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『かくも緩やかな日々 』
桝本 侑吾ja8758

 ――ああ……ちょっと、まずいかもなあ。
 冬のある日。自室の炬燵でくつろいでいた桝本 侑吾(ja8758)の脳裏に、警告の黄ランプがともる。ちょっとのんびりしすぎかも、と。
 ただでさえ、日常は低めに設定されがちな彼のやる気ボリュームは今、ゆっくりと下降の一途をたどっており、零の位置へと近づきつつあった。そこまでたどり着いてしまえば完全に、電源OFF、だ。
 少々だらけているくらいならば問題はないのだが、スイッチが完全にOFFになってしまうのはまずい。本当に何もしなくなってしまう。この場合の「何もしない」は、勉強や遊びといった、何かしらの成果物や充実感を一切作らない、と言う意味ではない。彼の場合、言葉通り「何もしない」のだ。食事はおろか、睡眠すら放棄してただ「ぼんやりと」し続けることになる。
 そうした前科を抱える彼だから、今この状態をまずいなーと思う気持ちはあった。だが、気持ちだけだ。炬燵のぬくもりと、特に急いで何もすることはない、という事実が甘美に怠惰への誘惑を囁き続ける。彼の頭はぴったりと炬燵の天板へとはりつき動く様子はなく、視線は既に焦点を失いかけており、思考は白霧に紛れたかのようにあやふやになっていく。
 ああ……まずい……かも。
 いやでも……もう、どうでも、いい、かな……。
 陥落寸前。
 かくして彼の一日は、圧倒的かつ容赦のない空白に塗りつぶされる――
「うわぁ!?」
 そこで彼は引き剥がすように慌てて炬燵から頭を上げた。土俵際まで来ていた理性と誘惑の戦いに、辛くも大逆転勝利を遂げた……わけではない。彼がそれを為し得たのは純粋に驚きの為だった。
 炬燵の天板が小さく震えている。ほぼ一体化するがごとく耳と頭を密着させていたためにいきなり脳を揺さぶられる羽目になった。一体何事だ、と見回せば、……何のことはない、炬燵に置いておいた電話が震えていた。メロディとバイブレーションが、着信を告げている。発信者として表示されているのは、百々 清世(ja3082)。
「……もしもし?」
 応対する第一声は、少し低い声になった。これだけ驚かされたのだ、まともな用事であってほしい――
『ごめー、間違えたー……』
 期待に対して返ってきた答えは、予想を超えてどうしようもなかった。間違えたってなんだよ、と事情を聞けばなるほど、完全にスマートフォンの誤操作だ。
『……んけど、あー、そだ、お前暇? 俺暇、遊ぶ?』
 そういうことならじゃあ切るぞ、と侑吾が返す前に、ふと思いついたかのように――と言うか、本当にただ思いついただけなんだろう、多分――清世が尋ねてくる。
「まあ、暇かと言われれば、暇だが」
『おーし、じゃあ今から行くからよろしくー。酒買ってくねー。あ、なんか食べたい』
 何気なく前半の質問に答えただけなのに、後者までなし崩しにOKということにされた。
 おい? と思ったが、すでに電話は切れている。なら、かけ直して断るのか、と考えると……。
「まぁ、いいけど」
 手間を考えるより流されてしまった方が楽だった。
 さて、それじゃあ、何か作っておくか。よっこらしょ、と、炬燵から立ち上がる。
 ……ふとそこで、切れかかる寸前だったやる気が、料理が出来るくらいまでにはあっけなく回復していることに気がついた。
 ある意味でこれは、窮地を救われたことになるんだろうか?
 ……だとしても感謝の必要はないだろう。本当にただの偶然なのだろうから。



