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『更待月の迷い猫 』
常木 黎ja0718


 月の出が遅い夜。
 星明かりだけがサヤサヤと夜空に散っている。
 一つくらい、弾けて飛んでもきっと誰も気づかない。


 仕事を終え、疲労の残る頬に夜風は心地よかった。
 闇に馴染む黒髪を後ろへ流し、常木 黎は目立つ外傷が無いことを再度確認する。
 結果は上々、明日には次の仕事を探しに学園へ顔を出せるだろう。
 足音を消して、周囲の気配に耳を澄ませて歩くのは職業病のようなもの。
 相手より先に気づくのは、だから普段通りだった。
「あれ、常木さん?」
 先に気づいていたけれど、声を掛けるのに躊躇していたら、そんなことなどお構いなしに赤毛の男が片手を挙げた。
 学園の卒業生で、フリーランスで活動している筧 鷹政だ。
「こんばんは。珍しいね、こんな時間に―― 依頼の帰りか」
「……こんばんは。まあ、そんなところ」
 鷹政は個人で事務所を構えているというが、それは久遠ヶ原の外なわけで、彼がこんな時間に居るとは如何に。
「ケガとか、大丈夫? どこか痛んだり……」
「平気。……その、鷹政さんは?」
「説教。借りてた資料にコーヒーをこぼしてしまってな」
 ぎゅ、と眉間を押さえて、鷹政が呻く。今日という日に限って、小うるさい職員と鉢合わせてしまった。
「傷を負ってたら熱が出るから遠慮しようかと思ってたけど……、大丈夫だったら気分直しに付き合ってくれない?」
「……私でいいの?」
 目を合わせ難くて、ずっと下の辺りを彷徨っていた黎の視線が、少しだけ上がる。
「ん」
 穏やかな笑顔がそこにあった。




 酒が飲めて、軽い食事もある店。適当に入って喫煙席を選ぶ。
「常木さん、煙草吸うんだ?」
「あー……。軽く。厭だったら吸わないけど」
「驚いただけ。結構、長い付き合いなのにな。そういえば、好きな食べ物も知らないや」
「なんの流れ?」
 突拍子もない切り出しに、黎は肩を揺らした。
(長い、か。そんなにだっけ)
 ドリンクオーダーを終えた後にメニューを見るとはなしに眺め、黎は記憶を辿る。

 熱い戦場、報酬もはずめばなお良し。
 戦いの場を求めて、そこでの作戦を立てることに集中して――誰の斡旋だとか同行だとか、それほど重要ではなかった。

 いつからか、やっぱり覚えていない。
 貼り出される依頼に、見慣れた名前を探すようになった。
 それは、気心が知れているという安心からか、また別の感情かまでは……わからない。
(身の程知らずか……恩知らず、どっちかに変わりない、か)
「――で、良い?」
「え?」
「食べ物。勝手に頼んだけど、この辺で良かった?」
「あ、うん、好き嫌いは特に」
 串焼きの盛り合わせとか、サラダとか、定番メニューの写真を見て、黎は先ほどの鷹政の言葉を問いに変える。
「鷹政さんは、何が好きなの?」
「肉」
「……」
「が、メインの。あの、残念な目で見ないで」
「残念とは思ってないけど……一文字だとは思わなくて」
 しかも、間髪入れずに。
 小学生男子のような回答。
「店で食べるのと自炊とじゃ、また違うだろ」
「自炊……するの?」
「独り身ですから。否が応でも」
「……へえ」
 キッチンに立つ、鷹政。想像しようとするが、こめかみのあたりが痛くなってくる。
「ごめん、想像つかない…… 食べれるの……?」
「失敬な。今度、食べに来るといいさ」
「え」
「?」
 本人は、たぶん、なんの気なしの発言で、恐らくは学園で交流のある相手へ気軽に声を掛けているのだろう。
 そこに『特別』は無いのだろうと思う、きっと、そうだ。
 一瞬、勘違いしそうになった。変な期待をするところだった。
「行くよ、それじゃあ。友達連れて」
 羞恥心を隠すように、ぶっきらぼうに黎は言葉を返す。
「え」
「……友人くらい、居るって」
「あ、いや、うん。待ってます」
 どことなくぎこちない空気が流れたところで、アルコールが運ばれてきた。


