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『アレキサンドライトの日 〜海と空の青へ贈る〜 』
大狗 のとうja3056


●新しすぎる朝

 今日もいつも通りの朝がやってくる。
 大狗のとうは目を閉じたまま、ベッドの中で思い切り両手両足を伸ばした。
 ……つもりだった。
 ゴツッ!
「痛ったぁ……!!」
 衝撃に思わず身悶えする。
 いつも通りに伸ばした腕が、足が、何かに激しくぶつかったのだ。
「なんなのにゃー……っておい、打ったのは頭じゃないはずだろ」
 やけに大きく見える自分の両手と、でたらめな遠近感で見える自分の足。
 そっと身体を起こし、自分の肩を抱きしめる。
 ……固い。そしてごつい。
 恐る恐る服を引っ張り、中を覗き込む。
 ……あるべきはずのものは存在せず、野性的な崖がそこにあった。
「♪あーたらしい……いや、新しい俺とかいらねーから」
 余りに予想外の出来事に直面すると、人は却って冷静になることがある。
 のとうは立ち上がり、ほとんど確信を持って鏡の前に立つ。
 そしてどこか他人事のように事実を受け止めた。
 鏡の向こうにはどこか覚えのある印象の、だが絶対に見たことのない青年が立っていた。


●困惑と混乱

 のとうは布団を巻きつけ、鏡の前と玄関先を幾度も往復していた。
 ショックの余り愛で空が落ちて来た訳じゃないが、着られる服が家にないのだ。
 そこにインターフォンが来客を告げる。
 のとうはびくっと、筋肉で盛り上がった肩を震わせた。
「やばっ……! 居留守使うしかねえのぜ」
 だがやって来たのは待ち望んでいた相手、レギだった。
 異常事態に混乱しつつも、真っ先に思いついた頼れる相手。のとうの期待通りに、飛んできてくれたらしい。
「レギー! 5分で来るとか、警備会社の人もびっくりだぜ!!」
 これぞまさしく地獄に仏。
 大喜びでドアを開いたところで、布団巻きの男は絶句する。
「え、えと……どちらサマで……?」
 そこに立っていたのは、荒い息を吐きながら苦しげに胸元を抑える美女だった。
「女性って、凄い、ね……走ったら結構揺れるんだ……サンダルと両方に気を使うから、走るのも難しい、よ……」
 うっすらと汗がにじむ額に、黒く艶やかな髪が張り付いていた。
 裾を折り上げたスラックスと、明らかにサイズがあっていないワイシャツが、華奢な身体の線を却って強調する。
 その美女が顔を上げると目を見開いた。
「え、あれ……のと君のお宅、では……?」
 その瞳の色は、見まがうことのないきれいな蒼だった。


「年上のおねーサンは好きですか、俺は大好きです! ……って、違ぇ! そういう事じゃねぇ!」
 レギが持って来てくれた服を着こみ、ようやく布団巻きから解放されたのとうは頭を抱える。
 どうしてこうなった!
「ふふ……でも変化したのが自分だけだったら、もっとショックだったかも、ね」
 いつも通りの仕草で微笑むレギ。
「まあそれはそうだにゃ。あ、そうだ、とりあえず俺の服着といてね」
 のとうは、今のレギが着られそうな手持ちの服を引っ張り出した。
「え? いや、俺はこれで」
「そのシャツじゃ透けちゃうぜ? じゃあブラジャー、要るか?」
 のとうが横目でちらりとレギを見る。
「それは……流石に」
 レギが顔を覆う。倫理的に、そして心情的に問題大アリだ。
 しかもレギの目算では、たぶんサイズが合わない。
 ……無論、その点をのとうに告げる気はなかったが。
 
 やむなく、レギは極力抵抗の少ない服を借りて身につける。
 こうして見ると、男性の服より女性の服は、体型のわずかな違いによってどうしようもないデザインの物が多い。
 いつ戻れるか判らない以上、お互いに当面の服を調達する必要がありそうだった。


