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『呪いの王国へ 』
ダグラス・タッカー8677)&フェイト・−(8636)&(登場しない)


 書き上げたレポートを送信提出し終えたところで、力尽きてしまったようである。
 机に突っ伏した格好のまま、フェイトは目を覚ました。
「……う……朝か……結局、何時間眠れたのかな……」
 IO2本部、事務室である。パソコンを1つ借り切って、レポートを仕上げたところだ。
「おはようフェイト君。そろそろ出勤時間だぜー」
 同僚が1人、近くの席でモーニングコーヒーを片手にパソコンをいじっている。
 日本人声優のものと思われる、美少女声も聞こえる。
 幸せそうに聞き入りながら、同僚は言った。
「ここで寝坊してたら遅刻扱いになっちまうのかなー。起こそうかどうか、迷ってたとこだ」
「……どうでもいいけど、備品のパソコンでアニメ見るなよ」
「やっぱアレよ、字幕なんかなくていいから声優は日本人に限るよなー。こっちの吹き替えなんて、バタ臭くて聞けたもんじゃねえっての」
 この同僚とまともな会話を成立させるのは、やはり一苦労であると言わざるを得ない。
「それはともかく……お前よく無事に帰って来れたよなあフェイト。あの女と一緒に仕事やらされて」
「ああ……あの人ね。お前の好きな、ツンデレでお姉さん妹タイプの人造美少女って、あんな感じじゃないのか?」
 少女じゃないけどな、とフェイトは声に出さずに付け加えた。
「なあフェイト……お前さ、日本人のくせに萌えってもんを全然理解してねえよ」
 違法アップロードの類ではないかと思われる和製アニメに見入ったまま、同僚は青ざめた。
「ありゃツンデレでもヤンデレでもねえ、ただのモンスターだ。純真無垢な人造美少女じゃなくて怪人だよ。時代錯誤な特撮系のバケモノ! ったくよぉ、あんなの造るよりもクローン美少女を大量生産して3、4人ばかし俺によこせってんだ。うちの組織もよぉおお」
 大量生産されたクローンの美少女なら、つい最近、虚無の境界絡みの仕事で見た事がある。
 フェイトは思い出していた。土器の鎧に身を包んだ少女たち。彼女たちは一体どこへ消えてしまったのか。
 いずれ姿を現すとしたら、その時は何が起こるのか。
「御苦労だったな、フェイト君」
 女性上司が、いきなり事務室に入って来た。同僚が、慌ててアニメを消した。
「なかなかよく書けたレポートだ。つい読みふけってしまったぞ」
「え、もう読んだんですか?」
「君は小説家としても食べてゆける。ただレポートしては……いささか、客観性に欠けていた点は否めないかな」
 錬金生命体に関する、かなり批判的な見解を、確かに書いてしまった。
「あんまり感情的な文章にならないように、気をつけたつもりなんですけどね」
「あの事件に最も深く関わったエージェントに、まあ主観的になるなと言うのは無理な話か……ところで仕事だ、フェイト君」
 フェイトは耳を疑った。
「え……っと、普通そろそろ休ませてくれるもんじゃないかと思われますが」
「休ませてやりたいのは山々だがな、君を名指しされてしまったのだよ。フェイトという優秀なエージェントをしばらく貸して欲しい、とね」
「……人の貸し出しなんて、やってるんですか。この組織は」
「民間人の依頼を受けて、エージェントを派遣する事はある」
 派遣される者に、断る権限はない。
 組織に属するとはそういう事だ、と思うしかなかった。


 貧富の格差が全く存在しない国などない。ダグラス・タッカーは、そう思っている。
 どの国でも、人々は生きるために商売をしている。様々な経済活動を行っている。
 そうすれば、才能のある者とない者、努力する者としない者、運の良い者と悪い者、様々な差が生ずるのは当然であった。
「勝ち組、負け組……などという言い方は、あまり好きではないのですがね」
