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『●誰そ彼時の戯れ 』
姫宮 うららja4932
 茜色に泥む黄昏時、誰かと見間違えた、誰かの影。
 その後を追って駆け出した彼女は、万聖節の前夜の魔力に惹き込まれてしまう。

 ――誰の声も聴こえない。
 ――何の音も聴こえない。
 ――誰も居ない何も居ない。
 ――彼女も居ない、彼も居ない。

 心の深層、
 物事の真相、
 実の実の奥の奥、
 深くて不快な淵の底、
 何所までも落ちて往ってしまった少女を襲う、『××××』。

 ハロウィンの夕べ、誰そ彼時に迷い込んだ時空の歪みで彼女が出逢うのは――。

●落陽
 暮れ泥む夕陽。落日。
 その日は普段と何一つ変わらない日常を過ごす筈だった。過ごした筈だった。
 けれど、見付ける。大きな体躯、長い尾、路地裏をすり抜ける”何か”の背。
 ディアボロやサーバントの類であってはならないと姫宮 うらら(ja4932)は思慮するより先に、何か急かされるものを抱いてその後を追った。
(――追ってはならない。)
 夕暮れの街並みを駆けるうららの理性は警鐘を鳴らす。
(――追わなければならない。)
 けれど反して、本能的に彼女はその背を追っていた。
 決して逃してはならない、決して見失ってはならないのだと、うららの本能は叫ぶ。
 突き動かされる衝動のまま路地を駆け、街並みを行き過ぎ。
 影を追い、あぜ道を辿り、気付けば行き着いていたこの場は、草原。
 靡く長草。夕焼けに照り褪せた色を映す葉。広い。広過ぎる。
 得も言われぬ懐かしさを思い起こさせ、そして痛みすら疼かせる光景に、うららは双眸を眇めて陽を仰ぐ。
 眼前には、後を追い縋り漸くと捉まえた、姿。
 逆光を受けて陰がかかるその正体は、――……一頭の、獅子。
 肌寒ささえ感じる風を受けて黒い毛並みがざあと揺れ、うららは目を瞠る。
 何故ならばその姿を知っていたからだ。識っていたのではない。彼女は”知”っていた。
 身体で。
 心で。
 ――そのすべてで。
 獅子は眼前、爪で地を掻き、今にも飛び掛らんとしている。
「――……、」
 うららは胸中で膨れる戸惑いに喉を鳴らす。
 対峙する獅子に対して何事かを紡ごうと唇を開けど、それは叶わない。
 喉奥を灼くように込み上げる、熱。
 けれど彼女に語るべき言葉は無く、また、問う言葉も無い。
 何故ここに”彼”が居るのか、何故今再度”彼”にまみえたのか、そういった疑問も口にするまでもない。
 銀糸を束ねるリボンに指をかけ、するりと引き抜けば夕風に髪がたなびく。
「恨み辛みは、何れ彼の世で。……姫宮うらら、獅子となりて、参ります」
 戦告の声は勇猛たる彼女の気概を示す獅子として告げられる。
 闘わなければならない。
 闘い、そして打ち勝たなければならない。
 それがうららに課せられた枷であり、咎でもある。
 彼女自身、痛い程それは判っていた。

 人間が人間を殺すと罪になる。
 けれど、元は人間だったディアボロ、サーバントを殺すことは罪にはならないと、いう。
 それでも。
 うららが生まれて初めて討ったディアボロは、父親だったものだった。
 うららが生まれて初めて”殺した”ディアボロは、父親だったものだった。
 ――その罪を抱いて、彼女は生きている。
 この命が尽きるまで闘い続け、背負った罪は彼の世で償い、決して忘れぬと誓ったあの日。
 まだ若い少女には重過ぎる、けれど決して歩みを鈍らせることはない原罪がそこに在る。

●白と黒の獅闘
 獅子のように猛々しく、勇敢で心優しかった父。
 その父だったものを相手にまた、うららは戦っている。
 片や純白の獅子、片や漆黒の獅子。
 うららは白糸の爪牙を手繰って立ち向かい、父たる黒獅子は剛爪を以ってそれを迎え撃つ。

