにわいわいと騒ぎながら歩いてきた平弥は、その合宿先であるところの旅館の前で足を止めた。先を立って歩いていたこよりが、その旅館の前で誇らしげに胸を張る。

「ここがその旅館だ」
「おぉーッ。海も近いんだねーッ」
「そうだな。いかにも何か出そうな良い旅館だ。俺の部屋には一番良いのを頼む」
「郷田さん……」

 こよりの言葉に、浜辺の方をぐるりと見回しながら楽しげに言った久遠 栄(ja2400)の傍らで郷田 英雄(ja0378)がそう言うと、柊 夜鈴(ja1014)が額を押さえた。こよりの傍らでは、ホラーが大の苦手の真田菜摘(ja0431)が真っ青になって「え、で、出るんですか!?」とこよりを振り返る。
 いつものこよりならばここで、英雄と一緒に「そうか、なら肝試しでもするか」などと言ったに違いない。けれども今日に限っては、「そんな訳ないだろう」と首を振る。
 そうして、ため息を吐きながらさらに何か言いかけたこよりが、ふと旅館の方を振り返った。それを追う様に平弥も視線を走らせると、そこに居たのはどうやら旅館の経営者らしい、老夫婦の姿だ。
 こよりとは既知なのだろう、老夫婦はにこにこと人の良い笑顔で近寄ってくると、久方ぶりに会った孫のように、ぎゅッ、とこよりの手を握った。

「お待ちしておりましたよ、こより嬢ちゃま。駅からは遠うございましたでしょう」
「そうでもないぞ。皆と一緒だったからな」
「では、こちらが嬢ちゃまの仰られていた、ご友人の方々ですか?」
「うん。よろしく頼むな」

 そうして、本当の孫のように心配を始める老夫婦に、肩を竦めたこよりがちらりと振り返ったのを見て、平弥は慌てて老夫婦に向かって、ぺこん、と大きく頭を下げる。それから一体どんな関係なのかと、疑問の眼差しをこよりに向けた。
 他のみんなもまた、こよりへと視線を向ける。それらの視線を受け止めて、ひょい、とこよりが肩を竦めた。

「この旅館には、昔から毎年遊びに来てるんだ。なかなか良いだろう?」
「せやなぁ。やっぱ、合宿って言ったらホテルとかより、こういう旅館の方が雰囲気出るしな!」
「本当に、情緒あふれる素敵な旅館ですけど……その、どこか寂しい感じが……」
「安心しろ、なっつん。幽霊は絶対に出ないから。――絶対にだ」

 先ほどの話題がまだ尾を引いているのだろう、きょろ、と辺りを見回して、胸の辺りでぎゅッと手を握りながら言葉を選んで言った菜摘を、安心させるようにこよりが微笑んだ。そうしてこちらを見つめる老夫婦に、荷物を運んで欲しいと頼み、この場から遠ざけて。
 実は、と口を開く。

「幽霊が出る、という噂はあるんだ。ただし、あそこのホテルが流したデマだけどな」
「どういう事だ、こより」
「嫌がらせだ」

 ひょいと首を傾げた夜鈴に、きっぱりと言い切ったこよりが少し離れた小高い丘に立つ、小綺麗なホテルをまっすぐ見上げながら説明した事には、いつの頃からか、風光明媚なこの海岸に目を付けたリゾート開発会社が、嫌がらせを始めるようになったのだという。
 前述のような根も葉もない噂はもちろん、旅館の前であからさまにホテルの宣伝を始めたり、ネットの口コミにも悪い噂を書き立てたり。そんな事が続くうちに、幾つもあった旅館は1つ減り、2つ減り、今ではこの旅館しか残っていないとかで、それすら泊まりに来る客は毎年数える程だという。
 だが、幼い頃から縁あって毎年夏を過ごすこの旅館と、あの老夫婦が好きだったこよりは、それを見過ごせなくて。

