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『流れ逝く時の狭間で。 』
サラサ・フローライト(ea3026)&以心 伝助(ea4744)

 大きな戦いが終わってから、気付けば40年以上の時間が過ぎ去っていた。
 もう、と言うべきなのか。まだ、と言うべきなのか。
 少なくとも自分にとっては『もう40年』だと、以心 伝助(ea4744)はキエフの街を行く人々の中を歩きながら、しみじみとそう考えた。その時間の流れは、例えばこんな時にしみじみと痛感するのだけれども。
 いつの間にか、街を歩いた時に通り過ぎる店の店員が、年老いている事に気がついた時だとか。或いはよく街ですれ違った名も知らぬ誰かに、もう随分と会っていない事に気がついた時だとか。

(あっしも人のこと言えやせんけど)

 ふと我が身を振り返り、小さな小さな苦笑いを零す。――40年と言う月日はもちろん、伝助の上にも等しく流れたのだ。
 いつの頃からか体力の衰えを感じ始め、ふとした瞬間に自分の身体が思うように動かない時があるのに気付き、知らず知らずのうちに足腰を庇って歩く癖がついていた。その度に誤魔化しはするけれども、それが誤魔化しているだけに過ぎないのは、何より自分がよく判っている。
 年は取りたくないもんだと、息を吐きながら伝助が足を向けたのは、かつての冒険者酒場スィリブローだった。さすがに40年も経てば、今はただの酒場になってしまったけれども、それでも40年を経たとは思えないほど相変わらず、どころかますます賑やかに営業中だ。
 一歩中に入れば、迎えてくれる看板娘も思い返せば、もう何人目だろうか。今も昔も変わらないのは、彼女達がある意味で『最強』だと言うことだけだ。
 そんな看板娘に適当に挨拶をして、早々に席を確保した伝助はとりあえず、クワスを注文した。すぐに運ばれてきたコップに口をつけ、ほぅ、と息を吐く。
 メニューも昔とすっかり様変わりをしてしまったけれども、これは昔と変わらず無料だ。とはいえ、味のほうまで昔とちっとも変わらない気がするのは、それはそれでほっとするような、そこはもっと良い方に変わってくれても良いような、複雑な気分である。
 何とも言えない表情になりながら、少しの間待っているとやがて、待ち人が姿を現した。入り口の所で立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回しているサラサ・フローライト(ea3026)に、軽く手を振って合図をすると気付いた彼女が、人ごみを掻き分けてこちらへと近付いてくる。
 そうして伝助の向かいの席に腰を下ろすと、やれやれ、とサラサは大きな息を吐いた。

「まったく、相変わらず混んでいるな。どこからこんなに集まって来るんだ」

 そんな、文句にもならない愚痴を吐きながら、同じくクワスを注文したサラサの上にもまた、40年と言う月日はもちろん流れている。幾らエルフが人間よりも遥かに緩やかな時を生きるとはいえ、不老と言うわけではもちろん、ないのだから。
 立派に中年の域に突入した、サラサの姿を何とはなしに、見つめる。それに不思議そうに目を瞬かせ「どうした?」と尋ねるのに首を振ると、サラサはまだ不審そうに眉を潜めていたけれども、ひとまずは何も言わずに引き下がった。
 言いたくなければ無理に聞きだす必要はないだろうと、運ばれてきたクワスを飲みながらサラサが口にしたのはだから、まったく別の話題だ。

