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『魔なるかぼちゃの鉱石は 』
アルマ・ムリフェイン(ib3629)

●月夜の魔術師
 魔都東京の中心部に建てられた時計塔。其処からハロウィンに彩られた夜景を見下ろした月宵嘉栄は、隣に立つ男の気配に目を細める。
「お見送りですか?」
 そう言って視線を向けると、白衣を身に纏う長身の男が穏やかに微笑んで眼鏡の位置を整えた。
 その仕草に嘉栄の首が傾げられる。
「良い月夜ですね。風も少ないですし、空を飛ぶには心地よさそうです」
 男はそう告げると嘉栄の手に握られたグライダーを見遣った。その視線に彼女の唇に笑みが刻まれる。
「空を飛ぶのはいつも命がけです。それにしても依頼人が自らお見送りとは、珍しい事もあるものですね」
 そう、この男は嘉栄――月夜の魔術師に魔鉱石の奪取を依頼した人物だ。
 男の名は東堂俊一。国の重要機関に身を置き、蒸気機関の開発に携わる重鎮でもある。
「今回の仕事次第で私の今後が変わりますから」
 蒸気機関の開発は今も続いている。
 環境に対する汚染状況を顧みて、より安全で安心な蒸気機関を目指して研究を続けているのだ。
 だがもし魔鉱石が世に出回れば蒸気機関の開発が止まる可能性が出て来る。それは彼に研究を辞めろと言っているのと同じ事。
「私は国の為に蒸気機関の開発に携わってきました。その心は今も変わりません」
 けれど。そう言葉を切った東堂の表情が暗い。
「蒸気機関は師の志でもあるのです。研究の半ばでその志を折らせる訳にはいかないのですよ」
 東堂は其処まで呟くと、改めて嘉栄を見た。
「月夜の魔術師である貴女ならば完璧に仕事をこなしてくれると信じています。よろしくお願いしますよ」
 真っ直ぐに向けられる信頼の眼差し。それを受け止めて頷くと、嘉栄はグライダーを握り締めた。
(私は蒸気機関も魔鉱石も如何でも良い……私が望むのは、魔鉱石に使われた妖精の奪還……)
 魔鉱石は人工的に作られたエネルギー。其処には自然から無理矢理作り出された「妖精」と呼ばれる生き物が使われている。
「……行って参ります」
 嘉栄は小さく呟く様に零すと、勢いよく地面を蹴った。

   ***

 薄暗い研究室の奥。色とりどりの液体に染められたビーカーや試験管を前に、東堂俊一は自らの研究に没頭するように手を動かしていた。
「蒸気機関の熱量負担を軽減する為にはこの部分の改造が不可欠ですが、やはりそう簡単にはいきませんか……」
 溜息と共に零れた声。ここには色々な思いが詰まっている。
 そもそも彼が蒸気機関に関わったのは、まだ言葉も拙い子供の頃の事。路頭に迷う彼を拾ってくれた恩師が研究室に連れて来てくれたのを始まりで、彼はそれ以降数多の研究に携わってきた。
「……私はまだこの研究を辞める訳にはいかないのです。もし私が辞めれば師の目指した蒸気機関の完成は――」