 で、何を作ろうか。何気なく外の気温を確認して、改まって食材を調達しにいくという選択肢は即座に消えた。どうせ、気合い入れてもてなすような相手じゃない。あるもので適当に作ればいいだろう。
「お、焼豚あんじゃん。これ使うか」
 ざっと材料を確認した結果、炒飯を作ることにした。男二人だ、手っ取り早く腹にたまるものがいい。
 食べごたえを出すために、焼き豚はゴロゴロと角切りに。先に肉だけ焼いて焼き目を入れて、香りを引き立たせる。ネギも香りを立たせたら、食感を失わない程度にささっと。その他少しの野菜といった、全ての具材を軽く炒め終わったら、あらかじめ卵を絡めておいたご飯を投入。均等に具材と混ぜ合わせ固まりにならないように、フライパンを振りながら素早く炒めておく。味付けは焼き豚となじみやすいように、いつもの調味料に加えて焼き豚のタレを一回し。
 といった手順を、特に気負うことなく適当に、慣れた動作と言った風情で手早くこなしていく。
 盛りつけ、なんて上等なものじゃない、ひとまず大皿にざざっとフライパンから移してそれで完了。こんなもんでいいやと、寮の台所から自室に戻る。
 それからしばらくして、来客を告げる呼び鈴が鳴っ……。
「まっすん速く開けて寒い! 凍死する!」
 それは、ぴんぽーん、などと言う、お気楽な生易しい呼び音ではなかった。ピンポンピンポンピンポンと絶え間のない連打。に、負けない切羽詰まった声。
 煩い。
 近所迷惑、と言うか侑吾にも迷惑である。
「凍死って、それなら来るまでに凍死してるんじゃないのか? ……っておあっ!」
 呆れながらドアを開けると、弾けるように清世が飛び出してくる。挨拶もそこそこに、炬燵の中へと直行。
「はー……ぬくぬくー……。生き返ったー……」
 侑吾が我に返った時すでに、清世は炬燵の中で至福の表情を浮かべていた。怒る気力もタイミングも失せる。
「飯なにー?」
 問い掛けに炒飯を運んでくると、清世はいそいそと買ってきたものをテーブルに並べていた。チューハイ缶が何本かと、つまみの菓子。まあ、そんなところだろう。侑吾が作った炒飯を中心に、いかにも男同士の適当飲み、と言った風情の食卓が出来上がる。
「いっただっきまーす」
「ん。いただきます」
 清世が意気揚々と炒飯に手を出すのを皮切りに、侑吾もちょいちょいと酒と食べ物に手を伸ばし出す。
「おー、美味いねこの炒飯」
「美味い? 俺の好みにしか作ってないぞ?」
「そーなの? まっすん地味に料理上手くね? また作ってよー」
「まあ別にこの程度なら……ってか、この酒は奢りだよな? 飯の手間賃って事で」
 緩い調子でただ飲んで食ってるだけの二人の間に、その時だけ一瞬の緊張が走った。が、互いにここで険悪になるのは避けたいのか。
 清世がすぐに清算の動きを見せないのをいいことに、一旦この件は会話の流れでうやむやのまま棚上げされた。勿論侑吾としては、このまま誤魔化しきるつもり満々である。



