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『欠片なす冬の夜空に。 』
茜ヶ原 ほとり(ia9204)&ベルナデット東條(ib5223)

 ジルベリアの冬は、訪れが早い。そんな風に思うたびに、自分は天儀の人間なのだと、何だか思い知るような気がする。
 そんな風に考えて、茜ヶ原 ほとり(ia9204)は足を止め、すっかり冬の色に染まった空を見上げた。それに気付いたベルナデット東條(ib5223)が、何かあったのかと同じく足を止めて振り返ったのに、慌てて「何でもない」と笑って首を振り、先に行っていた彼女を追いかける。
 それを、ベルナデットは待っていた。そうして再び、並んで一緒に歩き出す。
 彼女達が今、一緒に旅をしているのは、ベルナデットが失った記憶の欠片を見つけるためだった。生まれ育った地に行けば何か思い出すかもしれないと、一緒に天儀を旅立って、こうしてジルベリアをあちらこちら、旅して回っているのだ。
 何しろ、こればかりは『ここに行けば良い』と言うものがあるわけではないから、ベルナデットが育ての親に教えられた僅かばかりの情報を元に、ひたすらジルベリアを歩き回るしかない。いつ終わるとも知れない旅だから、本来ならば路銀の都合もあるし、清貧に清貧を重ねて――となるはずなのだが、2人に限っては少しばかり、事情が異なった。
 というのも、ほとりもベルナデットも志体持ちの開拓者なのだから、路銀を稼ぐ手段は実の所、一般人よりも遥かにたくさんある。だから、旅に出てから使った路銀はほぼすべて、それまでに溜めていたと言うものではなく、請け負ったアヤカシ討伐で得た報酬だ。
 ジルベリアにもギルド支部はあるから、主にはそこで手頃な依頼を探す。他には道中の街でアヤカシに困っている人達に頼まれたりだとか、色々と稼ぐタネには困らない。
 アヤカシがこの世から居なくなる事がない以上、どこに行ってもアヤカシ退治がなくなると言う事はないし。そもそも、アヤカシ退治は基本的に志体持ちにしか出来ないから、その報酬もけっこう多い。
 だから一度報酬を得れば、路銀だけに使うには比較的、余裕があった。と言ってもちろん、贅沢三昧の旅をしている、と言うわけでもないけれども。
 元々が清貧生活を送っていたのもあって、宿は安全や衛生など最低限の条件さえ整っていれば安くて構わないし、むやみに高いものを買って喜ぶ趣味もない。ただ、行く先々で目に付いた、好物の甘味を心行くまで食べ尽くし、思う存分に猫を愛でて歩く程度の心の余裕は、常にある。
 そうして気が済めばまた次の街へ旅立ち、あちこち見て回っては記憶の欠片がないか、探して回る。その道すがらで美味しそうな甘味を食べ、それに惹かれてやってくる猫を愛でて――そうして路銀が心もとなくなればまた依頼を請け負って、アヤカシ討伐をして稼ぐ。
 2人の旅はもうしばらくの間、そんな感じで続いて居た。そうしてきっと当面、こうして続いて行くのだろう――そう思うと何となく、複雑な心境になるほとりとベルナデットだ。

 早く記憶の欠片が見つかりますように、と願う気持ちと、このまま見つからなければずっと一緒に旅を続けられるのに、と言う気持ち。
 いつか終わるのだろうかと言う気持ちと、ずっと続いて欲しいような気持ち。

 そんな風に相反する思いが2人の中には合って、それは何だか不思議で奇妙な心地がした。どちらも紛れもなく本心なのだと、解っているからこそ尚更に、おかしな事だと考えてしまう。
 ふいに吹き抜けた冷たい風に、ぶるッ、と大きく身を震わせた。本当にジルベリアの冬は早い、とまた思う。
 志体のお陰で常人よりはわずかばかり耐性があるのだろうか、ほとりとベルナデットの旅装は今のところ、それほど厚いわけではない。ほとりは大きく肩周りの空いたセーターの上から厚手の上着を羽織っているだけだし、ベルナデットはやはり白いブラウスの上に厚手の上着を羽織っているだけだ。
 足元の方はもう少し心もとなくて、2人とも動きやすい短めのスカートに、防寒と言うよりは足を防護するための厚めの長い靴下と、頑丈なブーツや靴を履いているだけ。今までは昼間はこれでも十分だったから、特に気にしては居なかった。
 だがもう少しすれば本格的な冬になるし、どこかでもう少し厚手の衣類を手に入れた方が良いかも知れない。よほど貴重な衣類でなければ、今着ている服を古着屋に売って、季節に合った衣服を安く買い求めた方が、荷物も少なくて済む。
 そんな事を話しながら、2人はのんびりと旅を続けていた。





