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『お菓子よりも、悪戯よりも? 』
百々 清世ja3082

 不思議な先輩だなと思った。
 どうして、この人はこんなにも自由でいられるのだろう。やりたいことを臆せずに言い、実行出来るのだろう。
 自分には遠くて、少し眩しい。
 だから、不思議な先輩だなと思っていた。


(然し、こういう時はどういう恰好で行けばいいんだ……?)
 木葉もすっかり色付いて、秋も深い。高く澄み渡った気持ちの良い蒼穹の空。カーテンの隙間から差し込む陽光も少しだけ和らいで、部屋を照らしていた。
 年上の男性とこうやって出かける機会はそう無かったかも知れない。
 だから、こうして悩んでいる。洋服を手にした地領院 恋は何をすればいいのか解らず、正直困っていた。
(時間、が……)
 ふと時計を見てみれば約束の時間まで。まぁ、失礼になるような格好でなければいいだろうと思い、いつも通りの服を着る。そうして、パーカーを羽織り、紙袋が入った鞄を持って部屋を後にした。



 ゆったりと雲が薙がれる蒼い空に突き刺さるように伸びる銀色の時計台。時間を見ると約束の時間の五分前。
 恋はほうっと息を吐いて、地面を見ると雑多に人が散らばっていた。
 休日でなくともこの広場は人で満ちているらしい。だけれど、その人混みを掻き分けるようにして目的の姿を探すが見付からない。仕方無いので時計台の下で待ってみる。
 そうして、少し待つ。まるで計ったかのように時間丁度に相手――百々 清世が現れた。
「はろー。地領院ちゃん待ったー?」
「いえ、あたしも今来たとこですから」
 軽く手を上げて挨拶をする清世に、あっさりとそう返した恋。
 まるでテンプレートのような台詞に清世はクスッと思わず笑いが零れてしまう。それに少しむぅっとした様子を見せる恋。
「いやぁ、ごめんごめん……ってもまさかマジで遊んでくれると思わなかったわ」
「いや、礼を尽くすのは当然ですから。妹もお世話になりましたし」
 先日の進級試験の時だった。清世と恋は図書館で知り合い姉妹共々勉強を教わった。だから、今回出かけたのもそのお礼ということで、ただそれだけのことなのだが。
「気にしなくてもよかったのに」
「いえ、お礼ですから」
 それでも恋は繰り返す。
 どうやら、試験勉強の際に告げた『お礼はデートとか良いな』という清世の発言の、デートという単語はすっかり恋の頭から抜け落ちてしまっているようだった。
「そういえば……何処行くか決めています?」
「あー、それがなんも考えてねぇんよね……とりあ喫茶店にでも入るか。それでいい?」
 清世のそんな問いに恋は頷いて、喫茶店へと向かう。
 からんころんと少し低いドアベルが涼しげな音を立てた。鼻を擽る珈琲の香りよりもまず恋が興味を惹かれたのはその内装。
 白木色の壁の明るい店内、各テーブルにぶら下がる橙色の飾り灯。アンティークのようなチェア。全体的に暖かく、お洒落な雰囲気。
 店員に席に案内されて、腰掛ける。そうして周囲を見渡すと、心なしか女性客や若いカップルが多い気がした。
 可愛らしい雰囲気のお店に少しだけ戸惑う恋。顔には出ていないだろうけれど、そむけるようにメニュー表に視線を落として読み始める。そうしてメニュー表と恋がにらめっこし始めて早5分。
 清世は少し苦笑しながら、メニュー表を指差して。
「ああ、そういやここラテアートがすげぇって店でねー、おにーさんおすすめー」
「じゃ、じゃあ、あたしはそれにします」
 実はメニューの内容も殆ど頭に入っていなかったから、恋はほぼ反射的に答えた。
「りょーかい。じゃあ、ラテアートお願い。とびっきり可愛いのを描いたげて。あ、俺はパフェで」
 清世はどうやら既に決めていたようで、店員を呼んで注文を済ませる。
 そうして、暫く待つと店員がトレイの上にコーヒーカップとパフェを乗せてやってくる。そうして、店員は音を立てずに静かにおいた。
「これが、ラテアート?」
 きょとんと首を傾げた恋の視線の先には置かれたコーヒーカップ。店員は自信作ですと頷いた。
 コーヒーカップの中にはフォームドミルクでぷっくりと膨れあがったクマさんのの3Dラテアート。つぶらな瞳に愛らしい肉球まで再現されていて思わず見入ってしまう。
 普段クールぶっている恋も、可愛いものは好きだったらしい。じぃっと眺める彼女の姿に、思わず清世の口元にも笑みが浮かぶ。
「おっといけね。可愛い地領院ちゃんの顔見てたらパフェ溶けちまうわ……」
「それ、どういう意味ですか……あたしには、こんな可愛い……」
 ものなんて似合いませんよと口を開きかけた恋に対して。
「いや、いいんじゃねぇの。可愛い地領院ちゃんに可愛いクマさん。おにーさんはお似合いだと思いますよー?」
 そんなことを言うものだから、どう反応していいか解らない。
 可愛すぎて飲めないものだから、とりあえず冷めるまでじっと眺めていた。


