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『〜かけがえのないもの〜 』
来生・一義3179)&来生・億人(5850)&(登場しない)


 誰の目から見ても急激に態度が変わった来生一義(きすぎ・かずよし)に、人の形をした悪魔はせせら笑うような表情を浮かべた。
「何や、この化け物をどうにかする手でも思いついたんか?」
 あからさまな嘲笑を添え、挑発の色濃い声音で言う。
 だが、一義は静かに彼――来生億人(きすぎ・おくと)を見つめ返し、慇懃な口調で億人が思ってもみなかった台詞を口にした。
「ああ、そうだ。お前のおかげだ、感謝する」
 億人は驚いたが、あえてその感情は表に出さず、やや肩をすくめるだけに留めた。
 どうせ一義のこんな言葉などハッタリにすぎない。
 たかが人間――いや、この場合は幽霊か――風情に、どうにか出来る代物ではないのだ。
 億人はひるむことなくまっすぐにその生き物のところまで歩いて行くと、ぶよぶよと揺れるゼリー状の体躯に無造作に手をつっ込んで、内側から赤黒い血の塊のような欠片を抜き取った。
 その間、一義が何か仕掛けて来るかと、念のため背中越しに警戒していたのだが、一義はぴくりとも動かなかった。
「やっぱハッタリなんやな。あーつまらんわ」
 手の中の欠片を、わずかに入って来る陽光に透かして、見るともなしに見やりながら、億人は露骨に馬鹿にしてみせる。
 この欠片があの生物のすべてなのだ。
 これがなくては、どうあってももう元の姿に戻ることはかなわない。
 それが理解できていたからこそ、一義はずっと億人からあの生物を守って来たはずなのに、最後の最後でこんなにあっけなくあきらめるとは興ざめもいいところだ。
 そう、しょせんは人間、できることなど限られている。
 今になってそれを悟ったのかもしれない。
 億人はなくさないようにと、その欠片をポケットの中にしまった。
 それから、用は済んだとばかりに入り口のドアの方を振り返る。
 ずっと沈黙していた一義が、口を開いたのはまさにそのときだった。
「お前はさっき、私を幽霊風情と言ったな?」
 少々不意を突かれて、億人が軽く目を見開いた。
「お、おう、言うたで。それが何やと…」
「…私を幽霊と呼ぶ者もいれば、魂と呼ぶ者もいる」
 さざなみひとつ立たない湖面のように、一義は落ち着いた声で続けた。
 一瞬その言葉が右の耳から左の耳に通り抜け、そのあとでやっと億人は一義の意図に気がついた。
「…そか、そういうことかい」
 戸口の方ではなく、一義の方へと向き直りながら、億人はまたにやりと笑った。
「ま、あの化け物の魂は兄さんの魂で間に合わせるとして、身体はどうするんや? あんなおどろおどろしい形の『人間』なんて、この世におらんやろ」
 一義は左手を目の高さまで持ち上げてみせる。
 その中指には、造りは至ってシンプルだが、奇妙な紫の光沢のある銀で作られた、大きめで厚みのある指輪――「形而下の指輪」がはまっていた。
「この指輪を使う。この指輪の力と私の記憶を合わせれば、完全とは言えないが、弟の人間としての肉体や元の姿、性格等も再現できるはずだ」
 一義は自信をもってそう断言した。
 その視線の先には、あの赤い日記帳があった。
「弟が元の生物に戻る可能性があることは、父も気づいていたようだ。あの日記に書き残してあったからな。だから、私はずっと弟を探し続けた。私が弟の許に戻るまで、どうかそんな事態にはならないようにと、それだけを願いながらな…。捜している11年の間、私が考えていたのは弟のことと、その『最後のとき』、つまり今この瞬間のことだけだった。もし弟が元の姿に戻ってしまって、事故を制御できなくなったときは、たとえ刺し違えてでもこの手で始末するつもりだった。だが、お前のおかげで、それだけは…そんな最悪の事態だけは避けられそうだ」
 柱に寄りかかり、億人は生物と一義を見比べる。
 一義は薄く笑みを浮かべていた。
 どこか満足そうな、億人にとっては最高に気に入らない、あの天界の奴らに似たほほえみだった。
 小さく舌打ちして、億人はもう一度あの生物に目をやり、その姿と動きに憎悪と嫌悪感をかき立てられながら、吐き捨てるようにたずねた。
「兄さんも物好きやなぁ…そないなことすりゃ、兄さんはあの生物に食われて融合して、兄さん自身の意識も存在も消滅するで。それでもええんか?」
 その問いに答えるように、一義はゆっくりと歩き出した。
 ふるふると獲物を求めるように、ゼリー状の身体の一部を一義の方に伸ばして来る相手に、ためらうことなく近付いて行く。
「そんなことは百も承知の上だ。私の願いはずっと…最初からずっと、弟だけでも人生を全うさせてやることだった。そのために私は、この世に戻って来たんだからな」
 一義の笑みはさらに深く深くなった。
 穏やかさと慈愛――そのふたつの思いをほほえみに変えて口元に浮かべたまま、救いの手を差しのべるように、生物の身体に触れていく。
 生物は億人の目の前で、あっという間に一義の身体を覆い尽くした。
 そしてその直後、一義を取り込んだ生物は、徐々に人型を取り始めていた。
 
 
 〜END〜
 
 〜ライターより〜
 
 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ご無沙汰しております。
 ライターの藤沢麗です。
 
 一義さんの選んだ道が、
 まさかこのようなものだとは思いもしませんでした…。
 確かに…確かにハッピーエンドとは言いがたいかもしれません…。
 ですがさらにこの先に、何が待ち受けているのか、
 固唾を飲んで見守らせていただければと思います…。
 
 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2013年10月22日

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