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『Seaside summer.〜秤の少年 』
柊 夜鈴ja1014

 探偵倶楽部の夏合宿が、決まったのはつまる所、九神こより(ja0478)の独断と偏見によるところが、非常に大きかった。そもそも、昨年の冬合宿に引き続き、夏合宿を決行しようと決めたのもこよりならば、その行き先を決めたのもまたこよりである。
 だから柊 夜鈴(ja1014)がそれを、不満としていた訳ではもちろん、まったくない。そうして夜鈴を含む探偵倶楽部のメンバーがその旅館にやって来たのは、つまりそんな理由であって。
 最寄りの駅から部員の皆と一緒に、わいわいと騒ぐ皆の話を聞きながらのんびり歩いてきた夜鈴は、その合宿先であるところの旅館の前で足を止めた。先を立って歩いていたこよりが、その旅館の前で誇らしげに胸を張る。

「ここがその旅館だ」
「おぉーッ。海も近いんだねーッ」
「そうだな。いかにも何か出そうな良い旅館だ。俺の部屋には一番良いのを頼む」
「郷田さん……」

 こよりの言葉に、浜辺の方をぐるりと見回しながら楽しげに言った久遠 栄(ja2400)の傍らで郷田 英雄(ja0378)がそう言ったのに、夜鈴は思わず額を押さえて呻いた。こよりの傍らでは、ホラーが大の苦手の真田菜摘(ja0431)が真っ青になって「え、で、出るんですか!?」とこよりを振り返る。
 いつものこよりならばここで、英雄と一緒に「そうか、なら肝試しでもするか」などと言ったに違いない。けれども今日に限っては、「そんな訳ないだろう」と首を振る。
 そうして、ため息を吐きながらさらに何か言いかけたこよりが、ふと旅館の方を振り返った。それを追う様に夜鈴も視線を走らせると、そこに居たのはどうやら旅館の経営者らしい、老夫婦の姿だ。
 こよりとは既知なのだろう、老夫婦はにこにこと人の良い笑顔で近寄ってくると、久方ぶりに会った孫のように、ぎゅッ、とこよりの手を握った。

「お待ちしておりましたよ、こより嬢ちゃま。駅からは遠うございましたでしょう」
「そうでもないぞ。皆と一緒だったからな」
「では、こちらが嬢ちゃまの仰られていた、ご友人の方々ですか?」
「うん。よろしく頼むな」

 そうして、本当の孫のように心配を始める老夫婦に、こよりが肩を竦めてちら、とこちらを振り返った。それに気付いた木南平弥(ja2513)が、ぺこん、と大きく頭を下げる。
 それからちら、と眼差しだけを向けて、一体どんな関係なのかと尋ねる平弥に、ひょいとこよりは肩を竦めた。

「この旅館には、昔から毎年遊びに来てるんだ。なかなか良いだろう?」
「せやなぁ。やっぱ、合宿って言ったらホテルとかより、こういう旅館の方が雰囲気出るしな!」
「本当に、情緒あふれる素敵な旅館ですけど……その、どこか寂しい感じが……」
「安心しろ、なっつん。幽霊は絶対に出ないから。――絶対にだ」

 先ほどの話題がまだ尾を引いているのだろう、きょろ、と辺りを見回して、胸の辺りでぎゅッと手を握りながら言葉を選んで言った菜摘を、安心させるようにこよりが微笑んだ。そうしてこちらを見つめる老夫婦に、荷物を運んで欲しいと頼み、この場から遠ざけて。
 実は、と口を開く。

「幽霊が出る、という噂はあるんだ。ただし、あそこのホテルが流したデマだけどな」
「どういう事だ、こより」
「嫌がらせだ」

 ひょいと首を傾げた夜鈴に、きっぱりと言い切ったこよりが少し離れた小高い丘に立つ、小綺麗なホテルをまっすぐ見上げながら説明した事には、いつの頃からか、風光明媚なこの海岸に目を付けたリゾート開発会社が、嫌がらせを始めるようになったのだという。
 前述のような根も葉もない噂はもちろん、旅館の前であからさまにホテルの宣伝を始めたり、ネットの口コミにも悪い噂を書き立てたり。そんな事が続くうちに、幾つもあった旅館は1つ減り、2つ減り、今ではこの旅館しか残っていないとかで、それすら泊まりに来る客は毎年数える程だという。
 だが、幼い頃から縁あって毎年夏を過ごすこの旅館と、あの老夫婦が好きだったこよりは、それを見過ごせなくて。

