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『南瓜双六東奔西走 』
以心 伝助(ia9077)


 ハロウィンパーティー。
 いびつな文字で記された幕を、以心 伝助と乾 炉火はくぐった。
「こりゃ、物珍しいなぁ。どの辺りの文化を引っ張り込んだんだ?」
 南瓜、それも橙色の種類を人の顔を模してくり抜いて作った提灯、国籍不明の仮装を楽しむ人々。
 暖かいのに底知れぬ闇も孕んだ、不思議な空間がそこにはあった。
「言葉の響きからは、ジルベリアっすか? 楽しけりゃなんでもいい、って空気も感じやすけど」
「ははっ、そいつはいいな。大賛成だ。楽しいこと、大賛成!」
「! あっ、待っ、炉火さん……!!」
 大きな手で尻肉を掴んできたかと思えば、賑わいの中心へ飛び込んでゆく炉火の広い背へ、伝助は悪態混じりの声で名を叫んだ。
(あの病気は、どうしたって治りゃあしねぇ……!)
 相手は男でも女でも大歓迎。気さくの域を通り越した垣根の低さよ。
 馴染みの薄い『ハロウィンパーティー』なるものにも、溶け込んでいるのかはともかく瞬時に迷いなく飛び込む姿は流石と言わざるを得ないが決して誉めてはいない。
「他人様に迷惑かけんなって、何度も何度も言わせないでくれやすか」
 妙齢の女性の肩へ腕を回し口説きに掛かる『義理の父』の背へ膝蹴りを打ち込み、女性の災難を引き剥がしながら伝助は呆れ声を投じる。
「甘ぇな、伝助」
「何を―― ええい!」
 炉火は軽やかに受け身を取り、次の標的を素早く見つけては駆けてゆく。
 助けられた女性が、顔を赤らめて伝助へ何事か言葉を掛けているようだが彼の耳には届かず、炉火を追って人の波の合間へと消えていった。




「懲りやしたか……炉火さん」
「伝助、もう体力が尽きたか?」
 互いに不敵な笑いを浮かべる、伝助と炉火。
 伝助は完全に息が上がり、炉火は蹴られ殴られ装束の下は満身創痍である。
 三回目に喰らった腹パンがじわじわ効いている。以前より鋭さを増し、良い拳だなどと言ってやりたいがその余裕がない程度には。
 温厚な伝助が体当たりの付き合いをするのは炉火限定で、それはそれで『特別扱い』ということでいいのだろうか。前向きに考えるとするならば。
(…………)
(…………)
 ふ、と二人の間に沈黙が降りる。
 物を思い、それを飲み込むだけの短い時間。
 カチリと視線だけがぶつかるが、吐き出す言葉を見つけられなかった。

「おやおや。パーティーをお楽しみで?」

 怪しげな仮面を着けた給仕が、通りがかりに二人へグラスを差し出した。
 見慣れない色合いだが、鼻を近づけると酒の香りがする。
 カクテル、と呼ばれる類のものか。
「夜は長い、どうぞお楽しみを」
 魔法に掛けられた気分で二人は大人しく受け取り、給仕が消えてゆくまで何とはなしに後姿を見送り。
「……ま、少し休みやすか」
「だぁな」
 そういえば、走ったり怒鳴ったりで喉が渇いた。
 テーブルに軽くもたれかかりながら、何を話すではなく酒を煽る――


