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『落ちる花、流れゆく水と 』
宇田川 千鶴ja1613


 大切なものを落とした。
 それは記憶。あるいは信念。感情。
 それから、力の供給の源――自身を生み出した悪魔の首。

 水面へと散りし花弁は、ゆっくりと流れに身を任せ漂っている。




「忘れ物をしたので」
 黒きヴァニタス・石田 神楽は、短く行き先を告げた。
 ――久遠ヶ原。撃退士の集う島。
「? なんで?」
 なんで、そんなところに『忘れ物』なのだろう。
 白きヴァニタス・宇田川 千鶴は行動を共にする相棒の言葉へ首を傾げた。
 千鶴には『人間』だった頃の、記憶が無い。
 ヴァニタスにされ、そして悪魔によって神楽に引き合わされた。彼とは、それからの付き合いだ。
 自分より長く『生きて』いる神楽には、自分の知らない事情が多くあるのだろう。
 神楽が笑うことはほとんどないが、ちょっとした合間に見せる柔らかな表情から、なんとなく、そう考えている。
 何より。
(神楽さんと離れたら、力、供給してもらえへんし……)
 理由も理屈も解らないが、主殺しをしてのけた神楽は、千鶴へ生命力を供給できる唯一の存在だった。
 互いに何に従うでもない。
 この命の果てが、何処にあるかもわからない。
 流れる水のように、日々を送っていた。




 季節感のない黒のロングコートに同色のマフラーで口元を隠し、腰より長い黒髪を束ねるでなく踊るままにしている神楽は、一般的な人間社会においては『浮いて』見えるだろうに。
「凄いな神楽さん。あっさり通過やで」
 久遠ヶ原では、ちょっとやそっとの容姿・服装では目立つこと自体が難しいらしい。
 彼の髪を一房、軽く引っ張りながら千鶴は好奇心の塊で周囲を見回す。
 賑やかな学生街。多種多様な髪や瞳、肌の若者が、思い思いの服装で歩いていて、外見年齢と実年齢を当てることが難しい。
 千鶴はと言えば、きわめて普通の服装。軽やかな白のパーカーに、カーゴパンツ。
 柔らかな銀の髪も、ごく自然に学園生たちに溶け込んでいた。むしろ、よほど『一般人らしい』くらい。
「このまま生徒やて言い張っても、通りそうやね」
「正面からぶつかれば、さすがにバレますよ。人通りの少ないルートを行きましょう」
「騒がしいんが、面白そうやのに」
 ――壊しがいが、ありそうで。
 言外の本音。
 子供のような無邪気さに潜む、破壊と戦闘への欲求。
 人としての命を失い、記憶を喪った千鶴が、それらを手放す直前に胸を占めた感情だけが、強く強く残っている。
 それを辿れば――神楽へ繋がることは、忘れたままに。


「壊してえぇ? 天使おる。壊してえぇ?」
「ここで面倒事は、駄目です」
 保護者然と、神楽が釘を刺す。
「……まぁ、どいつも強くなさそうやから、えぇけど」
 千鶴も強く反抗するでなし、観光気分に戻る。
 はぐれ悪魔、堕天使。
 ここで過ごす天魔たちは、それぞれの世界に属していた頃に比べて力を削がれている。
 離反者になるとは、そういうことだ。
 そのデメリットを背負う覚悟を決めて、人間という種族と生活を共にしている不思議な存在。
(戦う力を喪ったら…… 守れへんやん)
 ぽつり。
 千鶴の胸に浮かんだ考えに、彼女自身が驚いた。
「?」
 守る?
 何を―― 誰を
 遠い記憶の奥底に、黒い影
 見覚えのある……
「もう少しですよ、千鶴さん」
「あっ、う、うん……」
 いつの間にか先を歩いていた神楽が、ふわりと振り向いた。