「それで、伝助。今度はどこに行ってきたんだ? 少し長かったみたいだが」
「――あぁ」

 そもそもはそのためにサラサと会う約束をしていたのだと、思い出して伝助は、ほっと頬を緩めて手の中のクワスを飲み干した。そんな伝助に、サラサも知らずほっとする。
 そんなサラサに気付いていたものか、荷物の中から土産の品を引っ張り出しながら、「今回はちょっと南の方に」と伝助は話し出した。それにもう一度安堵の息を吐いて、サラサは伝助の話に耳を傾ける。
 彼女の顔に浮かんでいるのは、隠そうとしていて、けれども結局隠しきれていない好奇心。自分で行く事は叶わぬ異国の地の話は、色々と想像を掻き立てられるものだから。
 とは言えサラサは、ロシア貴族のラティシェフ家に仕えている魔術師だから、おいそれとキエフを離れられない。そんなサラサとは違って、自由な身である伝助は、戦いに一区切りがつき、そうしてギルドが閉鎖されてしまった後は、キエフを拠点に世界中を旅して回っていたから。
 戻るたびに伝助は、動けないサラサの代わりに見てきた事、聞いてきた事、体験してきた事を面白おかしく話してくれる。それはまるで物語を聞いているようで、いつしかサラサはそれを楽しみにするばかりか、次はどんな所に行くんだ、今度はどんな所に行って来たんだと、伝助に尋ねるようになった。
 そうなれば伝助としても嬉しいもので、それまで以上に出かけた折には、彼女が喜びそうな話を探して廻るようになり。ちょっとした土産と共に持ち帰った物見話を、またサラサが喜んで聞いてくれる――そんな風にして、ギルドが賑やかだった頃はもちろん、閉鎖された後も冒険者仲間として変わらず、長く親友――または相棒――としての付き合いを、2人は重ね続けてきたのだ。
 今もサラサは、土産にとテーブルの上に置いた木彫りの小物を、興味深げにじっくりと見つめている。その様子は、年を重ねてはいても昔と印象は殆ど変わっていない、といっても過言ではない。
 そんなサラサを嬉しそうに見ている伝助も、見た目だけなら同年代に見えるはずだ。だが伝助は実のところ、すでに齢70を数える老人であり、年相応の要望や声色を、望むと望まざると備えている。
 彼がサラサと同年代に見えるのは、若作りなどではなく、偏に人遁の術と声色のおかげ。そうまでして見た目を偽っているのは、それはもちろん自身の老いた姿を愛する人に見られたくない、という気持ちも僅かに、だが確かに存在はしているけれども、一番の理由はサラサへの気遣いだった。
 エルフであるが故に老いの緩やかなサラサは、あれから40年を経た今もまだ中年の域に過ぎないし、恐らくはこれからも人間より遥かにゆっくりと年を取るはずだ。そんな彼女の傍に在り続けようと思うには、人間の時はあまりにも速すぎる。
 だからせめて見た目だけでも、サラサと共に歩んでいきたいと、思ったのが最初の気持ち。けれどもそれはやがて、時が行くにつれてかつての友や仲間も、少しずつ、少しずつ居なくなっていく度に、少しずつ変化して行った。
 その知らせに巡り会う度、尋ねていった先で居なくなったことを知る度に、いずれは自分も、と思ったのはきっと、伝助だけではない。むしろ、どうしたって置いていかれるサラサの方が、ある意味ではその知らせに敏感になっていたかもしれない。
 けれども、或いはだからこそ決して、その話題は2人の間で出る事はなかった。そうして、ただ務めて心穏やかに、いつか終わる、けれどもいつ終わるとも知れない日々を過ごしていた。





 だがついに、『その時』は2人の間に訪れた。それを、悟ったのは伝助自身だった。
 『その時』――寿命の差による、どうしようもない別れの時。毎年少しずつ動かなくなっていく身体に、うすうすとは感じていたものの、ついに限界が来たのだと虫の知らせよりも確かな勘で、解ってしまったのだ。
 『その時』が来たらどうするのかは、実のところ、もう昔から決めてあった。だから動揺は特に覚えず、むしろ諦念にも似た穏やかな気持ちで、伝助はサラサを港へと呼び出すことにして。
 その夜は、とても月が美しかった。今生の別れを告げると決めた日がこんな良い月夜とは、となぜだか奇妙な可笑しさを感じて、くすりと零した笑い声は海へと吹く風に浚われて、どこへともなく消えていく。
 ふと、耳を澄ませた。辺りに響く波の音もすでに冬のものになり始めていて、もうしばらくすれば雪の白も見え始めるだろう。思えば生涯の半分ほどをこの国で過ごしたのだと、感慨と一抹の寂寥を覚えていると、さほども待たずにサラサは姿を現した。
 軽く手を上げて合図をした、伝助を見たサラサが青い顔をしているのは、寒さのせいばかりではない。わざわざこんな所に、しかもこんな時間に呼び出すなんて一体どんな話だろうと、伝助に連絡をもらった時からずっと、考えていたのだ。
 何度考えたとしても、湧き上がって来るのは嫌な予感しかなくて。けれどもまさかそんなと、早過ぎると否定して。
 とにかく聞けば判る事だと、サラサは何とも言えない不思議な表情をしている伝助に、いささか性急に口を開いた。