「そんな状況、黙って見ていられるかッ!」
「――つまり、今回の合宿は旅館を盛り上げる? みたいな感じか」

 ぐぐッ、と天に怒りの拳を突き上げたこよりに、夜鈴はふむ、と頷いた。それにこよりが大きく頷いたのを見て、なるほど、と思案顔になる。
 海水浴客で賑わう海岸の方を見ていた英雄が言った。

「復興? 簡単だ、リゾート開発会社とやらが潰れればいいんだろう?」
「おや郷田、何か良い案があるのかい?」
「無論。まず久遠が突撃したら、頃合いを見て通報する。頼んだぞ」
「あれ……俺が鉄砲玉……?」

 栄がこっくり首を傾げて、会話の内容を反芻するようにぶつぶつ呟き始める。とりあえずこの2人は役に立たなさそうだと、あっさり見切りをつけて夜鈴は、彼らをきっぱり無視する事にした。
 そうして、さてどうしたものか、とまた考える。――旅館の復興、と言葉で言うのは容易いけれども、じゃあ具体的に何をすれば良いのかとなると、とっさにこれと言った妙案を思い付くのは難しい。
 考える夜鈴の背後ではまだ、「俺はその間に水着美人と楽しんでいる」「郷田なんにもやってないよね!?」と、冗談なのか真剣なのかよく解らない会話が続いている。その会話を意識して聞かないようにして、考えた夜鈴はけれども小さく息を吐き、こより達へと視線を向けた。
 そうして考え考え、言葉を紡ぐ。

「どこまで出来るか判らないが、出来るだけ力になりたいな」
「そうですね。せっかくですからご夫婦にも楽しんで頂けるような、思い出に残ることをやってみたいです!」
「せやな。ワイも出来ることは頑張るで!」

 夜鈴の言葉に、菜摘と平弥がうんうん頷いた。そうしてどんな事をしようか思いつくままに、3人でああでもない、こうでもないと話し始めて。
 会話がひと段落ついたのか、こより達のそばに戻ってきた栄がにこにこと言った。

「まずは何が出来るか、自分でも体験してみなくちゃね。という訳で、早速遊びに行こうぜッ!」
「ああ、そうだな」

 その言葉に、こよりが大きく頷いて海岸の方を見つめる。その眼差しを追うように、夜鈴もそちらの方をじっと見つめた。
 旅館の復興なんて、一体どうすれば良いのかも、どこまで出来るのかも正直なところ、判らない。けれどもせっかくやって来たのだから、何かが出来れば良いと夜鈴は考えていたのだった。





 早速旅館で水着に着替えて、菜摘達は海岸へと繰り出した。こよりに一緒にどうかと誘われて、旅館の老夫人が一緒に日傘をさしてついて来る。
 浜辺には見渡す限り、色とりどりの水着に身を包んだ人々が居た。向こうの方でビーチボールを楽しむ若者集団が居るかと思えば、あちらの波打ち際では親子が砂遊びに興じている。
 そんな中、真っ先に動き始めたのは英雄だった。と言っても旅館の宣伝を始めたのではなくて、身に着けた流行のトランクスを颯爽と閃かせ、砂浜で遊ぶ人々を、主には若い男女の方へ近付いていくと、熱心に声をかけ始めたのである。
 おい、とそんな英雄にこよりが、呆れたように声をかけた。

