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『彼女の童話 』
Viena・S・Tolajb2720
●誰そ彼時の戯れ

 茜色に泥む黄昏時、何かと見間違えた、”何か”の表紙。
 その後を追って本を広げ始めた彼女は、万聖節の前夜の魔力に惹き込まれてしまう。

 ――誰の声も聴こえない。
 ――何の音も聴こえない。
 ――誰も居ない何も居ない。
 ――彼女も居ない、彼も居ない。

 心の深層、
 物事の真相、
 実の実の奥の奥、
 深くて不快な淵の底、
 何所までも落ちて往ってしまった彼女を襲う、『××××』。

 ハロウィンの夕べ、誰そ彼時に迷い込んだ時空の歪みで彼女が出逢うのは――。

●?T
 膨大な量の書物が格納されている、書庫。
 Viena・S・Tola(jb2720)はひとり、幾つかの本を机に並べて読み耽っていた。
 ――その内の、一冊。
 ふと手に取ったその本の表紙には何も描かれていない。
 埃を被った無骨な装丁。
 自分自身でも何に惹かれたのかは判らない。
 人間界の見聞の為、と別の書物に目を通している最中もまた、気になって仕方がない。
 渋々とその本を手に取り表紙を捲ると、中身はまったくの白紙だった。
「……?」
 一頁目。
 二頁目。
 三頁目。
 すべてが白紙で、文字のひとつも見当たらない。
 乱丁だろうか。そう考えた彼女が本を閉じかけた瞬間、――眩い光が、弾ける。
 ぱさぱさと渇いた音を立て捲られる頁から溢れる情報の奔流に押し流されそうになりながら、彼女は目を瞠る。

 ――『Vの童話』。

 それはひとつの昔話。
 始まり、始まり。

●開かれてゆく頁
 昔々あるところに、”V”と呼ばれる、人間という種族を愛した悪魔がいました。
 彼女は悪魔によって造られた”悪魔”でしたが、人間を手にかけることの出来ない失敗作だったのです。
 人間を愛し見守っているだけで、彼女は幸せでした。
 けれどもある時彼女は冥界から人間界へと棄てられてしまいます。
 不良品であった”V”を、悪魔たちが手許に残しておくことを厭った為です。
 けれどそこで、彼女は一人の少年と出逢います。

 ――二人の共通点は、『すてられた』という事実。

 寒い寒い北国のある場所。
 ひとけは無く、生が殆ど感じられることの無いその国で、二人は出逢いました。
 冷え切った空の下、互いへの興味からひとつ、ふたつと言葉を交わして身を寄せ合います。
「V? 変な名前」
 寒さで指を赤く染めた少年は笑って言いました。
「じゃあ、ヴィエナ! そうだ、こっちの方がずっといいや」
 少年は満足そうに頷くと、あかぎれた手を差し出しました。
「俺は****。仲良くしてやってもいいよ」
 屈託のない笑顔で差し伸べられた手を、彼女――ヴィエナとなった悪魔が取らない理由は有りません。
 ヴィエナとなった”V”は、少年と二人で過ごし始めます。
 短い命で懸命に生きる人間と、長い長い時を生きる悪魔。
 二つの種族の共生は、短く、けれど濃密なものとなりました。

 雨風を凌ぐのがやっとの家で、二人だけで過ごす日々。
 時には寒く凍える日も有りましたが、二人で居れば何の問題も有りません。
 ヴィエナは少年をまるで弟のように愛し、少年はヴィエナをまるで姉のように愛しました。
 けれどもそれ程に近く、そして温かな関係を築いていた二人の生を、運命は容易く弄びます。
 たった数年のことです。
 人にとっては見る間に成長を遂げる年月であれ、悪魔にとっては瞬く間のようなもの。

 ――少年は、病に侵されました。皮膚を侵す黒き死の病。

 名は、ペスト。
 彼女が知識として知り得、”視た”ことのある病。
「待っていて……」
 静けさの中にも尚、少年を落ち着かせる響きを持つ呟きは、夜に消える。

●?U
 ヴィエナは目を瞠る。
 眼前で繰り広げられてゆく、物語。
 それは懐かしさを孕み、そして苦さを滲ませる、映像の連なり。
 覚えはない。
 けれど、微かな記憶がこの目前のストーリーを、自身の”過去”だと訴えてくる。
 ――真偽は不明。
 ヴィエナの胸中は疼く。
 少年はどうなってしまったのか。
 行く末は。行く先は。病は治癒したのか。
 ”V”は――ヴィエナは、どうしてああも、幸せそうなのか。
 何故こうも心が揺さ振られ、胸が締め付けられてしまうのか。
「……いけない……」
 知りたい。知りたい。知りたい。
 好奇のみでない感情が、感傷が渦巻いて、彼女の背を強く押す。
 知りたくて堪らない。
 けれど前へ進むべきではないと、頁を開くべきでは無いと、何所かで忠告の声がする。

 彼女にとって理解の出来ないことばかりが連なり、紡がれ、頁は捲られてゆく。

●放たれてゆく頁
 それからヴィエナは少年の治療の為、少しだけ家を留守にすることにしました。
 識っている病。それならば、治せないことはありません。
 この時代、この病によって必ず訪れると信じられていた死を、少年には訪れさせやしまいと、彼女は翼を伸ばしたのです。
 けれど、どうしてでしょう。
 舞い戻った彼女を待ち受けていたのは、ベッドで病に伏し待つ少年ではなく、血痕のみ。
 ひとりでヴィエナを待っていた筈の少年はその場から消えていました。

