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『熱を呼ぶ雨 』
徒紫野 獅琅(ic0392)&神室 巳夜子(ib9980)


 それは、とても素敵な簪でした。

 ツンとした表情が常である神室 巳夜子が、その時ばかりは年相応の少女らしい一面を覗かせた。
 そのことが意外で、驚いて、思わず徒紫野 獅琅は箸を取り落す。すぐさま、巳夜子はキッと眦をつり上げる。
 反射的に謝りながら、獅琅は話の内容を頭の中で反芻していた。
 普段、巳夜子の足では行くことのない、路地裏の店。
 彩り豊かな細工物を扱った。
 思い当たる店は幾つかあって、近隣で聞きこめば見つけることはできるだろう。
 好奇心旺盛な、巳夜子お嬢さん。
 自分へ、笑顔を向けてもらったことなど一度もない、ような気がする、けれど。
(……恩は、返したいな)
 例えば、今まさに食べている夕飯。
 今日は獅琅と巳夜子を繋ぐ存在が出かけてしまっていて、二人きりなのだけれど。
 自分を嫌っているだろうに、こうして食事の支度をしてくれる。
 得手だから気にすることはない、などと返す言葉はいつだってそっけないが、『ありがとう』を形にして悪いことはないはずだ。
 持ち合わせが足りなくて、今日はそのまま帰ってしまったのだという秋の花の簪を贈ったら、彼女はどんな顔をするだろう。




 ――ということを、考えていたのでした。
 晩秋の雨を、甘く見ていた。
 多少濡れても構わないと、紙包みを懐へ、駆け足に帰宅した獅琅だが――その晩、案の定と言うべきか風邪を引いた。


 翌朝、起きてこない獅琅の様子を見に来た巳夜子が容体に気づき、桶に水を汲んでやってきた。
 までは、良かったの、だが。

「病人は 病人らしく おとなしく 看病されてください」
「やめてくださいって それくらい ひとりでできますって」

 肌蹴られた胸元を押さえつつの獅琅と、体を拭いてやろうと片手に濡れた手拭いの巳夜子が、空いた片手同士で押し合いを展開していた。
 獅琅の枕元には、昨日購入してきた簪の包みが置いてある。
 事情を知った巳夜子が、彼女なりに責任を感じての――物理と物理のぶつかり合いであった。
「俺の裸なんか見たくないでしょ!」
 しまいに、獅琅は半泣きになっている。
「見たくて見せろと言っているわけではありません」
 カチンときた巳夜子が、ついに捻じ伏せた。
「……手荒な真似はしたくないのですけれど」
 暗黒微笑を浮かべる少女の腕力は、本気を出せば少年のそれより上を行く。
 熱による気分の上下に振り回される獅琅は、押し倒されるとそれ以上の抗いは見せなかった。
 ひんやりとした布が、胸の辺りを滑る感触は確かに心地いい。
(……どうして、こんな)
 同じ年頃の女の子に押し倒されて、情けないやら申し訳ないやら、苦々しく思いながら獅琅は目を閉じる。
 瞼の裏に、巳夜子と初顔合わせとなった事件が浮かんだ。



 獅琅と巳夜子。
 二人を繋ぐ存在とは、巳夜子の兄だ。彼に獅琅が拾われ、今がある。

 慣れぬ『家』に緊張しながら、その日、獅琅は風呂を借りた。
 巳夜子は、てっきり兄が入っているのだと思った。
「手拭い、お忘れですよ――」
 声をかけて脱衣所の引き戸を開けた巳夜子と、湯から上がったままの姿の獅琅は、そこで互いの存在を知ることとなる。



 回想終了。
 ころり転がされ、背を拭かれながら獅琅は唸る。
「着替えは、ご自身でできますでしょう?」
「それくらい!!」
 ペシッと肩を叩かれて、獅琅は我に返る。声を返して、頭痛の反動で呻いた。
「粥を用意しますから、それまで大人しくなさっていてください」
 巳夜子は、何処までも巳夜子だ。
 ツンとした態度を崩すことなく、桶を抱えて去っていった。