「そんな状況、黙って見ていられるかッ!」
「――つまり、今回の合宿は旅館を盛り上げる? みたいな感じか」

 ぐぐッ、と天に怒りの拳を突き上げたこよりに、夜鈴がふむ、と頷いた。それにこよりが大きく頷くと、なるほど、と思案顔になる。
 海水浴客で賑わう海岸の方を見ていた英雄が言った。

「復興? 簡単だ、リゾート開発会社とやらが潰れればいいんだろう?」
「おや郷田、何か良い案があるのかい?」
「無論。まず久遠が突撃したら、頃合いを見て通報する。頼んだぞ」
「あれ……俺が鉄砲玉……?」

 栄がこっくり首を傾げて、会話の内容を反芻するようにぶつぶつ呟き始める。どうやら少なくとも、この2人の話を聞いていても役に立たなさそうだと、平弥は視線をこよりに戻す。
 夜鈴もまた2人を無視して、うーん、と唸り声を上げた。ちなみに向こうの方ではまだ「俺はその間に水着美人と楽しんでいる」「郷田なんにもやってないよね!?」と、冗談なのか真剣なのかよく解らない会話が続いている。
 そんな会話を全く聞いていない風で、夜鈴は考え考えこう言った。

「どこまで出来るか判らないが、出来るだけ力になりたいな」
「そうですね。せっかくですからご夫婦にも楽しんで頂けるような、思い出に残ることをやってみたいです!」
「せやな。ワイも出来ることは頑張るで!」

 夜鈴の言葉に、平弥と菜摘は揃ってうんうん頷く。そうしてぐっと拳を握り締めて、どんな事をしようかと思いつくままに、夜鈴と3人でああでもない、こうでもないと話し始めて。
 会話がひと段落ついたのか、平弥達のそばに戻ってきた栄がにこにこと言った。

「まずは何が出来るか、自分でも体験してみなくちゃね。という訳で、早速遊びに行こうぜッ!」
「ああ、そうだな」

 その言葉に、こよりが大きく頷いて海岸の方を見つめる。その眼差しを追うように、平弥もそちらの方をじっと見つめた。
 旅館の復興なんて、一体どうすれば良いのかも、どこまで出来るのかも正直なところ、判らない。けれどもせっかくお世話になるのだから、自分に出来る事を精一杯やりたいと、平弥は考えていたのだった。





 早速旅館で水着に着替えて、平弥達は海岸へと繰り出した。こよりに一緒にどうかと誘われて、旅館の老夫人が一緒に日傘をさしてついて来る。
 浜辺には見渡す限り、色とりどりの水着に身を包んだ人々が居た。向こうの方でビーチボールを楽しむ若者集団が居るかと思えば、あちらの波打ち際では親子が砂遊びに興じている。
 そんな中、真っ先に動き始めたのは英雄だった。と言っても旅館の宣伝を始めたのではなくて、身に着けた流行のトランクスを颯爽と閃かせ、砂浜で遊ぶ人々を、主には若い男女の方へ近付いていくと、熱心に声をかけ始めたのである。
 おい、とそんな英雄にこよりが、呆れたように声をかけた。

「郷田、何をやっているんだ?」
「せっかくの海だ、遊ばなくてどうする。それにどうせ遊ぶなら、人数は多い方が良いだろう」
「それはそうやけど……」

 胸を張り、きっぱりと言い切った英雄の言葉に、聞いていた平弥が首をかしげる。言っている事は正しいのだが、何かが決定的に違うような気がするのは、何故なのだろう。
 だがそんな台詞など聞こえなかった素振りで、英雄はさっさと新たな出会い(?)を求めて行ってしまった。思わずその姿を見送って、それから苦笑してみんなと顔を見合わせる。
 老夫人がくすくすと笑って、うちのお爺さんにもあんな頃がありましたよ、と懐かしそうに目を細める。それにまた首を傾げながら、平弥は残る仲間と一緒に、旅館の宣伝をする事にした。
 と言って、ただ声を張り上げた所で、じゃあ行ってみようかと興味を引かれる人間が果たして、どれだけ居るだろう。うーん、と考えていたら、こよりが「ふむ」と声を上げた。