「そういや、さ」
「何です?」
「今日って、たしか学校でハロウィンパーティーあるんだっけ……?」
 喫茶店を出てふと思い出すように清世が呟く。
「そういえば、そんな話も聞いたような……」
 とあるクラブ主催のハロウィンパーティー。体育館のひとつを貸し切って行う中々に大規模なもので、先週辺りから張り紙や配られたチラシだのなんだので大分騒がしかった記憶がある。
「折角だし行ってみないー?」
 清世の誘いに頷いて、向かったのは百貨店のハロウィンブース。ブラックとオレンジの配色の中にきらきらと輝くようなハロウィングッズ達。
 先ずはパーティーに着るようにと衣装を選ぶけれど辺り一面に広がる
「お、これとか可愛いんじゃない?」
「可愛いのは、あまりガラじゃなくてですね……!」
 そう振り返った恋の目に入ったのは――。
「ちょっと……!? というか、それは……!」
 清世が見せた服装に思わず目を見張る。恋はカァっと顔が赤くなっていくのを自分でも感じて余計に恥ずかしい。
 例えるならば小悪魔というか、モロ悪魔。水着かと思うほど軽装甲。パッケージの写真の中で微笑むモデルのおねーさんが何だか場違いに思えるほど。なんというか、際どすぎる。
「……いや、いやいや、冗談だって」
「あの、ですねぇ……」
 けろっと、余りに清世に悪気がないもので。なんというか。どうしよう、このやり場のない感情は。
 からかわれたと気付いた恋は思わず頭を抱える。
 その後、少し気になった服を手にとって、けれど自分には似合わないだろうと棚に戻そうとした。その時。
「いいんじゃないかな。ハロウィンだぜー、着たいもの着ればいいと思うよー」
 後ろから掛かった清世のそんな声に、まるで背中を押されるように恋はレジへと向かった。


 そうして、会場である体育館へと到着し、ふたりで受付を済ませた。
「じゃあ、あたし、着替えてきますから」
「おっけ、また後でねー」
 気が利いたことに更衣室まで用意されているとのことのことで遠慮無く。ふたりはそれぞれの更衣室へと向かった。
 そうして、更衣室に入った恋が袋から取り出したのは黒色のワンピースドレス。レースやドレスも品良く飾られており、大人向けのシックな仕上がりの魔女風コスチュームといった感じだった。
 ドキドキしながらも、それを着てみる。慣れないスカートの感覚が少し照れくさい。だけれど。
(――悪くは、ないかな)
 折角だからメイクと髪型も服装に合わせて。鏡の前で、少しだけ微笑んでみた。
(折角、だし、偶には着たいものを)
 今日くらいはいいよね。そう自分に言い聞かせて、恋は更衣室を後にした。

 会場へと入ると既に着替えて先に入って居たらしい清世が早速、パーティーを楽しんでいた。というよりは、絡まれていた。
「とりっくおあとりーと! お菓子はいいから悪戯させろー!」
「それ、オアになってねぇし。てか、ルール違反だし」
 ヴァンパイアの格好をした清世がなんか、小学生にお菓子をねだられている場面だったらしい。
 小難しい言葉を使いたがる小学生。清世はふざけながらも冷静にツッコミを返して
「ちぇー、じゃあ普通にお菓子をくれないと悪戯するぞ!」
「よーっし! それならおっけ。た・だ・し、じゃんけんに勝ったら、だからな?」
「俺、クラスで一番じゃんけん強いんだからな!」
 戦いの火花が散った。大人げ無い笑みを浮かべて小学生と同じレベルで楽しんでいるっぽい。
「「さいっしょはっぐー。じゃんけんっぽい!」」
 ほぼ同時。小学生はパーを、清世はチョキを出していた。清世の勝ち、なのだが――。
「違うー! 今絶対後出しだって!」
「言いがかりはよすんだな! ジャンケンは時の運。勝っても負けても恨みっこ無しだ!」
「ずるいぜにーちゃーん」
 清世にしがみつきブンブンとねだる小学生。清世は全く、と苦笑して頭を撫でて。
「まぁ、やるよ。はい、ハッピーハロウィーン」
「よっしゃー! 兄ちゃんありがとー! なぁ、オレお菓子貰ったんだぜー!」
 早速、貰ったクッキーの袋を自慢げに友達に見せに駆け戻っていった。

