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『Sweet Trick 〜at 雅紀〜 』
御堂・雅紀(ic0149)

(ふむ。これがハロウィンと言うものか)
 あちこちにぶら下がるかぼちゃのランタンやオーナメント。仮装して楽しげに往来をいきかう人々。普段とは装いを変えた街を、御堂・雅紀(ic0149)は知らぬうちに、普段よりもゆっくりとした足取りで進む。
 彼にとって今日の祭りはあまり馴染みのない風習。だからこそ楽しい。未知のものに触れるのは、彼の喜びの一つだ。ハロウィンについては事前に軽く見聞きした程度の知識の中、同居する黒葉(ic0141)の為にとお菓子を買いにいくだけの道行きは、彼が予定したよりも少し時間がかかってしまっていた。
 家に帰りついたのは、夕暮れより少し前。待たせてしまっただろうか? 扉を開け、「ただいま」と呟くように小さく告げる。
 そうすればいつものように、黒葉が「主様っ! おかえりなさいにゃーっ!」と、騒がしく出迎えてくる――
 ……はずだった。
「……?」
 身構えて待つことしばし。だが、玄関に佇む雅紀に答えるのは、黒葉と暮らしてから久しく感じることのなかった静寂だった。意識せず体に込めていた力は、行き場を失って霧散していく。
「ただいま」
 もう一度。雅紀は今度は、はっきりと通る声で告げる。だがその言葉もただ、暗くなり始めた部屋の影へと吸い込まれて消えていくのみだ。何も返してはこない。
「黒葉。居ないのか?」
 確かめるように言って、雅紀は視線を周囲へと巡らせる。同時に、彼女がここに居ないその理由について、自然に思考を開始していた。
 彼女も出かけたまま帰ってきていないのだろうか。
 外のお祭り騒ぎに、黒葉もつい時間を忘れてしまったか?
 それとも、帰りの遅い自分を入れ違いで探しに行ってしまったか?
 いやむしろ、自分が帰ってこないことに腹を立てて出ていったのか?
 考えれば考えるほど、思考は悪い可能性へと向かっていき、そして。
 ――……何か、事故か事件にでも巻き込まれた?
 やがて、そんな可能性に至る。
 考えながら探しまわるうち、残すは彼女の寝室のみとなった。勝手に入ることは躊躇われたが、少しでも正確に状況を確認したい気持ちが上回る。一拍置いて、そっと扉を開いた。
 だが、ここにも、彼女の姿は見つからない。せめて、出かけた痕跡やメモでも見つかればと思ったが、それも、無い。
「……黒葉」
 思わず漏れでた声には、募る心配がそのまま乗せられていて。

 家に潜む影が雅紀に襲いかかったのは、その時だった。



 警戒はしていた。最悪の可能性に思い至ったその時から、薄々と視線のようなものは感じていたのだ。気配が動いたその瞬間も、開拓者として本能で咄嗟に反応はしていた。が。
「あーるじ、様っ」
 同時に聞こえてきたその声に、一瞬動きが固まる。この状況でその一瞬は致命的だった。結果、雅紀はあえなく襲撃者に押し倒される。
 視界が90度回転して床と天井がひっくり返る。その天井を背景にして、雅紀は襲ってきた存在の正体を確かめた。
 ……。
 間違いなく、ずっと探し求めていた黒葉の姿がそこに在った。
 暫く無言で見つめていると、黒葉ははっと思い出したように「とりっく、おあ、とりーとっ!」と声を上げる。
 漸く、雅紀は全ての状況を理解した。
 こいつ、隠れてやがった。
「とりっくおあとりーと、じゃねぇよ。……悪戯してから聞いてどうする」
「うにゃ?」
 呆れながら雅紀がそう言うと、黒葉はよく分からない、と言うふうに小首を傾げた。
「黒葉……今日はどういう日だと思ってるんだ?」
「お祭りですにゃ? 仮装したり悪戯したり……あと甘いものが貰えると聞いてますにゃ?」
 黒葉の答え。構成する単語はたしかに間違っていない。だが雅紀が今日確認してきたものとは、大分手順が違っている。
「いいか、今日はハロウィンと言う祭りだ。その成り立ちや意義は長くなるから省くとして……とにかく、一般的な祭りの方法としては、だ。仮装する側は、『トリック オア トリート』、意味としては『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』、と訪ね歩き、迎える側は悪戯をされない代わりとしてお菓子を渡す、というものだ」
 今日知ったを確かめるように、雅紀は丁寧に説明する。複数からの検証と、実際に見て回った光景から考えて、大筋は間違っていないはずだ。その説明を、黒葉は一見殊勝にふんふんと聞いているが、果たして理解しているのかいないのか。
「……つまり、悪戯をしたならば菓子は貰えないんじゃないのか?」
 最後に、一拍置いてから雅紀がそう告げると、浮かれていた黒葉の身体が突如、ぴきっと硬直する。
 そして、
「はにゃあぁあぁぁああああ〜〜!?」
 世にも絶望的な叫びが、彼女の口からほとばしった。