 インド最大級の商都ムンバイ。その最も貧しい区域をゆったりと歩みながら、ダグは呟いた。
 この区域には、勝ち負け以前に、勝負をする機会すら与えられていない人々が大勢住んでいる。
 近年、急速な経済発展を遂げたとは言え、ダグに言わせれば、まだまだ貧しい国である。
 貧しい人々の救済、を考えているわけではない。そんな大規模な慈善事業が出来るほどには、タッカー商会は儲かっていない。
 ただ、勝負をする機会は万人に等しく与えられるべきだとダグは思っている。
 そうして這い上がって来た人々によって、この国の経済活動が活発になれば、結果としてタッカー商会の利益にも繋がってゆく。
 そのための、投資である。
「貴方がたの私腹を肥らせるために投資をしているわけではないのですよ。おわかりですか?」
 言葉と共に、ダグが歩み寄る。
 男が、怯えすくんだまま後退りをする。
 地元の人間である。ここムンバイに本社を置く大企業の社長で、タッカー商会にとっても重要な提携先の1人であった。間もなく、過去形で語る事となるだろう。
 男が、怯えながらも虚勢を張っている。
「こ、こんな……いくらタッカーの御曹司とは言え、このような無法が許されるとお思いか……」
「私は何も無法を働いてなどいませんよ。貴方と、お話がしたいだけです。なのに貴方は会話を拒んで、このような場所に逃げ込んでしまわれた」
 この社長を、警備の固い豪邸から誘い出し、このような貧民街の路地裏にまで追い込むのは、いささか骨折りではあった。ダグが、いくらか自腹を切らなければならなかった。必要経費として、商会に申告出来る金ではない。
「私は、どこまでも追いかけますよ。貴方と会話をするために、ね」
「ふ……馬鹿め、ここに誘い込まれたのは貴様の方だ」
 社長が、本性を現した。
「ここなら、死体の1つ2つ転がっていても騒ぎになる事はない。異国の金持ちが、貧民街で強盗に襲われて死亡……そう新聞に載って終わりだ」
 周囲の建物の陰で、いくつもの不穏な人影が見え隠れしている。この社長が端金で雇った男たちであろう。金で、人殺しも請け負う輩。このような貧民街には、いくらでもいる。
「私……実はここ数日間、あまり機嫌が良くないのですよ」
 ダグはまず、会話を試みた。
「私の命を狙う方々に対し、あまり寛大にはなれないという事です……3秒、時間をあげましょう。その間に立ち去って下さい。3、2、1」
 0、とダグがカウントを終えると同時に、建物の陰から男たちがユラリと歩み出て来た。刃物や棒を手にした男が、合計5名。
 その全員が、姿を現しながら倒れた。痙攣し、肌を不気味な色に染めながら、動かなくなってゆく。
「ここなら、死体がいくつか転がっていても騒ぎになる事はありません……貴方のおっしゃる通りですね、伯父上」
 社長……ダグの母親の兄でもあるインド人が、今度こそ本当に怯えて青ざめた。
 母方の実家、という縁で業務提携をしているわけではない。
 インドで何か商売をしようと思ったら、まずはこの一族と繋がっておかなければ何も出来ないのである。
 それほどまでに、この一族は、インド経済の奥深くまで根を張っている。
「な……何だ、何をした貴様……」
「私だって、こんな恐い所に1人で来たりはしませんよ」
 空気を震わせるような、羽音が聞こえた。カサカサと、不吉な足音がした。
 蜂が飛んでいる。蜘蛛が、サソリが、建物の陰から這い出て来る。全て、猛毒を有する種類だ。
「私の親友たちですよ。喧嘩の弱い私を、よく助けてくれます。手加減が出来ないので、やたらと人を死なせてしまうのが玉に瑕でしょうかね」
 青ざめ硬直した伯父の身体を、蜘蛛とサソリが這い上って行く。
 蜂が、伯父の首筋に止まった。
「私の質問に答えて下さい、伯父上」
 ダグは言った。