(うん?)
 まばたきを、二度三度。
 『何かがおかしい』と感じた伝助だが、違和の正体をすぐに気づくことができない。
「てめぇみたいな不細工面、一秒たりとも拝みたかねぇな!! とっとと失せやがれ!」
 その怒号が、炉火の声だとは信じられなかったからだ―― ……炉火?
「ろか、さん?」
「お? …………伝、助?」
 先ほどとは違う類の沈黙が、流れた。
 六、七歳くらいだろうか。身体が子供化してしまった伝助と。
 口を開けば意に反する罵詈雑言しか飛び出さなくなってしまった炉火は。
 会場の片隅でしゃがみ込み、現状の把握に努めていた。
「お前とは、普通に口がきけるんだよな」
 炉火は無精ひげをさすり、数少ない救いを見出す。
「なに呑気なこと言ってんすか。あっしは仕事に差し支えやす」
 小さな体で、伝助はペチペチと炉火の膝を叩いた。
 仕事どころか日常生活にさえ、差し支えが生じるのは炉火だろう。
「ま、これじゃナンパもできねぇな。さっきの娘さん、好みだっ…… 痛ぇ!」
 脛を蹴りあげられ、炉火は短く悲鳴を上げた。
「さっきの給仕、とっ捕まえて話でも聞きやしょう。何か知ってるかもしれやせん」
「それよりは、主催者じゃねぇか? 給仕は、末端の使い走りってこともあるだろ。〆るなら、上だ」
「……」
「なんでぇ」
「今回の炉火さんは、聞き込みに使えねぇと思いやして」
 ロクデナシが服を着て歩いているような炉火は、こういった場においては聞きこみの適役だろうに。
 伝助だって、外見が変化さえしなければいくらでも対応できたが……子供では。
「……この」
「わっ!?」
 『使えない』と評され、炉火がわずかに機嫌を悪くする。というよりは、悪乗りの心に火が点いたか?
「そう言うんなら、お前がしっかり尻尾を掴め、伝助。乗り物くらいにはなってやらぁ」
 伝助の脇の下へ両の手を差し入れたかと思うと、炉火はそのままヒョイと抱き上げ、肩車する。
「なっ、なに考えっ……」
 丸きり子供扱いに、伝助の頬が朱に染まる。
 子供が一人でウロウロするよりは悪目立ちしないかもしれない、事情を聴いてもらいやすいかもしれない、けれどこれは。これでは。
(親子、みたいじゃねぇすか……)
 わしゃ、炉火の髪を掴みながら伝助はうつむく。
 『みたい』ではない、二人の関係は形式では『父と子』なのだから間違いはない、のだけれど。
(……懐かしい、すけど)
 それは、伝助にとって炉火が『よく遊んでくれたおじちゃん』という関係だった頃の、ことだ。
 



(…………父)
 言えない。呼べない。認めることはできない。
 強要は出来ない。
 二人の間に、時には軽く、時には重く、伸し掛かる単語がある。
 一度ならず二度、失った存在。
 伝助にとっての父、炉火にとっての親友。
 三度目は――……。
 



 決して狭くはない会場を、東奔西走。
 誰かと肩をぶつけることない身のこなしは、さすがシノビだろうか。
 変なところで炉火に対し感心しながら、伝助はその頭上から怪しい人影や主催者らしい人物を探した。
 自分たちと同じような状況の参加者も居れば――と思ったが、それはなかなか見当たらない。というか、解りにくい。
 聞き込み、探索、休憩という名の料理のつまみ食いを繰り返し――

「矢張り、あなたでやすか!」

 ようやく、とっ捕まえた!
 鼠が最良の伴侶を求め巡り巡って辿りついたのが鼠であるように、求め追うものは振出にあった。
 怪しい給仕、それが今回の催しの主催者だったのだ。
 炉火が締め上げ、伝助が問い質す。
 怪しげな仮面を着けた主催者は、両手を挙げ、そして炉火に何事か耳打ちした。
「炉火さん?」
 何か―― 小首を傾げた伝助を、主催者が手招きした。
 む、としながらも伝助は炉火の肩から降りる。
「どういうことでやすか」
 蒼の瞳が、ちろりと戦いの色を宿し見上げる。
 面白半分で、こんなこと。
 まさか、解除手段がないなど言わせない。
 魔女の呪いのような悪戯。
「トリック・オア・トリート、というのですよ。ハロウィンではね」

 お菓子を。さもなくば、悪戯するぞ?



●淡く灯る祈りを
『素直になる事』

 自分は、いつだって素直なつもりだ。
 薄気味悪い笑みを浮かべる主催者の、仮面の奥の瞳の動きを探る。
 何が狙いで、こんな?
(炉火さんのナンパ癖が落ち着くと考えりゃ、ちょっとした薬になりやすかね…… という程度でもなし)
 度が過ぎれば、薬だって毒になる。
 ……そうだ。
(炉火さん)
 伝助が、素直になれない対象があるとするなら―― 

