▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Sweet Trick 〜at 黒葉〜 』
黒葉(ic0141)

「此れで準備完了、かにゃ?」
 買ってきた衣装を体に合わせて、くるりとその場で一回り。よし、初めて着る服だけど、とりあえずおかしな感じはしない、かな。
 確かめて、黒葉(ic0141)は一人、満足げに頷く。
 ハロウィンの仮装。いつもの巫女服とはかけ離れた黒のワンピースは、魔女をイメージしたもの。ちょっと大胆に、露出が多めの物をチョイスしたけど、ふふ、どう思ってもらえるだろう。
 耳を澄ませば、子供たちのはしゃぐ声。
 いつもより朗らかな商店の呼び声。
 どこかで奏でられている音楽。
 ハロウィンの日。お祭りの日独特の喧騒が、耳をくすぐる。
 賑やかなのは嫌いじゃない。むしろ大好きなのだけど。
 今はちょっと、つられて騒いでしまうわけにはいかいのだ。楽しいことを探してむずむず動く猫耳を、一度ぎゅっと押さえる。
 そうして黒葉は、外の喧騒とは対照的に、猫獣人のしなやかな足取りで室内を音もなく進んでいくと、息をひそめて物陰に隠れ潜む。
 やがて、玄関口で小さな音。扉が開く音がして、それから、小さな声。
「ただいま」
 最初は不確かだった声は、続けてもう一度。今度ははっきり、聞こえてくる。
 間違いない。彼女の主、御堂・雅紀(ic0149)が帰ってきたのだ!
 いつもならここで、張り切ってお出迎え、なのだけど。今日はあえて、そうはしない。
 静かに、静かに、気配を殺して。それから、そうっと耳をそばだてる。
「黒葉。居ないのか?」
 声と共に、雅紀が家の中を歩き回る気配が感じ取れた。時折立ち止まるのは、あたりを見回してるからだろうか?
(ふふ、探してますにゃ)
 ああ、駄目だ。まだ声を出しちゃ。もうすぐ、多分もうすぐだから……。飛び出したい衝動を、じっと我慢して、耐える。
 やがて、黒葉が隠れる、彼女の部屋の寝室の、そのドアノブから、かちゃり、と小さな音がして。
 ノブが限界まで回されてから、躊躇うようにそこで停止して。それから、遠慮がちに扉が、少しずつ開かれた。
 待ちかまえて、待ちわびた、大切な人。それが、ドアの向こうからゆっくりと、現れる。
 ……大丈夫。ここまでは上手くいってる。彼女からは雅紀の姿は丸見えだけど、霧の精霊に覆われた彼女の姿を、彼は認識できていない。彼の瞳は、すぐそばにいる彼女へと焦点を合わせることはなくて、心配そうに陰る表情もそのままだから。
 さあ、あとは最高のタイミングを計るだけ。最後の仕上げに、一呼吸、しようとして。
「……黒葉」
 その前に、雅紀が小さく呟いて。

