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『お化けなお菓子を捕まえろ! 』
和奏(ia8807)


●ハロウィンの朝

 街の空にかかる空が、少しずつ白んできた。
 だがまだ太陽は、街の建物の上に顔を出してはいない。
 そんな朝早くにもかかわらず、街の大きな通りに面した小さなお店から漏れた明かりが、石畳の路面を温かく照らしていた。
 甘い香りが、仄かに辺りに漂っている。
 お店の厨房では、パティシェの和奏が一心不乱に木べらを操っていた。
 今日はハロウィン。
 ここ暫くの間、酷く忙しかったが、今日はきっとたくさんのお客さんがお菓子を求めて押し寄せるだろう。
 カボチャを使ったケーキに、パイ。真っ黒チョコレートの蝙蝠クッキーに、白い砂糖がけのお化けクッキー。橙色や黄色のマカロンに、格子柄のアイスクッキー。
 オーブンは休みなくお菓子を焼き続け、甘い香りが厨房いっぱいに満ちていた。
「次に焼くのはこのクッキーだな。そうそう、今のうちに包み紙を用意しておこう」
 和奏はひとり呟きつつ、右へ左へ休みなく立ち働いている。

『ねえワカナー』
 その小さな声は、今の和奏の耳には届かない。
『ワカナってばあー』
 いつもお菓子を求めてやってくる小さな悪魔が、和奏を呼んでいた。
 黒い蝙蝠の羽根をパタパタさせて、黒い瞳でじっと見つめる。
「今日は忙しい。相手している暇はないんだ」
 笑顔も見せない代わりに、特に不快そうでもない。つまり、普段通りの表情で和奏は鉄板を手に通り過ぎた。
 ぶーっとふくれっ面になった小悪魔は、ふわりと飛び上がる。
『もういいじゃん、ちょっとだけ遊ぼうよー。僕、退屈なんだよ』
 返事をしない、いやできない程に忙しい和奏の後ろに回り、前掛けの紐をぐいと引っ張る。ほどけた前掛けが足に絡み、和奏は危うく躓きそうになった。
「……いい加減にしろ」
 彼にしては非常に珍しく、若干の怒気を含んだ声。
 だが小悪魔はそれに拗ねた。
『いいもん、じゃあ勝手にする!』
 捨て台詞を残し、ひょいと飛び去っていった。


●小悪魔のイタズラ

 厨房の作業台には、まだ温かさの残るお菓子が綺麗な衣を纏うのを並んで待っていた。
 しっかり熱を冷まして、それぞれに砂糖を振りかけたり、チョコレートを飾ったりして完成だ。
 他の棚には、お店に出す直前のクリームの乗ったケーキも並んでいる。
 ふわふわと飛んできた小悪魔はそのお菓子を見て、ほくそ笑んだ。
『よーし、みんなでイタズラしちゃおう!』
 小さな悪魔が使えるたった一つの魔法。
 お菓子屋さんにはとんでもなく迷惑な話だが、お菓子をお化けに変えてしまうのだ。


 和奏はオーブンを開けて、鉄板を取り出した。
 今しがた焼き上がったお菓子の焼け具合を厳しくチェックする。
「焼き色が少し薄いか。もうすこし追加してみるか……ん?」
 視界の端に、あらぬものが横切ったような気がした。
 まさか。
 そう思って顔を向けると、カボチャのクッキーが何枚も並んで行進していたのだ。
「…………」
 まるで掛け声を掛けているかのように、揃って体(?)を揺すり、進むクッキー達。
 それは余りにも奇怪な光景だった。
 和奏は前に向き直ると目を閉じ、数秒そのまま。
 まるで今見た物を否定するように。目を開ければ、奇怪な物が消え失せていることを念じるように。
 だが改めて顔を向けると、カボチャに混じってコウモリが増えていた。
 ……なお悪い。
「どういうことだ?」
『トリック・オア・トリート!』
 すぐ近くで、小悪魔が甲高い声で叫ぶ。
『お菓子にお菓子を上げてもだめだよ! さあワカナ、どうする?』
 けたけた笑うと、小悪魔は窓から逃げて行ってしまった。
「あいつの仕業なのか」
 だが追いかけている暇はない。
 どうすればいいのか分からないが、とりあえずこのクッキー達の行進を止めなければ!


