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『ひだまりのように 』
彪姫 千代jb0742


 初めて触れられたのは、何がきっかけだったろうか。
 初めて触れられたはずなのに、『そう』思わなかったのは、何故だろうか。
 大きくて、暖かな、てのひら。
 優しくて、懐かしくて、安心する温度。
 ――だいすきな




 いつの間に、寝入っていたのだろう。
 ごろりと寝返りを打ち、それから彪姫 千代はゆっくりと目を開けた。
(……におい)
 懐かしい、と本能的に感じた。
 身を起こし、辺りを見回す。
 ばーちゃんと一緒に暮らした家では、ない。

 知らない家。
 知らない部屋。
 匂いだけが、懐かしい。

 窓からは、ぽかぽかと日差しが入り込んでいて、千代は大きな欠伸を一つ。

「ちよ」

 笑いながら、そう呼ぶ声が聞こえた。




「おー……? 俺、『せんだい』だぞー?」
「おいで、ちよ」
 鼻の頭をこすり、自身の名を主張するけれど、クシャリと頭を撫でる手のひらに遮られた。
 相手の顔は、陰になっていてよく見えない。
 ただ、知らない大人だと直感で判断する。
「ちよ、お皿を出して。今日はハンバーグよ」
「……おー!」
 奥からは、知らない女の人の声。
(……知らない?)
 本当に、そうだろうか。
 ぼやけて見えないけれど、口元で確認できる優しい笑みと。
 触れる、手のひらの確かな温度。
 柔らかな声。
(いやじゃ、ない)

「ちよ」

 それは自分の名前じゃないけれど、ないはずなのに、そう呼ばれることは厭じゃなかった。
「まだ食べるのか」
「おー! だって、すごくすごく美味しいんだぞ!!」
「あらあら。――さんの分、なくなっちゃうわね」
「いいさ、ほら、いっぱい食べて、大きくおなり。僕は――さんから分けてもらおう」
 そう言って、口元についたソースを曲げた指で拭ってくれる。
 ところどころ、言葉が聞き取れないけれど…… それは、食事に夢中だからだろうか?

 呆れたり、
 笑ったり、
 時には叱ってみたり、でも許したり。

 千代が何を言っても、ニコニコと笑ってくれる。それが嬉しい。
「キャッチボールしたいんだぞ!!」
「ちよも、そういう年か……。けど、部屋の中じゃあ、なあ」
「おー? キャッチボールは外でやるんだぞ? 川原で、どーん!! って」
(あれ?)
 両手を広げて見せ、それから、『それ』は『誰』との思い出か、考える。
「川原か……遠いな。公園だったら、近くに」
「あら、駄目よ。――さん、雨が降って来たわ」
 さっきまで、あんなに良い御天気だったのに――
 女の人が、慌てて洗濯物を取り込みに行く。
(……公園)
 一瞬、思い浮かんだのは真っ赤な空。錆びついたブランコの音。
「……オレンジジュース」
「うん?」
「な、なんでもないぞ!」
「はは、ジュースか、ちよ。三時のおやつには早いが……冷蔵庫にあったかな」
 男の人が、背を向ける。
 広い、背中。
「どうした?」
 不意に抱き付かれ、男の人が笑う。
 千代は言葉なく、ただただギュッと抱きしめた。
「大きくなっても、甘えん坊ね。ちよ」
 えい、と後ろから女の人がそんな千代を抱きしめる。
「ウシシシ! 俺、サンドイッチなんだぞー!」
 二人に抱きしめられて、なんだかお日様に包まれている気分だ。
 ぽかぽかして、いい匂いがする。心の底から、安心する――
 まるで、

「まるで――」




 そこは闇の中だった。

 千代は大きく目を開き、見慣れた天井を確認する。
 心臓がドクドクと音を立て、脳ミソまで回ってくるような感覚。
 厭な汗がドッと噴き出る。

 いつもの部屋。
 誰も居ない部屋。
 暗闇の中、冷たい空気。


「とうさん」


 夢を見ていたのだと、ようやく気付く。
 夢の中で、ついぞ発することのなかった言葉を口にする。
 あの二人が『誰』なのかわからなかったけれど、『向こう』の幸せが反動をつけて不安となり、波となって千代の心を押し潰そうとしていた。
「とうさん」
 ざわり、背筋に冷たいものが走る。
 もし。あの時、あの男の人をそう呼んでいたら―― どうしてだろう、『今』の全てを失う気がした。
「たかまさとうさん」
(会いたい)
 声が震える。
 会いたい。見えない不安に押しつぶされそうな胸の中、千代を支えるのはその感情だけだった。
(怖い)
 会いたい。
 怖い。
 闇の中、千代は部屋を抜け出す。
 朝が遠い。
 わからないけど、凄く凄く遠い。
(会いたい)