 ガタ、ガタガタ……バサッ。

 静寂を破る物音。
 これに東堂の目が弾かれるように振り返る。と、其処に居たのは落ちた本を前に呆然とする狐耳の少年――アルマ・ムリフェイン(ib3629)だ。
 彼は東堂を見て申し訳なさそうに尻尾を下げると、おずっとした様子で前に進み出た。
「ごめんなさい。集中してるみたいだったから静かにしようと思ったのに……」
 静かにしようとした気持ちは嬉しい。それに不恰好に積み上げられた他の本を見る限り、彼の行動に間違いがあったとも思えない。
 東堂は素直に謝る姿に頬を緩めると、彼に歩み寄って本を拾い上げた。そしてそれを手渡しながら微笑みかける。
「大丈夫ですよ。それよりも怪我はしていませんか?」
 研究を邪魔したのに怒っていない。
 その事に安堵したのか、後ろに下がっていた耳が前を向いた。これに小さく笑うと、東堂は彼の肩を優しく叩いて前を向く。
「はい、大丈夫です!」
「その返事を聞いて安心しました。君に怪我がなくて何よりです。それで、何処へ行っていたのですか?」
 そろそろ研究も大詰め。少しでも人手が欲しいと願っている最中にアルマは姿を消した。
 それが悪いとは言わないが、彼が無断で席を外すことは稀だ。
 そしてこの稀な事象はここ数日続いている。
「私の思い過ごしで良ければ良いのですが……何か、良からぬ事を考えていたりしませんか?」
「良からぬ事、ですか……?」
 アルマの胸奥がチクリと痛む。
 けれど彼はその思いに蓋をすると、ふるりと首を横に振った。それを受け、東堂が「そうですか」と声を零す。
(先生はいつだって、僕の心配ばかりして……でも、僕は……)
 元々はバイオリンで大道芸を営んでいたアルマ。そんな彼が東堂の元で研究者見習いをするようになったのは本当に偶然だった。
(……そろそろ路銀も尽きるかな、って時に、先生が声を掛けてくれたのが始まり……)
 素敵な音色だとアルマの楽を褒めてくれた彼は、アルマが空腹だと知ると何の躊躇もなく自らの家に招いた。
 そして滞在の間の住まいとして自身の部屋を使って良いと言ってくれたのだ。
(僕はただお世話になるだけじゃダメだって思って、先生のお手伝いを初めて……そこから見習いにまでなったんだよね……)
 東堂と関わらなければ蒸気機関に関わることはなかった。ここまで興味深い世界に触れることもなかった。
 だから彼の役に立ちたい。
 その思いでこの数日動いてきた。彼が動いているのと同じように……。
「ねぇ、先生。二人の研究目的って『安全で安心な』蒸気機関……だよね」
 ポツリ。問いかけた声に東堂は手も止めずに頷く。
「そうですよ。安全で安心な蒸気機関……ここ最近の研究結果によれば暴走の危険性はグッと減ったとか。このままいけば理想の品は目と鼻の先でしょう」
 それが如何かしましたか? そう問い掛ける声にアルマの視線が落ちる。
「……ううん。ただ……魔鉱石も機関に利用出来たら、って」
 東堂の言うように研究は順調だ。
 ここ最近の研究結果は目まぐるしい程上向きだし、環境への懸念も払拭できるようになってきている。
 この研究結果を見るだけなら東堂の理想は近いだろう。彼が望む蒸気機関を作る事も夢ではない。
 だが――
(魔鉱石を蒸気機関に取り入れる事が出来たら、もっと研究が進むんじゃないかな……そうすれば、先生の理想だって……)
 東堂が魔鉱石を手に入れようとしている。そんな情報を仕入れたのは何時だっただろう。
 調べている内に、東堂が怪盗に魔鉱石の奪取を依頼している事を知り、それが何故なのか考え始めた。
 はじめは研究の為かとも思ったが、それなら国に申し出れば良い。けれど彼はそれをしない。
 あくまで東堂が望むのは『純粋な蒸気機関』 
なのだ。
(……先生の志も知識も、代えのないもの……でもその視野をもっと広げてくれたら。それに魔鉱石を怪盗に依頼して奪って、それで先生が居なくなったりしたら……っ)
 アルマはギュッと拳を握ると、胸の内に抱えた計画を脳裏に、あらかじめ用意しておいた封書を東堂に差し出した。
「先生。これを」
「?」
 研究の手を止めた東堂が振り返る。その目に飛び込んで来たのは、辞表と言う文字だ。
 規則正しく丁寧に書かれた文字はアルマの真面目な性格を表している。それだけにこの文字を目にした瞬間、東堂の中に違和感が生まれた。
「君は、何を……。君は研究半ばで志を放棄するのですか?」
 アルマがそう言った人物でないことは知っている。けれど差し出された文字は、彼の考えを真っ向から否定するものだ。
「……残念です」
 東堂はそう告げると、彼の手から辞表を受け取り、それ以降アルマと目を合せることはなかった。