「あの……」
 声をかけた恋。すぐに気付いた清世は振り返って悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ああ、見られちまったかー。まぁ、せっかくのパーティーなんだし楽しまねぇと……それよりも、その服にあってんね」
「あ、ありがとうございます……」
 少しだけ気恥ずかしくて、周囲を見渡した。愉快な音楽の中で沢山の人が皆、笑顔で楽しそうにしている。
 その光景は、まるでこちらまで浮かれてきそうで。
「本来はこういうお祭りじゃ無いはずなんですけどねぇ……」
 本来は魔物やら怪物やらを追い払う為の夜の祭りだというのに、真っ昼間のハロウィンパーティー。賑やかな喧噪が会場いっぱいを満たしていた。
「まぁ、こういうのもいいんじゃねぇの。要するに騒げればクリスマスだってバレンタインだって同じだと思うぜー……っと、はい!」
 恋は清世から渡されたジュースを一口飲んでみる。口の中で広がる爽やかな酸味に。
「オレンジジュース……子どもじゃないですよ?」
「南瓜のジュースってのもあったんだけど、女の子にそんなのチャレンジして欲しくねぇからな」
 清世が指差した先。そんなには遠くない場所にドリンクバーがあった。
 ハロウィンに因んでいるのか、飲み物はオレンジジュース、南瓜ジュース、コーラ、コーヒー、ココアと見事にそれっぽい色のものばかりが並んでいるようだ。

 清世はコーヒーを啜りつつ。喧噪を眺めながら飲んで、喋って。気付けば曲は愉快なものから、ゆったりとしたワルツに変わっているようだった。
 やがてステップを踏み出す人々。先程の小学生達も周囲の見様見真似で踊り出したのが微笑ましい。
「そーだなー。一曲くらい、踊っとく?」
「いいですけど……えっと、ではエスコートお願いします……上手くは、無いので」
「おにーさんにおまかせ」
 そうウインクをした清世に手をひかれて踊り出た。ゆったりと流れるような曲と清世に身を任せ、頑張って不慣れなステップを踏む。
 転びそうになれば、さり気なく清世が手をひいて防いでくれた。
 何を考えていただろう。何を、思っていただろう。一曲だけ、長いようにも感じたその間は案外あっという間。

 まるで、魔法のようなひとときだった。


 会場を出ると、空は綺麗な茜色に染まっていた。
 鱗雲が段々と空いっぱいに広がって、夕陽に染められて金色に光る。
「えーっと、春はあけぼの、夏は夜。秋は夕暮れ……でしたっけ?」
「で、冬はつとめてだねー、この前の試験問題、覚えてたんだ」
「先輩の教え方がよかったからですよ。本当に、有難う御座いました」
 試験勉強のお礼だ。飽くまでもそれだけであり、お礼に自分と遊びに行くことを要求するだなんて。不思議な先輩だなと思っていた。
 けれど、自分のひとつの姿を認めてくれたり、なんだったり、優しい先輩なのかもしれなくて。
「そろそろ帰らねぇと妹ちゃん心配するかな。途中まで送るねー」
「あ、いえ……大丈夫ですか……」
 そう断ろうとしたけれど、そういうのは送られるもんなのと清世に制されて夕暮れの道を歩く。
 そうして、家まで後少しのところで立ち止まった恋は鞄の中から南瓜クッキー入りの袋を取り出して清世に手渡す。
 実は今日の為に用意したもの。勿論、手作りだ。あえて言うつもりは無いけれど。
「此処で大丈夫ですから、後、これ……味の保証は出来ませんけど……ハッピーハロウィンってことで」
「お、ありがとー。じゃあ、俺からも。ハッピーハロウィン」
 清世もポンッと、クッキーが入った袋を手渡して、ニッと笑って言い放つ。
「また今度はお礼とかじゃなくてさ、普通に遊びに行こうぜ」
「……考えておきます」
 そうして、さようならと別れて、清世に貰ったクッキーを見おろすと異変に気付いた。
 油性マジックで書かれた文字。

――地領院ちゃん、今日はデートありがと♪

 デート。デート? え、デート?

【デート(date)】 男女が日時を定めて会うこと。類語、ランデブー。

 お、おーけー。恋。デートは男女で会うことであり、恋人同士がどうのこうのとかそういうのではなくて。
 けど、日本だとデートはどちらかというと恋人同士でという意味で使われる方がよっぽど多くて!
 夕陽よりも赤く、恋の顔が染まっていく。前言撤回、やっぱり意地悪な先輩なのかもしれない。

「こ、これデートじゃないですから、ね!」

 去りゆく清世の背中に、思いっきり叫んだ。

 ひらひらと手を振った清世の後ろ姿に、それが届いたのかどうかは――。

 Trick or Treat!



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / イフィルトレイター】
【ja8971 / 地領院 恋 / 女 / 20 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ハッピーハロウィン、です! 大変お待たせしてしまい、申し訳御座いません……!
そういえばハロウィンの文化って此処10年くらいで一気に広まりましたよね。
自分は学芸会や文化祭以外に仮装というものをしたことがないので、少し憧れてはいるのですが、こう、なんというか……。
やっぱり、気恥ずかしいので別にいいかなーって毎年思ってます。

少しでも気に入って頂けたら幸いと思いつつ、ご発注有難う御座いました!
魔法のハッピーノベル -
水綺ゆら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月13日

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