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『嘘吐き兎の月夜 』
インレjb3056
●誰そ彼時の戯れ
 茜色に泥む黄昏時、誰かと見間違えた、誰かの影。
 その後を追って駆け出した彼は、万聖節の前夜の魔力に惹き込まれてしまう。

 ――誰の声も聴こえない。
 ――何の音も聴こえない。
 ――誰も居ない何も居ない。
 ――彼女も居ない、彼も居ない。

 心の深層、
 物事の真相、
 実の実の奥の奥、
 深くて不快な淵の底、
 何所までも落ちて往ってしまった男を襲う、『××××』。

 ハロウィンの夕べ、誰そ彼時に迷い込んだ時空の歪みで彼が出逢うのは――。

●あなたの名前は何ですか
 暮れ泥む夕陽、静寂を割いて響く足音。
 散歩中のインレ(jb3056)が音に惹かれて振り向くと、何も居ない。
 聞き間違えか、と――首を傾げて再び前を向けば、そこには少女の後姿。
 銀髪。この島では別段珍しくない髪色ながら、背から滲む雰囲気は、どこか引っ掛かる。
 知己だろうか。いいや違う。けれど、その姿には見覚えが有るような、無いような。
 足早に去っていく背中を、思わずとインレは追い掛けた。
 ただの勘違いであるなら、謝れば良い。
 ただの人違いであるなら、謝れば良い。
 けれど少女が持つ空気は誤りようがなく、されど思い出すことの出来ない何かを秘めている。
 足早に路地を駆ける少女の後を追うインレもまた、自然と歩みを速める。
 路地、路地、路地、――そして、見知らぬ路地を駆け抜けた先、いつの間にか二人は鬱蒼と茂る森の中をゆく。
 森。森――?
 少女と自身は何度、何本路地を駆け抜けたのだろうか。
 学園の近場にこんな大きな森は有っただろうか。
 一向に少女との距離が縮まらない理由は。
 浮かびくる疑問に、答える者は誰も居ない。
 夜の森を駆ける一対の影は次第に短くなってゆき、仕舞いには足許に蟠る程度になる。……月だ。いつの間にか――否、それだけでは言い表せない奇怪な現象の中で陽は沈み月が昇り、眼前には小ぢんまりとした花畑が有った。
 気付けば追いかけていた筈の少女は消えていた。
 姿を隠し、揺蕩う髪。生い茂った木蔭の隙間、覘くのは銀糸ばかり。
 けれどインレは知っていた。
 樹木の先、隠されたそこには忘れられない顔立ちがあるのだと。
 一度だって思い出したことの無かった、少女の相貌が。
「――どうして手を伸ばすの?」
 虚空から、まるで頭に直接語り掛けるよう響く静かな声は、矢張り覚えのあるもので。
(思い出すことがない理由は、忘れることが一度だって無いから)
 少女の静かな問い掛けにインレの世界は歪み、廻っていく。

●幸福な賛歌
 彩り鮮やかに映えてゆく情景に、インレは息を呑む。
 その光景に見覚えが有ったからだ。
 山麓の民家で暮らす、仲睦まじい夫婦と子の姿。
「あの花畑で摘んできたの」
 その日も美しい、満月。
 花冠を差し出して笑う少女。娘。
 愛おしげにその髪を撫でながら微笑む女性。妻。
 その光景を前に穏やかな表情を浮かべる男。インレ。
 彼にとってそれは、とても懐かしい空間だった。
 ――600年程前の話。
 悪魔であるインレは人である妻に出逢い、恋をした。娘に恵まれ、幸せな時を過ごす。幸福であれと祈り願う想い、大切な絆、情を知った。
「”   ”」
 過去の情景に映るインレは、妻と同じく娘の髪を撫でる。
 温かな愛情が篭められた手。
 温かな料理が煮込まれた鍋。
 温かな家庭が詰まった家。
 穏やかな三人の姿を見詰めながら、インレは嘆息をつく。
(――大切だから)
 インレは思う。
 充たされる幸福感。
 護らなければならないものが、そこには有った。
 この身を削ってでも護り、命を賭さなければならない情の理由。
 尊きものを知り尚、手をこまねく程非情ではなかった。
 祈りを、願いを、想いを知った。
 愛を知ったインレが、愛を護る為に闘うこともまた道理。
 得難い幸福を逃さない為、大切なものを護る為。
 一つ目の答えは決まった。
 少しの間。
「――どうして手を伸ばすの?」
 再び、少女の声が落ちる。
 インレが返答に詰まると同時に、世界は廻る。