「ビーチフラッグをするか。旗に旅館の名前を書いといて……」
「おッ、面白そうだね! 俺の瞬発力を見せるときが来たようだな……」
「ワイも参加しよかな!」
「僕は審判に回ろうかな」
「わ、私は……」

 その言葉に、早速反応したのは平弥と栄だった。いつも通りと言うべきか、夜鈴がみんなをフォローする役回りに立候補し、菜摘が困った様子で真っ赤になる。
 何となれば、今日の菜摘の水着は大胆なデザインの、真っ赤なホルターネックビキニ。こよりの着ている真っ白なホルターネックワンピースとまるで一対のようなデザインだけれども、その格好でビーチフラッグに挑むのは、なかなか勇気が居るだろう。
 故に真っ赤になった菜摘に、こよりが澄ました顔で声をかけた。

「なっつんはやらないのか? ちゃんと、録画もしておくぞ?」
「こッ、こよりッ! その、この格好ですと色々、不都合が……ッ!」
「でも、九神も真田もその水着、よく似合ってるよ」
「だねぇ。……ところで九神、勝ったら何か賞品とか無いのかい?」

 こよりの言葉に、途端にわたわたと真っ赤になって必死に言い募る菜摘と、こよりを見比べて夜鈴がすかさず褒める。そんな夜鈴に同意しながら、尋ねた栄の言葉にこよりが、もちろんあるぞ、と頷いた。
 ほぅ、と興味を惹かれて平弥はこよりに眼差しを向ける。何もなくても、つい勝負となると本気になりがちだけれども、賞品があるなら尚更楽しいではないか。
 そんな期待の視線を受けて、こよりが企むように笑った。

「なんと、優勝賞品は……このわ・た・し! だ」
「な……ッ!?」
「――というのはもちろん冗談だ。ちゃんと高級腕時計を用意してある。……おや何だ栄、期待したのか? エッチだなー、なっつん、気をつけるんだぞ?」
「は、その、はい……?」
「九神、冗談はその辺にして。栄君もいつまでも砂に顔を突っ込んでないで――結局、参加するのは栄君と平弥だけで良いのかな」
「俺を忘れてもらっては困るな。健康的にビーチフラッグこそ、学生の本分だろう」
「ふぅん? 郷田……海を堪能するんじゃなかったのか?」
「だから、堪能しに来ただろう?」

 心底楽しげな笑顔で言ったこよりに、英雄がひょうひょうとそう言い返す。そんな英雄の後ろから、どうやら一緒についてきていたらしい海水浴客が何人か、自分達も参加したい、と手を挙げた。
 早速にわか会場に砂山が幾つか築かれて、その真ん中に堂々と海風になびく旗が――もちろん、ばっちり旅館の名前入りだ――突き立てられる。そうして、砂山を挟んでスタートラインの向こう側にはこよりが、何かのレースクイーンのように、右手に日除けの白いパラソルを持ち、左手に副賞らしい腕時計を参加者にも、観客にも見えやすいように捧げ持って立っていて。
 頑張ろう、と思う。集中力には自信があるし、運動神経もそこそこだという自負もある。どうしても高級腕時計が欲しいわけじゃないけれども、せっかくやるからには勝ちたい。
 そう、考えていた平弥はふいに耳に飛び込んできた、英雄と栄の会話にぎょっ、と目を見開いた。

「やはり、久遠もデート権につられたのか?」
「ぶふぉッ!? ご、郷田、一体何の……」
「何を言っているんだ、賞品は九神とのデート権だと聞いたぞ? そうか、となると木南もデート狙いか。やはりライバルだな」
「何でそうなるん!?」