 そうして、炒飯がなくなりかける頃。
 臨時飲み会会場は、早くもまったりモードが漂い始めていた。
 人心地ついて満足したらしい清世は、既に炬燵に潜り込んでゴロゴロとしながらスマートフォンを弄んでいる。
 ……何しにきたんだ。
 侑吾も、半ば手癖で自分のスマホを弄んでいるが、はっきり言ってこれだと一人でのんびりしている時とほとんど大差ない。違いと言えば。
「これ美味くね? なんか新商品」
 ポテチを齧りながら、清世。こんなふうに、飽きた頃合いに会話と言うほどでもない何かが挟まる程度。
 いいのかこれで。
 ……ま、いいか。
 思考したのは二秒ほど。あっさり侑吾は、深く気にしないで、漂う気だるさに身を任せることにした。
「そういや、こないだのデートでさー……」
 だから清世のこの話題も、そんな空気の中、さして考えがあるわけでなく何気なく出てきたものに過ぎなくて。
「……ん? いや待て。こないだ聞いてた子と違くないか?」
 適当に相槌を打っていた侑吾の疑問も、やはり何も考えずに浮かんだまま口にしたに過ぎない。
「こないだの子? えーと。どの子のことだろー……」
「誤解どころか心当たりが複数か。あれだ、この前聞いた話だと――」
「ああ、あの子か。あの子はうーん。ちょっとねえ。重たくなってきてさ。そ―ゆーのちょっとめんどいんだけど、って言ったら」
「振られたのか」
「ん? どっちだろ。んーまあ、それでもいいけど」
 よくよく話を聞けば、女の子と付き合って振られた、と言う、一般的な日本の大学生からすればそこそこにヘビィな話だろうというのに、至極軽い調子で清世は続ける。
 少なくとも日本の常識においてはろくでもないとされるだろう清世の交友関係に対して侑吾は――……何をすべきと、言うのだろう。
 眉をひそめて説教でもする? 
 大した効果はないだろう。時間をかけて清世にまともな道を説き、今彼が関わる女の子には責任を持って話を取りまとめでもしてやろうというのでなければ。
 それは、己の性格を考えれば笑えるくらいあり得ない妄想だった。そこまで他人に立ち入るような殊勝なたちじゃない。ならば、余計なことを言う義理も資格もない。
「そのうちいつか、刺されないように気をつけろよ」
 せいぜい、この程度の忠告を軽く言っておく程度でいいだろう。いつものように冷静に、侑吾はそう判断する。
 少し離れた位置から俯瞰する、その目線。
 当事者や関係者と言ったものから、とん、と一歩。
 下がって、付き離した、その位置から。
 だけど、その離れた距離の、向こう側においていった清世はといえば。
「あーうん、そうだねー」
 何に気付いたでも何を気にする風でもなく、やはりお気楽な口調で、そう応えてきて。

 ああ――……楽だな。
 何が何だか分からないうちに始まった飲み会で。
 今ようやくはっきりと、侑吾はそれを自覚した。
 仲がいいのかと言われると、よく分からない。だけど少なくとも、今目の前にいる相手と居るのは、楽だ。
 それでいいのか、俺も、彼も。そう思わないわけではないけれど。
 今はまだもう少し、この緩やかさに浸っていたい――



「……おい」
 買いたいものがあるから留守番頼む。そう言って出ていった侑吾が戻ってきた時、清世はものの見事に炬燵の中で夢の世界に捕えられていた。
「炬燵は風邪ひくぞ。先輩、暫く帰ってきてないし、そのベッド使っていいからそっちで寝ろ」
 ちなみに、先輩というのは清世の知り合いでもあるが、本当に使っていいかと言うと本人にこの時点で許可は取られていない。
「えー……ベッド行くのめんどい……まっすん運んでよー」
 呼びかけに、かろうじて意識は戻ったらしい清世が、だらしない声を上げる。
 運ぶ? 自分が清世を? ベッドまで抱え上げて?
 想像するだけで嫌な絵面だ。

 まあ、放置でいいよなと。ある種の信頼を持って侑吾はそう結論して。
 モラトリアム真っ盛りの大学生二人によるゆるゆるな飲み会は、こうしてグダグダの形で終わりを告げるのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8758 / 桝本 侑吾 / 男 / 22 / ルインズブレイド】
【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ぼんやり男子二人のゆるゆるな飲み会。その中で、設定から、お二人の関係性を膨らまさせていただきましたが、いかがだったでしょうか。ご不満でしたら、お気軽にお申し付けください。
で、その。大変申し訳ないのですが、コンビニ代の清算につきまして、プレイングに競合があり、どうするのかはこちらで判定いたしかねまして……。
結局、どうなったのかはこの後、お二人でご相談かご想像いただければと思います。
この度はご発注、ありがとうございました。
winF☆思い出と共にノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年12月13日

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