●お菓子屋さんの災難

 カボチャのクッキーが数枚、和奏の足元をすり抜けて走り回る。
「思ったより素早いな」
 だが、ある意味メルヘンチックな情景に、感心している場合ではない。
 お店を開く時間が迫っていた。
「諦めろ。所詮お前たちはお菓子なのだ」
 当然、真顔で説得して聞く相手ではない。
 和奏は途方にくれてしまう。
 相手はお菓子なのだ。
 本気を出せば追い付けなくもないが、乱暴に捕まえたら、崩れてしまうかもしれない。
「……ッ!?」
 突然、白い帽子に軽い衝撃。見上げると、自分を覗き込んでいるケーキと目があった。
 ……どうしてケーキに目があるのだ。
 スライス苺を挟んだ断面を見せ、ケーキがパタパタしている。
 どうやら笑っているらしい。
 お化けになったのはクッキーだけではないようだ。
「……少し落ち着こう」
 ふうと溜息をつき、和奏は帽子を外し座りこんだ。
 夢なら早く醒めて欲しいところだが、どうやらそういう訳でもないらしい。
「どうしたらいいんだろう」
 分からないまま、時間が過ぎて行く。
 そこでふと、何気なく手にした帽子に目が止まった。綺麗に立ち上がっていた天辺がへこんでいるではないか。
「おや」
 和奏はあることに気付いた。
 へこんだ原因は多分、ケーキのダイブ。
 だがたっぷり乗っていたはずの生クリームは、帽子には全く付いていない。
「もしかしたら……」
 和奏は今まさに脇を通り抜けようとした、カボチャのパイに飛びつき、両手で抑え込む。
 パイは一瞬だけびくんと動いたが、すぐに静かになった。
 しかも全く崩れていない!
「そうか、うろついている間は崩れないんだな」
 和奏の手の上のパイは、もう普通の美味しそうな焼き立てパイに戻っていた。


●お菓子屋さんの奮闘

 そこからは和奏の孤独な戦いが始まる。
 両手で押さえ込めば勝利なのだが、お菓子達は中々素早い。しかも数が多い。
 だがコツさえつかめばこっちのもの。
 縦横無尽に走り回るお菓子達だったが、捕獲されるとすぐに大人しくなる。
「あんまり手間を掛けさせないでくれ」
 説得するように手を開くと、生クリームのケーキは素知らぬ顔でただのケーキに戻っていた。
「よし、あいつが戻って来ないうちに」
 和奏はクッキー達を揃えてまとめ、小袋に詰め込む。
 カラフルな包装紙と柔らかな和紙を重ねて包み、端っこをくるんとカールさせたリボンで飾れば、ちょっと澄まし顔のハロウィンの贈り物になった。

『あーあ、もう大人しくなっちゃった。つまんないの』
 どこかで隠れて騒動を見ていたのだろう小悪魔が、和奏の手の届かないところでふわふわ浮いていた。
「……お客様が来られる。もう邪魔はしないで欲しい」
 真面目な顔で呟くと、小悪魔は少し黙って、プイと横を向いた。
『どうせ僕の魔法は、年に一回だけしか使えないんだよ』
 だから一緒に遊んで欲しかった。
 そう言いたげな悪魔に、和奏は少し考え込む。

「ほら、これで機嫌をなおして」
 小悪魔が横目で見ると、和奏の手には橙色のリボンで飾られた小箱があった。
「お前の分だよ。また明日、遊んでやるから」
 そういう和奏の顔は、笑顔も見せない代わりに、特に不快そうでもない。つまり、普段通りの表情で。
 でもほんの少しだけ、目に浮かぶ光は優しかった。
『……今年はこれで勘弁してやるよ!』
 悪魔は小箱を大事そうに抱えると、ふわふわどこかへ飛び去った。

 和奏は暫く小悪魔を見送ったが、ふと我に返った。こうしてはいられない!
 綺麗に飾ってやらなくてはならないお菓子が、まだ沢山待っているのだ。
「頼むからお客様の所から逃げ出すんじゃないぞ」
 一つずつ心を籠めて包みながら、和奏はお菓子に声を掛ける。


 今夜はハロウィン。
 トリック・オア・トリートの声が響き、子供達はお化けに扮して練り歩く。
 お菓子達は動かなくなっても、きっとみんなを笑顔にしてくれるに違いない。
 だから今日、お菓子屋さんはとても忙しい。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia8807 / 和奏 / 男 / 17 / 奮闘パティシェ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ハロウィンのお祭り騒ぎの裏でのお菓子屋さんの奮闘、如何でしたでしょうか。
小悪魔の魔法はお菓子屋さんにとっては大迷惑ですけれど、ちょっと楽しそうでもありました。
可愛らしいピンナップのイメージに、上手く合っていれば幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
魔法のハッピーノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年10月31日

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