「郷田、何をやっているんだ?」
「せっかくの海だ、遊ばなくてどうする。それにどうせ遊ぶなら、人数は多い方が良いだろう」
「それはそうやけど……」

 胸を張り、きっぱりと言い切った英雄の言葉に、聞いていた平弥が首をかしげる。だがそんな台詞など聞こえなかった素振りで――否、英雄のことだから本当に聞いてないのかもしれないが、新たな出会い(?)を求めて英雄はさっさと移動してしまい。
 思わずその姿を見送って、それから苦笑してみんなと顔を見合わせた。老夫人がくすくすと笑って、うちのお爺さんにもあんな頃がありましたよ、と懐かしそうに目を細める。
 それはどういう意味だろうと、少しだけ考えて夜鈴はあっさり思考放棄した。世の中には、考えない方が良い事もある。
 とまれあっさり戦線離脱した英雄は放っておいて、夜鈴は残る仲間と一緒に、旅館の宣伝をする事にした。だが、ただ声を張り上げた所で、じゃあ行ってみようかと興味を引かれる人間など、そうそう居るはずもない。
 ならばどうやって人々の興味を惹き付けるか――考えていたらこよりが、ふむ、と声を上げた。

「ビーチフラッグをするか。旗に旅館の名前を書いといて……」
「おッ、面白そうだね! 俺の瞬発力を見せるときが来たようだな……」
「ワイも参加しよかな!」
「僕は審判に回ろうかな」
「わ、私は……」

 その言葉に、早速反応したのは栄と平弥だった。そんなみんなを見回して、夜鈴は企画をフォローする役回りに立候補する。
 夜鈴自身はどちらかと言えば、自分が参加して楽しみたいというよりも、皆が楽しめるように色々と動き回って、そうして楽しんでくれているのを見るのが楽しかったりするのだ。だから、栄と平弥が参加すると言うのなら、心置きなく楽しめるように自分が審判を勤めるのが一番だろう。
 けれども、最後の1人である菜摘はいつまで経っても、顔を赤くしたまま困った様子でおろおろとしていた。恐らく、今日彼女が身に着けている水着が原因だろう。
 何となれば、今日の菜摘の水着は大胆なデザインの、真っ赤なホルターネックビキニ。こよりの着ている真っ白なホルターネックワンピースとまるで一対のようなデザインだけれども、その格好でビーチフラッグに挑むのは、なかなか勇気が居るだろう。
 故に真っ赤になっているらしい菜摘に、こよりが澄ました顔で声をかけた。

「なっつんはやらないのか? ちゃんと、録画もしておくぞ?」
「こッ、こよりッ! その、この格好ですと色々、不都合が……ッ!」
「でも、九神も真田もその水着、よく似合ってるよ」

 こよりの言葉に、途端にわたわたと真っ赤になって必死に言い募る菜摘を、フォローするように夜鈴はそう褒める。女性に対するリップサービスが1割、残りの9割は本心だ。
 そもそも、女性の水着姿なんて滅多に見られるものではない。こういう時に女性にかける言葉は、たとえどんな事があろうとも「良く似合ってる」という褒め言葉が鉄板だが、こよりと菜摘に関して言えば、あえて褒めようと意識しなくても、自然に似合ってるよという言葉を言えるのだった。
 そんな夜鈴の言葉に、だねぇ、とうんうん栄が同意する。それからふと気になったように、ところで九神、と首をかしげた。

「勝ったら何か賞品とか無いのかい?」
「もちろんあるぞ。なんと、優勝賞品は……このわ・た・し! だ」
「な……ッ!?」
「――というのはもちろん冗談だ。ちゃんと高級腕時計を用意してある。……おや何だ栄、期待したのか? エッチだなー、なっつん、気をつけるんだぞ?」
「は、その、はい……?」
「九神、冗談はその辺にして。栄君もいつまでも砂に顔を突っ込んでないで――結局、参加するのは栄君と平弥だけで良いのかな」
「俺を忘れてもらっては困るな。健康的にビーチフラッグこそ、学生の本分だろう」

 にんまり笑ったこよりの言葉に、驚きのあまり砂浜に突っ伏した栄に呆れた眼差しを向けて、柊はさっさと軌道修正すべく確認の声を上げた。だが、ゆらりと現れた影が言葉を挟んだのに、ん? と振り返る。
 そこに居たのは、新たな出会いを求めに行ったはずの英雄だった。どうやら、出会いは失敗したらしい。
 ふぅん? とこよりが楽しげに言った。

