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『銀の鎖に繋ぐ約束 〜あなたからわたしへ 』
大狗 のとうja3056


●約束

 身を切るように冷たい風が吹き抜けていく。
 だが街は赤や緑、そして金銀の彩りに埋め尽くされ、どこか暖かく華やかな雰囲気に包まれていた。
 ショーウィンドウには白い塗料を雪の様に吹き付けて、絵や文字が浮かび上がる。
 大狗 のとうは棒つきキャンデーを片手に、窓を覗き込んだ。
 歩く人々が影絵のように窓に映る。どの顔もどこか優しげに見えた。
「うむうむ、クリスマスが近いとなんだか街が賑やかで楽しいのにゃ!」
 特に何か予定があって出てきた訳ではない。ここに来たのはほんの気まぐれ。
「さってと、何か面白いものでもないかにゃー……おん?」
 のとうは窓に映る見慣れた姿に、思わず振り向いた。
「レギじゃないか」
 車道を挟んで向こうの道を歩いていくのは花見月 レギだった。
「おーい、レギってば!」
 のとうの声に、長身の青年が足を止めてきょろきょろと辺りを見回す。

 素早く車道を横切り、ひょいとのとうはレギの正面に顔を出した。
「やあのと君。寒い、ね」
 ちょっとびっくりしたような顔でレギがのとうを見返す。
「にゃははは、君ってば、結構寒がりなんだな。もこもこしている」
 確かにレギの姿は、見事な着膨れだった。おまけにぐるぐる巻いたマフラーが顔を半分ほど覆っていて、見えているのはほとんど目だけというような有様だ。
「のと君は元気そうだ、ね」
 レギはそう言いながら、下げていた大きな紙袋を、のとうと歩くのに邪魔にならない側にさりげなく持ち替えた。
 その重そうな荷物をしげしげと眺め、のとうが呟く。
「すごい荷物だにゃー。そんなに買い込んでどうした? ……少し持とうか?」
「ふふ、大丈夫だよ、有難う。年末の買い出しに、ね」
 紙袋から覗くのは蕎麦にお餅に野菜色々。立派なネギまで突き出ている。
 ……レギがネギ。
 一瞬思いついたフレーズを、のとうは口に出す前に飲み込んだ。
 それを聞いたレギが気を悪くするとは思わない。それどころか、きっといつもの微笑みを浮かべてこう言うだろう。
『ふふ、のと君てば面白い、ね』
 悪意も曲解も無く本当に面白がるだろうレギを思うと何だかいたたまれなくて、却ってこういうことは言い難いのだ。
 でもなんだかちょっと面白い。のとうは少し下を向いて、こっそり奥歯を噛みしめる。

 突然、のとうの目の前にオレンジ色の丸い物が突き出された。
「にゃ? ……みかん、くれるの?」
「のと君、ご飯はちゃんと食べてる、か?」
 何故かレギは少し心配そうな様子で、のとうを見つめる。
 そしてのとうの顔越しに、手に持っているキャンディーも。
「勿論食べてるのな! 俺だって米ぐらい炊けるのぜ!」
 ご飯にふりかけがあればもうそれでいい。とは、流石に今言ったらマズイ気がする。
 それにしてもレギは、どうして俺の食生活の心配をするのだろう……?
 のとうは爽やかな香りを楽しむように掌の中でみかんを転がし、話題を変えた。
「そういや、クリスマスを過ぎたら大晦日まであとちょっとか。レギは帰郷しねーんだな」
 大量の買い出しの理由は当然そういうことだろう。
「ん? うん。年末も学園にいる、よ。元々俺には、帰った方が良い場所もないから」
 特に悲哀もなく拗ねた様子も感じさせない、さり気ない口調だった。
 それはもうレギにとって当たり前のことだったから、自分自身を憐れむつもりもない。ただ、変えようもない事実がそこにあるというだけだ。
「ふーん。俺も帰る気ねぇし、一緒だな!」
 のとうが笑いながらレギを見上げた。
 心友と思う相手だからこそ、必要以上に詮索することも無い。ただ『一緒だ』と言って笑う。
 そんなのとうだから、心に浮かんだことを気兼ねなく口にすることができるのだ。
 レギはマフラーの下で少しだけ口元を緩めた。そこで名案が浮かぶ。
「そうだ、のと君も学園なら、年末はうちでご飯を食べていくと、いい」
「ほえ?」
 その言葉に、のとうは僅かに首を傾げた。
「やぁ、嬉しいけど……お邪魔じゃね? いいのか?」
「勿論のと君さえ良ければ、だけど。歌合戦と初詣と、そしてお蕎麦だ」
「レギ、順番が変なのな」
「……そうかな? 色々だ、ね」
 今度はレギが首を傾げた。