 ――ひとのいない、街。
 ――さて犯人は、誰でしょう。

 ヴィエナの心を焦がしたのは、激しい殺意と怒りの衝動でした。
 その晩空にかかっていたのは、美しい満月。
 満ちた月の輝きと共に、充たされるエネルギー。

●?V
「いけない……」
 ヴィエナは再び小さく呟くと、両耳を塞ぐように手を伸ばす。
 けれど、声は、音は耳に、視界に入って来る。
 これ以上先を視てはいけない気がした。
 これ以上先を識ってはいけない気がした。
 飛び散った血。消えてしまった少年。
 丸い月。
 『ヴィエナ』の静かなる、慟哭。
 脳裏でフラッシュバックする、大きな大きな満月。
 心の奥で揺れる胸騒ぎに急かされるまま、彼女は自動的に頁が捲られてゆく本を閉じる。
 けれど、それだけ。本が閉ざされて尚眼前のストーリーロールは廻り続け、夜の街をゆく背を見送るばかり。
 憾み篭る眼差しを以って歩み出した絵本の中の『ヴィエナ』を、彼女は止めることなど出来ない。
 物語を構成する登場人物と、傍観者たるヴィエナ。
 二人の『ヴィエナ』の間には大きな隔たりがあり、越えることの出来ない高い壁が有った。
 眼前で無情にも紡がれていく物語を、ヴィエナは呆然と立ち尽くしたまま見詰めていた。

●捲られてしまった頁
 寒い寒い北国のある場所。
 ひとけは無く、生が殆ど感じられることの無いその国に、悪魔が訪れました。
 冷え切った空の下、人への興味からひとつ、ふたつと命を刈って彷徨い歩きます。
 小さな国で粗方人を殺し終えた悪魔は夜の広場で彼女の訪れを待っていました。
 ヴィエナを目にした悪魔は言います。
「眷属よ、共に往くぞ」
 笑う悪魔、差し伸べられる血に塗れた手。
 得も言われぬデジャヴ。
 奇妙な偶然に怖気すら一瞬覚えた次の一瞬、ヴィエナは口許を歪め、左腕を伸ばし、眼前の頭を鷲掴みます。
「――な」
 漆黒を湛え変化する異形の腕に力が篭り、名も知らぬ悪魔は呻き声を上げました。
 ヴィエナの心を支配するのは、昂揚。
 今まで感じたことのない、満ち足りた温かな生活でも得ることの出来なかった心地好さ。
 口許が無意識に、異なる形に歪む感覚がヴィエナを包みます。
 ――ばぢゅ。
 満月の広場に響く、熟れた果実の潰れるような、濁った鈍い音。
 飛び散る肉片、飛び散る血液、滴る鮮血はヴィエナの頬をべっとりと濡らしました。
 暫くもがいた肢体を投げ落とすと無様に悪魔は転がって、暫くしてただの死体と成り果てます。
 月明かりに照らされる赤い果実の正体を知る者は、もう誰もいません。
 とくとくと流れ出る生命の源の中に沈む亡骸は、無言。
 かち合う視線、澱んだ目、そして――。
「――わたくしのすべては、此処に置き去りに」
 人を殺すことの出来なかった悪魔は、悪魔を殺して笑います。
 声を殺して、心を殺して、眦からともすれば溢れそうになる意識を抑え付けて笑います。
 あたたかさを抱くことが相応しくないこの手を、あたたかさを抱いて穏やかな日常を知ったこの心を、すべてを封じ込め、ヴィエナは笑います。
(果たして、笑っているのか、泣いているのか、それとも何の表情も浮かべていないのかは)
 誰の目にも留まらず、誰も知ることなど出来ません。
 何故ならば、もう、この国に生者は彼女ひとりしか居ないのですから。

 ――そうして、ヴィエナはすべてを忘れて、意識を喪いました。

●?W
 目を醒ますと、そこは書庫に並べられたデスクの一席。
「…………」
 視界に入るのは傍らで崩れた本の山と、眼前に置かれた開きかけの頁。
 特に白紙であるようなことも、奇妙な記述がされているということもない、ただの変哲もない、ある北国の伝承が綴られた古書。
 何か、長い夢を見ていたように思える。
 他愛無い夢、偶々膨らんだ想像の海のひとしずく。
 普段であればそう考え、直ぐにでも出来ただろう記憶の処理が、今は、出来ない。
 ただただ、胸に根差した一輪の花が彼女を揺らす。
「……愛する、とは」
 愛するとは。
 慈しむとは。
 ――……情、とは。
 激しく渦巻く感情の奔流に苛まれるヴィエナ。
 その頬に、一滴の涙がこぼれた。

 忘れ去っていた筈のものを引き上げた夢の航海で、ヴィエナは深い後悔を知る。
 彼女が置き去りにした破壊の『力』と、慈愛の『心』とを引き換えに。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb2720 / Viena・S・Tola / 女性 / 24歳 / 陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 初めまして、有難う御座いますの拝を篭めまして。
 フレーバーNPCとして、『思い出の少年』と『悪魔』が登場しております。
 書物好きということでしたので今回は毛色を変え、物語調にしてみました。
 物悲しい物語ですが、とても興味深く、楽しく書かせていただきました。

 少しでも楽しんでいただければ幸いです。
 ご依頼本当に有難う御座いました!
魔法のハッピーノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年10月30日

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