 酒は良質、料理はそこそこ。
 予備知識なしで入ったにしては、アタリを引いた気がする。
 互いに距離を探るような、踏み込みあぐねるような、取りとめのない会話。
 時折、笑いがこぼれたり、沈黙が座したり、酒に逃げたり。
「それ、いい匂いだね」
「え? 梅ガム?」
「……そういう表現されると、そんな風にしか思えなくなるんだけど」
 灰を落としたところで煙草を指され、反射的に黎が答えれば鷹政は苦く笑った。
「ようやくこっち見た」
「……え」
「常木さん、なっかなか目を合わせようとしないんだもん」
「……猫が目を合わせるのって、決闘の時なのよ」
「それは怖い」
(見れるわけがない)
 こうして、食事をして酒を飲んでるだけでも罰当たりな気がする。
(あんな、失態を晒して……。挽回もしてない)
 今も黎の胸を刺すのは、鷹政から学園へSOSが入った時の依頼だ。
 気が急いて、傷も癒えないうちに飛び出して――……
『螺旋みたいだ』
 手を重ね、そう呟いた鷹政の真意も、黎は図ることが出来ずにいた。
 交わることはない。触れることはない。近づいては離れ―― それは、それの意味することは。




 緊張を、気まずさを隠そうと、つい酒が過ぎた――自覚した時には既に遅し。
「背負おうか」
「……鷹政さん、失血死しない?」
「それだけ元気があれば、肩で充分だね……」
 いつぞやの夏の事を眠い頭で引っ張り出せば、怒るでなしに鷹政は黎の手を引いた。
 店を出ると、風が一段と冷たくなっており、星の輝きが強くなっていた。
 今更ながら、月も昇っている。
「悪かったね、遅くまで付きあわせちゃって。疲れてるよな」
「それは平気」
 確かに酔いは普段より早かったけれど、理由は別にある。
(声……近い)
 程よくアルコールが回り、眠気が意識を支配し始めたところへ、頭上から響く声と体温に、どことなく安心感を覚える。
 居心地がいい、と思った。
 優しくしてくれるから?
 それとも、ちがう理由?
 ……やっぱり、よくわからない。

「ねえ、鷹政さん」
 誰にでも優しいこのひとにとって、それじゃあ自分は『何』なのだろう。
 螺旋、なんて言われたって、解らない。
 交わらない――咄嗟に連想したそのことに、胸を突かれたことだけは覚えている。
「卒業したら雇って」
 冗談交じりに、口にしてみる。
 YESだったら嬉しいし、NOだとしても冗談で済ませることができる、自己防衛を潜ませた願望。
「……雇用でいいの?」
「え」
 背に回された鷹政の腕が、一瞬だけ強張ったのが伝わる。思わず見上げるが、闇に紛れて表情は伺えない。
「うち、倍率高いよ?」
「……そうなんだ」
「諦め早いよ!?」
「だって」
 笑っているのが、空気で伝わってきた。
(予防線を張った言葉は、見抜かれて冗談で返された、か……)

「諦めないでよ」
 
 ぽつり。
 その声だけが、やたら寂しそうに聞こえたのは、気のせいだろうか。

 


 路地裏を、闇に紛れて野良猫が駆けてゆく。
 頼るものは己のみ、誇りはあれど一人きり。
(私みたい)
 ぼんやりとした頭で、黎は猫が消えてゆくまでを目で追う。
 気配を殺しても、存在までは消えやしない。
(醜態を晒すのは……厭だな)
 普段であれば無意識に、そう行動しているのだけど……今はやっぱり、頭の回転が緩やかだ。
 別れの交差点に差し掛かり、黎はするりと鷹政から体を離す。
「ここまでくれば平気、ありがとう」
 夜空を見上げれば、更待月が煌煌と座していた。
「……月が綺麗だねぇ」
「あ、ほんとだ」
 釣られて見上げた鷹政が、間の抜けた表情で呟く。
(夏目漱石の―― なんて、知らないよね)
 むしろ、知らないでいてほしい、などとすら。
 
「おやすみなさい」

 返事は聞かず、身を翻す。冷たい風に、闇に馴染んだ髪がなびく。
 私は、最後まで気高い猫でいられただろうか。




【更待月の迷い猫 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0718/常木 黎/女/24歳/インフィルトレイター】
【jz0077/筧 鷹政/男/26歳/阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございました。
近くて遠い、遠くて近い、触れあうようなすれ違うような、そんな二人の夜をお届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月20日

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