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『 世界はとても平和だった――陳腐な言葉だが、それは紛れもない事実。 』
クラーク・エアハルト(ga4961)
 見上げる空には金色の月がやんわりと世界を照らし、静かな森を優しく包む。空からは何もやってきていないし、地球は何事もなく回り続けている。
 何故だろう。
 何かがおかしい。
 何が?
 何だろう。
 決してありえないはずなのに、ありえている。忘れてはいけない事を忘れている。
 静かな林道を歩きながら、旧姓生嶋 凪はそんな事をぼんやりと考えていた。
「どうかしましたか?」
 現実に引き戻された凪は声の主――すぐ横のクラーク・エアハルトに視線を向けると「何がですか」と微笑みかけた。
「何か、変な顔してましたよ凪」
「そうでしたか?」
 変な考え事をしていたのが顔に出たのかと、自分の頬を両手で挟み込む。不思議そうな顔をしてクラークは立ち止まると、顔を覗き込んだ。
 歩みを止めていなかった凪は目を丸くさせ、顔が当たる前に何とか足を止めた。首を傾げたクラークが唇の端を持ち上げ、底意地の悪そうな、子供じみた笑みを浮かべる。
「もしかして、寝不足かな?」
 昨夜の出来事を彷彿させるような、言い回し。無論、わざとだ。だがそんな事でうろたえる歳でもなければ、たびたびこんな意地悪を言うクラークとの付き合いが、短いわけでもない。
 そしてそういう部分を含め、自分が愛した夫なのだ。
 だから、凪はこう返す。
「寝不足なのは毎日ですから。お互いに」
 思わぬ反撃に「あはー」と視線をそらしながら苦笑いを浮かべ、額を人差し指でかく。
 その様子に、勝利を感じ取った凪がニッコリと笑った。
「今日は久々に2人での旅行なんですから、楽しまないとね? 疲れてるなら、帰っても良いけど」
 ささやかな反撃。
 凪は何か言おうと口を開いたが、すぐに口を閉じ、もごもごとかけるべき言葉をいくつも咀嚼して――目の前の唇に、唇を重ねた。
 言葉よりもわかりやすい、言葉。
 秋の夜風が静かな林を駆け抜ける音だけが、あたりを支配する。
 ――唇を離すと、2人はそれ以上言葉を語らず手を繋ぎ、歩き出すのであった。

「秋の味覚か……色々あるけど、凪は何が好きだったかな?」
 旅館から離れた所にある食堂。わざわざ離れに作ってあるというのは煩わしくあるが、その不便さにこそ趣がある。何よりも規模が大きいので、隣接するには不都合な部分もあったのだ。
 2階建てで厨房が2階にあり、広いスペースが確保されている1階はビュッフェ形式で、中央には彩り様々な秋の味覚をふんだんに使った料理が、まさしく所狭しと並べられていた。
 その横を通りざまに、そんな質問を投げかけていた。
「最近のお気に入りはキノコですかね。密かなブームです」
「なるほど、キノコですかー。そういえば最近、キノコを使った料理、多かったですもんね?」
「そういう事です……クラークさんはどうなんですか?」
 問い返されると、口元に手を当て少しの間、目を閉じる。おもむろに「凪さんにはすみませんが」と口を開いた。
「松茸とか好きだけど、自分は果物系の方が好きかな?」
「そうだったんですか。じゃあ今度から、果物も買っておきますね」
 中央から一番離れている、人の少ないところ席に凪を座らせると「取ってきてあげるのですよー。ちょっと待っているのです」と、甲斐甲斐しくも自分から率先して取りに行く。もちろんそれだけではない。
「はい、口を開けて? 食べさせてあげるのですよー」
 シンプルに串で焼かれた椎茸を凪に向けると、身を乗り出し上目づかいに椎茸をひとかじり。そしてお返しにと、鮭のムニエルを箸でつまみ、クラークの口へ。
 夫婦であるよりも、恋人同士のようである。そんな2人でいる事を、2人は楽しんでいた。
 それを何度も繰り返し、柿に手を出し始めたあたりでクラークが告げる。
「さてと、それじゃあ旅館の方に戻りましょうか?」
 頷くのを確認すると、腰を上げた。従業員にブランデーを1本、部屋に届けてもらうよう手配をすると凪の手を取り、微笑んだ。
「お酒飲むなら部屋でゆっくりと、ね?」