「どうしたんだ? 話があると言っていたが――」
「――実は、江戸に帰ろうと思ってやす」

 そうして尋ねたサラサに、尋ねられた伝助はそう告げる。顔に浮かべた、不思議な表情は少しも揺らがない――諦念でもなく、微笑でもなく、他のどんな言葉でも表しきれないその表情。
 気付けば乾いていたような気がする唇を、少し湿してサラサは、言葉を続けようとした。

「それは」

 どういう意味かと、尋ねようとしたのは伝助の言葉が、ちょっと里帰りをしてこようと思う、と言うような気軽な響きではなかったからだ。何よりそうなのであれば、わざわざこんな所に呼び出さなくても、それこそ先日の酒場でとか、幾らでも機会はあっただろう。
 だから、ますます嫌な予感を覚えて、その言葉の意味を尋ねようとして。だが、口にしてしまえば何か、取り返しがつかないことになってしまうような気がして、容易に尋ねられずに口ごもる。
 そんなサラサに、同情にも似た眼差しを向けて伝助は、あらかじめ用意しておいた理由を口にしようとした。伝助の言葉に、サラサが疑問を覚えだろうことは最初から、予想済みだったのだから。
 どう言えば彼女を納得させられるかも、だからもちろん考えてある。けれどもそれを口にしようとした瞬間、サラサの真剣な面持ちが射抜くように視界に飛び込んできて。
 そんな彼女に耳障りの良い偽りを告げて、本当に良いのかと迷いが生じる。そうしたらもはや何も言えなくなってしまって、口ごもって思わず彼女から目を逸らす伝助に、とうとう『嫌な予感』から目を逸らせなくなったサラサも言葉を失った。
 いつかは、と思ってはいた。けれども願わくば永遠にその『いつか』が来なければ良いと、いつしか考えても居た。
 だが――ついにその時が、来たのだろう。時間の流れと言う、どうしようもない力によって自分達が離別する日が、ついに来てしまったのだろう。
 しばしの沈黙が、辺りを支配した。打ち寄せる波の音だけが、ただ静かに響いている。
 あぁ――思わずサラサの胸の内に、ずっと昔から判りきっていたはずの理不尽な感情が沸き起こった。本当に、人間の命は自分達エルフに比べて、なんて短すぎるのだろう。
 眩暈を堪えるように瞳を閉じて、そっと、小さく息を吐いた。そうして再び瞳を開くと、伝助を見てぽつり、どこか頼りない風情で呟く。

「お前の本当の姿を、見せてくれないか?」
「それは――」

 サラサの申し出に、伝助はようやく表情を変えた。どうしたら良いものか、と困っている顔――それなのになぜか、ほっとする。
 安堵したように頬を緩めたサラサは、だが次の瞬間キッ、と覚悟の面持ちになって、真っ直ぐに伝助を見据えた。そうして真剣な声色で、言葉を重ねる。

「見たいんだ。――今の姿は、本当のお前ではないのだろう?」

 人間はエルフより早く老い、早く居なくなってしまう生き物だ。伝助とはそれこそ、冒険者時代からの長い付き合いなのだから、いつまでも自分と同じ年頃の姿を保ち続けていられるはずがないのだと言う事くらい、周囲の者が老いていく様子を見なくとも解っていた。
 同じ人間だと言うのに、伝助だけが老いないわけはない。だからきっと、自分と居る時は術で姿を偽っているのだろうと、気付いてもいて――けれども本当の姿を見せないのはきっと、自分への気遣いなのだろうと解ってもいたから、あえて何も言わずに今日まで来て。
 だが――これが最後だと言うのなら、一体どうして、親友の真実を目に焼き付けずに別れられると言うのだろう。伝助が隠したいと言うのなら、最後まで隠され続けてやるのも優しさなのかもしれないが、自分達の関係はそんなものじゃないと思っているから。
 どうか、と。真剣な眼差しで訴えるサラサに、伝助は僅かの間、逡巡した。例え彼女が望んだとしても、自分の本来の姿を見せてしまう事は、サラサが傷ついてしまうのではないか、と心配する。
 だが、今日で永遠の別れとなる愛する人の、最期の望みだ。そう考えて覚悟を決め、伝助はついに人遁の術を解き、本来の姿を露にした。
 ――そこに現れたのは、齢70を超えた白髪の老人。足腰もすっかり弱っている様子で、背丈は年相応に低くなっていて――今の伝助を見たならば、誰もが口を揃えて『無理しないで座って休んで、おじいちゃん』と声をかけるに違いない。
 そんな伝助の姿をついに目の当たりにして、サラサは驚きに息を呑んだ。

