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『星屑落とし 』
辰川 幸輔ja0318)&朽木颯哉ja0046


 欲しいと思うものは、天より遠い。
 夜空に浮かぶ星々が、落ちて来るよりも叶う確率は低い。
 知っていた。
 わかっている。
 それでも、乞わずにいられない。
 あの星屑を撃ち落としたなら、何かが変わるだろうか。
 落ちた星が地表に穴をあけ、今この手の中にある平穏全てが崩れたとして、
 それでも―― やっぱり、自分は臨むのだろうか。
 手に入らない、あの輝きを。




「はァ? ざっけんな、それで世の中通ると思ってんのか、思ってんですか、あァ?」
 スマートな靴先が、地を蹴る――否、地に這いつくばった男を蹴りあげる。犬のような声を挙げて、男はその辺りを転げまわった。
「ッたく、お前らも何チンタラとろくさいことしてんだ、やることァひとつだろうが!!」
 朽木颯哉が振り返り、付き従う男たちを一喝する。
 一見して『それ』と判る強面の男たちは、颯哉の声にすくみ上った。
「久々に戻ってみればコノザマか、朽木家の名を穢すんじゃねェよ」
 朽木家現当主の颯哉は、撃退士として久遠ヶ原島で生活をしている。
 たった一人の愛息子を、喧嘩の果てに追いかけて――という流れで、だから、本家は留守を預けている形だ。
 自由度の高い大学部に所属しているから、モメごとがあればこうして駆けつけることはいつでもできる。
「俺は、お前らを信じて、留守を任せんだからよ。裏切ってくれるなよな?」
 口調は荒っぽいが、それ故に艶のある颯哉の顔で言われると反論できる者などいない。
 おもむろに煙草を取り出すと、誰と言うでなく火を点けられた。
「……ん」
 そこで、スマートフォンへメールの着信に気づく。
(……辰か)

『今夜、娘がお泊り会でいないので飲みませんか』

(何、考えてんだよ、あいつァ……)
 呑気な文面に、相手の顔が容易に思い浮かぶ。
 人の気も、知らないで。
 ――知るわけもない。知られるわけにも、いかない。

 辰川 幸輔。

 颯哉より年上だが、体格も随分と厳ついが、複雑な感情を寄せるようになって随分と経つ。
 対する幸輔といえば、恩人である颯哉へ全幅の信頼を預け、全く気付くそぶりもない。
 仕方がない。
 颯哉には息子が居て、
 幸輔には娘が居て、
 たちの悪いことにお互い、愛する妻を失っているという共通点がある。
 妻を思う気持ち。
 子を思う気持ち。
 それらに偽りはない。揺らぐことはない。
 しかし――
(それでもなァ、辰)
 紫煙をくゆらせ、颯哉は返信に迷う。
 はらり、後ろへ流す黒髪の片側が、颯哉の赤い瞳に掛かった。
(困らせてェわけじゃ、ねェんだ)
 了解の旨を送信し、そうしてようやく唇から煙草を離した。
 過去の経験から、幸輔が同性を相手にした悪ふざけ――本気であったらなおのこと――を嫌っていることは知っている。
 冗談交じりに伝えたとしても、不快にさせるしかないことは明白だ。
 内へ溜めこむしかできない感情は、他の何をもってしても発散することのできない感情は、こうした無意識の攻撃で容易く揺れる。
 この箍が、何を機に外れてしまうか――外れてしまったら。
 
 それでも、恋わずにはいられないのだから。
 人間とは、難儀なものだ。そう思う。




 馴染みのバー。
 といっても、幸輔がカウンターへ座るのは久しぶりだった。
 娘はまだまだ幼く、何かと手のかかるお年頃。甘えん坊で可愛いといったら仕方がない。
 娘へ依存してしまっているだろうかと自覚はあるが、それも止むを得ない過去がある。
 大切な、大切な、空に煌めく星のような宝物だ。
 ……その、娘がお泊まり会、なのである。
 ため息ついて、とマスターに笑われ、幸輔は憮然とした面持ちで「そんなことはない」とだけ。
 寂しいやら、退屈やら、時間を持て余すのは目に見えていて、目に見えていたから颯哉を誘った。
 彼ならば、二つ返事で誘いを受けてくれるだろう。
 楽しく酒を酌み交わせるだろう。
 そう、考えて。
(遅いな、颯哉さん)
 待ち合わせ時間を、20分ほど過ぎたところでようやく時間を確認した。
 こういったことで、約束を守るような人ではない、が――
『辰、すまない、俺だ』
「何かあったんですか、颯哉さん」
 首をひねったところで、コールが鳴った。
 ひどく焦った声が耳に直接響く。
『夕方には戻れる予定だったんだが、ちぃとゴタついてな……。悪ィ、もう少しばかり遅くなる』
 颯哉の『家』の事は、幸輔も知っている。幸輔自身も、かつては身を置いた世界だ。
 その上での『ゴタつき』。想像はできた。
「分かりました。んじゃ、先に飲んでますね」
 声は、努めて明るく。
 怪我は少な目に――の言葉は飲み込んで。そんな下手を打つ男ではない、知っている。
 通話が切れて、颯哉の声が途絶えて……少しだけ、幸輔の気持ちが下がる。
 事情は分かるし、責めるつもりもない。
 単純に、寂しいと、そう感じた。

 ――あら、辰川君?

