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『世界に散らばる沢山のキラキラ達 』
久木野鶇jb3550

●はじまり
 眩しい程の光。突き刺すような白。まず感じたのはそんな世界。
「お、おー! 目が覚めたか!」
 そろり。目覚めた僕の視界にまず入ってきたのは心配そうに僕を覗き込む青年の顔。
 その奥にはゆらゆらと白いカーテンが揺れていた。カーテンの隙間から差し込む白い陽光でまだ日の高い時間ということを知る。
「ここ、は……?」
 色々言いたいことはあった。けれど、まだぼんやりとする頭では纏まりきらなかったから辛うじて言葉になったのはその一言。
「ここは宿さ。お前、森ん中でボロボロで倒れていたんだよ……全く、何をやってたんだ?」
 彼はそう言った。その言葉に誘われるように僕は記憶を辿ってみる。
 確か戦いに駆り出されたけれど、森の中で怪我して動けなくなってしまった。僕は天使で、冥界と戦っていたんだ。
 でもどうして。そう思って改めて自分の姿を見ると肩や脚に丁寧に巻かれている包帯に気付いた。そうか、この人が手当てしてくれたんだ。
「ありがとう……僕は、ツグミって言うんだ」
「ああ、いいってことよ。困った時はお互い様さ。ツグミか。俺はエリック、冒険家のエリックさ。よろしくな」
 目元を和ませた彼は自分の名前を名乗ると手を差し出してきた。僕は恐る恐る手を握り返して、握手というものをした。

 彼は見ず知らずの僕に、とても親切にしてくれた。
 どうしてと問うたことがあった。だけれど、エリックはごく当たり前の顔で困った時はお互い様だろう?と答えた。
「ツグミよぉ、お前さんこれからどうすんの?」
「どう、する?」
 きょとりと僕が首を傾げると、彼は不思議そうな顔をして
「怪我治ったらどっか行きたいとことか……家に帰るとかあるだろう?」
「僕のやりたいこと……行きたい、とこ……」
「そうだ、やりたいことだ」
 エリックの言葉に推されて考えてみる。
 故郷は天界。戻らなければならない。だけれど、戻りたいかと問われれば首を振る。
 争いたくはなかった。戻りたくなかった。
 けれど、他の世界を知っているわけでは無く。だから、解らなかった。
「特に、ない……かな」
 そうかと頷いた彼。だけれど次の瞬間に良いことを思い付いたという表情を浮かべて。
「そうかー。無いのかー。じゃあ一緒に旅するか?」
「旅?」
 僕がそう、首を傾げると彼は嬉しそうに笑って告げたのだ。
「おう、まだ見ぬ世界を探しにな!」

――そうして、僕らの旅が始まったのだ。



●キラキラを探しに
 蒼い空と海の狭間の水面を滑るように僕らは進んで往く。白いこの乗り物は船というのだと教えて貰った記憶はもう少しだけ掠れ始めてきている。
 どれほどに僕らはこの船という乗り物に揺られているのだろうか。何処へ向かっているの?と問えば、風の赴くままにさなどとよく解らない返答が帰ってきた。
 蒼い海に陽光が反射してキラキラと輝いている。こんな綺麗な海という大きな湖ならずっと船に揺られて眺めているのも悪く無いかなと思い始めていた、そんな時。
 きゅい、きゅいと声が響く。その声に誘われるように僕は瞳をそちらへと向けると蒼い世界に間違えて零してしまったかのような白い鳥が3羽並んで飛んでいた。
「ねぇ、あの白い鳥は?」
「ああ、あれはカモメだなぁ」
 不思議な声で鳴くその白い鳥は僕の興味をひいて放さなかった。指を差して訊ねた僕にエリックは朗らかに答えた。
「俺達海の男の欠かせない友人達さ。いや、この場合、友鳥か」
「え? エリックは冒険家じゃなかったの?」
「ああ、そうだった。俺は冒険家さ。けど、今は海の男。ツグミも海の男っつーことで、万事解決だな!」
 うん。僕は笑顔で頷いて視線をまたカモメたちに移した。
 カモメたちは僕の視線に答えるようにクルリと空中で優雅に回転して、暫くずっと船の周囲を飛んでいてくれた。

 辿り着いた大陸で色んなことをした。山脈を昇って、洞窟を潜って。
 熱い砂漠を進んだらと思ったら、氷河で震えていた。度を過ぎた冷気というものは冷たいを通り越して痛いになるのだと僕はあの時に、学んだ。
 そうして、進んだ森の中で黒く大きなクマさんにこんにちは。
「蜂蜜をあげたら友達になれるかな」
「それは絵本の中だけだ!」
 そんな言葉を交わしあいながら僕らは必死に逃げた。そうして、命からがら熊から逃げた僕ら。
 息を切らしながらも君は笑っていた。

