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『月見る影に揺れる華。 』
一之瀬 戦(ib8291)&一之瀬 白露丸(ib9477)

 同棲している長屋の一室にて、一之瀬 戦(ib8291)は酒を飲んでいた。障子を開け放った縁側から見えているのは、美しく輝き地上を見下ろす月。
 それを見上げながらの1人酒を、楽しんでいたらちょうど、風呂から上がった天野 白露丸(ib9477)が入ってくる。それに、ひょいと猪口を掲げながら、戦は「鶺鴒」と声をかけた。

「ちょいと、一緒にやらねぇか? 良い月だぜ」
「え? ‥‥あぁ、そうだな。本当に、綺麗な月夜だ」

 戦の言葉に、ひょいと障子の向こうの夜空へと眼差しを向けた白露丸は、ほぅ、と感心とも感嘆ともつかない息を吐く。そんな彼女に目を細めてから、戦もまた月を見上げながら猪口の酒を飲み干した。
 ほんの少し、そのままで酒の味を楽しんでいたら、そうだな、とまた白露丸が呟いたのが耳に届く。そうして、風呂上り特有の香りが気配と共に部屋を出て行ったかと思うと、戻ってきた彼女は自分の分の、小さな猪口を持っていて。
 凛とした横顔に、軽く驚きの眼差しを向けた戦に、小さく彼女は笑った。

「せっかくの月夜だから、たまには頂こうか」
「――そうか」

 そんな白露丸に頷いて、戦は傍らの徳利を取り上げ、猪口に注いでやる。――普段は酒を飲まない白露丸だから、今宵の誘いとて涼やかに断られてしまうだろうと、半ば以上は期待していなかったのだ。
 だが、今宵は美しい月のお陰だろうか、注いだ酒に口をつけた白露丸は、美味しい、と目を細める。そうして徳利に手を伸ばし、戦の猪口にも同じように、酒をとくとくと注いでくれて。
 そんな白露丸と寄り添いながら、月を見上げて酒を飲む。そうしながら交わす会話は、とても和やかで。
 他愛のない軽口やこの頃の出来事、互いの知人の話など。穏やかに紡ぐ言葉はいつも以上に心に響くようで、時折笑みを零しながら言葉を重ね、杯を重ねていく。
 そうして過ごす時間は戦と白露丸の胸の中を、言葉にはとても表せない幸せが満たしていった。――幸福は酒を美味くすのだと、しみじみ戦はそう思う。
 果たして過去に、これほど美味い酒を飲んだ事があっただろうか。良い酒、上手い酒、そう呼ばれるものは巷に多々あるけれども、そういったものと今宵の酒の美味さとは、そもそも根本的に異なっている。
 愛する人が居て、彼女もまた自分を想ってくれている、この幸い。そんな愛おしい人と、こうして共に時を過ごす事が出来る幸い――
 そう思いながら白露丸へと視線を向ければ、こちらを見て微笑んでくる彼女にまた胸が満たされる。そんな風に重ねる美味しい酒と、ゆっくりと過ぎていく優しい時間、2人の間に降り積もっていく和やかで幸せな雰囲気に、ついつい杯が進んでしまい。
 思いのほか杯を重ねすぎていたと、空になった徳利に初めて気付いて白露丸を振り返れば、彼女はすっかり酔っていた。うつらうつらと微睡み始めていた白露丸に、暖かな笑みが零れる。
 どうやら、この和やかな雰囲気につられてしまったのは、白露丸も同じだったようだ。そんな風に、同じ気持ちを共有出来ていた事がまた、嬉しくて笑みが零れた。

「やれやれ、大丈夫か? もう、寝るか?」
「ん‥‥」

 だからとても満たされた気持ちで、白露丸を優しく気遣い声をかけた戦に、けれども彼女はとろんと酔った眼差しを向けてきた。そこに普段の凛々しさはどこにも無く、それどころか年相応以上に頼りない風情で、今なら簡単に己のものに出来てしまいそうな錯覚すら、覚えて――
 思わず動きを止めた戦に、気付いた様子もなく白露丸は甘えた表情を浮かべると、首を小さく振った。そうして幸せそうに微笑んで、温かさを求めるように戦に擦り寄ってくる。
 どくん、心臓の音が大きく、響く。小さく飲んだ息をそのまま飲み下し、白露丸に悟られないよう、彼女に返すべき当たり障りのない言葉を必死で探した。