 そんなある日の事だ。今日も今日とて街道を歩いていたほとりとベルナデットは、一軒の茶屋が脇に建っているのを見つけた。
 まだ次の街は影も形も見えないし、そろそろ休憩を取った方が良いかもしれない。2人はそう頷き合って、その茶屋の軒先を覗き込み、好みの菓子があるのを確認してから、看板娘に声をかける。
 温かいお茶と甘いお菓子を注文して、運ばれてくるのを待ちながら何気なく店内を見回してみると、どうやらここは小間物屋も兼ねているらしく、日用品やちょっとした野菜、保存の効く食料などが並べられていた。その中に、珍しいものを見つけてほとりとベルナデットは、あっ、と小さく声を上げる。
 そこに並んでいたのは、ジルベリアでは珍しい高級和栗。近くで誰かが育てているのか、或いは偶然天儀から持ち込まれた実が落ちて自然で育ったのか、いずれにせよ珍しい事には変わりない。

「これは買いよね」
「ええ」

 2人はそう頷き合って、喜んで早速、高級和栗を購入した。ずっしりとした重みと、見るからに美味しそうなつやつやとした皮に、天儀で食べた栗の味を思い出してごくりと唾を飲む。
 お義姉ちゃん、とベルナデットが提案した。

「せっかくだから今夜は、この栗を使ってデザートを作らない?」
「良いわね! 一緒に作って食べようか」

 可愛い義妹の提案に、ほとりは笑顔で大きく頷いた。そうして、どんなデザートが良いだろう、栗きんとんか、或いはジルベリアらしくマロングラッセか、と楽しげに相談する。
 すぐに運ばれてきたお茶とお菓子を頂いて、茶屋を出て再び次の街を目指して歩き始めてからも、その話題は尽きる事がなかった。出来ればどこかの宿に泊まって、厨房を借りて思う存分作りたいね、という願いが聞き届けられたのか、2人はほどなく次の街に到着する。
 もう夕暮も近い頃合だった。早くしなければ良い宿はすぐに埋まってしまうと、街の人間に話を聞いてまず立ち寄った酒場兼宿屋は、古いが掃除も行き届いているし、出てきた女将も愛想が良い。
 それに何より気に入ったのは、真っ白な猫がカウンターで愛嬌を振りまいて居た事だ。撫でれ、とばかりに頭を突き出してくるその猫の、頭をもふもふと撫でると、気持ち良さそうに擦り寄ってくる。
 ここが良いねと頷きあって空き部屋を尋ねると、運良く空室がった。幸運だった、とご機嫌で案内された部屋に入り、簡単に荷物を整理して運んでくれた湯で身体を拭って埃を落としてから、夕食を食べに食堂を兼ねた酒場へと向かう。
 酒場と言っても雑然とした雰囲気はどこにもなく、馴染みの客や泊り客があちらこちらで、思い思いに食事や酒を楽しんでいた。そうして先ほどの白猫が、歩く人をするりと避けながら、分け前を求めて酒場をさ迷っていて。
 いつもの光景なのだろう、客も特に気にした様子もなく、賑やかな雰囲気は少しも揺らぐ所がない。そんな中、空いている席に腰掛けたほとりとベルナデットのところにも、白猫はやってきて『んなぁ』と分け前を要求してくる。
 それにまた嬉しくなって、人懐こく膝に乗ってくる猫を撫でながら、素朴な食事を美味しく頂いた。それを見た女将さんが、そんなに懐くなんて珍しい、と目を丸くして白猫のご飯も一緒に持ってくる。
 2人と1匹で美味しく楽しく食事を終えてから、ベルナデットは給仕で忙しそうな女将に声をかけた。

「少しだけ厨房を使わせてもらえますか?」
「もちろん、構いませんよ」
「じゃあ、栗を取ってくるね。準備はお願い」
「うん。ありがとう、お義姉ちゃん」

 ほとりの申し出にありがたく頷いて、ベルナデットは厨房に居た宿の主人、つまり女将の旦那さんに小さく頭を下げ、お菓子作りの準備を始める。道具を揃えて並べたり、栗以外の材料を分けてもらえないか、主人に交渉したり。
 だが、肝心のほとりがなかなか戻ってこない。何かあったのかと、心配して様子を見に行ったベルナデットは、ほとりが部屋の中に、呆然と立ち尽くしているのを見た。
 こくり、首をかしげる。

