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『クッキー・プリンス&プリンセス 〜黒のプリンスへ 』
花見月 レギja9841


●天の導き?

 多くの人が行き交う街中を、花見月 レギはやや深刻な表情で歩く。
 ピンと伸びた背筋、乱れることのない訓練された歩調は相変わらずだが、少々考え事の方に意識が集中しすぎていたようである。
 あろうことか、真正面から激突する物体を避け損ねたのだ。
 胸の辺りに軽く柔らかな衝撃を覚え、慌てて顔を下に向ける。
「……! すまない。考え事をしていた。怪我はない、か?」
 目に入ったのは、ぶつかったままの状態で胸元に張り付いている淡いグリーンの髪の頭部。続いて、恐る恐るこちらを見上げる菫色の瞳。
 その印象的な色を見紛うことはないだろう。ノル・オルタンシアだった。
 ノルの陶器の様に白い頬に、さっと赤みがさす。
「な、ない……です! こちらこそ……ごめんなさい、です」
 そこでノルはようやく気付いた。自分がまだ、相手に張り付いたままであったことに。
「あ、きゃ、ご、ごめん……なさい!」
 間にお友達のぬいぐるみ、ディーが挟まっていなかったら、ノルは驚きの余りその場で失神していたかもしれない。
「あの……レギさん、が。珍しい、ですね」
 人形に顔を半ばうずめるようにして、ノルが小さな声で言った。
 まだドキドキが収まらない。顔が熱を帯びて火照っている。自分の頬が色付いたリンゴのようになっているのではないかと思うと、ノルは落ちつかなかった。
「うん、うっかりしていたと自分でも思う、よ」
 レギは少しはにかむように微笑む。
「丁度と言ってはなんだけど、ノル君、ちょっと俺を助けてもらえないだろうか」
「え……?」
 菫色の二つの宝石が、レギを映して大きく見開かれた。
「実は、ね」
 レギは下げていた袋を示す。中には小麦粉やバター、砂糖などなど。
「ハロウィンに、お菓子を配りたくて。ノル君は前に、料理が好きだと言っていたから。是非とも支援をお願いできないだろうか?」
 ノルは瞬きもせず、ただ反射的に何度も頷いていた。


●プリンスのお支度

 約束の日。レギはまだ早い時間から、部屋を片付けていた。
 だが1LDKの自室は、少し掃除すれば準備は整う。
 元軍人らしく、物の少ない簡素な部屋だ。多少手垢じみたものといえば、これはかなりの量になる書物位だろう。
 そこにみずみずしい緑の葉を広げた観葉植物が和やかさを添える。
 四角いガラスのシンプルな容器に収まった水耕栽培のミリオンバンブーやテーブルヤシ、モンステラ、ヘデラなどが、そこここに置かれていた。
 外出の多いこともあって、水を管理しておけば1週間やそこらは耐えてくれるグリーンは貴重だ。
「でも良く考えてみれば、彼女にも予定があったかもしれない、な」
 小さな金属製の水差しを手に、レギは少し真顔になる。

 イベント事は、普段世話になっている人にちょっとしたお礼の気持ちを贈る絶好の機会だ。
 ハロウィンは特に、お菓子という相手にも負担にならないものを配ることができる。
 だから、どうせなら既製品ではなく、手作りしようと思ったのだ。
 勿論自分の手に負える範囲でなくてはどうしようもない。そこでクッキーでも焼こうと材料を買い込んだ所で、ふと菫色の瞳が思い浮かんだ。
 幾度か顔を合わせて話をしたことがある女の子だったが、いつもお人形を抱いて、あまり他人と目を合わせようとしない。だから不意に顔を上げたとき目にした、瞳の美しさが深く印象に残ったのだ。
 確か話題は、料理について。いつもどこか頼りなげな印象のノルが、そのときだけははっきりと料理が好きだと言っていた。
 そんなことを考えながら歩いていたら、当人にぶつかった訳だ。これは何かの導きだろう。
「それにしても……」
 まさか易々と女の子の家に上がる訳にもいかないと思い、自分の住処に来て貰うことにしたのだが。
「我ながら、それもどうかと思わなくもないけど。今更、だな」
 レギは小さく苦笑いを浮かべる。
 そろそろ約束の時間だった。


●甘い香りに包まれて

 約束の時間きっかりに、レギの部屋の呼び鈴が来客を告げる。
「いらっしゃい。今日は宜しく、ね」
 レギが恭しくドアを開き、ノルを招き入れる。
 私服姿のノルは、学園で見るときより可愛らしく見えた。
「お、お邪魔……します」
 俯きながら、少しぎこちない動作でノルはレギの前を通り過ぎた。
 本当は、随分早い時間に到着していたのだ。我ながらちょっと気恥ずかしく、暫く家の前で待っていたことは、レギには内緒にしておくことにした。
 ノルは初めて見るレギの部屋に、少なからず好奇心を動かされる。
 綺麗に片付いた部屋の堅苦しさを、沢山の観葉植物の葉が緩和していた。