●寄り道

 商店街には賑やかな音楽が流れ、クリスマスツリーやキャンドルの飾りがあちらこちらで揺れていた。
 あそこのは綺麗だ、あれはちょっぴり歪んでいるなどと、冷やかして見ているだけでも充分楽しい。
 ふと何事かを思いついたように、レギが足を止めた。
「そうだ。今から少し、付き合ってくれないか?」
 のとうも足を止めてレギの顔を見上げる。
「うん、いいけど。どっかいくのかにゃ」
「すぐそこ、だよ」
 そう言って、レギは商店街の切れ目から横道に入って行った。
 一つ角を曲がると表通りの喧騒は遠くなり、しっとりと落ち着いた佇まいの建物が続く。まるで一足飛びに別世界に迷い込んだみたいだった。
 弱い日差しを惜しむように塀に寝そべる猫や、窓辺を彩るポインセチアの小鉢を横目に、静かな路地を歩いて行く。
「ここだよ」
 暫く進んだところでようやくレギが立ち止まった。
 見上げると、金属製の飾り看板が壁から控え目に突き出ている。その下には程良く古びた扉。レギが取っ手に手をかけると、僅かに軋む音を立てて扉が開く。それにつれて控え目なドアベルの音が響いた。
 覗き込んだ仄暗い店内は、まるで不思議の国のようだった。
「うわ……すげえのな……!」
 そこは時計の専門店だった。
 のとうは壁から棚までずらりと並んだ、それぞれに趣の異なる機械仕掛けの時計に目を見張る。
 店内に満ちるのは、年輪を刻んだ木材の醸し出す少し古めかしい匂い。そして沢山の針が時を刻む音。クオーツ時計よりも早い、けれどどこか人の温もりを思わせる音が、静寂を一層深くしているように思えた。
(まだこんな時計を売ってる店があるのな!)
 瞳をキラキラさせて、のとうは一つ一つの時計を眺めて回る。
(……それにしても、レギは良くこんな店を知ってるにゃー)
 のとうの知らないことを、レギはときどき手品のように披露してくれるのだ。

 奥の作業台にいた店主が顔を上げ、レギに親しげな笑みを見せた。
「いらっしゃい、お待ちしておりましたよ」
「少し見せて頂いても、いいですか」
 レギは店主が置き台に乗せた物を取り上げ、のとうを呼ぶ。
「どちらが、いいかな。のと君の意見を、聞きたくて、ね」
「うにゃ?」
 レギが手にしていたのは、二種類の銀の鎖だった。繊細でありながらしっかりした細工の鎖は、それぞれ少し編み方が違う。店内の弱い灯りを受けて輝く鎖は、どこか神秘的でさえあった。
「うーん、そうだなあ」
 のとうは真剣な表情で考え込む。どちらもとても素敵なのだ。成程、レギが決めかねる訳だ。
 その間にレギは愛用の懐中時計を受け取った。手にしっくりと馴染む時計は調整を施され、軽やかに時を刻む。 
 レギが大事そうに時計を仕舞い込んだところで、のとうが声をかけた。
「うーん、迷うけど。こっちかにゃあ」
「うん、じゃあこっちに決めようか、な」
 のとうが指さした鎖を、頷きながらレギは手に取った。
「これを、つけて置きたくて、ね」
 上着のポケットから大事そうに取り出した物を掌に乗せ、のとうに見せる。
 それは深い蒼色の石をあしらったピアスだった。
「あれ、これって……」
 もちろん覚えている。少し前にのとうがプレゼントした物なのだから。
 レギの瞳の色に似合う、海の中から見上げた空の蒼。これだと思える色の物が見つかるまで探し回ったのだから、見間違えようがない。
「落とすと大変だから、ね。つけていないときは、こうして持っていようと思うん、だ」
 レギは銀の鎖にピアスを通した。
「うんうん、ネックレスにしても絶対似合うのにゃ!」
 のとうが嬉しそうに笑う。
「有難う。そして、こっちは……」
 レギが振り向くと、意味ありげに目を細めた店主が、そっと台の上に可愛いリボンで飾られた包みを置いた。
 受け取ったレギは、悪戯っぽく笑いながらのとうの手を取り上げ、包みをちょこんと乗せる。
「君に贈るよ」
「うん? お……? え、何、俺にくれるの?」
 のとうは大きく目を見開くと、次に数回瞬きした。それから自分の手の中の包みとレギの顔を交互に見遣る。
「うん。気に入ると、いいんだけど。家につくまで、楽しみに、ね」
 のとうを見つめる蒼い瞳が、嬉しくてたまらないと言いたげに輝いていた。