「お義姉ちゃん‥‥?」
「あ、ベルちゃん‥‥」

 その声に、振り返ったほとりの顔には、困惑が浮かんでいた。そうして「栗がないの」と表情と同じ位困惑した声色で言ったのに、ベルナデットにも困惑の表情が浮かぶ。
 ますます首を傾げて、ベルナデットは思わず呟いていた。

「え‥‥どうして‥‥?」
「確かに、ここのローテーブルに置いたわよね?」
「うん‥‥」

 2人で顔を見合わせて、今は何も置いてないローテーブルの上へと視線を戻したが、ないものはない。まさか間違えてどこかに仕舞い込んでしまったのだろうかと、少ない荷物をそれでも手分けして、全部引っくり返して何度も探す。
 だがやはり、栗はどこにも見つからない。確かに買ったはずなのに、という衝撃に、ほとりとベルナデットは言葉を失った。

「そんな‥‥」

 呆然と立ち尽くしてローテーブルを見る、ベルナデットにほとりがようやく我に返り、『ちょっと行ってくる』と声をかけて部屋を出る。そうして向かうのは、女将の居る酒場だ。
 思ったより時間が経っていたようで、酒場で楽しんでいた客の姿も、もうそろそろまばらになり始めていた。その中で、片付けものをしていた女将の方がほとりに気付き、あら、と声をかけてくる。

「お客さん。厨房はもう良いんです?」
「それどころじゃないわよ、どうなってんの!」

 その呑気な声色に、今まで我慢していたものを吐き出すように、ほとりは大声で女将を怒鳴りつけた。その声に驚いた客が『何事だ!?』とこちらを振り返り、床で毛づくろいをしていた白猫が、びっくりして慌てて逃げていく。
 同じく驚き顔の女将と、大声に驚いて飛んできた主人に、噛みつかんばかりの口調でほとりは憤然と、栗がなくなった事を説明した。こんな安宿だ、さすがに万全の警備を施せとまでは言わないが、幾ら何でもひどいではないか。
 だが、それを聞いていた女将と主人は、さっと顔を青褪めさせて顔を見合わせた。しかも、聞き耳を立てていた酔客からも、驚きだけではないざわめきが聞こえてくるではないか。
 ――どうにも怪しい。

「何か心当たりがあるの」

 言い逃れは許さない、と言外にすごみながら重ねて尋ねたほとりに、女将と主人がもう一度顔を見合わせた。そうして観念したようにため息を吐き、『実は‥‥』と説明するのには、実はこうした事件はもうこの街で、ほとりとベルナデットで3件目なのだという。
 犯人は誰も見ていない間に忍び込み、食べ物ばかり盗っていく。その事はもちろん、街を巡回する警備兵にも伝えてあって、警備を強化してもらっているのだけれども、いまだに犯人は捕まらないどころか、一向に手がかりすら掴めずに居るという。
 そんな事情を説明する、女将の周りから酔客たちも、口々勝手に様々な憶測や、噂話を教えてくれた。曰く、恐ろしく足の速い犯人で、追いかけようとした瞬間には風のように消えている。曰く、実は泥棒は実体のないアヤカシで、食べ物を奪って人間が飢えるのを待っている――
 そんな眉唾物の噂からも判るように、この街ではすでに、その泥棒の事を知らないものは居ないらしかった。知らないのはほとり達のように、やって来たばかりの旅人だけらしい。
 話し終えた女将と主人が、気の毒そうにほとりを見た。

「もちろん、うちはまだ被害にあった事はなかったんですが‥‥」
「お気の毒ですが、もう戻ってこないでしょう」
「冗談じゃないわよ!」

 そうして揃って首を振る、主人と女将にほとりは思わず、叫び声をあげた。ジルベリアでは珍しい高級和栗なのだ、そう簡単に諦められるはずもないし、そもそもやられっぱなしで終わるなんて悔しいではないか。
 ようやくショックから立ち直り、やって来たベルナデットがその場の雰囲気に、きょと、と瞳を瞬かせた。そんな彼女にも事情を説明すると、そんな事が、と絶句する。
 とまれ、警備兵もアテにならないと言うのなら、自分達の手で犯人を捕まえ、高級和栗を取り戻すしかない。こんな時に力を振るわずして、いつ力を振るうと言うのだ、と頷き合う。
 殊にベルナデットの胸には、義姉との一時を何者かに邪魔されたという、激しい怒りが湧き起こっていた。

