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『 先が霞むほどただただ、むやみやたらに広く長い廊下。窓から斜めに射す陽光が、絨毯に菱型を作り上げ、赤い絨毯をダイヤの形に染め上げる。それが延々と、等間隔で並んでいた。 』
クラーク・エアハルト(ga4961)
 そこを黒の燕尾服に身を包んだクラーク・エアハルトが、静かに、それでいて足早に踏み進む。
 やがて、ある扉の前に立つと小さく咳をして喉を整え、軽く握った拳で柔らかく、叩いた。
「失礼いたします、凪お嬢様」
 返事はないが開けて室内へ入ると、カーテンの隙間から差し込む光が部屋を照らすだけで、まだ薄暗く、部屋の主はベッドに深くうずもれている。
 寝息は聞こえない。
 もう起きてはいるのだろうが、身じろぎひとつせず、まるで動く気配がない。
「そろそろ、お目覚めの時間ですよ」
 分厚く、煌びやかな2枚組のカーテンの片側を寄せると、室内が一気に明るくなり、部屋の隅々まで照らされる。
 だがそれでも、起きようとしない。ただ、身じろぎひとつしなかった身体を動かし、クラークの背中をぼんやりと、まだ開ききっていない瞼で生嶋 凪は眺めていた。
 もう片方のカーテンも寄せられ、差し込んだ光に目を細め、そのまま閉じる――その数瞬後には、寝息が。
「凪お嬢さま」
 寝息は止まったが、返事もない。
「あいもかわらず、朝は弱いのですね……」
 やれやれと頭を振り、凪をシーツに包んだまま抱き上げる。手にはシーツ越しに伝わる、肌の温もり――だが顔色を変える事無く、抱きかかえたまま部屋を後にした。
 先ほど歩いた廊下を、凪を抱きかかえたまま逆走。ここまでされても、腕の中ではまだボーっとしている。
 浴室というプレートが掲げられたところに止まり、戸を開け、シーツに包んだままの凪をそこへ立たせると、にっこりと笑顔を作る。
「ここからは、いつもの様にお1人でも大丈夫ですね。それでは朝食の準備がございますので、自分は失礼いたします」
 そう言うと戸を閉め、踵を返すとその場を後にしたのであった。

「改めましておはようございます、凪お嬢様。今、コーヒーをお持ちいたしますのでお席へ、どうぞお掛け下さい」
 黒く全体がふわっと膨らんだゴシックドレスでダイニングに姿を現した、凪。ただ入るなり足を止め、クラークの顔を見てはキョトンとしている。
「凪お嬢様、どうかされましたか?」
 名を呼ばれハッとした凪だが、「何でもありません」と、ただ静かに言葉を返して席へ着いた。
「自分は今から庭の手入れをしてきますので、食器はそのままにしてて――下さいませ」
 少しだけ言い淀んでしまった事に首を傾げ、黙々と朝食を続ける凪を残し、庭へと急いだ。
 ――広大な庭園。
 脚立に登ったクラークがハサミを手に目を細め、屋敷の外を見ようとした。だが森に囲まれているため、脚立に登っても外が見える事はない。
 それに、どうでもいいのだ。外の事など。ただそうやって見るのが、習慣なだけだ。
「……今日も暑くなりそうですね」
 照りつける日差しを見上げ、ふと暑くない日がこれまでにあっただろうかなどと、思ってしまう。昨日も、一昨日も、一か月前も、半年前も、ずっと暑かった気がする。
「クラーク!」
 凪の声が聞こえ、思考が中断させられる。
「はい、ただいま!」
 思考するのを止め、脚立もそのままに我儘お嬢様の元へと駆け出す、クラークだった。

