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『■グラスから選ぶ■ 』
キング=オセロット2872)&エスメラルダ(NPCS005)





 浮き立った熱がアルコールに溶けて広がっている、常の通りの黒山羊亭。
 喧騒に隠れて存在する静寂のひとつを作るのは、グラス片手に座すキング=オセロット。
 彼女の端正な面差しをかざる片眼鏡の縁が店内の朧な光に染まるのは、なんとなし物憂げな空気を周囲に抱かせるようでもあった。オセロットがなにやら考え事をしている様子で目を伏せているから尚更だ。
 エスメラルダはそんな知己の姿をちらと見た。
 もとより賑やかな振舞いをする人物ではないが、今日はいかにも難しげである。かといってぴりぴりとした緊張があるだとか、そういった重苦しい理由を想像させる雰囲気でもないから逆に見当がつかない。なにか難しい依頼でも出てきたかしら――エスメラルダはひとりごち、心当たりのある、己の店以外からでも回っている頼まれ事を頭の中で数え上げていく。しかし思い当たらない。
 見知った人物の姿に、少しだけ興味を引かれながら黒山羊亭の女主人は他の客の声に応えた。
 話せることなら、水を向けてみるものいいかもしれないなと、親しさも含めて考えながら。
 ただまあ、エスメラルダのそれは結果として不要に済んだわけであった。

「……唐突に尋ねるが、エスメラルダは恋をしたことはあるかな?」

 店内が落ち着いて、女主人に余裕が出来た頃を見計らってオセロットが声を掛けたのだ。
 先程からの思案をまとめたからというよりは、エスメラルダの都合を考えてのタイミングでのこと。
 そこでにこりと即座に微笑んで言葉を返すくらいは意識するまでもなく出来る踊り子は、しかし普段通りの落ち着いた声で紡がれた言葉にまばたきひとつを挟むことになった。この人から恋の話なんて珍しい。そんなところだ。
「あなたがそんな話をするなんて珍しいわね」
 実際、言葉にした。
 艶っぽく唇を引いて笑むエスメラルダにやんわりと苦笑するオセロット。
「……恋、ねぇ……そりゃあ無くもないけれど」
 小娘だった頃の初々しいものから、苦いものから、切ないものから、その濃淡を問わなければなかなかに語れる気がしないでもない。指の先で己の唇をするりと撫でて、だが実際に語ることは、ない。
 意味深に見つめる黒山羊亭の女主人たる踊り子。あなたはどうなのかしら。音にされないまま差し出された言葉を感じ取ったオセロットが答えを返して。
「私については、尋ねている時点で察してくれ」
「……ふぅん?」
 つまり無いのかしらと受け取っておいたエスメラルダは、眼前の麗人がとあるイベントでは山積みでブツを貰う側になったりする辺りについては突っ込まなかった。ちょっと今の話題とは違っているはずであるし。
 そこで二人の間に沈黙が落ちた。僅かな間だ。
 オセロットはそこでグラスを傾け唇を湿らると「少々説明しづらい話ではあるが」と前置いてから、話し始めた。