(大切なお義姉ちゃんとの、ジルベリアの旅だというのに――)

 なんて事をしてくれるのだろう、と顔も知らない泥棒への怒りがとまらない。絶対に捕まえる、と拳を強く握り締める。
 そんなベルナデットを見て、ほとりもうんうん頷いた。そうと決まれば時間は無駄に出来ないと、早速部屋に戻って準備をする。
 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言う。相手が志体持ちでないとも限らないのだから、装備は万全に整えておかねばならないだろう。
 2人はそう無言のうちに頷き合って、最善の武器と防具を装備した。そうして、いざ夜の街を泥棒退治へと飛び出して行ったのだった。





 夜の帳の下りた街は、ひどく静かで、寒々しく感じられた。
 すでに初冬のジルベリアの夜は、吐き出す息もすっかり白い。寒いのが苦手なほとりにとっては、なかなか辛い季節である。
 弓を打つ手がかじかんでは、咄嗟の時に弓を引けなくなってしまうから、防寒が絶対に欠かせない。指を動かしやすい手袋を両手にしっかりとはめ、指が固まってしまわないように時々、何度もわきわき動かしたり、こすり合わせて温めたりする。
 そうしながら辺りを警戒しつつ、まったく人影の見えない夜の街の中を行くほとりの隣を歩くベルナデットは、だが怒りのあまり寒さを忘れているようだった。きッ、と厳しい顔で前を見据えて歩くベルナデットの横顔に、ほとりは思わずくすりと笑う。
 彼女がいつも通り、ベルナデットの左側を歩いているのは、左目に光を持たない彼女の視界をフォローできるようにだった。もちろんあからさまにではなく、あくまでさりげなく。
 でなければ逆に、ベルナデットの弱点を敵に教えてしまう事になりかねず、守ろうとしている彼女を危険に晒す事になってしまう。そんなほとりの思いを解っている、ベルナデットも普段は己とほとりが動きやすい場所と速度を考え、気遣って歩いていた。
 だが、今夜のベルナデットの歩調はそれよりも、些か速かった。しかも警戒こそ忘れてはいないが、その動作のあちこちに、僅かに隙が見え隠れしている。
 いつもならばそれでも、ベルナデットの実力ならば刺して、問題にはならないだろう。だが今は泥棒を捜索中なのだから、このままでは不意を突かれてしまいかねない。
 それに気付いているものか、どんどん歩いていく義妹を案じ、ほとりは優しい声で注意を促した。――他人には淡泊でぶっきらぼうな口調のほとりだけれども、ベルナデットにだけはいつだって、優しい声で話しかけるのだ。

「風も出てきたから、ちゃんと上着を羽織らないと、冷えるわよ」
「お義姉ちゃん‥‥」

 どこで誰が聞いているとも限らないのだから、注意もあくまで当たり障りなく、2人の間だけで伝わる言葉を選んだほとりに、ベルナデットははッと目を見開いた。そうして、すっかり頭に血が上がっていた己に気付き、顔を赤くして恥じ入る。
 宿を出た時にはきちんと上着を着ていたのだけれども、恐らく怒りのせいもあったのだろう、歩き出したら暑さを感じてきて、すぐに脱いでしまったのだ。それきり、自分が薄着のままだと言うことも忘れてしまうなんて、本当に冷静さを欠いている。
 冷静にならなければ、討てる敵も討てなくなってしまう事が多いのは、戦いに身を置く者なら多くが知っていることだろう。軽く興奮を冷ますように頭を振って、ベルナデットは大人しく上着に袖を通した。
 上着に包まれた身体が感じる確かな温もりに、知らず身体が冷えてしまっていた事を知る。もう一度反省して、注意を促してくれたほとりにベルナデットが感謝した、その瞬間だ。