 話が自分の方まで飛び火してきて、慌てて栄と2人、揃って顔を真っ赤にしてぶんぶんと必死に首を振る。だがその意味が通じているのか、判っている、とばかりに英雄はうんうん頷くだけだ。
 まさか他の参加者も、こよりのデート権が賞品という、恐ろしい誤解をしているのだろうか。ふとその可能性に気付き、焦って栄を振り返ると、彼もまたその可能性に気付いたらしく、顔色を真っ青にした。
 マズイ、と思う。誤解は誤解だと言えば終わるのだろうが、何となく周りの盛り上がっている雰囲気が、それだけで終わると思えない何かを醸し出しているようで。

「こうなったら、俺かなんぺーかが優勝するしかないね」
「せやな。ワイも全力で頑張るわ」

 そっと2人で囁き合ううちに、審判の夜鈴が砂山の側に陣取って、いつでもどうぞと手を挙げた。砂にずるずると線を引いただけのスタートラインの所には、真っ赤なビキニが眩しい菜摘が真面目な顔で、合図用の旗(ちなみにこれは旅館の名前の入ったタオルを棒に括りつけただけだ)を握り締めていて。
 気合も十分に、平弥を含む参加者が一斉にスタートラインに並んで伏せた。見つめる先は賞品である腕時計と、それを持つこより――ではなく、まずは狙うべき旗。
 一気に、勝負に意識を集中した。この勝負に勝てなければ、一体どんな恐ろしい事態が起こるのか、ちょっと想像したくもない。
 じりじりと合図の旗が振り下ろされるのを、待つ。その、緊張が最高に張りつめた間合いを見計らって、さッ、と菜摘が旗を大きく降り降ろした。
 瞬間、文字通り砂を蹴り上げ、砂埃を巻き上げて、跳ね起きた平弥達は一斉に砂山と、その天辺に立つ旗へと駆け出した。

――ズドドドドドド……ッ!!
「うぉぉぉぉぉ……ッ!」

 砂浜の空気が震えるほどの雄叫びを上げ、ただひたすらに旗を目指して砂浜を駆ける。何しろ、元々用意されている旗は人数分よりも少ないから、どの旗を狙うかという作戦から重要だ。
 これと狙いを定めた砂山へ、まっしぐらに走った平弥達はあっと言う間に辿り着き、間一髪だけ早いタイミングで旗目掛けて宙を舞った。受身など考えている余裕はなく、ただひたすらに小さな旗へと手を伸ばす。
 その手が、確かに旗を掴んだ。次の瞬間、どさッ、と砂の上に身体が落ちる鈍い感覚があって、一瞬息が詰まる。
 だが何とか旗だけは手放さず、よろよろと立ち上がると、交通整理のお巡りさんの如く有効だ失格だと振り分けていた夜鈴が、「平弥、おめでとう」と有効を告げて。
 ほッ、と胸を撫で下ろしながら辺りを見回すと、平弥の他に参加した2人の探偵倶楽部メンバーのうち、栄と英雄は失格組になっていた。彼らは駄目だったのか、とがっかりした気持ちが平弥の胸に沸き起こる。
 ゴールのところまでやってきたこよりが、むぅ、と唇を尖らせた。

「なんだ。栄と郷田は失格か」
「郷田さんは周りを押し退けすぎだし、栄君はそもそも、こけて砂に突っ込んだきり、ゴールしてないしね。平弥、少ししたら第二回戦をやるから、それまで休憩してると良いよ」
「ふっ、旗どころか、地球を掴んでしまったようだな……。なんぺー、俺の分まで頑張ってくれよな!」
「つまり、木南が倶楽部代表と言うことだな。なら、優勝の名誉も倶楽部で山分けという事だ、俺は賞品だけで良いから、お前達は名誉を存分に味わうと良い」
「お、おう……とりあえず、次も頑張ってくるわ」
「頑張って下さいね、木南さん!」

