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『揺れる想いに乱れる夜を。 』
一之瀬 白露丸(ib9477)&一之瀬 戦(ib8291)

 それは取り立てて何と言うことのない、とある昼下がりだった。見上げた空には雲もなく、実に過ごしやすい日和である。
 こんな日は、何と言う事がなくとも気分が良い事が多いのだけれども、それは天野 白露丸(ib9477)にとっても同じ事だった。だからどこか機嫌良く、今日の夕餉は何にしようか、などと考えながら、ギルドからの家路を辿る。

(‥‥‥?)

 その最中、ふと誰かに呼ばれたような気がして、白露丸はふいとそちらへ眼差しを向けた。そうして、見やった先の路地に恋人の一之瀬 戦(ib8291)が居るのを見つけて、やっぱり今日は何だか良い日だ、と嬉しくなって。
 こんな所で会えるなんて奇遇だな、と声をかけるべく戦の方へ行きかけた白露丸は、だがすぐにぴたりと足を止め、そのまま動きをも止めた。――何となれば、戦は1人ではなかったのだ。
 とはいえ、彼が一緒に居るのが白露丸も見知った相手や、見知らずとも男であったならきっと良かった。いくら恋人とは言え、白露丸は彼のすべてを知っているわけではないのだし、2人に改めて声をかけに行くだとか、知人だろうかと考えながら立ち去るだとかしたはずだ。
 けれども。眼差しの先に居る戦の、隣に居るのはどう見ても、白露丸の知らない女だったから。

(一体‥‥)

 あの女は誰なのだろうと、何故だか気になってしまって白露丸は、そのまま出ていく事も、立ち去る事も出来ないまま、じっと2人の様子を観察した。もしかしたらただの通りすがりで、例えば道を聞かれただけなのかもしれない、と思いながら。
 だがその希望にも似た予想は、あっという間に消え去った。2人はいつまで経っても動く気配が見えないまま、白露丸がそうして観察を始めてからもずっと、何やら立ち話に興じているらしかったからだ。
 とはいえ、一体何を話しているのだろうと必死に耳を澄ませても、白露丸の所まで声は届いて来ない。けれども、戦と話している女が明らかに、ただの知人とは違う好意を彼に抱いているに違いない事は、その表情やふとした仕草ですぐに判ってしまう。
 一体あの女は誰なのだろうと、白露丸は再び、今度は例えようもなくもやもやとした気持ちの中で考えた。一体どこの誰で、そうして戦とどういう関係なのだろう。
 そして何より――戦へと視線を転じて、白露丸はぎゅっと胸元の辺りを掴み、大きく眼差しを揺らした。何より、一体どうして戦はあの女を拒む様子もなく、むしろ親しげに話しているというのだろう――?
 そう考えた途端、頭が真っ白になってしまって、くらりと視界が揺らぐのを感じた。周りの景色など全く目に入ってこないまま、ただ戦と女が話している様を、食い入るように見つめ続ける。
 ――だがふいに、好奇心をありありと浮かべて2人の様子を見ている町人の姿に気がついて、白露丸ははっと我に返った。

(‥‥‥ッ、私は何を‥‥‥)

 戦に隠れて、こんな風に。そもそも、何でこんなにも気になってしまったのか。あの女の正体なんて、どうだって良いはずじゃないか。
 そう、自分に言い聞かせても何故だか、もやもやとした気持ちは膨らむ一方だった。ぎゅぅッ、とした胸の痛みを覚えて、思わず逃げるように白露丸は踵を返し、そのままその場を足早に去る。
 ――夕餉の事など、すっかり頭の中から消えていた。





 その夜、二人で暮らす長屋の一室には、何とも言えない微妙な、そして重苦しい雰囲気が漂っていた。一見すればいつもと変わらぬ夜に見えるだろうけれども、そうではないのは本人達が良く解っている――否、もしかしたらそう感じているのは、白露丸だけなのかもしれないけれども。
 戦は何しろ、何一つ気付いても居ない様子で、常と変わらず接してくる。そんな戦とは対称的に、白露丸はどうしてもふとした瞬間に昼間の件が頭を過ってしまって、どうにも気まずくて仕方がない。
 それを悟られないように、必死にいつも通りに振舞っているのだけれども、やはりぎこちなさがあるのは自分でも解っていて。一体、自分の『いつも通り』とはどんな風だっただろうかと考えているうちに、つい思考はまた昼間の出来事へと流れていく。

(あの女は、一体――?)