 くつくつと煮える粥の傍らで、漬物や茶の準備をしながら、巳夜子は表情に出さないまま呆れを吐きだす。
(どうあれ、彼が風邪を引いた責任は私にあります……ね)
 他愛ない会話の一つに過ぎないと、巳夜子は思っていたのに。
 まさか、翌日すぐに行動に移すだなど考えてもいなかった。
 その挙句に風邪を引くだなんて。
(あんなものを見せられて、正気で居られる訳がありません)
 タイミングこそ獅琅と違ったが、巳夜子もまた初対面時の衝撃映像を思い起こしていた。
 ちなみにホカホカの湯気のおかげで、乙女として見てはいけない部分は見ずに済んでいる。
 最悪の第一印象を過ぎた後も、巳夜子は兄と違い獅琅の身元に対する不信感を拭えずにいた。
 現在に至るまで、互いに打ち解けられない原因の一つだ。
 他にあるとすれば兄の奪い合いか。それも、互いに明言はしないし、ふらふらっとしている兄にも以下略。
「仕方ありません」
 気持ちを、声にすることで切り替える。
 黙々と、看病をするだけだ。
 肌に触れた際、その熱の高さは感じ取っている。放置してどうにかなる程度ではない。




「…………」
 戸を叩き、部屋へ入り。巳夜子は粥の乗った盆を取り落しそうになる。
「泣いてません」
「何も聞いていません」
 泣いているのか、獅琅は。
「だって 情けなくて 世話を掛けたくなくて、お嬢さんに普段の恩を返したいだけだった のに 俺」
 ぐずぐずと、鼻をすする音が布団の向こうから聞こえてくる。
「それなら、受け取りました。ですから、冷めないうちに召し上がってください」
 昨日、獅琅が買ってきた簪は巳夜子が話題にしたものドンピシャであった。
 ありがとう、などと言わせぬ状況を作り出したのは流石獅琅なのかどうなのか。
「けど」
「いつまでも、ウジウジウジウジと!」
 ついカッとなり、巳夜子は布団を剥ごうとする。意地になった獅琅が、留めようと布団を掴む。
 ぎぎぎぎぎぎぎ、としばし攻防が続いた。

「俺が可愛がられてるのは、俺のせいじゃないですからねっ」

 巳夜子が、獅琅へ辛く当たる原因の一つをずっと考えていた。
 熱に浮かされた頭で考えるものだから、碌な言葉になって出てこない。
「そんなこと、聞いていません」
 カッとなったところで火に油、炎上した巳夜子が顔に出さないまま豪快に布団を剥ぎ取った。
 くしゅん、と獅琅がくしゃみをして小さくなる。
「……ひとりで たべられます」
「善意を無為にするのですか」
 口元へ運ばれたれんげ。
 うぐ、と詰まる獅琅へ、お嬢さんは飽く迄も淡々としている。
 卵の入った、優しい味の粥。
 他の人が食べたなら、きっと『懐かしい』と形容するのだろう。孤児である獅琅は、持たない思い出。
「あっつ!!」
「わざとです」
「……お嬢さん?」
 冷めた表面に安心していたら、底の方は熱々だった。
 舌を焼いた獅琅へ、巳夜子はしれっとして狐のように笑みを浮かべて見せた。

 睡眠をとって、食事をして…… 汗をかいて、少しは落ち着いただろうか。
 額の汗を拭ってやりながら、巳夜子は獅琅の様子を伺う。
「あとは、安静に――」
「もう動けない」
 ずるり。
 獅琅は、巳夜子へと抱き付くようにもたれかかった。
 甘い、菓子のような香りがする。
「…………」
 獅琅の熱い体、その腕が背へと回される前に。
「切れ味の確認をさせて下さい」
 うっすらと笑いながら、巳夜子は懐より愛刀を抜いた。
 ぎらりとした光が、獅琅の首筋に突き付けられる。いや、今ちょっと触れた。
 その身が強張るのを見逃さず、巳夜子は再び少年を捻じ伏せる。
「……全く。病人は病人らしくしていれば良いのです」
 変な気などを起こさずに。
 ぺちり、固く絞った手拭いが、獅琅の額に乗せられた。




 数日後。

 同じような状況で、しかし寝込んでいるのは風邪をうつされた巳夜子であった。
 見るからに不機嫌で、獅琅へ背を向けている。
「大変申し訳なく…… 精一杯やらせていただきます」
 正座の上に握った拳を固くして、獅琅は重すぎる覚悟で頭を垂れた。その表情は、死地に赴く戦士のそれである。
「何をなさるつもりですか」
 その手の中に握られた手拭いに気づき、巳夜子は初手から刀を抜いた。
「え、何って いや、そんな 疚しいことは」
「疚しい?」
「いや、だから」


 攻防は、今しばらく続く。
 我関せずとばかりに、外では秋の終わりの雨が降っていた。




【熱を呼ぶ雨 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0392 / 徒紫野 獅琅 / 男 / 14歳  / 志士 】
【ib9980 / 神室 巳夜子 / 女 / 15歳  / 志士 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
可愛らしいお二人の攻防戦、お届けいたします。
風邪にはどうぞ、気を付けて!(万感の思いを込めて)
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年12月09日

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