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『崇めよ南瓜、橙色の夕べ 』
虚神 イスラjb4729

 それは――彼の素朴な疑問から始まった。

●はろうぃん?
 最近、学園内でよく耳にする言葉がある。
 はろうぃん。
 その言葉を発している者は、何処か楽しげで、にこやかな表情を浮かべている事が多いように思う。
 しかしながら、そのような表情を浮かべるに至る『はろうぃん』とは一体何なのだろう――

「はろうぃん、とは何だ?」

 ジズ(jb4789)は友に尋ねてみた。
「ハロウィン?」
 部屋のテレビを観ていた虚神 イスラ(jb4729)は振り返り、返事を待っている大柄で素直な友の姿を見て微笑んだ。
 ジズのテリトリーは部屋の隅だ。部屋に線を引いて確保した小さなスペースには、机代わりのミカン箱と情報収集用のテレビが置いてある。ミカン箱の上に分厚いノートを広げて、箱の前にちんまり正座して答えを待っているジズの姿は、何だかあどけない幼子のようにも見えて、知らず慈しみの心が湧いてくる。
「ハロウィンね‥‥」
 律儀にも『はろうぃん』と書き込んであるジズの分厚いノートを覗き込み、イスラは反芻して記憶を辿った。
 確か、人間界の行事で――

「人間の世界では、どうやら南瓜を崇める月があるらしいね。ハロウィンとは、いわば南瓜祭りだよ」

 そう言って、うんうんとイスラは独り頷いた。
 さすがイスラは物知りだ。何でも、知ってる。凄い。ノートに『かぼちゃ』『まつり』と書き込んで、ジズは更に尋ねた。
「どんなこと、する?」
「ええとね、かぼちゃを崇め讃えて飾りまくってから喰らう儀式? 仮装して行うらしいよ」
 ふむ。『くう』『かそう』――と。
「興味、ある?」
 熱心にメモを取っているジズの後ろに回りこみ、イスラは肩に両手を置いて尋ねた。ジズが鉛筆を握ったまま無言でこくりと頷いたので、耳元に提案する。
「じゃあ、折角だから二人でやってみようよ」
「イスラ、いい、のか?」
 顔を上げた金の髪の青年はそれこそ幼子のように期待に満ちていて。イスラはにこやかな笑顔で頷いた。
 人間界で過ごす初めての秋、初めてのはろうぃん。ジズはノートをぱたんと閉じる。

 あ。嬉しくて『かぼちゃ』が何か聞くのを忘れた――食べ物?

●かぼちゃ。
 南瓜祭りを始めるにあたって、最重要物体は言うまでもなく南瓜である。
 どこで手に入るのだろうとジズが考えている内に、イスラは早速手配済。ほどなく八百屋のトラックがやって来て、ジズのミカン箱みたいな『かぼちゃ』と書かれたダンボール箱を、ふたつほど置いて行った。
「かぼちゃ‥‥?」
 ミカンの親戚だろうか。
 ジズが箱を開けると、緑や橙色をした石のような堅そうな物体がごろごろ入っていた。
「南瓜は野菜。煮ても焼いても美味しいんだよ」
 代金を支払い終えたイスラが箱からひとつ抱え上げる。結構な大きさだ。オレンジ色のをいくつか取り出して、ごろんごろんジズの前に並べたイスラは、ジズにペティナイフを手渡した。
「ちょっと堅いけどよろしくね」
「わかった、私、顔に‥‥する?」
 語尾が疑問形になったのは、どんな顔にするか考え始めたからだ。イスラはほんの少し笑って、紙に丸や三角で目鼻を描いた。口は皿を横にしたような形に、四角を市松に並べて歯に見立てているようだ。
「南瓜の中は繰り抜いて空洞にするんだよ。ランタンにするからね」
「ランタン‥‥灯り、入れるもの」
 なるほど野菜でランタンを彫るということか。ジズは納得して黙々と彫刻を始めた。