 叶うならはっきりと戦にそう聞きたいけれども、どうしても聞けない。良く考えてみれば気軽に聞けばいいだけなのだろうけれども、胸の中に昼間からずっとあるもやもやが、白露丸の言葉を押し留めてしまう。
 それおどころか、戦の顔を見るたびにあの光景が蘇り、胸がもやもやとしたもので締め付けられるようで、苦しくなってしまって。だからもうしばらくの間、帰宅した戦と目を合わす事も出来ずに居る。
 そんな自分に気を使ってくれているのだろう、何くれと話しかけてくれる戦への返答すら、いけないと思いながらもつい最低限の、素気ないものになってしまってもはや、ため息しか出て来なかった。自分自身への、それから何も気付いていない様子の戦への。
 ほぅ、とまた、悟られないように息を吐く。一体全体、自分はどうしてしまったと言うのだろう。
 彼の恋人は自分なのだから、と気にしないように努めても、相変わらず靄が心にかかってすっきりしない。だから、戦はいつも通りなのだし、あの女はきっと大した知り合いじゃないに違いない、と何度も自分に言い聞かせて。
 だが、あまりにいつも通り過ぎる態度が逆に、白露丸の不安を誘う。もしかしたら、本当は彼の心はもうとっくにあの女の元にあるから、いつもと変わらないように見えるのでは――? などと、普段の自分なら馬鹿馬鹿しいと思うようなことまで、今宵ばかりは頭に浮かんでしまう始末だ。
 胸の中にもやもやと渦巻く、この感情はなんなのかと、じっと考えるけれども、頭の中にかかった靄が思考の邪魔をして、上手く考えが纏まらない。
 それでもきゅっと眉を寄せ、ともすれば鬱々としがちな思考に沈む白露丸の心の内を、戦はもちろん知るはずもなかった。そもそも、白露丸がそんな場面を見ていたことも知らないし、例え知っていたとしても、何故彼女がこんな風に思い悩んでいるのか、やはり気付かなかった事だろう。
 何となれば、あの女は戦にとって昔、雨風を凌ぐ為に一時身を寄せていただけの関係だ。世話になりはしたけれども、戦にとってはただそれだけの相手であって、恋愛感情などあるわけが無い。
 だからまさか、自分が白露丸に二心を疑われているなどと、どうやったって気付けるはずもなかった。だが、彼女の様子がおかしい事だけはさすがに戦にも解るのだから、どうにも座りが悪くて仕方がない。
 故に最初こそ彼女に何かあったのかと案じていた戦だったが、白露丸はといえば唯々戦と目も合わせないまま、こちらから話しかけても上の空か、ぎくりと肩を強張らせてそっけない返事しかしないのだ。そうして1人で何かを抱えている様なのだから、次第に苛付きを覚えてきたのは、仕方のない事といえるだろう。
 元より、戦はあまり気の長い方ではない。むしろ、ここまで良く我慢した、と言うべきだ。

「今更、俺に隠し事か? ‥‥ざけんな」

 だから盛大に舌打ちし、そう唸るや否や白露丸の腕を掴んで、強引にこちらを振り向かせた。そうして無理やり顔を上げさせて、目線を合わせさせる。
 それに驚き、真っ直ぐに戦を見上げてしまった白露丸は、慌てて身じろぎして顔を必死に背けながら、何とか逃れようとした。だがもちろん、それを容易く許す戦ではない。
 逃げようとする彼女を力づくで引き止め、ますますぐいッ、と引き寄せた。そうして白露丸の頤を押さえて動きを封じ、苛立ちを宿した瞳で問い詰める。

「一体、何が気に入らねぇんだ」
「‥‥‥ッ」

 それに、素直に答えられるはずもなく、白露丸は唇を噛みしめて、何とか逃げようと身を捩りながら、首を振った。だがそれで、はいそうですかと引き下がる気になれるはずもなく、戦は重ねて「言えよ」と何度も、何度も問い詰める。
 そんな戦に、それでも白露丸は必死に、何度でも首を振り続けた。だがついに耐え切れなくなって、ばっと大きく顔を上げ。

「‥‥ッ! 戦殿が、あの人と‥‥!」
「あの人‥‥?」

 そうして吐き出してしまったのは、感情のままに紡ぎ出した、自分でも思いがけないほどきつい語調の、彼を責めるような言葉だった。それを聞いた戦は、いったい何の事を言われているのかまったく判らず、本気で目を丸くする。
 驚きのあまり、手から力が抜けたのを幸いに、白露丸は慌てて戦の腕から逃れ、自分自身の口を押さえた。己の口から飛び出した言葉に、驚いたのは彼女も同じだ。
 だが――同時に、気付かされてしまった。この胸の中にもやもやと巣食う、息苦しいような感情が、戦と親しげだった女への嫉妬だったのだ、と言うことに。
 だからこそこんなにも苦しく――こんなにも、戦を責めるように――

(私は‥‥ッ)

 そう気付いてしまったら、知らず涙が溢れてきて、白露丸は堪えるように唇を噛み締める。だがその程度では零れ出した涙は止まる気配もなく、後から、後から零れ落ちていって。
 白露丸の言う『あの人』とは一体誰なのか、真剣に考えていた戦は目の前の、涙を流し始めた白露丸に再び、ぎょッと目を見開いた。内心で大いに焦りを感じながら、窺うように声をかける。

