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『雨降灯篭 』
小野友真ja6901


 曇天から、音無く幽かな雨が降る。
 それは髪を濡らし、睫毛を震わせ、少しだけ身体を冷やす。
 夏が過ぎ自然の色彩は褪せ、広がる草原も――

(……草原?)

 灰色の景色。
 どこまでもどこまでも続くそれに、小野友真はパチパチとまばたきをした。

(なんや、ここ。さっきまで……)

 さっきまで。
 自分は何処にいた?
 何をしていた?
 煙る雨のように思考は鈍い。
 足元には、一本のビニール傘。
「……そうや」
 ところどころ破れ、骨の折れたそれを手に取り、眺める。

 もう、使い物にはならないだろう。
 主の役には立てないだろう。
 限界まで、戦い通した――

 知っている。
 忘れていた? 忘れられなかった?
 忘れるわけがない。
 忘れられない戦いを、した。

 視線を遠くへ。
 景色に溶け込みそうな、墓標が一つ。
 そこへ背を預ける、黒いスーツの男が一人。

 知っている。
 『彼』は、現実では既に存在していない。
 知っている。


 季節はハロウィン。
 北欧では、死者が蘇る季節。
 そうで、あるのなら。


 夢の中でも。
 いつか見た、並行世界の現実でも。
(今なら)
 友真は灰色の草を踏みしめて、墓標へと歩き始めた。




(いつも俺は、大勢の中の一人で。勝手に追っかけてたから知らん……よな)
 近づいてくる背中。雫を弾く、柔らかな黒髪。
 こんな穏やかな心境で眺めることになるとは思わなかった。確かに彼は――米倉創平だ。
(理不尽な扱いを受けてる事が悔しくて泣いて。でも俺を見てくれたのが嬉しくて笑った。なんて、並行世界の楽しい思い出を語ったって)
 夢を見るならいつでもできる。
 いや、今もきっと、夢の中だろうけれど……
 掛けたい言葉、聞きたい言葉は別にあった。

 今、だから。

「ヒーロー目指してます小野友真でっす☆ ……こんな静かなとこで二人きりて不思議な感じですね。少し、話してくれませんか。俺と」
 背中は微動だにしない。
 小さな雨音さえ気になるような、沈黙。
「……目ぇ見て、名前呼んで。お話しませんか。これ、落し物でしょう?」
 緊張しながら、友真は壊れた傘を差しだしてみる。
「…………」
 ややあって、ようやく振り向いた。
 モノトーンの世界に、紫の瞳だけが存在を主張している。
「それは、捨てた。もう、使い物にならないからな」
(しゃべった!!)
 夢で聴いていたより、少し低い。
 戦いの中で聞いたより、少し冷たい。
 少しハスキーな声。
「敵として立ち塞がるなら、俺は銃を下ろせへん」
 渡し損ねた傘を、左手で握りながら友真は米倉の瞳を見据える。
「人々を助けるんがヒーローなんで! ……だから、敵やなかったらって、考えてまうんすよね。今は…… 敵やない、ですよね」
 友真の言葉の真意を汲み取れないようで、米倉は沈黙を保ったままだ。
 それを肯と受け取って、友真は言葉を続ける。
「ずっと、聞きたい事あったんです。人を諦めたんやなくて、ザインエルに惹かれて使徒になったん?」
「ザインエル様、だ」
 ため息交じりに応じ、米倉は目を伏せて眉間にしわを寄せた。
「小野……と言ったか。半分正解で、半分外れ、だな。人間に失望し、天界へ魂を売ろうとしたのはその通りだ。巡りあわせが……良すぎたな」
『小野君』
 そう呼ばれる夢を見た。
 眼前の男は、初めて言葉を交わす友真を、そうは呼ばなかった。
「……、もし先に会えたんが俺なら、……学園側なら、此方に来てくれた可能性はあったん?」
 男はゆっくりと首を振る。髪の先から、雨の雫が散った。
「信じるものの為に貫き通した姿、尊敬したん。冷静で頭良い所も凄いと思う、味方なら心強いやんなって……」
「俺に、撃退士の素養は無い」
「撃退士やなくても、関わりは持てるやんか」
 教師や学園長、お偉方の全てに撃退士の素養があるかといえば、必ずしもそうではない。
(……教師、やと)
 思い浮かべた単語の一つに、想像の花が開きかけるが今はとりあえず蓋をする。
「努力は報われます。きっと最後は分かり合えた人、おったやろ?」
「青いな」
「噂とか悪口とかに惑わされず見てくれる人はいてくれる、だから俺は真っ直ぐに生きてく。……子供かなー、俺」
 眉間にしわを寄せたまま、米倉は口の端だけを上げる。
 どちらかと言えば苦笑い。小馬鹿にするような風ではなかった。