   ***

 深夜0時を迎えようとするのに、天元家の屋敷前は黒山の人だかりで賑わっていた。
「っ。思った以上に人が……っ、前、前ーっ!」
 わたわたと人の波を掻き分けて進む彼は、屋敷の警備を行っている人物らと同じ服を纏っている。
 今夜これだけの警備が屋敷の前に居るのは、ここに月夜の魔術師と呼ばれる怪盗が現れるとの情報が入ったから。
 そしてアルマがここに居るのは怪盗を出し抜いて魔鉱石を手に入れたいから。と、そんな彼の耳に、この場の雰囲気には似ても似つかない叫びが飛び込んでくる。
「天元様、愛してるー!」
「天元様、わたくしと結婚してー!」
 よく見れば屋敷を囲むその殆どが女性だ。それを目にしたアルマの口角が上がる。
「噂、上手く広まったみたいだけど……人が多すぎるっ!」
 通して下さい! そう声を張り上げて前に進むこと数分。ようやく見えてきた屋敷の景観に息を呑む。
 そうして表情を引き締めると警備の人達と合流して息を切らせながら叫んだ。
「先程、怪盗を目撃したとの情報が入りました! 急いで中にも報告してきます!」
 アルマは簡潔に怪盗の出現場所を告げ、屋敷の中に駆け込んでゆく。こうして入った屋敷の中は思った以上に静かで人の気配がない。
「可愛いコソ泥さんですね」
「!」
 突如響き渡った声に、エントランスで足を止めたアルマの目が飛ぶ。
 吹き抜けの所為か、異様に広く感じるその先に、仰々しいまでに幅の広い階段がある。そこに声の主はいた。
「なんで、中に……」
 戸惑うように零した声へ、声の主は微かに笑って囁く。
「月夜の魔術師の名は伊達ではないんですよ。それよりも、依頼主の出した手紙に細工をしたのは貴方ですか?」
 月夜の魔術師は静かに歩み寄ると、アルマの前で足を止めた。
 その手には橙色に輝く宝石が握られている。
「屋敷の前に集まった人間も偽の集いに手繰り寄せられたみたいですし……。察するにそれも貴方の仕業ですね」
 すべてお見通し。そう言葉を発する怪盗にアルマが苦笑する。
 それを受け、怪盗の両の手が前に差し出された。
「簡単に屋敷に足を踏み入れる事が出来、こうして目的の品を手に入れる事が出来たのは貴方の功績も大きいでしょう。ならば機会は公平に」
「どういう……」
「片方には天元家の人間が用意したレプリカが、もう片方の手には本物があります」
 つまりどちらかを選んで、その選んだ物をくれると言うのだ。これにアルマの目が見開かれる。
「天元家の方々には眠って貰っているだけですから時間はあまりありませんよ。早く選んでください」
 怪盗はそう告げるとアルマに選ぶよう、促した。

   ***

 研究室で研究の手を進めていた東堂は、ふと傍らに置いた辞表へ目を向けた。
 そしてそれを取り上げて息を吐く。
「……自由に吹く風は、いつか何処かへ旅立つもの……すっかり、忘れていましたね」
 元は大道芸に身を置き、各地を巡っていたのだ。それを思えば随分と長い間傍に居てくれたものだ。
「旅立つ彼を祝う事もできないとは……随分と彼に依存していたようですね」
 人懐っこく「先生」と呼んで慕って来たアルマ。その彼が必要としていたのは東堂で間違いないだろう。
 けれどその逆も然り。
 東堂もまた、アルマと言う存在を必要としていたのだ。
「魔鉱石を蒸気機関に……」
 蒸気機関の最終形態にばかり目を奪われ、もっと安全な方法があるにも拘らず目を瞑って来た。
 その結果、頑固な研究者だと呆れられ、見捨てられても致し方ない。
 東堂は止めていた手を動かすと、再度自らの手を動かし始めた。その時だ。

 バンッ!

 勢い良く開いた扉に振り返った東堂の目が見開かれる。
「先生! 魔鉱石を持って来たよ!」
 目を輝かせて駆け寄って来るのは銀の髪の少年。
「アルマ君……」
 夢でも見ているのだろうか。
 笑顔で駆け寄る姿は、今までと何ら変わりない。
 彼は東堂の前で足を止めると、掌に宝石を乗せて差出した。
「怪盗さんと賭けをして勝ったんです。だからこれを研究に――!」
 研究に使って下さい。
 そう言おうとした瞬間、彼の体が抱きすくめられた。これに驚いたのはアルマだ。
「せ、先生?」
 戸惑うように東堂の顔を覗き込み、如何したのかと問うように眉尻を下げる。それを受けて笑みを零すと、東堂は彼の頭を優しく撫でた。
「余計な心配をさせないで下さい。私はてっきり貴方が私を置いて何処かに行ったのかと……」
「ち、違います! 僕は先生に迷惑を掛けない様にって」
「ええ、今ならわかります」
 ありがとう、アルマ君。
 東堂はそう言うともう一度、彼の身を抱き締めた。そして少しだけ笑いながら告げる。
「でもその宝石は魔鉱石ではないですよ」
「え」
 どうやら怪盗との勝負は負けたらしい。けれど次に聞こえた声を耳にして、アルマは自分の行動が間違ってはいなかった事を悟る。
「その魔鉱石が偽物だからこそ、これから国に申し入れをして魔鉱石の同時開発を申し出ましょう。必要であれば天元家と手を組むことも視野に」
 手伝ってくれますね? そう言って微笑んだ彼の顔に、アルマは満面の笑みを返した。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib3629 / アルマ・ムリフェイン / 男 / 16 / 吟遊詩人 】
【 iz0236 / 東堂・俊一 / 男 / 27 / 志士 】
【 iz0097 / 月宵 嘉栄 / 女 / 28 / サムライ 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
大変お待たせいたしましたが、如何でしたでしょうか。
口調等、何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
魔法のハッピーノベル -
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舵天照 -DTS-
2013年11月15日

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