 迷うことなくスルスルと進んできた道の先に佇んでいるのは、建設途中で放棄されたらしいビルだった。
 誰の目を気にするでなく、慣れた足取りで神楽は中へと進んでいく。
 生活の匂いはしない。
 しかし、荒らされている風でもない。
 隠れ家…… そんな言葉の似合う場所だった。
 四階の、一室。そこで神楽が足を止める。
「ここです」
 開けられる扉。
 馴染みのある香り、懐かしさに、神楽は目を細めた。
「忘れ物、ありそうなん?」
「ええ、まったく変わっていませんね……」
「ふうん。ようわからんけど。探してる間、ここで待っててえぇ?」
「どうぞ、お茶でも淹れましょうか」
 部屋の隅、フローリングに白と黒のクッションを発見し、千鶴はそこへ腰を下ろす。
(神楽さん、御機嫌や)
 彼は普段から喜怒哀楽を表にしない分、ほんの少しの変化に気づけるようになっていた。
 思えば、なんだかんだで長く一緒にいるような気がする。
(忘れ物……)
 千鶴は壁にもたれかかり、白のクッションを抱きしめる。
 ここは『他人の家の匂い』だ。
 神楽にとっては思い出の場所だろうけれど、自分には関係が無い。体の芯が、ムズムズする気がする。
(なんでやろ)
 千鶴には忘れ物などないからだろうか。全てを忘れ去っているから、『それ』を持つ神楽に対し、何かを感じるのだろうか。

 ――お待たせしました。
 三十分も掛からなかったと思う。
 戻ってきた神楽が手にしていたのは、指輪とネクタイピン。それと、白黒のブックカバー。
「大事なものやったん?」
 命がけといって差し支えない行動をとってまで、回収するほどに。
 不思議そうに問いかける千鶴へ、神楽はただ頷いた。そこからは、どんな感情も読み取れなかった。
「終わったんなら、はよ行こ。なんか落ち着かん」
「……そうですね。そうしましょう」
 窓の外、陽は暮れて夜が訪れている。
 闇に紛れ島を出る、丁度いい時間だ。




 大切なものを落とした。
 それは感情。日常。そして思い出。

 何かひとつでも取り戻したら、『彼女』の記憶は戻るのではないか……淡い期待だった。
 魂と共に持ち去られたそれらを取り戻したいなど、叶わぬことと承知していた。
 それでも――形だけでも。
「こちらは、千鶴さんへ」
「……指輪?」
 手渡されたそれを、千鶴はキョトンとした顔で受け取る。
 一見して、高級だろうなとわかる装飾品。
 黒いリングに白真珠があしらわれており、シンプルなデザインは邪魔にならない。
 手のひらに乗せ、それから夜空にかざす。輪の中に、輝く月を閉じ込めてみた。
「ま、シンプルやが綺麗やね」
 黒と白。えぇ色合いや。
 千鶴の眉尻が下がる。伏し目がちな、穏やかな笑顔―― あの頃の、
「ん?」
「あ、いえ。気に入っていただけたなら」
 無意識だ。わかっている。


 二人が人間だった頃。
 神楽から千鶴へ贈ったのが、その指輪だった。
 白と黒。最も正反対であり、最も近いふたつ。絶対の信頼と、感謝の証として。
 真珠を選んだのは千鶴の誕生石であることと、持つ意味が『幸せ』であるから。
 願いを込めて作られた、世界に唯一つの……

(悪あがきとは、わかっていても) 
 ほんの少しの期待に自嘲し、その感情を神楽は表情の奥に隠す。
 取り戻さなくたって、変わらない。
 神楽は、手の中のブックカバーへ視線を落とす。

『たまには、ええやん? こういう日常的なモノて』
 ――日常へ戻るために、戦う
 遠い遠い、クリスマスを思い起こす。

 シルバーフレームにブラックオニキスが埋め込まれたネクタイピンを、そっとコートのポケットへ入れて。
 遠い遠い、あの頃の『日常』。
 それでも、彼女が隣にいることに変わりはない、今の『日常』。
 覚えていないことを語ったとて、仕方のないこと。
 それらを繋ぐものは、自分がたしかに握っていて、その先には彼女が居る。
「千鶴さん」
 闇夜に、吐き出す息が白く浮かんだ。
「寒くなりましたねぇ」
「なんやの、急に。お鍋でもするん?」




 千鶴が居る。
 隣に居て、笑っている。
 それが悪魔の悪戯だとして―― 二人に残された時間がどれほどか、見当もつかないとして――
 それでも、悪夢のような、甘い夢のような今を、それはそれとして、神楽は願った。


 舞い降りた花弁を受け止める水は、ゆっくり、ゆっくり、流れてゆく。
 長く、時を共にしたいと祈るように。




【落ちる花、流れゆく水と 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4485/ 石田 神楽  / 男 /23歳/ インフィルトレイター】
【ja1613/ 宇田川 千鶴 / 女 /21歳/ 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
もしも、お二人がヴァニタス化したら――?
IF・たゆたう夢落ちでお届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
■イベントシチュエーションノベル■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月08日

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