「じゃあ早速。クッキーにしようと思っているん、だ」
 レギがギャルソンエプロンを小気味よい動作で纏う。アルバイト先で貰ったものだ。
(エプロン姿のレギさん、かっこいい、です……)
 ほんの僅かの間、ノルは見とれてしまう。
 だがすぐにはっと気づいて、持参した手縫いの白いエプロンを身につけた。
 白いワンピースに、白いフリルのエプロン姿のノルは、お菓子の国のお姫様のようだ。
 お姫様は、材料達を従えて、意のままに操ることができるのだ。
 バターと砂糖を手早く混ぜ合わせる動作に、レギは感心するしかない。
「凄いな。手際がいい、ね」
「ありがとう、ございます……お菓子作りは好き、です」
 またもや頬が熱くなるのを感じながら、それでもノルは手を休めず動かし続ける。
 レギも見ているだけではと、粉を振るったり、型を用意したりと、ノルに手順を確認しながら作業を進める。
 小型のオーブンが余熱の準備が整ったことを知らせた。
「余熱が……」
 ノルがクッキー生地を並べた鉄板を、急いで運ぶ。
「あ、熱いから気をつけて」
「はい、……きゃあ!」
 声をかけたレギの目の前で、ノルが小さな悲鳴を上げる。
「大丈夫!?」
 ノルの身長では、内部が良く見えなかった。
 使い慣れないオーブンを慌てて開いた為に、ほんの少しだが、指が熱せられた部分に触れてしまったのだ。
 慌てて駆け寄ったレギが、小柄なノルをほとんど抱え上げるようにしてシンク前へ運んだ。
 レギが背後から抱き締めるようにノルの腕を捕まえ、水流に指を浸す。
「ああ、どうしよう、火傷なんかさせてしまったら!」
「あの……本当に、大丈夫です、から……!!」
 ノルは指の熱さよりも、体中の熱で目が回るような思いだった。
「オーブンは俺が担当するね。温度と時間だけ、教えてもらえるかな」
 レギはまだ申し訳なさそうに長身を縮こまらせていた。
 その様子に、密かにノルは笑ってしまいそうになる。
 大人の男の人が、こんなに大騒ぎするなんて。
「はい、じゃあ、温度は……」
 ノルは浮かんでくる笑いを噛み殺しながら、何食わぬ顔で作業を続けるのだった。

 ひと騒動の後は、順調にクッキーが仕上がって行く。
 南瓜を混ぜたオレンジ色に、チョコレートがけの黒と白。
 色とりどり、形もコウモリにジャック・オ・ランタン、お化けと、ハロウィンらしく賑やかに。
 透明な袋に詰め込んで、金のカールリボンで飾りつければ。
「可愛くラッピングできました、です」
 ノルが控え目に微笑むと、レギが頷く。
「うん、とても素敵だね。お陰で助かった、よ」
 レギは時計に目をやった。思ったよりも随分早く仕上がった。
 ちょうど昼時である。


●淑女の微笑み

 いつもより落とした速度でレギが歩く。ノルが無理なくついて来られるようにだ。
「あの、やっぱり……お礼なんて、とんでもない、です」
 首をふるふると振りながら、ノルが小さな声で呟く。
 手伝って貰ったお礼がしたいと、レギが昼食に誘ったのだ。
「とてもいい店を見つけたんだ。迷惑の追加で申し訳ないけど、付き合ってもらえたら嬉しいなと思って、ね」
 必要以上にノルが気を使わないよう、レギは言葉を選ぶ。
 勿論、ノルだって昼食の誘いはとても嬉しい。
 でもクッキーを作っている間だって、とても楽しかったのだ。
 ちょっと遠い存在に思えていたレギの部屋で、短い時間とはいえ一緒に過ごして。色んな表情を見て。
 なのにこの上まだいいことが続いたら、今度は何か怖いことが起こりそうな気さえする。
 寂しい世界で生きてきた少女は、どこか幸せに対して遠慮してしまうのだ。
 そこで手元にお友達がいないことを突然思い出し、にわかに不安になる。
 今、ディーをぎゅっと抱きしめられたらいいのに……!

 ちょっと泣きそうな気分で歩いて行くうちに、目的のお店についてしまった。
「さ、どうぞ。お姫様」
 かつて上流階級の人達の警護もしていたレギは、完璧な所作でノルの手を取る。
 淑女として扱われれば、ノルも背筋を伸ばさずにはいられない。
 差し伸べた手を導きつつレギが微笑む。
 その顔を見上げ、ノルはやっぱりこの人は絵本の王子様なのかもしれないと思った。

「今日は、本当に有難う。一人でいるより、ずっと楽しかったよ」
 レギの言葉が温かく響く。
「……ありがとう、ございます、です……私も……とても楽しかった、です」
 いつもより、ほんの少しだけ背筋を伸ばして。
 ノルはまるで本物のプリンセスのように、優雅に微笑みを返した。
(ふふ、今度はもっとちゃんとしたお礼をしなくては、ね)
 陽の光の下、菫色の瞳は言葉にできない思いを籠めて、宝石のようにキラキラ輝く。
 この紫にはいったい何が似合うだろう?
 レギは楽しい想像に、暫しの間飽きることがなかった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja9638 / ノル・オルタンシア / 女 / 12 / クッキープリンセス】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 27 / クッキープリンス】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、ハロウィン共同ミッションのお届けです。
プレゼントのクッキーはなんとか無事に完成したようで。
受け取った人も出来栄えにきっとびっくりすることでしょう。
二章目の『お支度』の部分が、一緒にご依頼いただきましたものと対になっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
魔法のハッピーノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月27日

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