 一方、イスラはエプロンを纏ってキッチンに立った。
「僕は南瓜づくしの料理を作ろう」
 長袖を捲って白い腕を出した彼は、流し台に南瓜を移動させてメニューを考え始めた。
「サラダにスープ、グラタンとコロッケと‥‥素揚げは基本だよね。デザートはプリンにしようか‥‥」
 メニューごとに南瓜を選り分ける。その後姿を、ジズは彫刻の手を休めて見入った。うきうきとあれこれ考えているイスラは何とも楽しそうだ。
「私も、楽しみ」
 そう言って、ナイフを握りなおした。
 学園に来た頃から、何かと世話を焼いてくれている、ヒト――イスラ。世話焼きで、何でも知っていて、何でもできる。凄い、ヒト。
 南瓜は堅くて、繰り抜くのは中々難しかったけれど、根気よくジズは彫り続けた。
(イスラは料理‥‥私は飾りを、がんばる)
 細かい箇所を削り落としてしまわないよう、丁寧に。
 人間界に不慣れなだけで、ジズは決して不器用ではない。加えて素直な性質に真面目で勤勉な人柄だから、山のようにあった南瓜は少しずつ色んな表情を帯び始めた。
「上手に彫れたね、ジズ」
 調理の合間に様子を見に来たイスラが言った。さりげないその言葉がジズには嬉しくて。
(嬉しい‥‥?)
 心の内に微かに混じった誇らしさが何に由来するかは彼には解らなかった。
 多分それは大好きな人に褒められた誇らしさ、なのだけれど――彼の疑問は別の疑問に上書きされた。
「喰らうのは、顔模様の南瓜だろうか‥‥」
 崇めて喰らうのなら顔の方のような、気がする。
 ところで、繰り抜いた欠片は、喰らうのだろうか――少し考えて、ジズは几帳面に欠片を集めてボウルに入れた。

●かんしゃ。
 二人が作業を始めて数刻――そんなこんなでテーブルには種々様々な南瓜加工物が並んでいた。

 まずテーブルの中央にはジズの力作、呵呵大笑した一抱えもある大きさの南瓜がひとつ台座に乗っていて、その周りを一回り小さな南瓜や小さい南瓜が表情様々に侍っている。
 台座の周囲を埋め尽くす料理の数々はイスラの心尽くし――そのイスラは黒燕尾服のオーソドックスな吸血鬼姿で慇懃に給仕体勢。
「橙色、美味しそうだ、ね」
 ほわり微笑んで席に着いたジズの前に白い丸皿が置かれた。南瓜のポタージュスープだ。
 木の器には南瓜のサラダが彩りよく盛ってある。形良く並んでいるのは南瓜コロッケだろうか、同じ皿にはシンプルなスライスフライもある。そして熱々の南瓜グラタン。暖色系した料理の数々は見た目からも温かさを感じさせてくれる。
「もちろんデザートも南瓜だよ」
 パンプキンプリンを用意しているからねとウインクして、イスラも席に着いた。
 鉄板だと聞いた怪物を再現した姿で、ジズは人間達の習慣に倣って両掌を合わせた。いただきますの格好だ。怪物姿なだけになんだか可愛い。
「いただきます‥‥は、違う、のか」
「ハロウィンだものね。南瓜を崇めてあげないと」
 首を傾げて言葉を捜していたジズに向かいに座ったイスラはそう言って、呵呵大笑している南瓜に向かって呪文を唱えた。
「南瓜様、南瓜様、美味しい南瓜をありがとう〜 南瓜様に感謝ー♪」
「感謝ー」
 唱和して、二人顔見合わせて吹き出した。
 褒めたよね、さあ食べよう。イスラお手製の南瓜尽くしが美味だった事は言うまでもない。