「鶺鴒‥‥寒いなら、もう閉めて中に‥‥」
「――もっと」

 そうしてなんとか見つけ出した、戦の言葉を遮り、小さな酒盃を差し出し見上げてくる彼女は、とても可愛くて。こんな風に、不意に見せられる彼女の甘えた表情に、甘えた仕草に、結局いつもの様に動揺してしまう。
 何時まで経っても、何度目にしても、彼女の不意打ちに慣れると言う事がない。慣れる事が、あるのかも判らない。
 くらり、と眩暈にも似た心地がしたのは、酔いのせいだけではなかった。堪えるように強く瞑目し、忙しなく鼓動を打ち続ける心臓に、うるせぇ、と半ば八つ当たりで舌打ちする。
 胸に込み上げて来る、このまま彼女を己だけのものにしてしまいたい、という衝動。同時に湧き上がってくる、そんな事をして彼女に嫌われてしまったら、という怯え。
 そんなものが己の中にあるのは、何となく気に食わない。そんな感情に女子供のように振り回されるなど、まったく己らしくない――そう思いながら、彼女ならば幾ら振り回されても仕方ないと思ってしまうのがまた、気に食わず。
 幾つもの、取り止めもなく、我ながら矛盾だらけの思考と感情。それらを自分自身からも誤魔化す為に、半ば無理やり苦笑を浮かべ、戦は白露丸に声をかけた。

「‥‥お前さぁ、そういう事されっと止まんなくなんだけど」

 その言葉は、ちゃんと軽口の響きを帯びていたはずだ。声は、動揺に震えては居なかっただろうか。
 己自身の紡いだ言葉にそう考える戦の、苦笑の下での葛藤に、果たして白露丸は気付いていたのだろうか。例え気付いていなくとも、戦の気配に何かを察したらしい白露丸は、寂しそうにも、拗ねたようにも見える表情を浮かべた。
 小さく唇を尖らせて、瞳を揺らして僅かに眼差しを伏せる。

「‥‥もう少しだけ、こうしていたい」

 そうして白露丸は、ぎゅっ、と小さな子供のようにしがみつき、ますます擦り寄ってきた。そのまま、とろんとした瞳で戦の胸に頬を寄せ、呟くのは普段なら決して言わない我侭だ。
 それにまた、くらりとする。相手が酔っ払いでなければ、それ以上に白露丸でなければ、誘われていると思うところだ。
 否――白露丸であったとしても、彼女にその気がまったくないと、信じるのが難しいほど魅惑的な言葉と仕草。何より相手が他の誰でもなく白露丸だからこそ、その無自覚な誘いにいとも簡単に心が揺らぎ、同時に「駄目だ」と制止する声が頭に響く。
 さすがに、本当に理性が限界に近付いていた。それ以上は耐える自身がないと、余裕のない中でも優しく白露丸の肩を押して、何とか少しでも離れようとする。
 そんな戦に小さく唇を尖らせて、彼女は彼の袖をくい、と引き。

「‥‥戦殿、行かないで」
「鶺鴒‥‥」

 潤んだ瞳で真っ直ぐに見上げてきながら、全身で、全力で甘えてくる白露丸に、とうとう戦の理性が飛んだ。こんなに可愛い姿を見せられて、一体、どうして我慢していられると言うのだろう。
 ぎゅっと力強く、我ながら些か性急に、酒でしっとり熱を帯びた白露丸の身体を抱き寄せ、抱きすくめた。