●業火の彩色
 再度移る光景。
 それは小さな村だった。
 そんな小さな村でも諍いは起き、そうして、人が死ぬ。
 ――400年程前の話。
 怖ろしく大きな満月が空を支配する夜。
 インレは一度見たこの空気を知っていた。
 轟々と燃え盛る焔が十字を甞め、辺りには焼け焦げたにおいが充満する。
 片腕を失った男が立ち尽くす眼前、十字に括られ焔に灼かれる女の姿が有った。
 ――汚らわしい。
 ――おぞましい悪魔。
 ――悪魔と契った魔女。
 火の柱とインレを囲う人々は口々に罵声を飛ばし、そして石を投げる。
 大きな月が落ちてくる錯覚さえ覚えるこの夜に、インレは呆然と立ち尽くす。
 失った片腕と、喪ってしまった大切な人。
 胸中を充たす喪失感は止め処なく、インレは声を殺して、×××。
 肉の灼けるにおいが鼻をつき、そして、消える。
 灰を掬うことすら出来ない。もう救うことも、出来ない。
 二度目とはいえこの光景は、インレの胸を穿った。
 辛酸。喉奥から込み上げる苦味は、自責が混じる雑なカクテル。
 哀しいと思う、それだけの行為に付随する深い愛情と寂寥に、インレの胸は締め付けられた。
 血反吐を散らしたくなるような後悔の渦に呑まれながらも、彼は唇を強く噛み締めその場に立ち続ける。
「……」
 それでも、愛さなければ良かったとは思わない。愛を知らなければ良かったとも思わない。
 人を愛し、尊きものを知り、自身の所為でその存在を失って尚、この感情を消してしまいたいとは思えなかった。
 より一層、募る、想い。
(――失わせたくないから)
 インレは願う。
 もう二度と、失うところを見たくはないと。
 欠けたピースは二度と元には戻らずとも、隙間を埋めるような他の誰かを護り、失わせてしまわない為。
 後悔の自責は胸をじくじくと責めれど、前を向くことを躊躇う訳にはなりやしない。
 インレは奥歯を食いしばりながら、痛む程拳を握って眼前で燃える焔を見据え続ける。
「――どうして手を伸ばすの?」
 三度、少女の声。
 何故手を伸ばし、何故護り、何故身を削るのか。
 その思いの理由が、未だ足りない。
 問いと共に流転する世界に身を任せ、インレは目蓋を閉じる。

●沈黙の亡骸
 開いた視界に飛び込んで来た光景に、インレは目を瞠った。
 紅い満月に、天鵞絨の夜空。
 辺り一面、見渡す限りに転がる瓦礫、瓦礫、瓦礫。
 滅びてしまった街の中、立っている誰かの影。
 否、滅ぼされてしまった街だった場所で、立っている悪魔の影。
 ――遥か昔、年代すら覚えていない、過去の話。
 強大な力を持ち、尊きものを知らず、ただ尊大に振舞う悪魔たちのひとかけであった頃。
 異なる世界で生きる数多の人々を鏖殺し、何の感慨も抱かずに屠って来た悪魔であったインレ。
 人を殺すことを罪としなかった自分自身を悔いても、亡くなってしまった人々の命は戻らない。
 儚く散らした幾多の命たちにもきっと、尊きものが有ったのだろう。
 それなのに、インレは全てを潰した――。
 大きな満月だけが見守る荒廃した街の中、悪魔は踵を返して歩き出す。
 転がる遺体、崩れた家屋の骨組み、風に揺すられきしきしと軋む音。
 何所へ。何所へ、何所へ。そんな怨嗟の声が聴こえるような錯覚を覚え、インレは今は無き片腕に縋られるような痛み――幻視痛に、顔を歪めた。
(還らない、戻らない、朽ちた過去。そうさせてしまった、奪ってしまった)
 理解しているからこそ、インレは歯痒さに息を吐き、けれど真っ向からその”過去”の情景を睨め据える。
 問いへの答えは、三度目。
(失わせてしまったから)
 それは後悔であり、一生を賭した懺悔であり、贖いであり。
 目くるめく追憶。伴ってインレを突き動かす胸の痛みは、彼を斃すには至らない。
 踏み躙った死体を、尊き営みを、すべてを背負ってインレは進むと決めたのだ。
 そうでなければ手は伸ばさない、伸ばせない。
 ――不意に、視界が揺れる。
 荒れ果てた大地が罅割れて、ほろほろと崩れ、色を無くしてゆく。
 夢の終わりにも似たその仄暗いビジョンに小さく瞬いたインレだったが、鼓膜を揺らす声に、思わずと振り向いた。
 けれど、そこには誰もいない。
『…………××××………』
 崩壊してゆく世界の中で、届いた音。
 それは声だろうか?
 そう捉えることが出来たのは、インレのみ。
 哀しげに、けれど確かに責める響きを持った、静かに水面に起つ漣のような声。
 銀髪の少女とは異なる――問い掛けを繰り返す彼女とは異なるということだけは判るその声は、インレの耳を擽って、反響して、消えた。

●嘘吐き兎の月夜
 インレが瞬くと、そこは何てことのない、いつもの散歩道にある公園の中だった。
 中空には、見事な輝きを湛える望月。
 つい先刻まで存在していた筈の森も、少女も、その痕跡さえ見当たらない。
 何者かの夢幻の類か、白昼夢か。
 正体の判らない何者かの気配を探せど、何の気配も無く。
 インレは片腕で目許を覆い隠すと、眼裏で蘇ってくる鮮やかな追憶に息を吐く。
 掌が異様に熱を帯びている。大気で躍る、アウルとはまた異なる熱量――万聖節の前夜に充ちている魔力を肌で感じながら、インレは蔽いを払った。
「……今夜も綺麗な夜だ」
 ――嘘吐き兎は静かに月を見上げて呟き、その声は夜に融けて消えていった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3056 / インレ / 男性 / 28歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こちらでは初めましてと、有難う御座いますの拝を篭めまして。
 NPCキャラクターとして、若干名登場していただいております。
 素敵な世界観、広大な世界の一匙を執筆させていただきました。
 また、一部都合上プレとは異なる描写となっていることを御許しください。

 インレさんの心に、ほんの少しでもハッピーが訪れますように。
 気に入っていただければ幸いです、ご依頼本当に有難う御座いました!
魔法のハッピーノベル -
相沢 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月08日

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