●メリー・クリスマス

 店主に見送られ、店を後にする。
 路地を歩くのとうの目には、今度は猫も鉢植えも映らない。
(俺ってば何にも用意してねぇのにゃ……)
 手の中にすっぽり収まる包みの中身は、まだ見ていない。でもレギが選んだ物なのだから、きっと素敵な物に決まっているのだ。
 家まで秘密だと言われたけれど、中身が気になって仕方がない。
 そっと窺うと、レギはやっぱり目を細めてこちらを見ていた。
 いつも他人を気遣い、遠慮がちに手を差し伸べるレギ。いつも自分のことは後回しで。
 レギの顔には今、悪戯小僧が仕掛けを確かめるような笑みが浮かぶ。その珍しい表情にのとうは少し不思議な気持ちになった。
(……そういや、君と出会って一年が過ぎたのな)
 出会った頃には、こんな表情を知らなかった。
 いつも優しい微笑を浮かべ、声を荒げることも無い。ひっそりと静かな佇まいの青年だった。
 賑やかでいつも動き回っているようなのとうとは、一見対照的だ。
 それがいつの間にかこんなに近くに居る。近いというのは、心の距離だ。
 色々な物を一緒に見て、色々なことを話して。お互いの邪魔になる程ベタベタしないけれど、離れているときにも心は傍にあるような、不思議な距離感。
 そんなに近くに居るレギなのに。
(君は近くにいるけど、まだまだ知らない事だらけだな!)
 どうやら彼は、まだまだポケットに色んな物を隠し持っているようだ。

「レギ」
 黙って歩いていたのとうが、不意に名を呼んだ。
「何かな?」
 顔を向けると、吸い込まれそうなほど澄んだ黒い瞳がレギを見上げていた。
「……お返しは必ずするのにゃ。忘れた頃にでも送るから、君も吃驚するといいっ」
 のとうは包みを持った片手を胸元に、残る片手を拳に握って軽く突き出した。
 その拳を、レギは掌でしっかり受け止める。
「うん、判った。楽しみにしている。……でも大事なことを、忘れていた、よ」
「大事なこと?」
 きょとんとしたのとうに、レギの笑顔がこぼれた。
「メリー・クリスマス、のと君。少し早いけれど」
 のとうの顔がぱっと輝く。
「うん、メリー・クリスマスなのな、レギ!」
 やっといつもの明るい声が飛び出した。


 新しい年も、来年のクリスマスも、そしてその次のクリスマスも、ずっとずっとこんな風に迎えよう。
 途切れることのない時の鎖に、素敵な驚きと新しい発見を繋げて行こう。
 あなたの笑顔に約束する、メリー・クリスマス。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 19 / 黒曜石の心友】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 27 / 深蒼石の心友】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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メリー・クリスマス! またのご依頼、誠に有難うございます。
今回も素敵なメッセージをいただきまして、大変光栄です。
お二人の間に日々積み重なっていく思い出を綴らせていただけて、私の方こそいつも楽しませていただいております。
ちょっと今回は遊びも入れさせていただきましたが、お気に召しましたら幸いです!

尚、最後の『メリー・クリスマス』の前半部分が、一緒にご依頼いただいたものと対になっております。
宜しければ併せてお楽しみくださいませ。
winF☆思い出と共にノベル -
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エリュシオン
2013年12月19日

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