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『遠い祈り 』
ルドルフ・ストゥルルソンja0051)&セシル・ジャンティja3229


●静かな日々

 窓枠に区切られた景色は、まるで一枚の絵画のようだった。
 長閑な田園風景の上に広がる、高く澄んだ秋の空。目に沁みるように綺麗な青。
 ルドルフ・ストゥルルソンは額を乗り越えて絵の中へ入るかのように、窓枠に膝をついて身を乗り出す。
 金色の髪が風になぶられ、ふわりと広がった。
 彫刻の様に整ったやや中性的な美しい横顔が、柔らかな日差しに照らされる。
 その様はどこか、人ではない何か神々しさのようなものを感じさせた。

 既に『彼ら』との戦いは過去のこととなっていた。
 残酷な悪魔達は物語の中の煉獄へと戻り、恐ろしい天使達は彼らの世界へと飛び去った。
 まだ完全に世界の、そして心の傷が癒えた訳ではない。だが危機を脱した人類は、少しずつ平和な日常を取り戻しつつあった。
 だが、一個人に限ってはその限りではない。
 少なくともルドルフはそうだ。
 自身、撃退士としての己の技量が然程高くないことは判っていた。
 しかも光纏による能力の解放が、元々あまり丈夫ではない身体を苛む。
 それでも追い求めたい物が、見たい夢があったから。だから走った。押しとどめる全部を振り切って。
 そうして医者から「30歳までは生きられない」と告げられていた自分の命の炎を尚も削り取るように、一見無謀とも思える天魔との戦いに身を投じてきたのだ。
 やがて彼の身体が激しい戦闘に耐え難くなり、撃退士を辞することを考えざるを得なくなった頃。人類の戦いも終わった。

 今、ルドルフは故郷の北欧に戻り、静かに身体を休めながら日々を過ごしている。
 もしここにひとりでいるなら、彼はとっくに旅立った両親の元へと急いでいたかもしれない。
 軽いノックの音、続いてドアが静かに開いた。
「ルドルフ、体調はどうですか?」
 部屋を覗き込んだセシル・ジャンティが珍しく動揺した声を上げる。
「……何をしているのですか!」
 セシルは慌てて駆けこむと、窓枠から身を乗り出しているルドルフに縋りついた。
「わっ、ちょっとセシル! 危ない!!」
 ルドルフは片手で窓枠の上を慌てて掴み、残る側の腕でセシルを抱きかかえる。
「一体どうしたの?」
「えっ、だってルドルフが窓から……」
 ――飛び降りるつもりだったのかと思った。
 いや、それはあり得ないとセシルはよく知っている。
 それでも窓から溢れる陽の光を浴びてシルエットになった彼の姿に、セシルは激しく動揺したのだ。
「少し立てつけが悪くなっていてね。ネジを止め直していたんだよ」
 苦笑いを浮かべ、ルドルフが窓の蝶番を指さす。
 セシルは胸をなでおろした。
「どうか余り無理はしないでくださいね」
 まだ動悸は完全には治まらない。それでも焦りを感じさせない静かな声。
「主夫とまではいかずとも、自分の身の回りのことくらい自分でするよ。動いたら死ぬって程の重病人でもないよ?」
 ルドルフは冗談めかして笑った。
「何もかもセシルに任せっぱなしというわけにもいかないしね」
「……今ではわたくしも家事だってちゃんとこなせてます」
「わかっているって。ごめんね、驚かして」
 ルドルフはか細い指の手を伸ばし、優しくセシルの頭を撫でる。


●願うことは

 つつましやかな食卓を二人で囲み、他愛のない話に笑い合う。
 穏やかで優しい一日が今日も暮れて行った。
 食事の片付けを終えて、セシルは一人キッチンに立つ。

 日の沈まない白夜の夏は終わり、昼の時間が少しずつ短くなっていく。
 じきに昼と夜の長さは逆転して長い長い冬がやってくるのだ。
 夏であろうと、冬であろうと、時間がたつのは同じことだ。
 だが草木がぐんぐん伸びて葉を広げ、鳥が歌い、小さな生き物たちが顔を見せる夏の訪れは、賑やかで生命力に満ちている。
 一方で、冬の訪れはどこか不安を感じさせるのだ。
 木々が葉を落とすのは、次の春に備えてのことだと知っている。
 小さな生き物たちは死に絶えた訳ではなく、見えない場所で逞しく生きているのだと知っている。
 だが知っていることと、心が感じる物は必ずしも同じではない。
 冬の冷たい息吹が、指が、暖かい物を憎んで奪い取って行くかのような。
 一日ずつ長くなって行く夜は、それが近づいて来ることを示しているようですらあった。