 窓際でイスに腰掛け、本に目を落している凪。
 その脇で空になったカップを片付け、トレイ片手にサイドテーブルを拭いているクラークが、時計に目を向けた。
「そろそろ、プールで泳ぐ時間かと」
「ん」
 無愛想で短い返事。腰を上げ開いた本もそのままに、クラークへ顔を向ける事もせず行ってしまう。残されたクラークは本にしおりを挟み、棚へと戻す。
 それからスコーンを焼いて、湯を沸かし、茶葉を選ぶ。そして時計を見ると、ティーポッドにお湯を注ぎ、蒸らしながらトレイに乗せ、呼ばれてはいないが凪への寝室へと向かった――その直後。
「クラーク!」
「はい、ただいま伺います」
 名前を呼ばれた時にはすでに、部屋の前。ノックをして室内に入ると、ドレスではなく、身軽な白いキャミソールワンピースの凪がヘッドボードに背を預け、足を投げ出す体勢でいた。
「マッサージ」
「はい、わかっておりますよ」
 トレイをサイドテーブルに置いて、程よく蒸れた紅茶を注ぎ入れる。
「今日は、いい茶葉が入りまして」
 カップを凪に渡すと、投げ出された脚のマッサージを始める。
 プールでやや冷えた凪の脚に、クラークの暖かい手が触れると「ん……っ」と、凪は声を漏らし、少しだけ身をよじった。それでもお構いなしに、クラークの手は凪の脚をほぐしていく。
 クラークなりの意地悪で、要領を得たマッサージに、時折、ピクリと凪が反応を見せると、ついうっかり微笑んでしまう。
「どうか、した?」
「いえ、このお屋敷で2人で過ごすのも長くなったなと。旦那様も戻られませんし」
 誤魔化しである――だが、十分に効果があった。むしろ、少しありすぎた。
「旦那、様……何を、しているのだったか……確か、外に出たっきり――痛ッ」
「と、申し訳ありません。ツボを刺激してしまったようです」
 一度手を離して掌でさすると、どちらもそれっきり、外について口を開く事はなかった。

 ゆらゆらと、部屋をほのかに照らすランプを吹き消すクラーク。カーテンも閉め切っているため、部屋は完全な闇に包まれる。
「それでは、お休みなさいませ。凪お嬢様……」
 暗闇で見えなくとも一礼し、部屋から出て行こうとした。そこで呼び止められる。
「クラーク。今日は、月明かりを見たい気分なの」
「かしこまりました」
 言われれば、従う。暗い中を慎重に進んで、カーテンに手をかけると、一気に引き開ける。
「これでよろしいですか、凪お嬢様?」
 振り返ると、ネグリジェの凪がベッドの脇に立って、枕を指さしていた。
「何だか、硬い。交換して」
「はい、かしこまりました――では失礼して」
 ベッドに片膝を乗せ、枕に手を伸ばそうとしたクラークを、凪が横から突き飛ばす。不意打ちになすがまま、ベッドに倒れ込んだクラークの腹の上に、凪はまたがり、馬乗りになる。
 月明かりに映し出された見下ろす凪の顔を、見上げるクラークが、不意に笑う。
「凪お嬢様。今夜も、ですか」
 質問に答える前に、燕尾服の下、シャツのボタンを1個1個外し、クラークの胸板に指を突き立て、ひっかく。
「ええ、そうよ。今夜も私が寝るまで、相手をしなさいクラーク。それといつもの様に、この場では凪と呼びなさい」
 開いたシャツの襟を両手でつかみ、ぐっと引き寄せる。抵抗する事無くクラークは上半身を起こし、馬乗りの凪と向かい合わになると、その瞳を覗き込む。
 襟から手を離し、クラークの両頬を両手で包み込むと、目を細め、赤い唇を釣り上げて微笑んだ。
「これは、命令よ」
 頬を包む両手に自分の手を重ね、頬から離すと、指と指を絡ませ、微笑み返した。
「ご命令とあれば、喜んでお相手させていただきますよ。凪……」
 目を閉じた凪に、顔を近づけ――こうして、甘美な夜が訪れる。
 それは今日だけでなく、明日も明後日も。

 これからもずっと、ずっと――
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CATCH THE SKY 地球SOS
2013年11月18日

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