「私の求める答えが得られたら、とりあえずは見て見ぬふりをして差し上げます……我が商会が投資したものを、貴方が御自分の懐に入れてしまわれた、今回の一件はね」
「……し……質問とは……?」
 首筋に毒針を突き付けられた伯父が、表情と声を引きつらせる。
 穏やかに、ダグは微笑みかけた。
「辛いお話です、和やかにいきましょう……十数年前、貴方の妹がイギリスで死にました。投身自殺、という事になっていますが、本当にそうだったのでしょうか?」
「し、知らん。イギリス人になど嫁いだ時点で、妹と我が一族の縁は切れているのだ。イギリスで何が起ころうと、私の知った事ではない」
 植民地時代よりもずっと昔から、このインドという国で勢力を持ち続けてきた一族である。その影響力は経済そして国政にまで及ぶ。
 ある時、1人の少女が、家出も同然にその一族を飛び出してタッカー商会の使用人となり、御曹司に見初められて結婚をした。
「貴方がたから見れば裏切り者……というわけです。違いますか?」
 伯父の眼前で、サソリの尻尾がキラリと針を光らせる。
「裏切り者には、どのような罰が下るのでしょうか?」
「妹は……あの愚かな娘はな、我が一族が決めた結婚に逆らい、英国人に身を売ったのだ! 汚らわしい侵略者である、英国人などに!」
 恐怖と憎悪が、伯父の絶叫に宿っている。
「インダス文明の時代より受け継がれし、我が一族の血統を! 名誉を! あの女は穢したのだぞ! 生かしておけると思うか!」
 絶叫と共に、伯父は血を吐いた。
 ダグの親友たちが手を下した、わけではない。
 伯父の体内で何かが潰れる音を、ダグは確かに聞いた。
「我が一族はな……20年近く前から、ある恐ろしい者たちと同盟を結んでいる……」
 苦しげに痙攣しながらも、伯父は言った。
「その者たちが、我らの依頼を受けて……お前の母親を呪殺し……今、タッカー商会につけ込まれる失態を犯した私を……粛清……」
 伯父の、頭の形が歪んだ。
「さ、さあ私は話したぞ。はっ早く私を助け、助けて、たたたたすけけけけけ」
 歪んだ頭が、破裂した。様々なものが、飛び散った。
 母と、同じような死に様である。
 遠隔魔術、あるいは超能力の類か。
 何にせよ、これほどの力を持つ超常能力者が属している「ある恐ろしい者たち」というのが何者であるのか、ダグには心当たりのようなものが無くはなかった。
「虚無の境界……」
「失礼いたします、お坊ちゃま……いえ、ダグラス様」
 初老の英国紳士が、いつの間にかそこに立っていた。
 タッカー商会本家の使用人で、ダグ個人の執事とも言える人物である。
「お客様……フェイト様、でしたか。たった今、ご到着なさいました」
「まずは、くつろいでもらって下さい」
 懐かしさが口調に出るのを、ダグは止められなかった。
「このところ、お仕事詰めだったと聞きます。食事より睡眠をお望みかも知れません。何であれ、ご希望を叶えて差し上げるように」
「かしこまりました」
「精一杯、バカンスを楽しんでもらいましょう」
 その後で、働いてもらう。いくらか恩を売っておけば、彼は頼まなくとも働き蟻になってくれる。
 超常能力者との戦いとなれば、彼の力はどうしても必要だ。
「……嫌なものを見せる事になるでしょうね、フェイトさんには」
 伯父の屍を見下ろし、ダグは呟いた。
 別に、執事に話しかけたわけではない。独り言である。
「差別主義者は、欧米人だけではないという事……私も、すっかり忘れていましたよ」
 独り言が、震えた。
「この国が……カーストの本場であるという事も」
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小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年12月13日

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