 セシルは唇をかみしめる。
 ――自分は無力だ。
 やっと手にしたルドルフとの幸せな日々は、まるで綺麗な夢のようだった。
 夢を現実に繋ぎとめる術を、セシルは知らなかった。勿論、他の誰も知らないだろう。
 かすかに震える両手でセシルが顔を覆う。
 身体の弱い彼を支えているつもりだが、実際は自分の方が彼の存在に支えられている。
 彼がある日、どこか遠くへ行ってしまう。そしてきっと自分は、それに耐えられない。
 確信に近い予感は、冬が近づくにつれて一層強くなる。
 まるで日の光という希望が薄れて行くのに呼応しているように。

 ルドルフはこの地に来てから、少しずつ人間としての『澱』のようなものを失くして行くかに思えた。
 人という存在が完璧に清浄であろうはずがない。だから、怖い。
 余りにも透明で、綺麗で。雨上がりに空にかかる雄大な虹が、いつの間にか空に溶けてゆくように。
 だから時々彼が現実に『在る』ことを、思わず確かめたくなる。
 昼間、窓辺の彼を抱きしめたように。
 確かにルドルフは生きて、此処に居るのだと――。


 ドアを開けると、ルドルフはまた窓の外を見ていた。
「夜風に長くあたるのは身体に良くありません。窓を閉めてはどうですか」
「少しだけ。星があんまり綺麗だったから。ほら」
 子供のように無邪気な笑顔で手招きされて、セシルは傍らに寄り添う。
 そして切って来た林檎を、ルドルフの口に放り込んだ。
「……もう林檎の季節なんだね」
 ガラスの皿には、兎型に切った林檎が行儀よく並んでいた。
 その綺麗に揃った耳にも、元々家事は余り得意ではなかったセシルの努力の跡が見て取れる。
 林檎は命の木の実。いちはやく取り寄せたそれには、セシルの祈りが込められている。
 この赤い実が、少しでもルドルフの力になりますように、と。

 ルドルフは黙ってセシルの肩を抱き寄せた。
 胸を刺す痛みを、言葉に表すことはできない。
 傍にいる彼女が愛しくてたまらない。今感じているのがその甘さの痛みだけなら、どれ程幸せだったろう。
「なにを考えているのですか?」
 無言で自分の肩を抱き、星を見つめるルドルフにセシルが囁く。
「うん、夏の終りは寂しいけど。夜が来るのも悪くないなと思ってね」
 冬、命は死に絶えるわけではない。
 同じように星達の輝きは、太陽の光に隠れていただけで、ずっとそこにあったのだ。
 セシルはルドルフの横顔を見つめ、そして星に視線を移す。
 もしも今、あの空に流星が見えたなら。祈ることは唯一つだけ。
 永遠とは言わない。
 それでも少しでも長く、この穏やかな時間が続きますように――。
 そっと手を伸ばすと、ルドルフの血の気の薄い、冷たく細い指を握る。
 自分の熱がこの指先から彼の身体に伝わればいいのにと願いながら。
 けれど、零れた言葉は飽くまでも優しく。
「わたくしは幸せ者です。こうして、貴方の傍にいられるのですから」

 幸せ。
 本当にそうなのだろうか。
 ルドルフは今までの自分の人生に、後悔してはいなかった。
 いや、その筈だった。
 けれど今、愛しい者を残して逝かなければならないだろうという予感に、胸が苦しくなる。
 自身が消えることよりも、愛する女性を悲しませることが怖かった。
 自分の手を握り、幸せだとセシルは言う。
 ならば、その幸せの夢を、ほんの少しでも長く。
(今はまだ死にたくない、かな。いやこれは本気で)
 ルドルフはセシルのあたたかな手を握り返す。
「……林檎、もう一つもらおうかな」
「ええ、どうぞ。まだ沢山ありますから」


 そしてすぎて行く優しい時間。
 願わくば、一日でも長くこの日々が続きますようにと。
 梢に輝くひと際明るい星に、ただ祈りを籠めて。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0051 / ルドルフ・ストゥルルソン】
【ja3229 / セシル・ジャンティ】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせ致しました。いずれ来る日の物語をお届けします。
失うことは怖いけれど、知らなければ幸せを感じることもないのでしょう。
きっとお二人とも本当はそのことを良くご存じなのだと思います。

色々解釈が入っておりますが、お気に召しましたら幸いです。
尚、数年後の物語ということで、今回登場人物一覧には年齢を記載しておりません。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
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エリュシオン
2013年12月04日

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