 血の繋がらない父親。
 実の父、実の父が亡くなった後に引きとってくれた『師匠』、……二人の父親が無くなり、その末に、伝助を引き取ったのが炉火だ。
 二人の父の親友であり、赤子の頃から伝助をよく知る炉火は、あまりに距離が近くて今更『父』などと呼べない。
(違う)
 それだけじゃない。
 人として問題点があまりにも大きく、尊敬に値する『父』などと呼びたくはない…… それもあるけど、それも違う。
 つまり、これが『素直になれ』ということか。
 身の丈が子供になった伝助だって仕事に支障はあるが、ろくに会話ができない炉火の不便さに比べればどうとでもなる。
 だから、これは、魔女の呪いを解くためだけの言葉、ということで。
 無意識に繋いでいた手に力を込め、絞り出すように伝助は呼びかけた。

「父さん」
 



 怖かった。
 父、と呼ぶことが。音にして、認めることが。
 引き取ってくれたことには感謝している。
 なんだかんだで、信頼と恩義は感じている。
 だけど。だから。
「……あっしが『父』と呼ぶ人が二人も居なくなって……三度目なんて、怖くて」
 呼んだら、炉火まで消えてしまいそうで。
 そんなこと、意地でも明かすつもりはなかった。のに。
 『素直になる事』が、掛けられた魔法を解く術だというのだから、仕方ない……そう、仕方ない。
「伝助……」
 生真面目で、真っ直ぐな伝助が、普段の言葉以上のことを抱えているとは少し驚いた。
 いつだって自分に対しては容赦なくどついてくるのだし。
「もっかい、呼んでくれっか」
「っ、…………とうさん」
「いいねぇ、その響き。飛び切り上等の菓子を貰った気分だ」
(あ?)
 双眸に涙を浮かべ、顔を真っ赤にして震えながら『父』と呼ぶ、伝助の小さな体をぎゅっとしながら炉火はハタと気付く。
(『お菓子を貰う事』……食い物じゃねぇお菓子、ってなぁ)
 貰って喜ぶ、贈って欲しい…… 音にして欲しい、言葉。
(わ)
 大切な、親友たちの息子。炉火自身、赤子の頃より知っていて、血の繋がりなど関係なく、伝助は大切な存在だ。
 けれど、心の片隅では『父』と呼んで欲しい気持ちが何処かしらには存在していた。
 冗談に織り交ぜては空振りをする、その事にも慣れてはいた。
(やべぇ、これは)
 嬉しい。
 年甲斐もなく……柄にもなく……事態が事態だから、ということもあるけれど……
 年甲斐もなく、炉火の頬まで熱くなる。
「呼ばせておいて、恥ずかしがらないでくれやすか……」
「だって、お前、これ」
 大人二人、顔を赤らめて顔を逸らしあう。
 ……おとな、二人?
「お!!? 伝助!」
「? あっ、戻りやしたね」
(やっぱり…… さっきのが答えでやしたか)
 一世一代の覚悟を決めて、良かったやら恥ずかしいやら。
 自分の言葉一つで戻れたのなら幸いと考えるしかないだろうか。
「そういや、炉火さんは何て言われたんで?」
「ん、俺か?」
 伝助ばかりが胸の内を吐露したのでは割に合わない。
 炉火にもきっと、何かしら無理難題が吹っかけられていたはずだ。
「それより、まずは俺の呪いが解けてるか確認する必要があるな」
「え、炉火さん」
「伝助、お前はここで待ってろ。いいか、一歩も動くなよ」
「そういって、またナンパする気でやすね!?」
「何、セクハラなら後でたっぷり」
「拳をあげやすから悪戯は止めやしょうか!!」
「ははは、上手いことを言うなぁ、伝助」
「炉火さん!!」


 ナンパにセクハラ、息子にどつかれ日は暮れて朝が来る。
 欲しかった言葉。
 口にできなかった言葉。
 怖かった事。
 ほんの少しだけ素直になって、親子としての絆は深まっただろうか?
 表向きには常と変らぬ日常、それぞれの胸の奥には少しだけ明かりが灯る。


 鼠が最良の伴侶を求め巡り巡って辿りついたのが鼠であるように、求め追うものは振出に。




【南瓜双六東奔西走 振出へ戻ル】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ia9077/ 以心 伝助 / 男 /22歳/ シノビ】
【ib9579/ 乾 炉火  / 男 /44歳/ シノビ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
素直になりきれない親子のハロウィン、お届けいたします。
元に戻る方法を聞くシーンを、それぞれの視点で差し替えしております。
お楽しみいただけましたら幸いです。
魔法のハッピーノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年11月14日

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