 畳が敷かれ、内窓に障子を使っているような純和風の部屋。
 風景が一望できる窓際の板の間に、2人並んで椅子に腰を掛け、琥珀色となったグラスをチンと鳴らす。
「今日は、お疲れだったのですよー」
「それはこちらのセリフですよ、クラークさん。お疲れ様でした」
 今日1日のほとんどを凪のために費やした。それがよくわかっているから、凪は嬉しかった。
 それからしばらく、他愛ない話――そう、実に他愛ない、いつでも話せるような話。
 2人の出会い、これまでの思い出、結婚に至るまでの話をただ延々と、とりとめなく喋り続けていた。
 まるでお互いの記憶を確認し合うかのように。
 だんだんとなんだか気恥ずかしくなり、凪の顔を照らす金色の月を見上げる。
「うん、お月様も綺麗だ……」
 だがその色に違和感を、クラークも感じていた。なんということもない、ごくごく普通な丸い金色の月。ずっと金色ではなく、赤いそれを見上げていたような気がしなくもない。
 そしてそれを、2人で眺めていたような気がする。そんな記憶など、ないはずなのに。
「なんだか、不思議な感じがするのですよ……なんでだろうね?」
「きっと、少し酔ったんですよ。クラークさん、お酒はそんなに強くないですしね」
 先ほど感じていた自分の違和感をクラークも感じている――少しだけ嬉しくあるが、同時に、何故だか無性に悲しくもなる。胸が締め付けられ苦しくなり、唇を噛んだ。
 こう、なってはいけなかった。こう、ならなかった。こう、成り得なかった――そんな気がしてならない。とても辛い事だが、それが現実だったような気がしたから。
 その表情に気がつき、一気にグラスをあおる。
「さて、お酒も飲んだし夜も深けてきたし……そろそろ、デザートを食べようかな?」
 窓の桟へグラスを置き立ち上がると、凪の後ろに回り込んでそっとその耳に囁いた。
「いつも通りで悪いけど、今夜もおいしく頂くのですよ……凪」
 今はそんなこと忘れよう――黙ったまま頷いた凪も立ち上がり、クラークに向き合うと浴衣の帯をほどき、するりと肩から浴衣が床に落ちる。
 月を背にした凪。輪郭が金色の線で縁取られ、細く華奢な身体が世界から切り取られたかのようにはっきりと浮かび上がっていた。
 力強く抱きしめ、最初は軽い口づけを。そして徐々に荒々しく、お互いの存在を貪る様な激しい口づけをかわす。
「クラークさん……クラークさん……クラークさん……っ!」
 何度もその名を呼び、クラークの意外なほどたくましい背中に爪を立てながらきつく腕を絡める。
 クラークも凪のいくら触っても飽きる事がないきめ細やかで絹のような背中に指を這わせていた。触っているだけでも満足感が得られるが、やはりそれだけでは足りない。
 唇から喉元へ唇を這わせると、凪の熱い吐息を耳に感じた。
 そして唇で首筋をなぞりながら、耳たぶを軽く噛み、囁いた。
「大好きなのですよ……凪さん」
 出会ってからこれまでに、ずっと言い続けてきた言葉。だがまるで、今日という日に、やっと初めて言えた言葉――そんな気持ちがこもっていた。
 でもこれからもずっと言い続けるであろうその言葉を、何度も何度も、お互いに繰り返すのであった――
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楠原 日野 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2013年10月21日

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