「‥‥!」
「今‥‥」

 視界の隅に、人目を逃れるようにこそこそと、素早く駆け抜けていく人影が映った気がして、ベルナデットは光の残っている右側へと視線を向けた。同時にほとりもそちらを見て、険しい眼差しで闇を見据える。
 そうしてちらりと顔を見合わせて、ベルナデットとほとりはその人影を追いかけ、走り出した。それぞれの武器を握る手に、力を込める。
 その人影は距離も遠く、暗がりを選ぶように走っているせいもあって、姿は良く見えなかった。だが手には栗が入っていると思しき袋を下げているから、ほぼあれが泥棒で間違いないだろう。
 とはいえ意外な事に、人影はせいぜい子供くらいの背丈しかなかった。しかし、噂話に聞いてはいたものの思った以上に素早く、志体持ちである2人にすら容易に追いつかせはしない。
 やはり、相手は志体持ちだろうか。一般人とはかけ離れた、志体のもたらす並外れた能力を悪用して、悪事に手を染めてしまったのか。
 考えながら追いかける、ほとりとベルナデットの前でその人影は、そのまま街の外へ逃げていく。それを追いかけてベルナデットとほとりも、迷わず一緒に街の外へと駆け出していった。
 人影は、夜の闇に沈む森の方へと、迷わず真っ直ぐ向かっている。時折ほとりが弓を引き絞り、人影めがけて威嚇射撃を放つが、泥棒は一向に足を止めようとしない。
 チッ、と思わず舌打ちが漏れた。森に逃げ込まれては厄介だ、何とかその前に決着をつけてしまいたい。
 そんなほとりの願いが叶ったのか、森に入る手前でようやく2人は、その人影に追いついた。すかさずベルナデットが進み出て、あっという間に肉薄し、鋭い刃の一閃を放つ。

「ギャアッ!!」

 耳障りな悲鳴が上がった。だがベルナデットの手に、手ごたえは僅かにも伝わってこない。単に驚いただけなのだろう。
 そのまま、ベルナデットは油断することなく、再び刃を構えて暗がりに沈む泥棒の姿に目を凝らした。その後ろからほとりが弓に矢を番え、援護射撃の間合いを計る。
 瞬間――人影が、動いた。正確には、宙を飛んできた。

「ウキ〜〜〜ッ!!」
「きゃぁッ!? 引っかかれた‥‥!」
「お義姉ちゃ‥‥い、痛たたた‥‥ッ」

 そうして逃げ足同様、目にも留まらぬ速さでベルナデットとほとりに襲い掛かってきた、人影の姿が月の光についに露になる。――驚くべきことにそれは、全身を長めの毛に覆われた猿だった。
 どうやらこの寒さで食べ物がなくなり、腹を空かせて人の街までやってきていたらしい。とはいえ、志体持ちの2人を相手にして互角に戦えるとは、一体これはどういう猿なのだろう。
 ひく、と顔が引きつった。果敢に引っかいたり髪を引っ張ったりして攻撃してくる泥棒猿を相手に、こちらも殆ど取っ組み合い状態になって、2人がかりで何とか暴れる猿を取り押さえ。
 縄でぐるぐる巻きにして、ようやく2人はほっと息を吐き、ぼろぼろになった互いの顔を見つめ合った。まったく、なんて人騒がせな猿なのだろう。
 とまれ無事、泥棒を退治し栗を取りもどしたほとりとベルナデットは、すぐに隙をついて袋を破り、高級和栗を食べようとする猿に睨みを利かせながら、再び街へと戻った。そうして、一応は犯人なのだからと、そのまま泥棒猿を引き渡した警備兵に礼を言われ――ただし、この猿どうしよう、という困り顔ではあったが――宿に戻る。
 まぁまぁ、と驚き顔の女将に、また湯を運んでもらえるよう頼んで、2人は泊まっている部屋へと戻った。そうして運ばれてきた湯で全身を拭って、ようやく人心地をつけたのだった。





 しばしの休息の後で、ベルナデットとほとりは改めて、厨房を借りてデザート作成に取り掛かった。結局あれこれ考えて、作ったのは初志貫徹とでも言うのか、栗に砂糖を加えて炊き、裏ごしして布巾で絞った栗きんとんだ。
 出来上がった栗きんとんを持って、自室に戻る。温かなお茶も入れ、ようやく念願の高級和栗のお菓子を一口食べたベルナデットは、ふいに脳裏に浮かんできた光景に、知らず頭を押さえた。
 遠い、遠い記憶。栗きんとんの甘みに触発されたのだろうか――そしてそれを食べたのが、故郷であるジルベリアだったのが、引き金になったのだろうか。
 それはいつの事だったのか、自分が幾つの頃の事だったのかすら定かではないけれども、こうして確かに栗きんとんを、昔も頂いた事があった気がした。ジルベリアでは珍しいこの味に、驚き、それから喜んで、頬を緩ませたのではなかっただろうか。
 だが、それ以上はどうしても、何1つ思い出せない。何とか手繰り寄せようとしても、たちまち頭の中を靄が覆い隠してしまう。
 その、奇妙な気持ちの悪さに小さなうめき声が漏れ、思わず頭を抑えた。そうしてそのまま動かなくなってしまったベルナデットに、ほとりが慌てた声を上げた。