(いつの間に‥‥)

 覚悟をしていたつもりだったけれども、すっかり老人となっていた親友に、とっさに言葉が見つからない。幾ら人遁の術を用い、声色を変えて装ったとしても、仕草や言葉は全て伝助自身のものだと言うのに、良くぞ今まで自分と同年代を装い、振る舞い続けられたものだ。
 その事実に、ただ感心するしかない。そうして、そこまでして自分の前では若々しく装い続けてくれた、伝助の気持ちにただ、打たれる事しか出来なくて。
 どうしようもなく、胸が痛んだ。そんな彼女の心を想って、伝助は老人の姿のまま、いつもと同じように――否、いつも以上に明るく振る舞おうとした。何でもない風に、何とも思っていない風に装って、気軽な調子で言葉を紡ぐ。

「あっしはもう、この冬は越えられないと思いやす」
「‥‥‥ッ」
「だから、最期の時は故郷で迎えたいと思いやして。――それに、キエフの冬の厳しさは老体には堪えやすから、今夜、これを使ってジャパンへ発つつもりでやす」

 また大きく息を呑んだ、サラサに気付かない振りをして伝助は、懐から取り出した転移護符【江戸】を見せながらそう言った。それはずっと大切に取ってあったもので、ひどく古ぼけている。
 一度使えばそれきりだから、この日のためにとこの40年以上、常に持ち歩いていたそれ。或いはそれは、この時が来たら迷いなくここから離れられるように、という己への戒めだったのだろうか。
 最期の時は畳の上で、と言うわけでもないだろうけれども、死ぬ時は故郷で――というサラサにも言った郷愁はもちろん、人並みにある。けれども、いつかの時は転移護符で帰ろうと思い定めた、一番大きな理由はサラサに、自分が死に逝く所を見せたくない、という思い故だった。
 親しい人間を見送るさだめの人に、これ以上余計な苦しみを負わせたくない。ましてそれが自分の事で、なんて想像するのも嫌になるではないか。
 だから――そんな伝助の決意を表情から感じ取って、サラサは「そうか」と小さく呟いたきり、それ以上の言葉をどうしても紡げなかった。そんな気遣いは無用だと、切り捨てるには伝助の決意と、そして何より思いやりが心に迫ってきて、唇を噛みしめるより他なくなってしまう。
 だから引き留めることなど出来るはずもなく、と言ってこのまま伝助の望むように、『じゃあな』と別れることなど尚更出来るはずもない。ならばどうすれば良いのかと、サラサは伝助の持つ転移護符【江戸】を、その古さをじっと見つめた。
 一体彼はいつから、『その時』が来たらこうしよう、と思い定めていたのだろう。置いていかれる自分より、置いていく彼の方がこうして色々と気を配ってくれるのが、なんだか申し訳なくて、そして素直に嬉しいと思う。
 だから。そんな風に、自分のことよりもサラサのことを思ってくれる、この心優しき友にサラサは一体、何が出来るのだろう。何が、してやれるのだろう。
 しばし真剣に考えていたサラサは、ふいに思いついた閃きに、イリュージョンを唱えた。術者の脳裏に浮かべたイメージを、術をかけた相手に一定時間見せる事が出来る魔法――その魔法のために脳裏でイメージし、伝助に見せようとした幻は、以前ジャパンで見たことのある、見渡す限り満開の桜。
 その中で自分達は、共に桜を見上げて笑い合っている。もちろん今の自分達ではなく、冒険者として共に戦い、共に生きた頃の姿で――
 そんな風に、サラサがイメージして魔法によって送り込んだ幻影は、正しく伝助の脳裏で再現された。たちまち冬のキエフの港が消えて、魔法で視界に映し出された幻影の桜は、だが伝助が見たことのあるどの桜よりも美しく感じられる。
 若々しかったかつての自分と、やはりこう見ても今とさほど変わった様子のない、愛するサラサの姿。あの頃、確かに自分達はこうして同じ20代くらいの外見で、時に迷い、悩み、苦しみながらも必死に、そして楽しく駆けていた。
 瞬時にその頃の思い出が蘇り、胸の中を暖かな思いが一杯に満たす。そうして伝助はしばしの間、感動に言葉を失ったままその幻に浸り、目裏に焼き付けるように瞼を閉じた。
 ともすれば、あの頃交わした会話までも聞こえてくるような気がして、じっと耳を澄ませて居る伝助を、サラサはじっと無言で見守る。果たして自分のしたことが、本当に伝助のためになるのだろうかと、術を唱えてしまってから不安になったのだ。
 だが、やがて効果時間が切れて、現実へと戻ってきた伝助の表情は、とても穏やかで幸せそうだった。気付けば頬を伝っていた涙を静かに拭い、サラサの方へと眼差しを向けて、愛おしそうな微笑みを浮かべる。

