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『さよなら赤ずきん 』
宇田川 千鶴ja1613
●誰そ彼時の戯れ

 茜色に泥む黄昏時、誰かと見間違えた、”何か”の影。
 その後を追って駆け出した彼女は、万聖節の前夜の魔力に惹き込まれてしまう。

 ――誰の声も聴こえない。
 ――何の音も聴こえない。
 ――誰も居ない何も居ない。
 ――彼女も居ない、彼も居ない。

 心の深層、
 物事の真相、
 実の実の奥の奥、
 深くて不快な淵の底、
 何所までも落ちて往ってしまった彼女を襲う、『××××』。

 ハロウィンの夕べ、誰そ彼時に迷い込んだ時空の歪みで彼女が出逢うのは――。

●お花を摘みに出掛けよう
 切欠はほんの些細なこと。
 夕刻。いつもの帰り道、いつもの街並み、その中でただひとつだけ違和感を覚えてしまった。
 その違和感は得も言えない形を成して宇田川 千鶴(ja1613)の中に根差し、気付いてしまえばもう後を追わずには居られない。
 ――それは、パッと見、幼い子どもの後姿だった。
 撃退士たちの中にはそれくらいの子どもなんて幾らでもいる。でも、そうじゃない。具体的に表現することが出来るわけではない、得体の知れない何かがその子どもには在る。
 たとえば、子どもが片手に持っているのはバスケットであり。
 たとえば、子どもが片手に持っているのは草花の束であり。
 たとえば、子どもが被っているのは血のように赤いずきん――であるとか。
 喉奥から込み上げるような胸騒ぎがざわざわと千鶴を急かし、焦りに背を押されるままに足を速める。
 けれど追いつけない。忍軍である彼女が子どもに追いつけないなんてことがある訳も無いのに、彼女はいつまで走ってもその子どもに追いつけないでいる。
 赤いずきんが揺れる。ずきんの頭が歪に膨らみ、伸びているように見えるのは気の所為だろうか? ――違う。瞬きの合間を縫うように、気付けば変質してしまっていた、何かの背中。不自然に長く伸びたフォルム、細く乾涸びた蔓草の手足、どれもこれも見覚えがある。
 そして、気付く。
 路地に入り込んだ先、いつの間にかそこら中で甘い香りを放つ花々が咲き誇っていることに。
 いつもの道では有り得ない大樹。
 いつもの道では有り得ない大輪の花。
 いつもの道では有り得ない、広い広い花畑。
 ここは何所だろう。ここは何だろう。いつもの道が、消えてしまったかのように。
「……何や、これ」
 眼前の後姿は歪な姿のままぶらぶらと揺れている。赤いずきん、長い胴、カサカサと乾いた木々の擦れる、音。不気味なその肢体が振り向くと、――そこには化け物なんかじゃない。一人の幼い少年が立っていた。
(――ああ)
 千鶴にはそれが幻影だ、と直ぐに判った。
 彼の存在を、彼の顛末を知っているからだ。
 猟師に助けて貰えなかった、可哀想な赤ずきん。
 何も罪も無い不幸な理由でディアボロになってしまった、憐れな憐れな男の子。
 そして、――自分自身が止めを刺した少年。

 ざあと風が吹き花びらが宙を舞い、芳香を散らす。
 幻覚。ディアボロの見せるものやも知れないと警戒する千鶴。
 その姿を一目見ると、赤ずきんの顔はくしゃりと歪んだ。
「どうしてボクの邪魔したの?」
 手には沢山の花が詰まったバスケット。
 今にも泣き出してしまいそうな声。今にも泣き出してしまいそうな顔。
 以前見た幻覚よりも大分精度が良いらしいそれは、少年の声をはっきりと千鶴に伝える。
 縋るような声で、しかし脅え、恐怖している赤ずきん。
 千鶴は動揺に息を震わせた。
「どうして痛いことしたの?」
 痛い。痛かった、今でも痛い、そう表情が訴える。
 気付けば少年の首許からは横凪ぎの一閃による、おびただしい量の血が滴り落ちていた。
 血まみれになった少年は、痛い痛いと呻き、それでも千鶴には助けを求めない。
 お母さん、お母さん、おばあちゃん、助けて、怖いよお、痛いよお。
 泣き喚く赤ずきんの声は、千鶴の耳を、胸を刺す。
「どうしておばあちゃんの家に行かせてくれなかったの?」
 尋ねる言葉に篭る悲壮はいっそう強くなる。
 手からこぼれ落ちる、沢山の花、花、花。
 摘み取られ、届けられることの無かった可憐な、憐れな花。
 赤ずきんは血液で汚れてしまった花びらを選り分けては、ぼたぼたと飛び散るそれに苦悶の表情を浮かべ、取り落とす。
 千鶴が落ちた花弁を拾うも、それは直ぐに風に融けて消える。
「――お姉ちゃん、どうしてボクを殺したの?」
「……っ」
 赤ずきんは、大きな目にいっぱいの涙を溜めていた。
 傷付けられることを恐れる眼差し。
 力に脅える弱い者の眼。
 千鶴は、返す言葉を持たない。