 そうして、世界を沢山巡った。
 人間界は、沢山のきらきらで満ちていた。

 もう何回四季が巡った頃だったのかな。
 昼はほんのりと暖かくなってきたと言えど、夜はまだまだ冷える春のこと。
 突き刺すように冷たい夜風が草原を揺らす。さわさわと草原が歌い出して僕達の耳を擽った。
 僕とエリックはふたりで草原に寝っ転がって夜空のキャンバス一面に散りばめられた星達を眺めている。
「あれの青白い星が乙女座のスピカ。んで、あっちのオレンジ色の星が牛飼い座のアルクトゥルスだ」
 エリックがそう指差しながら言った。彼が指を差した方向に僕は瞳を走らせると直ぐにオレンジ色と青白い色の星を見つけることが出来た。
 彼は何処か歌うように語り出す。
 乙女座のスピカと牛飼い座のアルクトゥルス。春の夫婦星と呼ばれているふたつ。アルクトゥルスが乙女座に向かってずっと動き続けているのだという。
「そして大凡5万年後には、隣同士に並ぶって言われているらしいぜ。本当の夫婦のようにな」
 動いてないように見えるよと僕が言えば、星はずっと遠くにあるから解らないものなのさと答えられた。
 なんだか、未だちょっとよく解らない。だけれど。
「星にそんな話があるだなんて、何だかステキだね。他にはどんなお話があるの?」
「俺もそんな詳しくないんだよなぁ……。ああそうそう、世界の東の果てにある国々ではこと座のベガとわし座のアルタイルを悲劇の夫婦だか恋人だかに見立てる話もあったな」
「え! ほんと? ねぇ、どんな話なの?」
 彼は少し記憶を手繰るように語り出したのはオリヒメとヒコボシという星達の恋の話。恋に仕事を忘れた彼らは怒った神様によって天の川の対岸に引き裂かれてしまった。
 だけれど、それでは余りにも可哀相。だから、夏のある一夜にだけ白鳥座がカササギの橋となって巡り逢うことを許されるのだという。
「そのオリヒメとヒコボシ。僕も見たいな! ねぇ、エリック、見に行こうよ!」
「よっし、じゃあ夏には極東の島国へと行くか! 未だその国へは行ってなかったんだ」
 冒険家の間で話題になっている小さな島国。僕は思いっきり笑顔で言ったのだ。
「うん、じゃあその時は僕がうんっと星が綺麗に見られる場所を見つけるね!」

 星々の下で交わした僕らの小さな約束。だけれど、それが果たされることはなかった。
 このすぐ後に彼は倒れてしまったのだ。ビョーキというものらしい。
 一緒に旅を始めて20年くらい経った頃だった。殆ど姿の変わらない僕に対して、エリックの髪は気付いたら白い毛が混じり始めていた。
 一面が真っ白に塗りたくられたような建物の中。同じ白色の服を着た女の人に車輪が付いている椅子に乗せられて僕のもとへとやってきた。
 とても、哀しそうな顔をしていたけれど、僕の姿に気付くと彼はすぐに笑顔になった。
 けれど、それがどうしても頑張って作っているような笑顔にしか見えなかったのだ。
「ごめんな、ツグミ。冒険はここでお終いなんだ」
 どうして。呆然とする僕の。彼はもう一度言ったのだ。
「ごめん」
 女の人とは違う男の白い服の人に、彼のビョーキを説明して貰った。もう、彼は冒険は出来ないのだと解った。

 彼にはキラキラを沢山見せて貰ったのに、僕はまだ何も出来ていない。
 どうしよう。僕はまだ君に恩返し出来ていないのに。

 どうしよう。どうしよう。本当にどうしよう。
 たくさん、たくさん悩んだ。いっぱい、いっぱい時間が掛かったけれど、僕は答えを出した。

 今度は僕が世界に散らばる沢山のキラキラを集めよう。そうしたら、それを話す為にまた君に逢いに行こう。

 君は、聴いてくれるかな?




●いつか、何処かの話

 またあの日から随分と年月が経った。やっぱり僕の容姿は殆ど変わらなかった。だけれど、彼はまた年を取っていたようだった。
 そして、しわくちゃになり始めてきている手であの頃のように撫でてくれた。

「世界は、キラキラしているね」
 君の愛した世界。僕が愛おしく思った世界。
 満ちあふれた沢山のキラキラ達。
 それは沢山ありすぎてたった10年じゃ、そのほんの少ししか集められなかった。
 それこそ、僕ら天使や悪魔の長い長い一生を使ったって集められっこ無いだろう。
 だけどね、だからね。
「僕が集められる、全てのキラキラとしたお話を君に話そうと思うんだ――、」
 そうして、語り出した僕と彼の間。いつの間にか咲いた微笑みがまたキラキラとしたものを生んだんだ。

 あのね、世界はキラキラとしたもので満ちているんだ。
 だから、僕はこれからもずっとこの世界を愛していこうと思う。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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エリュシオン
2013年11月18日

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