 ただ1つ判っているのは、自分の肩にかかる責任がこの上なく重大なものになったと言う事だ。それを噛み締めながら、仲間達の暖かい(?)声援に見送られて第二回戦という名の決勝戦に挑んだ平弥は、第一回戦よりもさらにヒートアップした決勝参加者を何とか制し、見事優勝を果たした。
 そうして、悔しそうな参加者達の暖かな拍手の元、進呈された高級腕時計を受け取りながら、心底ほっとする。同じくほっとした顔の栄が、平弥に感謝の眼差しを向けた。
 そうして、自慢のワカメヘアーから砂浜に突っ込んだ時に絡んだ砂を、サラサラ、パラパラとこぼしながら、さて、と皆を振り返る。

「さッ! じゃあ、次は何をしようか!」
「今度は平和なんがえぇなぁ……」

 その言葉に、平弥は思わずしみじみ呟いた。こんな責任重大な、心臓に悪い遊びはちょっと、今後は遠慮したい。
 平弥の言葉に、だが事情を知らないこよりが首を傾げる。

「何を言ってるんだ、なんぺー。ビーチフラッグだってちゃんと、平和な競技だぞ?」
「そうだな、実にロマン漲る戦いだった。ところで木南、賞品は……」
「渡さなくて良いからね、平弥。でも確かに、次は同じ海らしい遊びでも、あんまり殺伐としてないものが良いかな」
「あ! では、スイカ割りなどどうでしょうか?」

 皆の話を聞きながら、一生懸命考えていたらしい菜摘が、ぽん、と胸の前で手を合わせてそう提案した。スイカ割り。目隠ししたままスイカを棒で叩き割る、夏の海では定番の遊びである。
 良いわね、と聞いていた老夫人が、にっこり笑って頷いた。

「スイカでしたら、旅館の裏の畑にありますから、使って頂いて構いませんよ」
「本当ですか? ありがとうございます。ぁ……でも、手頃な棒が……」
「棒なら、さっきのビーチフラッグので良いんじゃないか?」
「でも、あれでは短すぎますし………あッ!」

 こよりの言葉に首を降り、うーん、と悩み始めた菜摘は少しして、大きく目を見開き顔を上げた。何か思いついたか? と見守る平弥達の前で、ぱっと菜摘が取り出したのは、どこからともなく顕現させた日本刀だ。
 すらりと慣れた仕草で白刃を鞘から抜き放つと、重さや長さを確かめるように幾度か素振りする。そうして菜摘は嬉しそうな笑顔で言い切った。

「これがありました! これなら、斬った後も断面が崩れる事はないです!」
「……ッてなんでそんなに本気な素振りなの……う、うわぁぁぁッ!」

 危うく日本刀に髪の一房を持っていかれた栄が、本気で怯えて張って逃げながら悲鳴を上げる。平弥達も思わず1歩、のみならず5歩ほど下がって安全な距離を取った。
 え? と菜摘が不思議そうな、そして焦った顔になる。

「ど、どうして皆さん青い顔して私の傍から離れるんですか!?」
「いやいや、なっつん。可愛らしいビキニのなっつんが、勇ましく日本刀を振り回す姿が、だな……?」
「スイカ割り、ならぬスイカ斬りか……このメンツだと違和感が仕事しないな」
「せやけど、子供が日本刀振り回すんは危なないか?」
「大人でも危ないと思うよ。それにしても、スイカ斬り……? 割るんじゃないのか」