「――貴方に出会えて良かった」
「伝助‥‥」
「貴方を、愛せて良かった」

 そうして伝助は嬉しそうに、噛みしめるようにそう言った。それは、心の底からの彼の本心だ。
 自分の人生の中で、こんなに優しく素晴らしい人に出会えて、そうして1人の女性として愛せたこと。最期の時を迎えようとするこの日まで、ずっと愛し続けられたこと。
 それは自分にとって何より誇るべき財産だと、心からそう思えた。もはや老い先短い命だけれども、江戸に帰ったとしてもきっと彼女のお陰で、残る時間を最期まで幸せに過ごせるはずだ。
 それが、嬉しかった。だから満足げにまた笑って、伝助はサラサに別れの言葉を告げる。

「それじゃあ、そろそろ行きやす。――どうか、あっしの事はこのまま忘れてください」

 そうしてサラサの言葉を待たずに、伝助は彼女に背を向けた。そのまま護符に篭められた力を発動させると、決して後ろを振り向かないように、と自分自身に言い聞かせる。
 振り向けばきっと、彼女と離れたくない、最期まで一緒に居たい、という未練が出る。そうすればせっかく彼女のためにと思った事が、すべて無駄になってしまうだろうし、何よりサラサを困らせてしまうだろう――それは、伝助の本意ではない。
 だからただ、前だけを見つめてキエフから旅立つ伝助を、サラサは身動ぎもせず見送った。そうして伝助の姿が消え、護符の余韻をも掻き消えるまで立ち尽くしていた彼女は、ようやく小さく唇を動かす。

「――忘れない」

 もはや誰も居ないキエフの港へと向かい、強い決意を秘めた口調で呟いた、それは伝助への宣言。今やはるか遠くへと行ってしまった、もう二度と再会出来ない友の最後の願いへの、サラサの揺るぎない答え。

「お前の事を、何一つ忘れてなどやるものか」

 この長い、長い生が終わるその日まで、お前と積み重ねた日々の記憶とともに過ごしてやろう、と思う。これほどにサラサを動揺させておいて、挙句に自分のことは忘れてくれなんて、どれだけ都合が良いんだと、ゆっくりとした怒りが湧き上がってきた。
 それが、永遠に友を失ってしまった寂寥の、裏返しなのだとは解っている。これまでも何人もを見送ってきたし、これからも何人をも見送っていくだろうけれども、伝助だけは別なのだ。
 彼の事は憎からず思っていたが、そういう巡り合わせだったのだろうか、ついに恋愛関係には至らないまま、今日まで共に過ごしてきた。それでも、伝助がサラサにとっても紛れようもなく、他の人間よりも特別だったことは変わらない。
 だから、やがて自分にも訪れる最期の時までこの胸に、伝助との思い出をずっと抱え続けて、思い返し続けてやろうと、もはや誰も居なくなった空間に呟いた。そうして、やがて降り出した真白の雪が辺りをうっすらと染め始めるまで、サラサはそのまま立ち尽くしていたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…‥・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名     / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ea3026  / サラサ・フローライト / 女  / 26  / ウィザード
 ea4744  /   以心 伝助    / 男  / 32  /  忍者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

大切なお子様方の、はるか未来での結末の物語、如何でしたでしょうか。
AFOは今でも、蓮華にとっても特別なWTですので、こうして折に触れてあの世界を描かせて頂けるのは、とても嬉しかったりします。
キエフの酒場は何だか美味しそうなものがたくさんですが、どなた様にも思い出深いのはやはり、無料のドリンクなのかなぁ、と思ったり。
雰囲気や口調など、精一杯務めさせて頂きましたが、何か少しでも違和感のあるところがございましたら、いつでもお気軽にリテイク下さいませ。
鉄は熱いうちに打てと申しますので、はい(何を言ってる

お子様方のイメージ通りの、どうしようもない最期の時に際しての切ないノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
Asura Fantasy Online
2013年11月25日

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