 先手を取った白き獅子たる彼女が狙いを定めるは黒き獅子の脚。
 絡め取らんと風を切って伸ばした白糸は剛健たるそれを巻き取り、大きくバランスを崩させた。
 そのまま薙ぎ払うよう振り抜かれた腕が篭めたアウルに、黒獅子はその身を地に強かに打ち付けた。
「……負けるわけには、いかないんです!」
 眼前で苦鳴を上げるディアボロに対し揺らぐ感傷、痛みの干渉。
 痛めつけられ、血を吹き出す姿はもう父ではない。
 そう頭では理解していながらも、心はかき乱される想いだった。
 他所に被害を出さぬ為にも、他所に斃されてしまわない為にも、此処で自身が討たなければ。
 抱く意志は強く、されど儚く。
 身を横たえる獅子の腹に鋭い白爪を振り払えば、舞い散る黒血。
 ――轟と哮る、黒獅子。爆ぜる空気。
 体躯を起こすと同時白糸を振り払い大きく跳躍し、黒獅子は容易く束縛から逃れてみせ、そして剛たる爪牙を振り被る。
「つ、……ッ!」
 交錯した二頭の獅子の内、離れて膝を折ったのは白獅子の方。
 布地を割いて肩口に大きく生まれた裂傷は深く、辛うじて避けて尚、喰らう重み。
 うららは身を痺れさせる痛みに唇を噛み締め、追撃を迎え撃つ為手繰った糸を引き握る。
 骨をも砕くアウルを篭めて、カウンターに狙い撃つは破山。
 伸ばした爪牙は黒獅子の顔面を掠め――そして、それだけに留まる。
 強い。ただひたすらに、強い。
 咬み合った白糸と黒の牙とは押し合い、力の差にじりじりと退かされる。
 過去の父を思い出させる強靭さに、うららは眩暈すら覚えた。
 勝つ。否、勝たなければならない。
 けれど、勝てるのだろうか?
 二度目。父に。
 父を二度、殺すことが出来るのだろうか?
 過去に一度屠った父親を、再び、喪う。
 この手を血に染め、親殺しの罪を背負う。
 うららは短く息を吐く。考えている暇など無い。
 ――迷いは攻撃に滲む。
 大きく前に踏み出した黒獅子の剛爪の一撃は、今度はうららの腹を大きく薙いで吹き飛ばす。
「ぐあっ……!」
 勢いよく後方へ弾かれたうららの身体は、茜色に染まる草原に投げ出されるよう転がった。
 重く鋭い痛み。傷口が燃えるように熱い。
 見る間に鮮血に染まっていく腹。
 そこに、逃れる隙も与えぬまま黒獅子は飛び掛かる。
 うららがかわすより先に黒獅子は勢い付けてその身を躍らせ、咄嗟にかばうように伸ばした腕に喰らい付く。
 みしりと骨が軋む。度を越えた痛みに声は出ず、肺から短く息を洩らすと歯を食いしばって堪えた。
「……ッ、私は! 貴方には、決して負けません!」
 腕に埋まる牙が骨を砕く。痛い。吐き気すら覚える痛み。
 持って行かれる、とすら思う。獅子は噛み付いたまま首を振るい、舞い散る血飛沫を浴びながら唸り声を上げている。
「くっ!」
 うららはさらされた神経を握りつぶされるような錯覚を感じながら、もう片手で鋭い白糸をふるって獅子を弾く。鮮血と共に退く体躯はじりじりと距離を取り、その眼差しは獲物を狙うそれだ。
 荒い呼気を繰り返しながら喉奥からせり上がる鉄錆を吐き出すと、それでも彼女は立ち上がる。
 うららと黒獅子の間に存在する圧倒的な力の差。
 撃退士として時間を重ね確かに実力を積んだ筈なのに、どうしても届かない、高い壁。
 蹂躙、まさにその言葉が相応しい力によって捻じ伏せられているこの状態で、けれどうららは諦めの意志を欠片も持たない。
 牙を折られど、心は折れず。
 他の何で負けたとしても、この携えた想いだけは負けられない。
「負けません。私は、――……この手で、貴方を討つんです」
 うららは激闘に反して静かに言い放ち、血のついた唇を拭う。
 ――地に這い蹲らせられ土を甞めようと、血塗れに汚されてしまおうと、折れない気概は純白を湛え続けて。
「貴方を討った罪は消えない。貴方を屠った過去は消えない。それでも、……それでも、私はこの命が尽きるまで、戦い続ける!」
 宣誓と共に吹き上がるアウルの闘気は、白。
 傷口に構わず確りと両の脚で立つと真っ向から黒獅子を見据え、うららは吼える。
「――参りますッ!」
 指に絡めた白糸を引き、眼前の黒獅子の身体を裂く。
 その手に躊躇いも、恐れも無い。
 ただ成すべきことを成す、それだけを胸に彼女は闘う。
 舞う鮮血は、白き獅子のものか、黒き獅子のものか。

 ――――二色の獅子が交錯して、果たして。

●誰そ彼時の幻
 血が足りない。霞む視界。それでも、彼女は立っている。
「……うっ」
 うららは小さく呻き声を上げながら、草原に倒れ伏す黒獅子を見下ろす。
 ぴくりとも動かないその身体は、徐々に形を喪っていく。
 勝った。そう、彼女は父を、斃したのだ。
 弔いをすることも出来ない、二度目の喪失。
 よろめき、足取りは覚束無くとも、うららはゆっくりと亡骸へと歩み寄る。
「――……、」
 出逢った当初と同じく、何事かを口にしようと唇を開くものの、言葉は出ない。
 視界が滲み、喉の奥が渇いて呼吸が掠れる。
 何か伝えなければいけないような気がするのに、それもまた、夕暮れの静けさに落ちてしまう。
(これは、幻――)
 彼女は途中から気付いていた。
 黒き獅子など、父親であったディアボロと再びまみえることなど有り得ないということに。
 都合の良い空想、夢想、あるいはまやかしの類であるのだということに。
 うららは唇を噛み締め、虚空にほどけてゆく亡骸を見詰め続ける。
 そしてその目前に現れたのは、懐かしい――。
 うららは顔を上げ、そうして、言う。
「………………御休み、なさい」
 小さく紡いだ言葉は、届いたか、否か。
 眼前の幻は表情を弛め、そうして茜色の空に融け、消えていった。

 不意に訪れる、眠気。
 まだ、彼女が休むには早いけれど。
 今は少しだけ、休息を。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4932 / 姫宮 うらら / 女性 / 17歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めましてと、有難う御座いますの拝を篭めまして。
 悲しくも熱い闘いに心踊りながら執筆させていただきました。
 多くは語りません。彼方へ想いが届きますように。

 うららさんの心に、ほんの少しでもハッピーが訪れますように。
 気に入っていただければ幸いです、ご依頼本当に有難う御座いました!
魔法のハッピーノベル -
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エリュシオン
2013年10月29日

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