 口々にそう告げると、ますます菜摘が「何でですか!?」と言わんばかりの真っ赤な顔になった。なかなか大胆なビキニで日本刀を素振りするという、色んな意味で目のやり場に困る光景になっている事にも、気付いたらしく慌てて片手で隠すように肩を抱く。
 とまれ、せっかくの菜摘の提案だったけれども、V兵器の日本刀ではそもそも顕現した菜摘以外が握ってスイカ斬り(?)をするのは難しいので、旅館にあるという壊れた箒の柄を取りにいく事になった。先ほどのビーチフラッグで集まってきていた海水浴客も、一度は煌めく白刃に『危ない集団か!?』と逃げたものの、どうやら平和にスイカ割りが始まりそうだと察して戻ってくる。
 女子2人がそんな人々の相手をしている間に、棒を取りに行くという老夫人について平弥達は畑まで行き、スイカを運ぶ事になった。畑から収穫したてのスイカは、触るとほっかり暖かい。
 よいしょ、と持ち上げてせっせと砂浜まで運ぶ。運んだスイカは、今回もまた裏方的な役割を買って出た夜鈴の指示に従って、最初の1つを除いて全部、ごろんと網に入れて海に放り込み、手っとり早く冷やす事にして。
 他にもせっせとビニールシートを敷いたり、食べ終わったスイカの皮を回収するゴミ袋を用意したりする、夜鈴を手伝ってから平弥もまた、スイカ割りに挑戦する人々の列に並んだ。
 そうして始まったスイカ割り大会もまた、砂浜に賑やかな活気をもたらした。目隠しをするだけではなく、何回かその場でぐるぐると身体を回されてから歩き出すので、ふらふらとあらぬ方向に歩き出す挑戦者に喝采やヤジが飛ぶ。

「そのまま真っ直ぐー!」
「違う違う! もっと右だ、右!」
「後ろー!」
「あぁ〜……ッ! 惜しい!」

 飛んでくる声が正しいとは限らない上に、完全に平衡感覚を失った状態ではどちらがどちらだかも怪しかったりする。平弥自身も目隠ししてぐるぐると回された後、周りの声は聞かず、ただただ己の勘だけに従ってスイカへの戦いを挑んだものの、あえなく敗北してしまった。
 ゆえに、参加した探偵倶楽部のメンバーも含めて見事スイカを叩き割る猛者はなかなか現れず。見事にスイカを割ったのは家族連れで遊びに来たという、小学生の男の子で。
 その瞬間、平弥を含む参加者も、見ていた観客も一斉に、わぁッ、と大きな拍手をした。ここまで来ると後はもう、スイカ割りを続ける傍らで、海に沈めて冷えたスイカも適時引っ張り出して、それこそ菜摘が改めて日本刀でざくざく斬って配り始める。
 平弥もそのお相伴に、ありがたく預かった。そうしてしゃくしゃく頬張りながら、ふと、休憩したい衝動に駆られる。
 何しろ先ほどのビーチフラッグは精神力を消耗したし、スイカ割りはスイカを運んで体力を消耗した。思えばせっかく海に来たのに、平弥はまだ一度も海に入っていない。
 スイカ大会は、まだ続くようだった。ちょっとだけ、と平弥は人混みから離れて、じゃぶじゃぶと海に足を踏み入れる。
 この暑さのせいだろう、水はそれほど冷たくはなかった。それでも確かな涼しさを感じて、足のつかないぎりぎりの所までやってきた平弥は、トン、と海の底を蹴ってぽっかり仰向けに浮き上がる。
 平弥の身体を、波がちゃぷちゃぷと揺らした。手足からも軽く力を抜いて、意識して海面に浮くようにしながら空を見上げていると、ゆっくりと雲が移動していくのが見える――いや、移動しているのは平弥だろうか。
 それはささやかで、妙に楽しい遊びだった。ゆらゆらと揺らされるのを感じながら、しばしそうして漂って、そろそろ戻ろうかな、と思って岸の方を振り返ると、すでにスイカ割り大会は終わってしまったらしく、仲間達が岸の辺りに集まっているのが見える――思ったより沖まで運ばれていたようだ。
 ゆえに平弥は、そこから岸まで泳いで戻った。そうしてざばざば海から上がりながら、この遊びを皆にも教えようとしてふと、皆が自分を見つめる眼差しが険しいことに、気付く。
 びくん、と軽く身を引いて、平弥はおそるおそる尋ねた。