 ぽつり
 夜明け前の空から、雨が一滴おちてきた。




(……雨)
 書類整理に追われていた筧 鷹政は、転寝していたところを雨音に起こされた。
「冷えると思った……。今日、オフで助かったな」
 時間を確認し、階下の自室で寝なおすにも半端だと諦めてワークチェアから立ち上がる。
 コーヒーメーカーにスイッチを入れカーテンを開けて……目を疑った。
「千代!!?」
 遅い夜明けの空の下、ずぶぬれになり歩いているのは……鷹政を父と呼び慕う少年だった。

「おい! どうしたんだよ、こんな時間に。千代!」
 タオルとジャケットを手に、慌てて玄関を飛び出す。
 マンションの前で、千代はボンヤリと立ち尽くしていた。
「……せんだい?」
 名を呼ぶ。荒っぽくタオルで髪と上半身を拭いてやり、着慣れたジャケットを羽織らせる。
 言葉なくされるがままの少年へ、きつく問い質すでもなく、ひとまずは自室へと向かった。


 事務所のドアを開けると、淹れたてコーヒーの香りが漂う。
 暖房も効き始めていて、ふわりと暖かな空気が出迎えた。
「どうした、千代。怖い夢でも見たか?」
 濡れた髪を乱暴にかき回し、そのまま肩へ押し付けるように抱いてやる。
 ケガをしているわけでもないし、友達と来ているわけでもないようだ。
 久遠ヶ原から鷹政の事務所兼住居であるこのマンションまで、公共機関を使わなければちょっとやそっとで立ち寄れる距離ではない。
 それでも撃退士の脚なら――? それも、あまり考えたくはない。
 だから、鷹政にとって理屈はどうでも良かった。
 雨の中、夜も明けやらぬ時間帯に、うつろな顔をして千代がいる。ここにいる。
 それだけで、どう対応するかなど決まっていた。
「…………っ」
「っと」
 そのまま、きつくしがみつかれて、鷹政は足元のバランスを崩した。
 トン、と書棚に背が当たる。
 言葉なく、幼子のように千代は鷹政に抱き付く。背に回された腕が、縋るようにシャツを掴んだ。
 肩が震えているのは、きっと寒さのせいだけではないのだろう。

 鷹政の肩口へ顔を埋め、その存在を確かめるように。自身の存在を確かめるように。

「あったけぇなあ」
 ぽんぽん、いつになく頼りなげな千代の背を優しく叩き、他方の手で頭を撫でて。
 のんびりとした声で、的外れな言葉を鷹政は呟く。
 会う時の千代はいつだって元気いっぱいで、こういった表情を見せるのは初めてのように思う。
 ただ、鷹政の経験則で測る相手ではないとも思っている。
 感じ取れるのは、あまりにも規格外で、あまりにも真っ直ぐな『息子』が、何かしらの不安を抱えているのだろうくらい。
「朝ごはん、何にするよ。材料、何があったかな」
 ぴくり。
 雨に濡れそぼっていた、千代の尻尾アクセが反応した。
(そうだろうそうだろう、腹が空いているだろう。俺も空いた)
 抱き付いたまま眠りこけたのだろうかと錯覚するほどの『息子』をぎゅっと抱きしめ返しながら、その耳元へ鷹政はそっと囁く。


「おかえり、千代」



 その声は、夢じゃない。


【ひだまりのように 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0742 / 彪姫 千代 / 男 / 16歳 / ナイトウォーカー】
【jz0077 / 筧 鷹政 / 男 / 26歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
親と子のお話、お届けいたします。
D6で6を引き当てるのは、自慢じゃないですが佐嶋の特技なんですよ。
掛け値なしのエンド、そして『今』へようこそ。
楽しんでいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年12月05日

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