 問い掛けの言葉は全て過去形で結ばれる。
 それは、赤ずきんの存在が過去のものであるからだ。
 もう居なくなってしまった。死んでしまった。否、千鶴が出逢った時には既に、死んでしまっていたのだけれど。
 千鶴は撃退士として、今まで敵――元人間であった存在を、幾度も幾度も屠って来た。その中で沢山の傷を与え、そして傷を受けていた。それは身体であったり、心であったり。救えたもの、救えなかったもの、それぞれ色々なことが有った。
 斃せなかった敵。
 得られなかった救い。
 指間からこぼれた命。
 容赦無く与えられた、たくさんの死。
 人間は弱く、脆い。だからこそ、思う。この力が無ければ、もしかしたら、あの子の立場になっていたのは自分だったのでは無いだろうか?
(――あの子が私やないなんてこと、誰が言えるんやろう)
 眩暈を覚えるような、タイム・ラグ。

 赤ずきんの頬を、ぽろぽろとこぼれる涙が伝う。
 痛いよ、怖いよ、ごめんなさい、いじめないで、やめて――。
 その苦鳴に被さるように聴こえてくるのは、女性が半狂乱になりながら泣き喚く声。
 ネームタグを渡して、顛末を伝え、真実を語った際、崩れるように膝を折った赤ずきんの母親だ。
 あの子を返して、あの子は何も悪くない、あの子がかわいそう――。
 世界の終わりを見たかのような女性。世界一愛する子どもを喪った女性。
(そうや、あの子は悪くなんて、ない)
 その子を討ったのは誰?
 最期を迎えさせたのは、誰?
 ――そうだ。何も悪くなんてない子どもに止めを刺したのもまた、自分。
 けれど誰が責めようか。天魔の手によって変異させられてしまった子どもを、殺戮兵器と化してしまったディアボロを殺すことに、何の罪があるのだろう。
 だが、誰も悪くなどないのだと、悪魔が悪いのだと主張する程、彼女は自分に優しくはない。
 しゃくりあげながら折れた花を拾い集める幼い少年は、いつか有り得たかも知れない自分自身だ。
 千鶴は痛む程唇を強く噛み締め、ぼたぼたと涙を流す子どもの前に膝をついて目線を合わせる。
「――ごめんな」
 告げる言葉は、ただひとつ。
 強い力を有する撃退士として生きる道を選んだ以上、斃したことに、壊したことに謝罪なんて出来る権利は無いけれど。
 せめてこの、幻の中では。
 すべてを受け入れて、すべてを受け止めて。

 泣いていた赤ずきんは一瞬その目を丸くすると、まじまじと千鶴の顔を見詰める。
 唐突な行動に驚いた彼女が息を呑むと同時、少年は憂い気な表情で問い掛けた。
「お姉ちゃんも、泣いてるの?」
「え……?」
 自身の頬に触れるが、濡れた感触はない。
 そもそも幻覚の中なのだから、感覚が無いのも当然と言えば当然だろう。
 血まみれの赤ずきんが、何事かをささやく。
 それに伴いふわりと匂い立つ花々に、意識が圧倒されそうになる。
「     」
 その相貌は、何故だかとても穏やかで。
 千鶴が何か声を掛け返そうと唇を開き掛けると同時、視界が弾けた。

●さよなら赤ずきん
 不意に過ぎるように消えて行った花畑に、千鶴は幾度か瞬いた。
 鼻腔の奥にまだ漂うような錯覚を遺した、花の芳香。
 辺りを見渡すと、いつも通りの帰り道と、いつも通りの街並みが広がっている。
 赤いずきんの少年の姿は、どこにもない。
 ディアボロの気配も、ない。
「……、あかんなぁ」
 呟きは、誰にも届かないよう小さく密かに。
 長い長い夢を見ていたときのように重い肩を回すと、ひらり舞い落ちる赤い花びら。
 どこに咲いて居たものを拾ったのかは、彼女にも判らない。
 先程まで目の前に広がっていた光景は、あくまで夢幻。
 過去と今とを切り替えて、この二本の足で立って走ってゆかなければ、救えるものも救えない。
「ん?」
 千鶴を現実に引き戻すかのように震えるスマートフォンをポケットから取り出すと、友人からのメールが一通。
『Trick or Treat!』
 ――そう言えば今夜はハロウィンだった。
 添付された写真に口許を緩めて笑いつつ、千鶴は踵を返して路地を行く。

 幻は幻、夢は夢。
 惑わされても尚、真っ直ぐ立って彼女は進む。
 ――過ぎ去る幻影は心の中に仕舞い、この力を手にした者の定めと抱いてゆく。
 重ねた傷は一人だけのものではない。
 痛みを背負って、この世界の仕組みを甘受する。
 大切な人たちのいる、この場所で。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1613 / 宇田川 千鶴 / 女性 / 21歳 / 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 御世話になっております、有難う御座いますの拝を篭めまして。
 以前WT依頼にて御相手いただいたNPCとして、『赤ずきん』と『その母親』の登場です。
 まさかの御要望に驚きました。この内容で言うのもアレですが、書き手としてはとても嬉しかったです。
 真っ向から戦っていただいたので、不思議な魔法がかかったようです。

 千鶴さんの心に、ほんの少しでもハッピーが訪れますように。
 ご依頼本当に有難う御座いました!
魔法のハッピーノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年10月11日

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