 黒葉はその瞬間、弾かれるように雅紀に突撃した。



「あーるじ、様っ」
 声を上げ終わるころにはもう、雅紀の姿はもう目の前――
 ……あれ、思ったより近すぎる? ちょっと勢い強すぎた?
 そのまま黒葉は、予定していた以上の勢いで雅紀へとぶつかっていく。バランスを崩して、前のめりにもつれて倒れて……慌てて上半身を起こすと、丁度、黒葉の下敷きになって呆然と彼女を見上げる雅紀と目が合った。
 ええと。なんでこうなったんだっけ?
 あ、えっと、そうだっ!
「とりっく、おあ、とりーとっ!」
 確か、ハロウィンの日はこう言うんだよねっ。はっと思い出して、慌てて黒葉はそう告げる。
「とりっくおあとりーと、じゃねぇよ。……悪戯してから聞いてどうする」
 そんな黒葉に雅紀は、やや顔をしかめてそう言った。
「うにゃ?」
 何か間違えたんだろうか。
「黒葉……今日はどういう日だと思ってるんだ?」
「お祭りですにゃ? 仮装したり悪戯したり……あと甘いものが貰えると聞いてますにゃ?」
 確かそんな感じだった気がする。黒葉はそんな感じで、ゆっくりと答える。
 はぁ。と、雅紀から小さな溜息。
「いいか、今日はハロウィンと言う祭りだ。その成り立ちや意義は長くなるから省くとして……とにかく、一般的な祭りの方法としては、だ。仮装する側は、『トリック オア トリート』、意味としては『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』、と訪ね歩き、迎える側は悪戯をされない代わりとしてお菓子を渡す、というものだ」
 ふんふん。成程。
 ゆっくり説明してくれる雅紀に黒葉は満足げに頷く。
 といって、聞いている間彼女が考えているのは、「ああ、新しいことを見つけた主様は楽しそうだなあ」とかそんなことで、あまりきちんと聞いているわけではなかったけど。
「……つまり、悪戯をしたならば菓子は貰えないんじゃないのか?」
 だけど、その言葉だけはしっかりはっきり耳に届いて、黒葉の思考が一瞬、停止する。
 あれ?
 今日は、悪戯する日じゃない?
 悪戯して、甘いものが貰える日じゃない?
 それじゃ、……もう甘いものが、貰えない?
 ガラガラ。
 描いていた予定が崩れる音がする。
「はにゃあぁあぁぁああああ〜〜!?」
 その音を掻き消そうとばかりに、黒葉は盛大な悲鳴を上げていた。



 えっと、えっと、それじゃあ、どういうことになるんだろう。
 この場合、この後、どうすればいい?
 焦って纏まらない思考の中、黒葉は必死に思い出そうとする。甘いものが貰えなくなったら、ハロウィンとは何をする日なのだろう?
 ……駄目だ。全然出てこない。それってつまり……まさか……。
「にゃ……私、主様から甘いものもらえないにゃっ? 主様とのハロウィン、まさかこれで終わりなのにゃ〜〜!?」
 ああ、なんてこと。
 楽しい日を過ごそうと、それなりに頑張って準備したつもりなのに。
 それが全部、勘違いの暴走だったなんて。
 暴走? そうだ暴走だ。はっと気づく。雅紀は黒葉が飛びかかったことを「悪戯」と思ったみたいだけど、よく考えたら違うかも。
 そりゃ、隠れていたのは悪戯心だったけど。
 でも、あの時飛び出してしまったのは。あの時の気持ちは。驚かせようとか、最高のタイミングとか、もうすっかりそんなの頭から抜け落ちてた。
 だって……あの時自分を呼んだ声。
 本当に、心配してくれてたのが分かる、自分を探す声。
 それが……ただ嬉しくて嬉しくて。何も考えられなくなって、ただ彼を抱きしめたくて飛び出してしまった、だけなのだ。
 そうだ、これは悪戯じゃない!
 ……って言って、彼は認めてくれるだろうか?
 そっと彼を見下ろしてみる。なんだか、いつもよりも険しい表情をしている気がした。
 も、もしかして、ちょっと本気で怒ってるんだろうか。
 また、しゅーんと気持ちがしぼんでくると、悪い想像が後から後から湧いてくる。
 そもそも、主様はどうしたかったのだろう?
 浮かれているのは自分だけ? 別に主様は自分と過ごすハロウィンなんてどうでもよかった?
 そう言えば、今日の服装についても何も言ってくれないなあ。いつもと全然雰囲気違うし、少しはドキドキしてくれるかな、って、ほんのちょっと、期待はしてたんだけど。
 ぐるぐる。
 ぐるぐる。
 暗い気持が渦巻いて。
「ふにゅっ!?」
 でもそんな思考は、急に生まれた感覚に、突如中断させられた。