 何もそこまで嘆くことでもないだろう。雅紀としては、軽い突っ込みを入れたくらいのつもりなのだが。
 ちらりと、傍らに落ちたクッキーの袋を見る。せっかく買ってきたものだが、しかし、たかがクッキーと言えばクッキーである。
 彼としては、そんなことよりも。
(……とりあえず、そろそろどいてほしいんだがな)
 こっちの方が切実な気持ちだった。
 そう、この一連の騒ぎの間、今だ黒葉は雅紀を押し倒した体勢のままである。
 だが。
「にゃ……私、主様から甘いものもらえないにゃっ? 主様とのハロウィン、まさかこれで終わりなのにゃ〜〜!?」
 そんな感じで嘆き続ける彼女に、冷静に「いいからどいてくれ」などと言ったらどうなるか分かったものではない。もう少し、落ち着くまで待つしかないだろうか。
(しかし……さすがにこれは、俺自身が落ち着いていられるのも限度があるぞ……)
 一見平静を保つ雅紀だが、彼自身も内心は結構必死だった。
 ただでさえ、うら若い女性にのしかかられている状態である。その上、彼女の現在の服装だ。
 意向としては、ハロウィンの仮装……なのだろう。魔女をイメージした、黒のワンピース。
 だが、大きく開いた背に、胸元から腰までははっきりとボディラインの分かるぴっちりしたデザイン。スカートのギザギザの切り込みは大分スリットが深く、座ると太ももの辺りまで露わになる。これをただの仮装と言うには、そう、過剰にセクシーだ。
 彼女の積極的なアプローチに振り回されるのはいつものこととはいえ……この状況はさすがに、いつまで耐えられるか分からない。普段より強い意志を要求されて、知らず表情に力がこもる。
 なんとか気を紛らわせられないかと、雅紀はなんとなく、黒葉の表情を眺めることにした。
 ……くるくると、よく変わる。ついさっきまでは楽しげにしていたというのに、今はすっかり青ざめ、ふと、何かに気付いたかのようにはっとしたかと思えば、またしゅーんと落ち込み始める。
 何を考えているのだろう。
 何かを思ってはいるのだろう。そしてその度に、感情がはっきりと顔に出る。
 それは、雅紀の感覚からはかけ離れているものだった。異国を旅するうち、他人と無駄に衝突せぬよう、素の感情を抑える術を身につけてきた彼の感覚からは。
 ただ、そんな、彼女のよく変わる表情を見ているのも。
 そうした彼女の情熱にいつも振り回され気味なのも。
 不愉快なのか……と言えば、違う、と思う。
 ――不愉快でないというのならば、この落ち着かない気持ちは、一体何だ?
 ぼんやりと考えるその傍らにも、彼女の表情は変わり続けている。
 そして。
(……違う。俺が見たいのは……――)

 そこまで考えると雅紀は、自分でもよく分からない衝動のまま、彼女のその口に、買ってきたクッキーを押し込んでいた。



「ふにゅっ!?」
 一瞬、状況がよく分からなかったのだろう。黒葉が目を丸くして、短く悲鳴を上げる。それから、視線が自分の口元へと降りていく。
「……まあ、せっかく買ってきたしな」
 彼女が、「いいの?」と視線で問いかけてくるより先に雅紀は答えた。とたん、落ち込んでいた黒葉の表情がみるみる明るく……なったかと思えば、また不服そうな色がその目に宿る。
 ……なんだ。まだ何があるっていうんだ。いぶかしむ雅紀に、
「ん」
 黒葉は、咥えたままのクッキーを、そのまま体を伸ばして雅紀の口元まで運ぶ。
 主様も食べるにゃ、と。
 一枚のクッキーを両端から齧って食べる、と言う気恥かしいシチュエーションを要求されて、雅紀は反射的に「いや、もう一枚あるから……」と抗弁を試みる。
 分かっている。分かっているのに。
 こんなことで彼女は引き下がらないということは。
 ……そして、拗ねるような眼でじーっと訴えられたら、どうせ逆らえるわけがないのに。
 溜息一つ。覚悟を決めて、彼女の咥えるクッキーを、なるべく彼女の唇から遠い位置で、はくりと齧る。
 意図せず犬歯に力を込めるとそれは、あっけなく、いい感じに真っ二つにと割れた。
 ……なんだ、慌てるほどじゃなかったな。
 内心かなりほっとして、口元に残ったクッキーを、器用に全部口の中に入れた。
 ――瞬間。

 ……。

「一番甘い物、いただきましたにゃ」
 気がつけば、擽るような声と共に。
 甘い、柔らかな感触が、唇から離れていく。

 ああ。甘かった。
 たしかに、油断、した。
 なのに。
 ――ああ。そうか。その笑顔。それが見たかったんだと。
 呆然としながら、咄嗟に思ったのはそんなことで。文句を言う気も起きなくて。



 とりあえず満足はしたのだろう。ようやく黒葉が上からどいたので雅紀は半ば逃げるように立ち上がった。
 ずっと密着していたせいか、体に熱がこもっている。涼気を求めて、雅紀はそのまま、窓に向かうとからりと開く。
「ほう……」
「わあ……」
 そのまま目に写る外の光景に、雅紀と黒葉、同時に声を上げた。あちこちにともされたランタンの明かりに、ハロウィンの街は、昼とはまた違った賑やかさを宿していた。
「これはこれで楽しそうだな。また少し、出歩いてみるか」
「……一緒に?」
「ああ。また、待ち伏せされたりしないようにな」
 雅紀が苦笑すると、黒葉もぺろりと舌を出して笑う。
 賑やかな祭りの日。そう、祭りの日だ。特別な、言うならば特殊な一日。
 偶にならばこういう日があってもいいか。
 嬉しそうな黒葉を見て、それだけを想うことにした。
 あとはただ、二人並んで穏やかに。祭りの時間が、過ぎていく――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0149 / 御堂・雅紀 / 男 / 22 / 砲術士】
【ic0141 / 黒葉 / 女 / 18 / ジプシー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご発注ありがとうございました。
設定を見た瞬間、美味しい関係のお二人だなあ、と、書きたいことはいっぱい浮かんだのですが……
発注文から、今回は甘めをご希望と判断し、あえて切なさ成分控えめの、軽め&甘めで仕上げてみたのですが、これでよかったでしょうか。
黒葉様がくるくる変わる顔で何を考えていたかは、黒葉様側からどうぞ。
魔法のハッピーノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年11月08日

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