「鶺鴒‥‥?」
「すまないッ‥‥ごめんなさい‥‥ッ」

 そんな戸惑う戦に、けれども白露丸はぽろぽろポロと涙を流しながら、ひたすら何度も謝った。そうしながら胸に込み上げて来るのは、先ほどまでのもやもやした嫉妬とはまったく異なる、激しい自己嫌悪。
 自分はこんなにも妬心の激しい、醜い女だったのかと思い知らされたようで、涙が溢れてきて止まらない。あんなに醜い姿を見せ、あまつさえ戦を責めるような言葉まで口にしてしまったのではもう、完全に戦に嫌われてしまったに違いない――そう考えると尚更、悲しくなってしまう。
 けれど、そんな白露丸を見ていた戦の方はといえば、まったくそんな様子もなかった。むしろ、彼女の突然の涙に浮かべていた驚きと戸惑いの表情を、ゆっくりと安心したような嬉しそうな笑みへと変えていく。
 嫉妬かと、どこか嬉しそうに戦が尋ねれば、聞くなとばかりに白露丸はぷい、と顔を背けてしまうのが、可愛かった。なぜなら、その嫉妬する心も紛れもなく、彼女が抱く戦への想いの一部なのだから。
 いつも凛として落ち着いた様子の彼女だから、こうして激しい想いを見せてくれるのはとても、嬉しかった。まだ小さく肩を震わせて、時折流れた涙をそっと拭っている彼女は、いま全身で戦が愛しいと叫んでいるも同然だと、果たして気付いているだろうか。
 一体誰に嫉妬をしているのか知らないが――何しろ本当に何とも思っていない相手なので、いまだに白露丸が見たのが『誰』なのか実の所、まったく判っていない――そいつに今日ばかりは感謝してやっても良い、と思う。何しろ今宵の白露丸は、今までにないくらいに可愛いのだから。
 彼女が、心底愛おしかった。そう、素直に思えた。
 だからますます表情を緩ませて、愛おしさに任せて戦は、白露丸をぎゅっと強く抱き締める。

「俺にはお前だけだよ、鶺鴒」

 そうして想いの限りを込めて、耳元で囁いた戦の言葉に、囁かれた白露丸ははッと目を見開いた。涙に塗れたまつげを震わせながら、そっと彼の顔を見上げるとそこには、いつもよりもずっと優しい面持ちがある。
 そんな戦に、白露丸は戸惑わずには居られなかった。どうして戦は白露丸を、こんなにも優しく、甘く見つめてくるのだろう。
 しばし、戦の眼差しを真っ直ぐに見上げながら、考えを巡らせる。そうして小さな声で、恐る恐る尋ねた。

「‥‥嫌わないでいてくれるか? こんな私でも」
「‥‥そんなお前ぇだから、愛してんだ」

 なんとも頼りなく、なんとも可愛らしい白露丸の言葉に小さく苦笑を零して、戦は彼女を抱く腕にぎゅっと力を篭める。一体この可愛らしい恋人は、どれだけ戦を魅せれば気が済むと言うのだろう。
 こんなに愛しい人を嫌いになど、なるはずがない。――なれるはずが、ない。
 そんな想いを篭めて、力強い腕で白露丸を抱き締める。その、包まれる温もりに愛しさを感じ、そっと戦の背に腕を回して寄り添った白露丸は、全身で温もりを感じられるようにそっと目を閉じた。
 彼女の眦からまた、涙が零れる。それを戦は無骨な指で優しく拭い、その涙が止まるまで何度も、優しく口付けを落とす。

 眦に、額に、頬に。そうして唇に。

 そんな戦の優しさと温かさを全身で感じ、落ちてくる口付けを残らず受け止めて、ようやく白露丸は心の底から、自分は彼に愛されているのだ、と実感した。戦の背に回した腕に、ぎゅっ、と小さく力を篭める。
 そうして戦の温もりに包まれながら、白露丸は彼への想いを更に強くしたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名  / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ib8291  / 一之瀬 戦  / 男  / 25  / サムライ
 ib9477  / 天野 白露丸 / 女  / 22  / 弓術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お2人の間に起こった、ささやかで大きな事件(?)の物語、如何でしたでしょうか。
毎回、湧いたイメージに従ってノベルのタイトルをつけさせて頂くのですが、つけてみたら予想外に妖しげな感じになっていて、何故だろうと真剣に悩んだのは全力で秘密です(←
砂糖菓子のはちみつ漬けシュガーコーティング・メイプルシロップがけぐらいの甘さを目指してみたのですが、い、いかがでしたでしょうか‥‥?(どきどき
お子様方のイメージや言葉遣いなど、何か違和感のあるところがございましたら、いつでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お2人のイメージ通りの、嵐を経て新たに進むノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年11月27日

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