 彼の背に声が掛けられたのは、そんな感情を自覚した時だった。




 荒っぽくドアベルが鳴る。
 静かなジャズの流れる店内へ、颯哉が肩で息をしながら入る――結局、一時間の大遅刻だ。
 それで怒る幸輔ではないと思うが、怒らないだけに申し訳ない。
「辰――」

「ったく、お前は昔ッからそうやってよぉ」

 いつも、二人で並ぶカウンター席。
 颯哉が座る、その逆の位置に、見知らぬ女が座っていた。
 幸輔へ笑いかけ、幸輔もまた笑っている。
 楽しそうに。
 幸せそうに?
 颯哉は知っている、あれは完全に心を許した相手に見せる笑顔だ。
 会話の合間に、少しだけ目を伏せる仕草。誤魔化すような、貼りついた笑顔。
(どうして)
 誰でも良いのか。
 男は駄目で、女だったら良いのか。
 俺はどうなる。
 ずっと、積み重ねてきた――堪え続けてきた気持ちは。

『分かりました。んじゃ、先に飲んでますね』

 電話越しの声を愛しいと感じた。
 颯哉の気持ちを知りもしないで飲みへ誘うのは、つまり幸輔が寂しさを抱えている時だ。
 本当は、寂しかったくせに。
 怒ったって、良かったのに。
(……辰)
 緊張があった。
 疲労もあった。
 弱くなっていた心の箍は、眼前に突き付けられた男女の姿によって、脆くも外されてしまった。

 大切にしたいと、この距離を、関係を――ずっと、そう、思っていたはずなのに。

「あ、颯哉さん。待って……」
「来い」
「え」
 大きなストライドで歩み寄り、乱暴に幸輔の腕を掴んで立たせる。
 無言で金をカウンターへ叩きつけ、颯哉はそのまま店を出た。

 残された女性は唖然とした後、楽しげに笑い、その背を見送った。
「久しぶりに同級生に会ったと思ったら」
 その声が、颯哉の耳に届くはずもなく。




「待って下さい、ちょ、颯哉さん! どうしたんですか!!」
 車に押し込まれ、乱暴な運転に舌を噛みそうになりながら幸輔は吼える。
 颯哉が怒っているらしいことは感じとれたが、理由がさっぱりわからない。
 混乱する幸輔へ、颯哉は何一つ答えない。獣のような赤い瞳は静かに怒りを孕んでいた。

(飲み直し、ってわけでもない、よな)
 颯哉の自宅へ到着するも、まだ幸輔の気持ちは落ち着かない。
 先ほどから、一言も話さないのだ。
「そっちじゃねェよ」
「え」
 リビングへ向かおうとした幸輔へ、颯哉が顎でその先を示す――寝室だ。
(寝るほど飲むってのも、まぁ)
 でかい自分を運ぶ面倒を考えるなら?
 とりあえず、颯哉の不機嫌の理由を知りたい。
 無防備に、その部屋のドアを開ける背中に、颯哉の心はチリチリと焦げ付いた。
 ――何も、知らないで。
「!? ってぇ!!!」
 予測していなかった強さの力で突き飛ばされ、幸輔は広いベッドへと転がった。
「何す――…… ん、っ!!」
 抗議の声を、乱暴に唇で塞がれる。
「こういう冗談は嫌だっつってんでしょう!」
 幸輔は叫び、反射的に颯哉の頬を殴り飛ばした。
「……冗談?」
 赤い瞳が。
 猛獣のようなそれが、幸輔を見下ろしていた。
「お前が『冗談』を嫌っていることは、知ってるさ、辰」
 口の中に溜まった血の塊を吐きだし。
 ゆっくりと、颯哉は自身のネクタイに指先を掛けた。
 空いた手で幸輔をベッドへ縫い付け、唇を耳元へ寄せる。
「冗談なんかじゃねェ」
 射すくめられるように、幸輔は動けなかった。
「無理やり、襲われるのは、嫌いなんだろ?」
 それは、幸輔が独り身だった頃の。
「だったら」
 ネクタイを床へ落した颯哉の指が、幸輔の唇に触れる。顎、喉――つ、と下がり、シャツを開く。
「無理やりじゃなくて」
 幸輔は凍り付いたまま、颯哉の声を聞いていた。
「本気だったら?」
 首筋に、そっと吸い付かれる。痕の残らない、優しい強さで。
「なに、いって……」
「今からじっくり教えてやるよ」
 他方の手が、服の上から幸輔の体の線をなぞった。
 びくり、脚が浮きかける。

「……お前のせいだよ、辰」



 欲しいと思うものは、天より遠い。
 撃ち落とす代償の大きさは、よく知っている。
 それでも―― それでも。
 ずっと守りつづけてきた距離に、関係に、ヒビが入ろうとも。
 音を立てて崩れてゆく理性を、颯哉は止めることが出来なかった。


 朝の訪れは、遠く、遠く。




【星屑落とし 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0318/ 辰川 幸輔 / 男 / 42歳 / 阿修羅】
【ja0046/ 朽木颯哉 / 男 / 32歳 /  阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
大切に積み上げてきたお二人の関係の転機、描かせていただきました。
お楽しみいただけましたら幸いです。
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年11月28日

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