「な、なんかあったんか……?」
「木南さん……溺れていたのでは……?」
「え? あぁ、ちょっと休憩ついでに遊んでてん。ほら、なんか波にゆらゆら揺れてたら楽しそうやん? やから、ぷかーッと浮かんで……どこまで漂っていくか……やな………?」

 そうして菜摘が尋ねてきたのに、よく聞いてくれた、と嬉しくなってにこにこと『遊び』を説明し始めた平弥は、けれどもやがてみんなの眼差しがさっき以上に険しくなっていくのに気がついた。あれ? と焦る気持ちと怯える気持ちで、訳が分からず救いを求めておろおろ視線をさ迷わせる。
 が、皆はそんな平弥を見て、やれやれ、と言った素振りで顔を見合わせるばかりだった。そうしてその後しばらくの間、平弥は何かあるたびに、このネタで弄られる事になったのだった。





 旅館の方を手伝いに戻るという、老夫人が去った後も時折休憩を挟みながら全力で遊んでいるうちに、気付けばそろそろ海に陽も落ちる頃合だった。砂浜にひしめいていた海水浴客も、いつしか疎らになっている。
 ゆっくりと空と、海が異なる茜色に染まっていくのを、しばし皆で眺めた。最後の黄金色が水平線の向こうに消えていくのを、そうして見送ってから、ゆっくりとラベンダー色に染まり出した空の下を、旅館までのんびり歩いて。
 旅館に帰りついて、軽くシャワーを浴びて着替えた後は、トランプや卓球をして遊ぶ。今日の今日で宿泊客が増えるはずもなく、小さいとはいえそれなりの広さがある旅館には、まだ泊まっている人は疎らだ。
 ゆえにあちらこちらで気の向くままに、のんびりと遊んでいた平弥だったけれども、その足をやがてふいと、旅館の厨房の方へと向けた。ひょいと覗き込むと、そもそも泊まり客が少ないからだろう、老夫婦が2人きりでぱたぱたと、お皿に出来上がった料理を盛り付けている所だ。
 しばしその様子を見ていた平弥は、頃合いを見計らってから、あの、と声をかけた。

「なんかワイも手伝いましょか……? あと、ちょっとだけ厨房も借りたいんですけど」
「あら、そうですか? でもあまり多くありませんし、お客様に手伝ってもらうのも悪いですから……」
「厨房は、あちらの方なら好きに使ってもらって構いませんよ」

 平弥の言葉に、にこにこと愛想良くそう言った老夫婦にぺこんと頭を下げて、平弥はいったん部屋に戻ると荷物の中からたこ焼きプレートを取り出し、またこっそりと厨房に戻った。――皆のために、得意のたこ焼きや、それから幾つかの料理を作ろうと思ったのだ。
 何でも材料を混ぜて焼けばお好み焼きになるように、たこ焼きもまた中に入れる具材によってがらりと表情を換えはするが、たこ焼きであることに代わりはない――と、平弥は思う。だから中に入れるのはタコに拘らず、使っても良いと言われた魚の切れ端や畑で穫れたという野菜、生地にもトマトやほうれん草を混ぜ込んでみたりと、いつものように様々な工夫を凝らす。
 見ていた老夫婦が目を丸くして、面白いわねぇ、と1つ、2つ摘んでいった。にこにこと笑うだけで感想はあまり貰えなかったのだが、少なくともトマトたこ焼きはマヨネーズと食べた方が美味しいらしい。
 そんな風に各種代わりたこ焼きを作って、それから野菜のマリネなんかも簡単に作った。それらの料理と、老夫妻が用意してくれたお刺身の盛り合わせに、新鮮な魚介類が入った小さな鍋料理を一緒に部屋まで運ぶ。
 部屋は三間続きの和室になっていて、真ん中の部屋が皆で過ごす共有スペースに、その両端がそれぞれ、男子と女子の部屋になっていた。その、真ん中の共有スペースの机に、ずらりと丁寧に並べる。
 出来映えに満足げにうん、と1つ頷いて、平弥はみんなを探しに行った。ちょうど、浴場の近くに置かれた卓球台を囲んでいるのを見つけて、みんな、と声をかける。