「時折物語を話してもらっていてね。その中に私が出てくるのだが、愛の告白を受けたようだ」

 聞き手を登場人物にする語り手というのも居なくはない。
 即興で、聴衆を満足させるだけの物語を紡ぎ上げるだけの技量がどれほどのものであるか、なかなかに恐ろしいことではあるけれど。そういった才人のひとりということか。
 それにしても愛の告白。この麗人に憧れる娘達は多かろうが、それとは違った人物が物語の中で描かれたと。どんな風にそれが綴られたのか、聞いてみたかったものである。
 頭の隅でエスメラルダが考える間にもオセロットの声は続く。
「物語の私はずいぶんと悩んでいるようだが」
「告白を受けるか断るか? それともお断りの言葉に?」
「どうだろうか。そういったジャンルの本を借りてみたりしてもいるようだが」
「どちらの悩みかはともかく、恋愛事の参考にといったところかしら。なんにせよ物語の『あなた』がそんな風に気を遣うなら、親しい相手からの告白でしょう?」
「相手に対して『私』は、新しく弟が出来たような気持ちでいたようだった」
「……あらぁ」
 それだけ近しい気持ちでいつつも意識はしていなかった相手からの告白、だなんて確かに悩ましい。
 ふんふんと頷きながら己の記憶を浚うエスメラルダ。自身の経験のみならず、周囲のあれこれも思い返せばそれなりのネタが引っ掛かる。応じるか、応じないか、そこからして話が出来ないこともない。
「その物語を聞いてから、考えたのだが」
 と、オセロットは微かに顔を伏せてグラスを覗いたようだった。
 片眼鏡が染まる灯りの陰影が趣を変える。それの所有者は、表情をことさらに変えるでもない。
 けれどエスメラルダは記憶を浚う作業を止めて眼前の知己が浮かべる表情を緩やかな視線で辿っていく。少し、珍しい気持ち。
「仮に、今ここにいる私が現実で同じ状況になれば――断るだろう。と」
「一応の検討もしないのね」
「ああ。もしも私が思い悩むとすれば、断りの言葉を選ぶところで悩むだろう」
 状況は簡単に想像出来た。相手に妙な期待を抱かせるような、曖昧な態度は取らないだろうけれど、相手を尊重するだろうオセロットの、断りの言葉は咄嗟には浮かばなかったが。
「――などということを考えて、それはまるで」
「まるで?」
「まるで私の中にはマニュアルがあって、そのとおりの受け答えをしているだけのようで」
「…………」
 ここで氷が鳴ったら耳に残るだろうと唐突にエスメラルダは思った。喧騒が遠い気がする。
 話す言葉を静かに聞く。先程の想像と、マニュアルに沿うオセロットの姿は重ならない。
 エスメラルダには、今ここで話す人物がマニュアルで誰かに応じるようにはまるで見えなかった。
「焦がれる苦しみ。受け入れられる喜び。拒絶される痛み」
 自身の内を確かめているようなゆるりと丁寧な言葉。
 恋に伴われる事々を挙げてオセロットは、それから一度唇を閉じる。
 沈黙を幾許か挟み込んでから彼女の声は再び続く。
「……どれも私にはどうにも遠いもので」
 遠い、という言葉の指すものが恋愛経験の程度だけではない。
 少なくとも聞き手である踊り子にはそう感じられた。そのまま相手を見る。
 ゆらゆらと時折揺らめく店内の光が黄金の髪を瞬かせて更に豪奢に見せるその下。
「そんな私の言葉はどれだけ選び重ねたところで機械的に過ぎないのではないかと、思ってね」
 持ち主はそこまでを話すと息を深く吐き、感情を乗せてというよりは、言葉の区切りとしてというようなそれを合図にオセロットとエスメラルダは互いの顔へと目線を合わせた。
 そして「そのようなわけで」とそのまま繋ぎ、
「現状、断る相手もいない身であるわけだが、後学のためにも考えを聞かせてくれないかな?」
 この知己は女主人に続きを預けたのであった。

