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『優しさに包まれて 〜久井忠志〜 』
久井忠志ja9301

 今日はハロウィン。
 子供たちがお菓子を強請って家々を巡り、大人たちもそれに便乗して羽目を外す。
日頃真面目にお仕事に励む人たちもこの日ばかりは子供に戻って一緒に遊ぶ。
 さあ、ハロウィンを楽しむ合言葉を一緒に――

   ***

 赤に染まった空と、紅葉。その双方を電車の窓から眺めつつ、久井忠志(ja9301)は思案気に目を細めた。
(……俺の考えが正しければ、あそこにいるだろうな……)
 用事があって訪れた幼馴染の家。そこで耳にした言葉が未だに忘れられない。
『あんな汚らわしい子に男だなんて……血は争えないものね!』
「っ」
 思い返しても腹の底から怒りが込み上げてくる。
 好き好んで生まれた環境でもなければ、選んでいる場所でもない。
 幸いなことに自分は恵まれた環境に在る。だから幼馴染である彼女の気持ちの全てをわかってあげることは出来ない。けれど、思わずにはいられない。
「俺が守りたい……」
 零した声が、電車のアナウンスに消える。
『次は久遠ヶ原ー、久遠ヶ原ー……』
 忠志は浮かんだ怒りを揉み消すように息を吸うと、それをゆっくり吐き出して前を見た。
 少なくとも彼女といる時は、彼女の傍に在る時は、こうした負の感情は他所へ置きたい。だから今は落ち着こう。
 そう自分に言い聞かせてホームを降りる。と、ホームの隅で膝を抱える存在が目に飛び込んで来た。
(……やはり、ここだったか……)
 フッと笑みを零して歩き出すこと僅か。
 大事な幼馴染――城咲千歳(ja9494)の前で足を止めて囁く。
「千歳」
 頭を下げて、膝を抱えて。
 内に巣食う感情を全て抑え込もうとするかのような彼女に胸が痛くなる。
「……忠志……」
 伺うように上げられた眼差しが僅かに濡れている。まだ頬を涙は伝っていないが時間の問題だろう。
 忠志は再び芽生えそうになる負の感情を抑え込むように手を差し伸べると、優しい仕草で彼女の腕を掬い上げた。
「探したぞ」
 そう告げた直後、彼女の翡翠色の瞳に透明な幕が張った。
 泣きそうな顔から、泣き顔に変わる時の表情だ。それを見た瞬間、忠志は慌てた様に彼女に背を向けた。
 そうして膝を折りながら、誤魔化すように告げる。
「忠志?」
「……乗れ」
 きっと彼女も泣き顔は見られたくない筈だ。
 そう思って差し出した背中に、温かな感触が触れる。
 柔らかで、優しい温もり。
 その温もりに触れているだけで、芽生えかけた汚い感情が何処かへ消えて行く。
(……千歳は凄いな)
 思わず笑みを零して彼女を背負う。
 その上で歩き出すと、ハロウィンの仮装をした少年たちとすれ違う。だが今はそんなものに目を向けている余裕はなかった。
 今はただ、愛しい、大切な人が泣かないように、悲しまないようにするので精いっぱいだ。
 そんな彼の耳に、思わぬ言葉が響いてくる。
「忠志大きくなったねぇ」
 小さく笑って背にしがみつく声に、思わず笑みが零れてしまう。
 些細なことだが、たったこれだけのことで笑えるのだと。そう教えてくれたのは彼女だ。
 他愛のないことも千歳と一緒なら、どんなことでも楽しく、嬉しいことに変わってしまう。
(だから、手放せないんだろうな……)
 元より自分から手放すつもりはない。
 もしかしたら、彼女が放れたいと口にしても、放すつもりはないかもしれない。
 我ながらとんだ独占欲だとは思うが、それでも大事なものは大事なものなのだ。
 今は自分にとって欠かせない存在なのは確か。ならばそれを守るのは当然だろう。
「ウチ、甘え過ぎやね……」
 クスリ。小さく笑った声に、忠志の足が止まる。
 そうして振り返るようにして頭を動かすと、彼の千歳の綺麗で澄んだ瞳とぶつかった。
 その目を見て、自然と言葉が零れてくる。
「……よければ、俺の家にくるか?」
 あんな家に帰らなくて良い。
 そう思いを込めて囁いた言葉に、千歳の目が見開かれる。
 そして次の瞬間、彼女は「うん」と答えて頷いたのだった。