「郷田……海を堪能するんじゃなかったのか?」
「だから、堪能しに来ただろう?」

 ひょうひょうとそう言い返した英雄に、思わず夜鈴も苦笑が漏れる。その間にも商品が高級腕時計と聞いてか、他にも何人かが参加したいと手を挙げた。
 早速、夜鈴はにわか会場に砂山を築き始める。本来ならビーチフラッグは、参加人数よりも1本だけ旗の数を少なくするのだが、これは遊びでもあるのだから、そこまで厳密じゃなくて良いだろう。
 ゆえに感覚だけで適当に、幾つか作り上げた砂山の天辺に、堂々と海風になびく旗を突き立てた。もちろん旅館の老婦人から借りた手ぬぐいで作った、ばっちり旅館の名前が入ったものだ。
 その間に、賞品のプレゼンターであるこよりが砂山を挟んでスタートラインとは反対側に立ち、何かのレースクイーンのように、右手に日除けの白いパラソルを持ち、左手に賞品の腕時計を参加者にも、観客にも見えやすいように捧げ持った。その傍らにはにこにこと嬉しそうに微笑む老夫人が、全てを見届けようとするように立っている。
 それらを確かめて、準備が整ったと判断してから、夜鈴は砂山の側に陣取って、いつでもどうぞと菜摘に手を挙げた。砂にずるずると線を引いただけのスタートラインの所に居る菜摘が、まだ少し恥ずかしそうにしていたけれども、真面目な顔で夜鈴にしっかりと頷く。
 握り締めているのは、合図用の旗。旅館の名前の入ったタオルを棒に括りつけたそれを、菜摘があげると同時に参加者が一斉にスタートラインに並んで伏せる。
 参加者の顔が、高級腕時計を見つめて――否、旗を見つめて真剣に引き締まった。その、緊張が最高に張りつめた間合いを見計らって、さッ、と菜摘が旗を大きく降り降ろす。
 瞬間、文字通り砂を蹴り上げ、砂埃を巻き上げて、跳ね起きた参加者が一斉に砂山と、その天辺に立つ旗へと迫って来た。

――ズドドドドドド……ッ!!
「うぉぉぉぉぉ……ッ!」

 いったい、何が彼らをそれほどまでに、高級腕時計へと駆り立てるのだろう。砂浜の空気が震えるほどの雄叫びを上げ、ただひたすらに旗を目指して砂浜を駆けてくる男達の姿は、見ている夜鈴の方が圧倒される程だ。
 あっと言う間に彼らは旗まで辿り着き、ほぼ同時のタイミングで一斉に旗目掛けて宙を舞った。だが、何しろ目指しているのは人数分より少ない上に小さな旗だ、あちらこちらで交通事故よろしく、ごっつんごっつんと頭と頭がぶつかり合う。
 そんな参加者達を裁くのが、夜鈴の役割だった。あたかも交通整理のお巡りさんの如く、次々とやって来る参加者に素早く目を向けては、有効だ失格だと振り分けていく。
 もちろんその中には、探偵倶楽部の仲間たちもいた。半ば砂に埋もれながら、しっかりと旗を握り締めている平弥に「おめでとう」と有効を告げ、同じく旗を握り締めてはいたものの、空中乱闘の末に勝ち取った英雄には失格を言い渡す。
 むぅ、とこよりはその結果に、唇を尖らせた。

「なんだ。栄と郷田は失格か」
「郷田さんは周りを押し退けすぎだし、栄君はそもそも、こけて砂に突っ込んだきり、ゴールしてないしね――平弥、少ししたら第二回戦をやるから、それまで休憩してると良いよ」

 こよりの言葉にそう説明すると、「ふっ、旗どころか、地球を掴んでしまったようだな……」と栄が髪をかき上げる。その拍子にワカメヘアーからさらさら砂が零れてくるのからも判るように、栄はスタートダッシュの第一歩目で足を滑らせて顔から砂に突っ込んだのだ。
 じと、と見つめた夜鈴に、栄はぐるんと視線を逸らして平弥へと向き直った。

「なんぺー、俺の分まで頑張ってくれよな!」
「つまり、木南が倶楽部代表と言うことだな。なら、優勝の名誉も倶楽部で山分けという事だ、俺は賞品だけで良いから、お前達は名誉を存分に味わうと良い」
「お、おう……とりあえず、次も頑張ってくるわ」
「頑張って下さいね、木南さん!」