 さて、意見を求められた側として、エスメラルダは考えてみる。頬のラインを撫でるように辿って唇へと添えられた指先が艶かしかったが、喜ぶ酔客なぞは誰も気付いていない。んん、と微かな声を洩らして思案する。
(……マニュアル……なのかしら。言葉を選ぶのは誰だってするわよね)
 グラスだけを己の前に置いて自分を見ているオセロットは、急かす風でもなく、エスメラルダが考えるのを待っているようだ。曖昧な笑みに待たせる侘びを乗せると穏やかに返される。
 そういえばキング=オセロットという人はエスメラルダとは違った身体の造りだ。エルザードには様々な人が存在するから敢えて意識することもないが、サイボーグだとか、なんとか。しかしだからといってこの女性の語る言葉についてマニュアルだ機械的だとは、ならないような気がするのだけれども。
(機械的……定型とか……うーん)
 ともあれ思考の淵に腰掛ける間に、唇に添えられていた指は離れた。
「それなりにあなたと付き合いのある、あたしにとってはね」
 そのまま腕を組み、離れたばかりの指先で自身の頬をとんとんと叩く。
 オセロットの言葉に対して聞かせるべきエスメラルダの考えというか思うところは、というとだ。
「とりあえず、あなたの言葉が機械的なものだっていうのは疑問かしらね」
 だって一度だって上っ面だけで話していると感じたことがないのだもの。
 仮にこの話題が告白の断りという極々狭い枠でのものだとしても、やはりエスメラルダの中のオセロットのイメージではマニュアルで対応するというのはしっくりこない。話しながら、そう思うのだ。マニュアルでというよりも、そのマニュアルから選んだ言葉が――そう。
「あたしだって似たような事をするお客さんには同じ対応になることも多いし」
 うっかりと零した言葉に発した当人がぱちりとまばたきしてから、周囲が聞いていないことを窺い指を立てて唇の正面に。内緒ね。そういうのって面倒な人相手も多いから、秘密。なんてそっと添える。苦笑して頷くオセロットに身を寄せるとエスメラルダは声を僅かに抑えて続けた。
「相手や周囲の状況を読み取る。それに合わせてある程度の態度を取る。言葉も同じだと思うのだけど、そういった行動を自分の経験や知識から選ぶのと、あなたが言うマニュアルからの受け答えと、違うようには思えないのよね。それって多分、告白を断るときなんかもあてはまると思うし」
 どうかしら、と問うてみる。形ばかりのもので、まだ言葉は続くから返事は有っても無くてもいい。
 それを察したのだろうオセロットは、そうだな、と相槌とも返答ともつかない声だけで止めた。
「でね。どんなものが機械的なのか、そうでないのかっていうと」
 オセロットの片眼鏡に自分の黒髪が色をうっすらかざしているのを、相手を覗き込んだエスメラルダは目の端にとらえる。なんとなし髪を背中へと手で梳いて、その手をグラスへと向けた。オセロットの前に置かれているグラス。あわせてオセロットの視線がそこに向かう。

「こんなものじゃないかしら、って」

「――グラス?」
 置かれたそれは何の変哲もないものだ。
 別に何を示してもいいのだけど目の前にあるから、それで。
「ええ」
 オセロットを見る踊り子の表情はやんわりとした親しさを滲ませていた。
「相手に合わせて注ぐものを選んだり、グラスを選んだり。商売っ気抜きで一対一のときは特にだけど、そういうときって色々選ぶじゃない? でも、それもある程度は自分の中でパターンが出来ていたりするものよね。言葉も同じで――つまり、そんなときに同じものばかり用意することが機械的になるのじゃないのかしらと思ったの」
 咽喉が渇いた。そういうときにはいつだって同じグラスに同じ水。相手がたとえば疲れていても、凍えていても、同じ。もしかしたら水は自分で汲めばいいとグラスだけを渡したり。氷を入れたり、グラスを木製や鉄製に変えたり、そんな変化はない。
「それと同じだと」
「まるまる一緒とは言わないけど」
「……」
 グラスを見詰めるオセロットを見詰めエスメラルダは思う。
 マニュアルは程度の差こそあれ誰もが持っていて、適切なものをそこから選ぶ。それがもしも常に変わらずには同じ言動となれば『機械的』でもあるだろう。だがオセロットは同じ言葉を告げるというわけではない。告白を断ることで『機械的』なものを言うなら、毎回を「断る」の一言だけで済ませるようならばまさしく機械的だろう。それをしないという時点で、彼女が選び重ねる言葉は違うのだ。エスメラルダにとってはそう。
「相手のことを考慮するでしょう? それなら、機械的じゃないわ」
「……そうか。あなたはそんな風に考えるのだな」
 参考になるかしら、と問えば落ち着いた笑みを湛えてオセロットは頷く。
 頷き返したエスメラルダは「受け取る側次第でもあるし」と言い足してから、ひたと視線を合わせた。
「焦がれる苦しみも、受け入れられる喜びも、拒絶される痛みも、遠かろうが関係ないの。相手の事情や感情を考えて、想像して、そういう気持ちがあって言葉を選ぶなら、問題はないのよ」

 少なくともあたしには、あなたの言葉は機械的でもなんでもないわ。

 締め括って黒山羊亭の女主人はふんと普段より強く息を吐いて見せた。
 そして悪戯っぽく眉を上げた踊り子が、
「それで? 私の恋にまつわる話はどうしましょうか?」
 などと言うのにはオセロットは、思わずと軽く噴き出しかけたとか、どうとか。





end.
PCシチュエーションノベル(シングル) -
珠洲 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2013年11月05日

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