●背の君

 ショッピングモールはオレンジと黒のハロウィンカラーで埋め尽くされていた。
 それに倣ったわけではないが、鮮やかな橙色の髪の青年と、彼より少し大人びた黒髪の女性が並んで歩く。
「折角だし、お洒落しようぜ! おっ、あの服なんかレギ子に似合いそうだぜ」
「無理に『子』をつけなくても、いいと、思うのだけれど……」
「にゃはははは」
 のとうがさも楽しそうに笑う。

 レギも釣られて微笑を浮かべる。
(こんな状況でも、やっぱりのと君はのと君、だな)
 もしもこの異常事態に、のとうから電話が来なかったら自分はどうしていただろう。
 おそらく部屋でひとり黙考し、唯状況をありのままに受け入れようとしていたのではないだろうか。
 のとうは一度開き直ると、どうせなら状況を楽しもうとする。
 そのパワーに、いつも救われている。当然、今もだ。

 すらりと均整の取れた体つきの青年を、そっと見上げる。
 今の自分より、目線が少し高い。
(普段、のと君から見たら、こんな感覚なのだろう、か……?)
 たった15センチほどの差だが、視界は明らかに違う。
(暫くぶりに会った親族を見て、ぐっと大きくなっていたら、こんな感じなのかもしれない)
 控え目に漏らした微笑を、のとうが目ざとく見つける。
「レギ、何ニヤニヤしてんだよ! これなんかどう?」
「え……いや、それは、ちょっと……」
 レギは笑いを収め、思わず逃げ腰になる。
「お客様でしたらこれぐらい個性的なデザインも、きっと良くお似合いですよ」
「絶対そう思うよな! ほらほら、着てみようよ!」
 のとうは店員の加勢を得て、手にしたドレスをひらひら振って見せた。


●プレゼント

 白いテーブルと椅子が並ぶオープン風カフェには、天窓から明るい光が降り注いでいる。
 レギはその一角に腰を落ち着けていた。
 元軍人らしく、しゃんと背筋の伸びた綺麗な姿勢だが、今はそれが『モデルみたい』になってしまう。
 のとうはそっと物陰からその様子を窺い、一人悦に入っていた。
(レギってば、性別変わったらエキゾチックな美女だったのな!)
 本人が身体の線がはっきり出るのは嫌だと言ったので、ドレスはドレープの綺麗な黒の膝丈のもの。ハイヒールではどうしても歩き難いというので、しっかり固定できるストラップのサンダル。
 元々レギの小麦色の肌はしなやかで引きしまった印象を与えるので、身につけたそれらが一層引き立つのだ。
 ついでに服に合わないだの何だのと理由をつけて、軽く化粧をさせてみたら、歩くフェロモン製造拡散機が出来上がってしまった。
 その証拠に、カフェの傍を通りすぎる男性が、皆横目でレギを見て行く。
(うん! やべぇな、これは俺でもわかるくらいのレベルだな)

 何食わぬ顔で、のとうはレギの向かいに座った。
「お待たせー。ううーん、何処からどう見ても美人サンよな」
「……」
 困ったように軽く微笑む表情は、女性になってみるとまた印象が違い、結構可愛らしい。
(レギ、恐ろしい子……!)
 のとうは改めてレギの『美人度』に感心する。
 麗人、と言ってもいいかもしれない。とにかく男であろうと女であろうと、『綺麗』な人というのはいるものだ。
「これじゃあ美人度、上がっちゃうかなー?」
 悪戯っ子の目でレギを覗き込みながら、のとうが小さな包みをテーブルに置いた。
「これは……?」
「開けてみるといいぜ!」
 上品に飾られたリボンをほどき、小箱の蓋を開く。
 天窓から差し込む光に、蒼い小さな煌めきが零れ出た。
「いつの間に……」
 掌の上で輝くピアスに、レギの顔が綻ぶ。
 普段つけているピアスを替え、黒い髪を掻き上げて見せる。
「どう、かな……?」
「うん、やっぱりよく似合うじゃないか」
 煌めく蒼。
 レギの瞳の色と同じ、海の中から見上げたキラキラ光る空の色。
 光を受けて深みを増す蒼は、やっぱり君の肌によく映える。

