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『ソライロのセカイ 』
蒼桐 遼布jb2501

●届かないソラの蒼

 雲ひとつ無い快晴の空。それが、なんだか哀しく思えた。

 突き抜けるような蒼穹の空は今日もただ変わらず其処にある。
 ふと、空に向かって伸ばした手のひらをぎゅうっと握りしめてみた。だけれど、掴めるはずもなくて、ただ手のひらは空を切る。
 どうして、哀しく感じるのかはよく解らない。
 だけれど、きっと晴れ渡る空に比べて心には迷いという雲があるからか。世界に取り残されているような気がして、余計に心が締めつけられるような気がするのかも知れない。
 勿論、つまらない感傷といえばその通りではあるけれど、まだ傷の癒えない心身に初秋の風は染みてしまう。
「お父様、お母様……」
 朱利崎・A・聖華の問いかけは病院の屋上を吹き抜ける風に掻き消されていくように、誰にも届かない。だけれど、聖華は言葉を紡ぐことを止めない。
「天と魔。そして、人……何が正解なのか、解らないのです」
 正しい義は必ずとも正しい解答とはならない。故に、聖華の両親は同族に背いた末に、同族に殺された。
 天と人と魔が交わる楽園。同族でさえ手を汚し合う。なのに、異種族同士で手を取り合うこと
 それぞれの世界と想いが交わるこの地で果たして正解などあるのだろうか。
「悪魔の、戦友……ですか」
 ふと脳裏を過ぎったのは先の戦いでともにした悪魔の姿。そう、物思いをしていたその時――。