 南瓜様を喰らい尽くした後、二人は中くらいの南瓜ランタンに蝋燭の灯りを入れて、外へ出た。
 怪物と吸血鬼、仮装はそのままで住宅街を抜けてゆく――トリックアンドトリートは二人には必要なかったから。
 やがて到着したのは、休日になれば少年野球の練習で賑わう小さな広場だった。

「空が、高い」
 草叢に座り、夜空を見上げてジズが言った。澄み切った秋の夜空が、彼には何だか寂しく思えた。
 今夜は殊に遥か遠くの星まではっきりと見える気がする。並んで座ったイスラが言った。
「万光年も離れたあの星の光が、こうして僕達の目に映るんだ。あれはオリオン座、大きいから判りやすいね‥‥今夜は何だか星々の煌きが優しい気がするよ」
 ――きっとそれは、イスラの隣にジズが居るからだ。
 晩秋の夜風は少し肌寒くはあったけれど、彼の横顔は寂しげだったけれど。イスラは彼が其処にいるだけで――いい。隣から微かに伝わってくる体温が、彼が自分の隣にいるという証だから。
「あの星には、帰る場所があるんだろうか」
 空を見上げたまま、ジズがぽつりと言った。その横顔は寂しげで、イスラは胸が痛んだ。
(やっぱり魔界に帰りたいの、かな‥‥)
 ジズが魔界に心を残しているのは知っている。郷愁を覚えたのだろうか――だけど僕は。
「‥‥星も人もばらばらにそこにあるけれど、星座みたいに繋がる事はできるんだよ」
 答えの代わりに、イスラはそう言った。

 繋がる――人と人とが、種族を違えて、か?

 ジズは魔族でイスラは天使だ。魔界と天界、それぞれ生まれた場所も立場も違う者同士が人間界で出逢った。
 友達、とは少し違う気がする。大切なひと。でも大切とは何だろう――
(私は帰らなくてはいけない、のに)
 ――寂しい。
 人間界に来て知ったこの感情はイスラと知り合ったが故のもの。できればずっと、ここにいたい。

 綺麗で、ほんの少し寂しげなメロディをイスラが口ずさんでいた。
 あと少し、もう少し――ジズと一緒に居たいと、異国の言葉で星に願いを託していた。
 想いを託した異国の歌詞が遠い夜空に溶けてゆく。
 異国の歌で言葉の意味は解らなかったけれど、とても美しい歌だ。素直な気持ちでジズは言葉を押し出した。
「ここに、私の場所はあるんだろうか」
 イスラの歌声が止んだ。ジズは一瞬、ジズは歌い続けて欲しいと思った。
(私は‥‥弱くなったんだろうか)
 誰かに何かを求めずにはいられない心境。そんな感情、魔界に居た頃は覚えた事などなかったのに。
 イスラに依存している自己を意識して、ジズは魔界で持っていた『何か』を喪ってしまったような気がした――が。

「居たい場所があるなら‥‥叶う日だって来るんじゃないかな」

 イスラの言葉は彼自身の祈りであり、同時にジズの心を温かなもので満たしていった。
(それはきっと、イスラのせいだ)
 喪ってしまったものがあるならば、きっとそれはイスラと出逢ってしまったからだ。葛藤の中、しかし彼の心は不思議な想いに満ち始めていた。
「ありがとう‥‥」
 口を付いて出たのは感謝の言葉で。それは橙色のお化けが見せた魔法だったのかもしれない。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 jb4729 / 虚神 イスラ / 男 / 18 / 料理上手な吸血鬼 】
【 jb4789 / ジズ / 男 / 21 / 手先器用な怪物さん 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 大変お待たせいたしまして申し訳ありません、この度はノベルご用命ありがとうございました。周利でございます。
 今回のお品、BLになっているかどうか‥‥;
 好きになった相手が偶々同性だっただけ、好きの気持ちに性別は関係ない! ‥‥という感覚で自由に書かせていただきました。
 お気に召していただけましたら嬉しく思いますv
魔法のハッピーノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年12月11日

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