 あれ? 口の中に何かある? っていうか……甘い?
 歯に当たるさくっとした感触。視線を思いっきり下げると、クッキーがあった。
 えと、これ、何処から出てきたんだろう。もしかして……? そっと雅紀に視線で尋ねる。
「……まあ、せっかく買ってきたしな」
 続いて聞こえてきたのは、苦笑気味の雅紀の声。
 ……ああ、そっか。このクッキー、主様が……。
 買ってきてくれた。ちゃんと彼も、自分と過ごすハロウィンのことを、少しは考えてくれていたのだ。
 一気に、安心する。
 だって不安だったから。
 今日だけじゃない。ホントはいつも、不安だから。
 だから、嬉しいけど……やっぱり彼は分かってない。贅沢だって思うけど、私が今、本当に欲しい「甘いもの」は、これじゃない。
 よし、それなら。
 黒葉は雅紀の上で、しなやかに体を伸ばす。口にくわえたクッキーが、雅紀の口元に届くよう。そして、「ご主人さまも食べるにゃ」と、視線で訴える。
「いや、もう一枚あるから……」
 つれない答え。半ば分かってたけど。それでも、ちょっと未練がましく、黒葉は雅紀を見つめてしまう。
 そうしたら……彼は、困惑した表情で、それでも。躊躇いがちに、彼女が加えるクッキーの端に、控えめにだけど、齧りついてくれて。

 ああ……――駄目だ。
(そうだよ。駄目だよ。分かってるでしょう?)
 薄紅色に霞む景色。舞い散る桜の中で、幼い日の自分が、脳裏でささやく。
 分かってる。分かってる。このままじゃ駄目だって。
 だけど、こんな顔して、こんなふうに優しくされたら。
 どれほど『過去』に苛まれても、『今』の気持ちは、もう、止められない――

 ぱきりと、二人の間でクッキーが折れる。
 彼が、自分の口元に残ったそれを、器用に呑みこんでいく。
 そうして、クッキーの影に隠れていた彼の口元が見えるようになって。

 吸い寄せられるように、彼との距離を0にする。

「一番甘い物、いただきましたにゃ」



 恥ずかしさと、ほんの少しの罪悪感が押し寄せてきて、黒葉はそっと、ずっとのしかかっていた雅紀の上から離れた。
 彼女が立ち上がると、彼も続いて立ち上がる。雅紀はそのまま部屋の隅に向かうと、窓を開けた。
 黒葉も何気なく彼の傍まで行くと、窓の外を見る。
「ほう……」
「わあ……」
 そのまま目に写る外の光景に、雅紀と黒葉、同時に声を上げた。あちこちにともされたランタンの明かりに、ハロウィンの街は、昼とはまた違った賑やかさを宿していた。
「これはこれで楽しそうだな。また少し、出歩いてみるか」
「……一緒に?」
「ああ。また、待ち伏せされたりしないようにな」
 少し不安げに聞いた言葉は、茶化されて。でも普段通りにその調子に、逆に安心して、黒葉はぺろりと舌を出す。
 ゆらり。ゆらり。揺れる明かり。
 ……舞い散る花びらの光景に、ほんの少し重なって、胸が痛くなる。
(今は未だ、全てを語る事は出来ないけれど、幻想の夜、この一瞬だけ……大目に見てにゃ)
 そっと心で呟いて。不安を上書きするように。今はただ、黒葉は祭りの音に耳を傾けた。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ic0141 / 黒葉 / 女 / 18 / ジプシー】
【ic0149 / 御堂・雅紀 / 男 / 22 / 砲術士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
この度はご発注ありがとうございました。
設定を見た瞬間、美味しい関係のお二人だなあ、と、書きたいことはいっぱい浮かんだのですが……
発注文から、今回は甘めをご希望と判断し、あえて切なさ成分控えめの、軽め&甘めで仕上げてみたのですが、これでよかったでしょうか。
雅紀様が何故いつもより険しい顔だったかは、雅紀様側のノベルで分かるかも、知れません。
魔法のハッピーノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年11月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.