   ***

 あれから季節は巡り、久遠ヶ原学園の敷地には、あの時の紅葉に似た紅が広がっている。
 忠志はその景色を千歳と共に見ている。但し、今回は彼の隣を歩いて、だ。
「家出したとき忠志に助けてもらったときはなんか救われた気分だったんよー」
 そう言って笑った千歳を、薄手のコートを羽織った忠志が笑んだまま見詰める。
 するとその顔を覗き込むように動き、彼女は空を仰ぐようにして近くの紅蓮の木を見上げた。
「ここの紅葉も綺麗やねー」
 あの時、千歳を見付けたホームにも紅葉はあった。だがあの時見た紅葉よりも、こうして千歳と共に見る紅葉の方が断然綺麗だ。
 その理由はきっと――
「忠志と一緒だと、紅葉がもっと綺麗に見えるんよー」
 千歳が零した声に思わず目を見開く。
(千歳も、そう思ってたのか……)
 そう思うと同時に、ふと彼女の状況を思い出す。
 千歳はあれからずっと忠志の家にいる。
(本当はたまには家に戻った方が良いんだろうが……だが……)
 そこまで考えて思い浮かぶのは、千歳を見付けた日に彼女の親戚が吐き出した言葉だ。
「忠志?」
 思わず頭を抱えた彼に、千歳が不思議そうに首を傾げながら近付いてくる。
 そうして買い物袋を持つ手に手を添えると、そっと顔を覗き込んだ。
 その仕草に忠志の口が動いた。
「……思えば結局あれから、ずっと俺の家にいるな……」
 悩むように、自分を責めるように零された声に千歳の目が瞬かれる。
 そうして告げられたのは、彼女の本音。
「親戚の所にはかえれないんよー、もうウチに利用価値ないんし……」
 母親が亡くなって以降、親戚をたらい回しにされたという千歳。その度にあまり良くない目で見られていることも感じていたと言っていたし、実際にそうなんだろうと思う。
「どうせ帰ったら、また不純な関係で出来た汚い子なんて罵られるんよー」
 これは事実だろう。だが忠志にとっては違う。
「……少なくとも、俺にとって千歳は大切な存在だ」
 そう告げて頭に手を置いて撫でる。
 柔らかで優しい感触の髪。その髪を撫でる時に目を細める彼女の顔が好きだ。
 忠志は柔らかな眼差しで彼女の顔を見詰めると、ふとあることを思い出して笑みを刻んだ。
 それは本当に小さな頃。2人が小学生の時のことだ。
「千歳をイジメから守ったあの時から……俺にとって千歳は大事な存在だったんだ」
 そう、千歳をイジメから守った、あの時から彼女は忠志にとって大事な存在だった。
 千歳を助けた当時、実は忠志もイジメられていた。それは子供のころならまれに目にする、他人と違う部分があるから、と言う理由でだ。
「思い返せば、あの時から俺と千歳の関係が始まったな」
 大人しくて小さくて、自分よりも遥かに弱い存在だった彼女がイジメられている姿が、忠志には我慢ならなかった。
 自分のことなら我慢すれば良い。
 それこそ口を閉ざし、反応を閉ざし「こいつはつまらないんだ」そう思わせればいい。
 だが千歳は違う。
 か弱い女の子で、守るべき対象だと思った。だから助けた。
「俺もイジメを受けていたからな。つい守りたくなった」
 あの時は同じ境遇だったからそう感じたのかもしれない。けれど今は違う。
 そしてその思いは千歳も同じだったようだ。
「今度は、ウチが天魔から忠志を守ってみせるんよー!」
 今度は守られるだけじゃなくて、一緒に守りたい。
 そう言って笑った彼女に、忠志の口角が上がる。
「……俺もだ。天魔からお前を守ってみせる」
 囁いて彼女の唇に口付けると、千歳の目が瞬かれた。
 真っ赤な紅葉のように頬を染める彼女を愛おしいと思う。それと同時に「守ろう」という決意も刻まれる。
 忠志は千歳の手を取ると、ゆっくりとした動作で歩き始めた。
「家に帰ろう」
 嫌な思いをするならば無理に帰そうとは思わない。
 だから一緒に帰ろう。
 そう思いを込めて彼女を振り返る。すると、思いもよらないほど、綺麗な笑顔が飛び込んで来た。
「うん! 忠志と一緒に帰るんよー!」
 この笑顔に何度救われただろう。
(この笑顔を、いつまでも守りたいものだな)
 そうして歩き出した2人の横を、あの時と同じ、ハロウィンの仮装をした少年たちが駆け抜けて行く。
 あの時は騒がしいと感じた子らの姿が、今は何故だか愛おしく感じる。
 それも全て千歳のお蔭なのだろう。
 これからも2人、肩を並べて歩いて行けたら……そう願わずにはいられない、とある秋の日の出来事だった。

―――END...


登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja9301 /久井忠志 / 男 / 25 / ディバンナイト 】
【 ibja9494 / 城咲千歳 / 女 / 13 / 鬼道忍軍 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびはご発注、有難うございました。
大変お待たせいたしましたが、如何でしたでしょうか。
口調等、何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!

※同作品に登場している別PC様のリプレイを読むとちょびっとだけ違った部分が垣間見れます。
魔法のハッピーノベル -
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エリュシオン
2013年11月22日

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