 そんな仲間達の暖かい(?)声援に見送られ、第二回戦という名の決勝戦に送り出された平弥は、なぜか第一回戦よりもさらにヒートアップした決勝参加者を何とか制し、見事高級腕時計をゲットした。そうして、悔しそうな参加者達の暖かな拍手の元、腕時計を進呈したのだが――喜んでいると言うより、妙にほっとした様子に見えたのは、なぜだろう?
 何かあったのかな、と首を傾げる夜鈴に気付いていたものか、こちらもなぜかほっとした様子で、まだ髪からさらさらと砂を零しながら、栄がさて、と皆を振り返った。

「さッ! じゃあ、次は何をしようか!」
「今度は平和なんがえぇなぁ……」
「何を言ってるんだ、なんぺー。ビーチフラッグだってちゃんと、平和な競技だぞ?」
「そうだな、実にロマン漲る戦いだった。ところで木南、賞品は……」
「渡さなくて良いからね、平弥。でも確かに、次は同じ海らしい遊びでも、あんまり殺伐としてないものが良いかな」
「あ! では、スイカ割りなどどうでしょうか?」

 皆の話を聞きながら、一生懸命考えていたらしい菜摘が、ぽん、と胸の前で手を合わせてそう提案した。スイカ割り。目隠ししたままスイカを棒で叩き割る、夏の海では定番の遊びである。
 良いわね、と聞いていた老夫人が、にっこり笑って頷いた。

「スイカでしたら、旅館の裏の畑にありますから、使って頂いて構いませんよ」
「本当ですか? ありがとうございます。ぁ……でも、手頃な棒が……」
「棒なら、さっきのビーチフラッグので良いんじゃないか?」
「でも、あれでは短すぎますし………あッ!」

 こよりの言葉に首を降り、うーん、と悩み始めた菜摘は少しして、大きく目を見開き顔を上げた。何か思いついたか? と見守る夜鈴達の前で、ぱっと菜摘が取り出したのは、どこからともなく顕現させた日本刀だ。
 すらりと慣れた仕草で白刃を鞘から抜き放つと、重さや長さを確かめるように幾度か素振りする。そうして菜摘は嬉しそうな笑顔で言い切った。

「これがありました! これなら、斬った後も断面が崩れる事はないです!」
「……ッてなんでそんなに本気な素振りなの……う、うわぁぁぁッ!」

 危うく日本刀に髪の一房を持っていかれた栄が、本気で怯えて張って逃げながら悲鳴を上げる。夜鈴達も思わず1歩、のみならず5歩ほど下がって距離を取った。
 え? と菜摘が不思議そうな、そして焦った顔になる。

「ど、どうして皆さん青い顔して私の傍から離れるんですか!?」
「いやいや、なっつん。可愛らしいビキニのなっつんが、勇ましく日本刀を振り回す姿が、だな……?」
「スイカ割り、ならぬスイカ斬りか……このメンツだと違和感が仕事しないな」
「せやけど、子供が日本刀振り回すんは危なないか?」
「大人でも危ないと思うよ。それにしても、スイカ斬り……? 割るんじゃないのか」

 口々にそう告げると、ますます菜摘が「何でですか!?」と言わんばかりの真っ赤な顔になった。。なかなか大胆なビキニで日本刀を素振りするという、色んな意味で目のやり場に困る光景になっている事にも、気付いたらしく慌てて片手で隠すように肩を抱く。
 とまれ、せっかくの菜摘の提案だったけれども、V兵器の日本刀ではそもそも顕現した菜摘以外が握ってスイカ斬り(?)をするのは難しいので、旅館にあるという壊れた箒の柄を取りにいく事になった。先ほどのビーチフラッグで集まってきていた海水浴客も、一度は煌めく白刃に『危ない集団か!?』と逃げたものの、どうやら平和にスイカ割りが始まりそうだと察して戻ってくる。
 女子2人がそんな人々の相手をしている間に、棒を取りに行くという老夫人について夜鈴達は畑まで行き、スイカを運ぶ事になった。畑から収穫したてのスイカは、触るとほっかり暖かい。
 よいしょ、と持ち上げてせっせと砂浜まで運ぶ。運んだスイカは、今回もまた裏方的な役割を買って出た夜鈴が指示を出して、最初の1つを除いて全部、ごろんと網に入れて海に放り込み、手っとり早く冷やす事にして。
 それから夜鈴はせっせと、借りてきた大き目のビニールシートを敷いたり、食べ終わったスイカの皮を回収するゴミ袋を用意したり、みんなや参加者が楽しめるように気を配った。手伝いを申し出てくれた平弥にも、ありがたく幾つかゴミ袋の設置を頼む。
 そうして始まったスイカ割り大会もまた、砂浜に賑やかな活気をもたらした。目隠しをするだけではなく、何回かその場でぐるぐると身体を回されてから歩き出すので、ふらふらとあらぬ方向に歩き出す挑戦者に喝采やヤジが飛ぶ。