 最後―― 最期。
 目を閉じる。
 眼前へ伸ばされた剣。闇の力。いつか遠くから見下ろしていた子供たちが、足掻いて足掻いて『そこ』まで来たのだという執念。
 死神と呼ぶには、あまりに清廉な刃だった。 
 もう、自分は使い物にはならないだろう。
 主の役には立てないだろう。
 限界まで、戦い通した――
 だったら。
 最期の場所は、此処が良い。


「幸せでしたか。ザインエルの元で少しでも貴方の心は救われたんですか」
 友真の声に、米倉は我に返った。
「――ああ。そうだな」
 人間に。生きることに。愛想を尽かし、魂を売った。
 魂の買い手は、しかしあまりに大きなものを背負っていた。
 分け与えられた力の強大さ。その使い方。
 事あれば要所を任され――そして
 主がこの世界を離れてからも、落ち着く暇はなかった。
 熱く真っ直ぐで、しかし根は素直な少年代将。
 一癖も二癖もある使徒たち……
 おかしなものだ。今ではもう思い出すこともできない『人間だった』頃より、遥かに鮮やかに『生きて』いた。
(俺は貴方に笑って欲しい。楽しいって、生きて良かったって、思って欲しい…… 思ってるんやろうか)
 友真は米倉を、人を諦めた、可哀相な人だと思っていた。
 敵となる以外の選択肢で、幸せになってほしいとも思った。
 夢で見た人みたいに、一人じゃないと伝えて、手を伸ばせたら…… そう、思っていた。
 幸せの定義は、人、それぞれで。
 選び、戦い抜いたのは、米倉の意思であったと。最後までそれは、覆ることは無く。
(何か自分は二の次な所ある感じして、俺にとって放っとけへんタイプかなって……)
「それも、巡っては自分の為だ。そんな善人じゃない」
 笑った。
 友真の思考は声になっていたらしく、それを聞いて米倉は笑った。
「君は、おもしろいな」
「……そう、やろか」
「物好き、が正解か? こんなところにまで来て、そんなことを聞く。俺を破ったのは、君たち撃退士だろうに」
 その中に、居たのだろう?
 ちろり。
 試すように輝く瞳へ、友真は喉を鳴らした。
「あの時は こうやって、お喋りなんかでけへん空気やったし」
「そうだな」
「あ! それから、もうひとつ」
「まだあるのか」


「また会いたいって言うたら、会ってくれますか」




 肌を濡らす細かな雨粒は、気づいたら止んでいた。
 重苦しい曇天から、一条の光が降りる。
 灰色だった景色に、ゆっくりと色彩が戻ってきた。

(戻ってきてしもた)

 雨上りの冷たい風が、友真の頬を撫でて通り抜けた。
 寒い、と頬に手を当てて気づく。
 ……傘。
 折れて、もう使うことのできないビニール傘が、その手に握られたままだった。
(夢……だったんやろか)
 そこらのコンビニで売られているようなものだ。
 雨上りに捨てられている姿も、珍しくはない。
「……お前、俺に拾われるか? ――なんて、な」


 努力は、報われる。
 努力の軌跡は、認められる。確かなものとして、継がれてゆく。
 くたびれたビニール傘も、それまで戦った証だろう。
 そう思えば、捨てるのもどこか忍びない。


 ――また会いたいって言うたら、会ってくれますか
 ――何を言うかと思えば。俺と話して楽しいか?


 いつかどこかの夢の果てで交わした会話。
 夢の向こうと、割り切るには忍びなく。
 それも、これも、自分の思い出としてしまうくらいは、自由だろう。
(自由に、なれました?)
 やがて覗き始めた青空へ、友真は心の中で呼びかけた。




【雨降灯篭 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃
━┛━┛━┛━┛
【ja6901/ 小野友真 / 男 / 18歳 / 撃退士】
【jz0092/ 米倉創平 / 男 / 35歳 / 眠る者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
夢と現の狭間のお話、お届けいたします。
敵という荷を下ろした『彼』との対話、如何でしたでしょうか。
楽しんでいただけましたら幸いです。
魔法のハッピーノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月06日

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