「おい!」
 背後から掛けられたそんな声。
 聖華は振り向くと、其処にはにぃっとした微笑みを浮かべた蒼桐 遼布の姿。
 まさに驚いた。考えていたその人が現れたのだから。驚きの余り固まってしまう。
「ほらよっ」
 そうして、挨拶もそこそこに遼布はいきなり缶を放り投げた。慌てて聖華は受け止める。
 白いミルクティーの缶は少しだけ冷めていたようで手のひらを仄かに暖める。
「っと危ないですね……。ちゃんとロイヤルミルクティー……、有難う御座います。……何故、解りましたの?」
「ん? ああ、なんとなくだ。なんとなくミルクティーが好きそうな感じがしたし」
 何事を。そうと言いたげな表情であっさりと答えた遼布。
 だけれど、そんな彼に対して、少しだけ複雑に揺れる憂いを含ませて、聖華は再び訊ねた。
「いえ、何故わたくしが此処にいるのかが解ったのかと聞いているのです」
「……それも、何となくだな」
 そうして、何となく二人は空を眺める。
 沈黙のふたりの間を吹き抜ける風は相変わらず冷たい。
 聖華は遼布から送られたミルクティーの缶を開けずに、手で包み込むように持っていた。
 聞かなくても聖華は解っていた。少しだけ温くなったミルクティーの缶は時間が経った証拠。
 きっと自分を探していたのだろうと察しが付く、だから。
「……けれど、何故?」
 気付けば、そんな疑問が聖華の口から零れ出でていた。視線も気付けば遼布に投げられかけていた。
 その視線に気付いたのか、呟きに気付いたのか。
「話したいことがあったから、だ」
「何を、です……」
 そうして、遼布は聖華の視線に応えるように振り向いた。少しだけ目を伏せて。
「護ってやれなくて、ごめん」
 そうして、悪魔が口にしたのは謝罪の言葉。
 此処は病院。ふたりは病人。先の冥界勢との戦いにおいてコンビを組んだふたりは大きな傷を負って、この病院へと運び込まれた。
 依頼そのものは成功に終わったが、この結果は余りふたりにとっては苦い結果となってしまって。
「いえ……わたくし、こそ……」
 だから、聖華の言葉も弱かった。
 護れなかった。護られなかった。それ以上に。
「……悪魔だからと、あなたのことを信じきられて居ませんでした」
 そう、解っていたのだ。
「何か、あったのか?」
 少し弱々しげに語る聖華の表情から何かを察した遼布は気遣うように声を掛ける。
 それに、少しだけ間を置いて、聖華は語り出す。
「わたくしの両親は堕天使です。天界の方針に疑問を覚え、刃向かい人の楯になる道を選んだ。それ故に、同族である天使に殺されました」
 それは、まだ聖華が幼い頃の話。偶然その死を聖華とともに看取った朱利崎の家に引き取られて、この人界で育ってきた。
 稀に見る立派な家系であった朱利崎で、人並み以上の充分な生活をさせて貰ってはいたと思う。だけれど、その日々の中でも消えずに残っていたのは天界への不信感と憎しみ。
 両親は正しい義を通した。それは何よりも尊く、自分も間違ってはいないと思うのに、何故殺されなければならなかったのか。
「お父様もお母様も間違ったことをしていなかった。なのに……だから、何が、正しいのか。解らないのです」
 そうして、悪魔である遼布も信じられずこのようなことにしてしまった。解っている、解っていた。けれど、解りきれなかった。
 自分の根本にある傷。悔やんでも、悔やみ切れず溢れ出るそんな感情は塞ぐことも出来ないまま。
「……あなたは、今回同族との戦いでしたのよね?」
 そうして、浮かび出てきた質問を投げかけてみる。どんな答えを求めているのだろう。縋るような聖華の眼差しに、遼布は少しだけ安心させるように微笑み応えた。
「あのさ、大切なのは天使か悪魔かとかじゃなくて、人だって俺は思うんだが。その上での敵か味方かだって思ってるから特に気にしてないな」
「どういうこと、ですの?」
 そう告げた遼布の顔を、何を言っているのかよく解らないといった表情で聖華は眺める。
「難しく考えなくても、人は人だ。種族という区分はあっても、この世界に居て同じ方を向けりゃ、上も下も敵も味方も関係無いって俺は思う」
「なるほど、ですの……同じ志しを持つ。敵か味方か……」
 遼布の言葉を受けて、少しだけ考え込む聖華。そんな様子に遼布は少しだけ苦笑して聖華の金色の髪をくしゃりと撫でた。
「俺はお前のこと、味方だって思ってるよ。そんな難しく考えなくてもいいのさ。だからさ、気にしなくてもいいなってかするな、そんなこと。戦友、だろ?」
「ちょっと……?! 何を、しますの?」
 当然、反抗する聖華に対して、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「っと、わりっ! けどさ、それでも、いつかは三つの世界の人が一緒に笑えるようにしたいけどね」
 勿論それは子どもの夢のような話だと言うのは解っている。だけれど、いつかは叶うことが出来たのなら。俺はただ、そう思っているよ、と。
 それだけを告げた遼布はくしゃっと撫でていた手を離し、聖華に背を向けて中へと戻っていった。彼の姿が扉の中へと消えてゆく。大きな音を立てて閉じた鉄扉を聖華は眺めていた。
(……夢みたいな話。――だけれど……)
 ふと沸き上がる想い。少しだけ、何かくすぐるような不思議な感情を誤魔化すように。
 聖華は慌てて視線を鉄扉から空へと移した。
 相も変わらず吹く初秋の風が病院の屋上を吹き抜けていった。結局開けなかったミルクティーは、すっかり冷え切ってしまったようだ。


●宛先は彼方のソラへ

 拝啓 親愛なるお父様、お母様

 ひとつの戦いが終わりました。
 だけれど、また次から次へと戦いの連鎖は続いて行くのでしょう。

 此処は人も天も魔も手と手を取り合いひとつの旋律を描く楽園。
 ですから。
「……わたくしには、悪魔の戦友が出来ましたのよ」
 きっと、こんなこともありふれている楽園なのですから。
 きっと、こんなことも赦されるはずです。
 それでも、いつかはきっと。こういうのも、悪くはありませんよね。

 空を流れる冷たい秋の風は、聖華の頬を撫でるように吹き抜けた。
 だけれど、熱は収まらない。秋の風でも静まらない体温と余韻はただ、蒼穹の空へと還っていく。
■イベントシチュエーションノベル■ -
水綺ゆら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月06日

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