「そのまま真っ直ぐー!」
「違う違う! もっと右だ、右!」
「後ろー!」
「あぁ〜……ッ! 惜しい!」

 飛んでくる声が正しいとは限らない上に、完全に平衡感覚を失った状態ではどちらがどちらだかも怪しかったりするものだ。ゆえに探偵倶楽部の仲間も含めて、見事スイカを叩き割る猛者はなかなか現れず。
 見事にスイカを割ったのは家族連れで遊びに来たという、小学生の男の子だった。ちなみにちょっとだけ、身体を回すのを手加減したのは秘密だ。
 無事にぱっかりと割れたスイカに、観客からも参加者からも、わぁッ、と一斉に拍手が沸き起こった。そんな中、夜鈴は素早く割れたスイカを回収して、老夫人と一緒にさらに適当な大きさに割り、みんなに配って回る。
 ここまで来ると後はもう、スイカ割りを続ける傍らで、海に沈めて冷えたスイカも適時引っ張り出して、それこそ菜摘が改めて日本刀でざくざく斬って配ることになった。文字通りのスイカ斬りになったわけだが、これはこれで好評で。
 こっちにも頼む、という声に応えながら忙しくスイカを配って回るうちに、最後の一つのスイカも見事叩き割られて、スイカ割り大会も終わりになった。ぞろぞろと、楽しげな顔で海水浴客が去っていくのに、確かな充足感が夜鈴の胸を満たす。
 それを見送ってから、さて次はどうするんだろうと仲間を振り返ったら、きょろきょろと辺りを見回しながらこよりがひょい、と首を傾げたのに気がついた。

「ん? なんぺーはどうしたんだ?」
「あら? そう言えば……スイカ割りに参加されていたのは見たのですが」

 こよりの言葉に、菜摘もこっくり首を傾げる。栄と英雄も顔を見合わせて、皆できょろきょろ辺りを見回して。
 同じく辺りに視線を走らせた夜鈴は、沖の方に漂うそれに気がついて、あそこ、と指をさした。

「あそこに浮かんでる水着が、平弥のに似てる気がするんだけど」
「そういえば……ッて、なんで水着だけ?」
「泳いでいて脱げたのかも知れないな。なかなか大胆だな、俺もやるか」
「と言いながら脱ぐな、郷田! けど……水着だけなら良いが……」
「ま、まさか……木南さん、溺れているのでは……ッ!?」

 波の間に間に漂う水着は、それだけとも、人が漂っているとも見えた。みんなが羽目を外しすぎてこんな事にならないよう、気をつけていたつもりなのにと夜鈴の胸に焦りが生じる。
 はッ、と目を見開いた菜摘が顔色を変えて、慌てて海に駆け込もうと走り始めた。が、その瞬間ぶくん、と水着が沈んだかと思うと、代わりに波の上に平弥の、遠目にもよく目立つ鮮やかな髪の色が現れたのに、今まさに飛び込もうとしていた菜摘がつんのめり、そのまま海に顔から突っ込む。
 そうして夜鈴達が見守る中で、そのまま平弥は危なげなくすいすい泳いで岸まで戻ってくると、ざばざば海から上がってきた。そうしてじっと自分を見つめる眼差しに、やっと気付いてびくん、と身を引く。