「ベルちゃん! 大丈夫‥‥!?」
「う、ん‥‥大丈夫‥‥‥」
「なら良かったけど‥‥何か思い出したの? ‥‥嫌な事だった?」
「ううん‥‥それに、例え私の記憶がどうであろうと、私にはお義姉ちゃんという大切な人、帰る場所があるから」

 おろおろと心配するほとりにの声に、ベルナデットは気力を振り絞って顔を上げ、大丈夫だよ、と優しく微笑んだ。その微笑みに、ほとりはたちまち相好を崩して、うん、と嬉しそうな表情になる。
 ベルナデットがそう言ってくれるのが、素直に嬉しかった。可愛い可愛い、大切な義妹――そんな彼女の中で、自分もまた同じように確かな位置を占めているのだと、言葉や行動で知るにつけ、ほとりの心は暖かく満たされる。
 少し休んでいるうちに、ベルナデットの具合はずいぶん良くなって来たようだった。もとより体調が不良で――と言うわけではないのだから、このまま休んでいればすぐに元気になるだろう。
 とはいえ、まだ少し辛そうなベルナデットの気を紛れさせ、少しでも元気付けてやりたかった。その為にはどうしたら良いのだろうと、考えたほとりはふと、夜の森を照らしていた月明かりを思い出す。
 ねえ、と早速、その思い付きを口にした。

「せっかくだし、今夜はこのデザートをアテに月見酒と行かない?」
「――良いね」

 共に天儀酒が大好きで、よく月見酒をしているほとりとベルナデットだからこそ、いつものように月を見て酒を飲めば、元気になるのではないかと思った。その気遣いは、ベルナデットにももちろん、ちゃんと解っている。
 義姉のこんな、不器用で全力直球なところが愛おしかった。そんな気遣いに素直に感謝して、ベルナデットは微笑んで大きく頷く。
 そんな義妹ににっこりして、「もうちょっと休んでて」と促し、ほとりは早速お酒を調達に向かった。普段は我ながら、淡泊で合理的な考え方しかしないのだけれども、あのドジっ娘気質の義妹の前ではついついそれが形を潜め、デレてしまっているのをこんな時に痛感する。
 だがそれを、とくに悪いことだとも思って居なかった。血は繋がっていないとはいえ、義姉が義妹を可愛がって、一体どこが悪いと言うのだろう。
 ベルナデットが望むことなら何でも叶えて上げたいし、彼女が喜ぶ事なら何でもしてあげたい。そうしてもっと喜ばせてあげたいと、いつも、いつでも思っている。
 ともすれば走り出しそうになるのを辛うじて我慢し、ほとりは再び酒場へと向かった。もう街の店はとっくに閉まっているけれども、宿の酒場には天儀酒は無理かも知れないが、何かあるだろう。
 他にも頼めば、栗きんとん以外のつまみなり、何かしら用意してもらえるに違いない。なんと言っても自分達は、泥棒騒ぎを解決したのだから、そのくらいの融通は利かせてもらって良いはずだ。
 そう考え、まずは女将か主人を見つけなきゃ、とほとりはきょろきょろ辺りを見回しながら、酒場へと歩く。まぁ、いざとなれば勝手に拝借をして言った所で、お金を置いておけば怒られはすまい。
 そんな事を考える、ほとりの帰りを待ちながら、ベルナデットはもう一度栗きんとんを見た。それから細い息を吐き、窓の向こうに輝く美しい月を見上げたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 / 職業  】
 ia9204  / 茜ヶ原 ほとり  / 女  / 19  / 弓術師
 ib5223  / ベルナデット東條 / 女  / 16  / 志士

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

早い冬の訪れを迎えたジルベリアでの物語、如何でしたでしょうか。
お言葉に甘えさせて頂きまして、かなり自由に書かせて頂いてしまったのですが、大丈夫だったか心配です・・・;
こちらのお嬢様方は実質、初めてお預かりさせて頂きますし、イメージや呼び方、言葉遣いなど、何か違和感のあるところがございましたら、お気軽にリテイク下さいませ。

お嬢様方のイメージ通りの、ちょっとどたばたな秋の実りを楽しむノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年12月02日

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