「夕食の準備できたで。部屋に運んどいたから、冷めへんうちに食べよ」
「わ。たこ焼きですか?」
「や、それもあるけど他にも色々、手伝わせて貰ったんとか、厨房をちょっと借りて作らせてもらったのんとか」

 ぱっと顔を輝かせて尋ねてきた菜摘に、平弥が首を振りながらそう説明すると、他のみんなもそれぞれに「をぉ、それは楽しみだな」「確かにそろそろ、腹も減ったな」「ありがとう、平弥」「どんな料理があるんだろうね〜」などと話しながら立ち上がる。そうしてわいわいと話しながら、ぞろぞろと部屋まで移動して。
 部屋に入った瞬間、をぉ〜、と上がった歓声に嬉しくなって、平弥は笑顔を浮かべた。目論見どおり、みんなを驚かせられたのも嬉しいし、みんなの楽しそうな笑顔が見られたのも嬉しい。
 だから平弥は誰よりも嬉しげに食卓についた。そうしてみんながあれこれ口にしては、美味しい、と喜ぶのをにこにこ眺める。
 ――それはとても、とても幸せな時間だった。





 翌朝、日の出と共に目が覚めて、平弥は布団の上でうーん、と大きく伸びをした。当然ながら起きているのは、今はまだ平弥ただ1人だ。
 ぐるりと部屋の中を見回すと、ぐちゃぐちゃに乱れた布団の上に、栄や英雄、夜鈴が折り重なるように眠っていた。女子部屋にいるはずのこよりと菜摘も、もしかしたら同じ惨状なのだろうか。

(盛り上がってたみたいやもんなぁ)

 昨夜の枕投げ大戦の事を思い出し、平弥は小さく肩を揺らして笑う。いつも通りといえばいつも通り、こよりの始めた枕投げはあっという間に、無差別バトルの様相になったのだ。
 けれども平弥はと言えば、朝からテンション高く色々と遊んだせいだろう、すぐに眠たくなってしまって、真っ先に布団に潜り込んでしまった。だから一体誰が勝ったのか、そもそも決着がついたのか、誰かが起きてきたら聞いてみよう。
 そう、考えて平弥はもう一度、笑みを浮かべた。――それはとても、とても幸せそうな笑み。
 昨夜は他にも、打ち上げ花火が用意されていたり、風呂場で騒ぎが起こったりと、本当に色々な事があった。色々な、そうして楽しい事が。
 さて、今日はどんな日になるのだろう。きっと今日もまた、楽しくて賑やかで、幸せな日になるに違いない。
 そう考えて、平弥は幸せな気持ちになる。――何しろ本当に心から、今という日々が楽しくて仕方ないのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 /     職業     】
 ja0378  /   郷田 英雄   / 男  / 20  /    阿修羅
 ja0431  /   真田菜摘    / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより   / 女  / 16  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴    / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄    / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥    / 男  / 16  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
お届けが大変遅くなりました事を、心からお詫び申し上げます。

息子さんの、探偵倶楽部の皆様との夏の海での物語、如何でしたでしょうか。
こんなに素敵な楽しいお仲間とご一緒でしたら、きっと毎日が楽しくて仕方ないだろうなぁ……と思います。
そして、息子さんがお料理をなさる時には、今回はどんな変わりたこ焼きに――と考えるのが実は楽しかったり。
我が家では、お節などが余るとカレーかお好み焼きにするのが定番なのですが、たこ焼きでもいけるのかしらとちょっと興味が湧きました(聞いてない

息子さんのイメージ通りの、楽しく賑やかなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
流星の夏ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年10月02日

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