「戦殿‥‥?」
「‥‥何処にも行かねぇよ。俺は、お前のモンだ」

 ほんの少し、驚きと期待を篭めた――いや、それは戦の希望が見せた錯覚だろうか――声色で、不思議そうに呼んだ彼女に、耳元で囁くのは隠しようもない、情欲の滲んだ言葉だ。腕の中のぬくもりだけですら、まるで誘われているようで、今にも蕩けてしまいそうな心地になる。
 それに、白露丸が嬉しそうに微笑む気配が、した。ぎゅっと、戦の胸に縋るように置いた手に、力が篭る。
 ――以前の戦なら、こんな彼女を目の前にしてもきっと、この期に及んでも己の欲望を、理性で押し留めていただろう。己の複雑な過去を乗り越え、ようやく彼女と結ばれてもずっと、愛しさ故の戸惑いと葛藤から、彼女を我が物とする事は無かった戦だ。
 いつでも、いつだって彼女が欲しくて、この腕の中に閉じ込めてしまいたい気持ち。その美しい瞳に自分だけを映して欲しくて、でもそんな事をすれば彼女に嫌われ、永遠に失ってしまうかも知れず――そんな風に、まるで不器用な少年のように惑う自分に、戸惑いすら覚えている。
 だからずっと、動けずに居た。動いてしまうことで、何かが決定的に変わってしまう事が怖かった――そのせいで、彼女を失いたくはなかった。
 だが、今の白露丸と戦は、共に同じ家で過ごし、全てを共有する仲だ。自分自身を縛っていた過去からも、もはや解き放たれているのだから、戦の理性を押し留める物など何もないのだ。
 我慢する必要など――恐れる必要など、もうどこにも、ない。
 すっかり戦を信頼しきったように、今の白露丸は戦の腕の中で、大人しく抱き締められている。そんな彼女に戦は、内心の荒れ狂うような激情とは対照的に、壊れ物のようにそっと口付けをした。
 唇から伝わる熱に、本格的に眩暈を感じる。このまま彼女という美酒に酔い、永遠に溺れてしまいたくなる。
 名残を惜しむように触れた唇を離すと、白露丸が遠ざかる戦の顔にそっと手を添え、再び引き寄せた。そうして風呂から上がってから、眼帯を外したままにしていた戦の右目の傷痕に、慈しむように唇を当てる。
 そんな白露丸の額の傷に、戦もまた慈しむように口付けた。そうしてもう一度口付けを交わし、吐息の中で甘く問いかける。

「―――‥‥」
「‥‥ふ」

 その言葉に、白露丸が漏らした吐息は艶やかで、ただひたすらに愛おしい。彼女が戦の腕の中に居る事、それ自体がまるで奇跡のような錯覚に陥りそうになる。
 睦言のように、幾度も幾度も問いかけた。そんな戦に、白露丸が幸せそうに微笑んで、目を細めて彼を見る。
 そうして彼女の唇が紡ぐのは、ことごとくが戦の理性を奪う物で。おまけに取って置きの、最大級の殺し文句まで零れ落ちてきた。

「戦殿、好き‥‥大好きだ。‥‥‥‥愛してる」
「――あぁ」

 その響きに、幸せを噛み締めるように頷いて、甘く、激しく口付けた。何度も何度も、彼女の吐息を全て貪ろうとするかのように。
 絡めた指にどちらからともなく力が入り、己と相手の境界があやふやになる。力強く握り返してくる白露丸に、さらに欲情が掻き立てられる一方で、頭のどこかでほっとし、嬉しくなった。
 彼女もまた、己を欲してくれているのだと。この想いは、決して戦の独りよがりではないのだと。
 ようやく手に入れた、白き華がただただ愛おしい。乱れる髪の一筋までも、すべてが自分のものなのだと、今なら素直に信じられる。
 安堵し、細く深い息を吐いた。戦殿? と甘く乱れた吐息の下で呼ぶ彼女に、「何でもねぇ」と首を振り、潰れるほどに強く抱き締める。
 その温もりに、白露丸は幸せな息を吐いた。繋いだ手に、全身に包まれる温もりに、何もかもに戦の愛を痛いほどに感じる。

「幸せだ‥‥」
「あぁ‥‥」

 うわ言のように呟いた言葉に、確かに頷きが返って来るのがまた、嬉しかった。知らず、頬を一筋の涙が伝い、頤から零れ落ちる。
 己の全てを、彼のものして欲しいと心から思った。彼が自分のものならば、自分のすべては紛れようもなく、ただ彼の為だけにある。
 そのままゆっくりと、愛しい人と身も心も一つとなる為に、2人は激しく口付け合い、求め合う。そうしてやがて重なり合う2つの影を、ただ美しい夜空に浮かぶ月だけが、静かに見つめていた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【整理番号 /   PC名  / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ib8291  / 一之瀬 戦  / 男  / 25  / サムライ
 ib9477  / 天野 白露丸 / 女  / 22  / 弓術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

美しい月夜の中での、ささやかで秘めやかな物語、如何でしたでしょうか。
前回が砂糖菓子のはちみつ漬けシュガーコーティングメイプルシロップがけでしたので、今回は更なる甘さの極みを目指すべく、水飴にメイプルシュガーを溶かして砂糖水で割ったドリンク一気飲みぐらいで頑張ってみました。
もはや自分でも何を言っているのか良く判りませんが、とまれこの上なく甘くなって居れば幸いです(ぁー
そして思春期なのか溺愛なのか良く判らない事になっていますが、だ、大丈夫でしょうか‥‥(あせあせ
お子様方のイメージや言葉遣いなど、少しでも違和感のあるところがございましたら、いつでもお気軽にリテイク下さいませ(土下座

お2人のイメージ通りの、月影の元で想いを深めるノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年12月02日

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