「な、なんかあったんか……?」
「木南さん……溺れていたのでは……?」
「え? あぁ、ちょっと休憩ついでに遊んでてん。ほら、なんか波にゆらゆら揺れてたら楽しそうやん? やから、ぷかーッと浮かんで……どこまで漂っていくか……やな………?」

 皆を代表して尋ねた菜摘に、最初は楽しげににこにこと『遊び』を説明していた平弥だったけれども、やがてみんなの眼差しが険しくなっていくのに気がついたのだろう、次第に声が弱々しくなってきた。誰か味方は居ないかと、救いを求めるようにおろおろ視線がさ迷う。
 良かったと、思うと同時にため息が漏れた。割と本気で心配したのに、一体どうしてくれる。
 他のみんなも似たり寄ったりだったのだろう、やれやれ、と言った素振りで顔を見合わせた。そうしてその後しばらくの間、平弥をそのネタで弄り倒す事になったのだった。





 旅館の方を手伝いに戻るという、老夫人が去った後も時折休憩を挟みながら全力で遊んでいるうちに、気付けばそろそろ海に陽も落ちる頃合だった。砂浜にひしめいていた海水浴客も、いつしか疎らになっている。
 ゆっくりと空と、海が異なる茜色に染まっていくのを見上げた。海に落ちる夕陽と言うのは、物語の中では定番の光景だけれども、水着同様お目にかかる機会と言うのはそうそうない。

「ちょっと、見て行かないか?」

 だからそんな誘いの言葉を紡いだ夜鈴に、良いね、と最初に頷いたのは誰だったのか。しばし砂浜に並んで座り、ゆっくりと世界が朱金に染め上げられていく様を、どことなく感傷とも、感動ともつかない真っ白な感情で見つめる。
 夕陽は夜鈴の見つめる前で、ゆっくりと、だが見る見るうちに大きくなり、水平線に近付いていった。それはやがて反対側の空から迫ってきた夜闇と解け合って、不思議な色合いへと変化して行き。
 最後の黄金色が水平線の向こうに消えていくのを、そうしてみんなで見送った。それからゆっくりと、ラベンダー色に染まり出した空の下をのんびり、旅館まで歩いて帰って。
 軽くシャワーを浴びて着替えた後は、トランプや卓球をして遊んだ。今日の今日で宿泊客が増えるはずもなく、小さいとはいえそれなりの広さがある旅館の中、のんびりと気の向くままにすごしているうちに、平弥が夕食の準備が出来たと告げに来る。
 その夕食は、素晴らしく美味しかった。平弥も作ったという食事を夜鈴は褒めて、一緒に後片付けをして――みんなの楽しそうな顔を思い出してまた、満足を覚える。
 こうして、みんなに楽しんでもらえるように動くのが、やっぱり一番楽しかった。無理をして気を使って回ったり、みんなのストッパーになっているのではなくて、それが夜鈴にとって一番自然な在り様なのだろう。
 だから、此処はきっと居心地が良いのに違いなく。その為にもこれからも、きっと夜鈴は夜鈴のままであり続けるのだろう。
 そんな日々が続くように、続けられるように頑張ろうと、夜鈴は考え1人小さく頷いた。そうしてこよりが花火をしようと声をかけてきたのに、そうだね、と頷いて動き出す。


 ――夜鈴がその決意を、その夜勃発した枕投げ大戦でほんのちょっとだけ後悔するまで、あと少し。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名    / 性別 / 年齢 /     職業     】
 ja0378  /   郷田 英雄   / 男  / 20  /    阿修羅
 ja0431  /   真田菜摘    / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより   / 女  / 16  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴    / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄    / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥    / 男  / 16  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
お届けが大変遅くなりました事を、心からお詫び申し上げます。

息子さんの、探偵倶楽部の皆様との夏の海での物語、如何でしたでしょうか。
クール、よりはちょっとだけ温かな感じの息子さんになったような気が致しますが、恐らく探偵倶楽部最後の良心(?)の地位は揺らいでいない事と信じたいです(希望
皆様が楽しまれているのを見て充足感を得る事で、皆様と一緒に楽しまれているのだろうなぁ、と、そんなイメージで書かせて頂きましたが――ど、どうでしょう、か(どきどき

息子さんのイメージ通りの、楽しく賑やかなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
流星の夏ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年10月02日

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