 レギを覗き込むのとうの黒曜石の瞳が、ちょっと得意そうに輝いた。
(わざわざ、選んでくれたのか)
 贈り物は勿論嬉しい。
 だがのとうがこの短い時間に、どんなに頑張ってこのピアスを探してくれたのか。
 それを思うと、レギは胸の中が温かくなるのを感じる。
(こんなに細やかな気遣いができるのだから、のと君が男だったら、きっと女性にもモテるだろう、な)
 女の子に囲まれる、今の姿ののとうを想像する。
 そしてレギは少し笑ってしまった。
「有難う、とても嬉しい」
 そしてさっき外した円環のピアスをひとつ、細い指で取り上げた。
 ハンカチで丁寧に拭き、一度光に透かして確認する。
 何が起こるのかとじっと見つめるのとうにもう一度微笑みかけると、レギが手を差し出した。
「手を」
「にゃ?」
 反射的に出したのとうの片手に、レギが自分の手を添える。
「小指の指輪は幸せを運ぶ」
 まるで儀式のように。
 レギはそっとのとうの小指にリングを嵌めて、目を細めた。
「のと君に、沢山の幸せが訪れるように。まじない、だね」
 のとうは驚いたように目を見開くと、無防備な程に明るい笑顔を向けた。
 こちらの心を温かく包み穏やかな気持ちにさせる、どこか懐かしい夕焼けのような笑顔。
 見た目が『彼』でも『彼女』でもやっぱりそれが変わらないことに、レギは何かに感謝したいような気持になった。


●いつもの朝

 いつもの時間、目覚めの時。
 のとうは目を閉じたまま、ベッドの中で思い切り両手両足を伸ばした。
 ……何にも当たらない。
 弾かれたように起き上がると、自分の身体を確認する。
(新しい俺じゃねぇな……!)
 すぐさま携帯を手にし、暫く見つめた。
 まさか自分だけ戻ったということは……ないよな?
 ……ここは、ほら、なぁ? やる事は一つだろ。


 レギの幸せなまどろみは、おどろおどろしいSF映画のテーマソングで打ち破られた。
 すぐに起き上がり、返事をしながらそっと自分の身体を見下ろす。
 携帯から漏れる明るい声が耳に心地よい。
「うん。女の子、だな」
 夕焼け色の髪をした好青年を思い出し、レギは珍しく声を立てて笑った。
『その声、レギも美女じゃなくなってるのにゃー! でもちょっと残念だぜ』
 わざとそう言っている表情。見なくてもわかる。
 指先で蒼い石に触れながら、レギは不意打ちのように呟いた。
「君は、何になっても可愛いんだな」
 そしてすぐに電話を切る。
 今度先回りするのは、こっちだ。
 するりと敏捷にベッドを降りると、レギは素早く身支度を整え、部屋を駆け出す。


 のとうは携帯電話を耳に当てたまま、暫く座りこんでいた。
「えっと……?」
 だがすぐに笑いだし、そのままごろんと寝転がった。
 なんだか無性に可笑しくてたまらない。
 くすくす笑いが収まらないまま、のとうは携帯の画面を見つめる。
 さて、彼は何分で来てくれるだろうか?
 携帯を握る指には、円環が朝日を浴びてキラキラ光っていた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 18 / ルインズブレイド】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 27 / ルインズブレイド】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はまたのご依頼、どうも有難うございます!
過分なお言葉を頂き、大変光栄です。
今回でがっかりされないと良いなと思いつつ、大変楽しく執筆させていただきました。
タイトルのアレキサンドライトは、よく知られている通り、光によって色を変える宝石です。見慣れた物と違う色は、如何でしたでしょうか。
尚、最初の『新しすぎる朝』の部分が一緒にご依頼いただいたものと対になっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
魔法のハッピーノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年10月24日

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