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『深淵の無限図書館――構想、設計 』
海原・みなも1252)&仁科・雪久(NPC5319)

 強大な力、白竜への変身。
 それは海原・みなも (うなばら・みなも)にとっては決して身に馴染まないものではなかった。寧ろ……。
(この「力」を使ったときの感覚は、あたしの「力」を使ったときと似ている気がする……)
 みなもは胸元に抱えた奇書を見おろす。
 先日彼女はこの本に認められ、白竜の力を自在に使えるようになった。
 実際に変身してみて、みなもの直感は「力」はどこかもともと自身の持つ力と類似していると告げていた。
「白竜」にしても「黒犬」にしても、そしてみなも自身が所持する「水妖」としての力も。
「神力」や「妖力」と方向性は違うはずだが、どこか根本的な部分が一緒だという、そんな感覚。
 今の所根拠と言えるようなものは彼女の中では思いつかない。だが、直感を大事にしても良いはずだ。
 そして、みなもには今、頼れる人物が居る。眼鏡を掛けた中年男性。未だ躊躇いと遠慮を見せる彼女の背を彼――仁科・雪久は全力で押した。
「……仁科さんに相談してみようかな」
 午後の授業が終わるなり、みなもは本をかかえて教室を飛び出したのだった。

 古書肆淡雪へと飛び込んだみなもの前にはいつもどおりほんわり湯気を立てる湯飲みが置かれている。普段とちょっぴり違うのは、お茶菓子はまだ、という所だろうか。
「馴染みすぎてしまうのもある意味考えものかもしれないね」
 彼女の相談を聞き古書店店主雪久は暫くの間真剣な表情で何かを考え込み、そして改めて口を開いた。
「そうでしょうか?」
 なんでですか? と首を傾げるみなも。力が馴染めばそれだけ消耗も少なくなる。彼女にとっては使いやすくなる……という認識なわけだが、雪久はむぅ、と小さく唸った。
 彼らの前にはこれまた珍しい事に火鉢が置かれ、網の上にころんと小さく切られた切り餅が並べられている。香ばしい匂いと共に焼けてぷくーと膨れた餅を箸で摘み、砂糖醤油に付けようと雪久は苦闘中。とはいえ、彼がしかつめらしい表情をしているのは別に餅のせいというわけではない。
「……そうだなぁ。あまりに親和性が高いと……」
 つまみあげた餅は隣の餅とぺったりくっついてびよんと伸びた。
「……ね?」
 悪戦苦闘しながらも彼は餅を小皿に盛り、みなもへと差し出す。ありがとうございますと礼を告げつつみなもは受け取り、そして理解する。
 餅がくっついて伸びて剥がれないのと同じように、能力を使おうとして、イモヅル式に全部出てきてしまったら、それはとても困る。
 じゃあ、どうしたらいいんだろう? 貰った餅をむぐむぐ食べて、ごくんと飲み下しながらに彼女は懸命に対処方法を考えた。
「……じゃあ、それぞれ別々に保管とか出来たら大丈夫……でしょうか」
 一緒にまとめておいたら大変な事になりかねないなら、わけて置いたらきっと大丈夫。
「そうだね。……問題はどう分けるか、かな」
 何せすべての力はみなもの中にある。彼女自身がしっかりとイメージし、構築しなければうまくいかないだろう。
「イメージしやすいもの……」
 みなもは書店内を見渡す。既にこの頃では見慣れた風景。
 ふと脳内に閃くものがあり彼女は傍に置いておいた奇書へと目を落とす。
 ――本。
「あの、仁科さん! 本棚のカタチってどうでしょう!」
 きょとんとした顔の雪久へと、みなもは両手で奇書を掴み、押しつけるようにして主張する。
「もともとこれは『本』でしたし、あたしもこの古書店に何度も来て見慣れてきましたし……力を本のイメージに戻して、あたしの中に書庫をつくったらいいかなって……!」
「成る程、確かに見慣れたものならイメージはしやすいし、やりやすいかもしれないね。それと……私も今一つ思いついた事があるんだ」
 雪久はそう述べて奥にある事務机へ向かい、何かを持ってきた。
「これは、うちで販売している本の情報が載っている目録だよ」
 みっしりと書かれた本のタイトル。それらの情報。すべて雪久が作っているモノらしい。
「こうやって情報をまとめておけば、必要な時にいつでも情報が得られるもので、図書館なんかでも必ず作っておくモノなんだ」
 ぽん、と雪久が叩いた書類は、かなり分厚い。
「……ええと、あたしの中に『黒犬』の本とか『白竜』の本とかを収蔵して、その為の目録を作る……っていう事ですよね? ちょっと、大げさじゃないですか?」
 あまりの書類の分厚さにみなもの腰がちょっぴり引ける。同時に二冊しか無い『本』の為には大仰じゃないだろうかと。しかし雪久は真面目に応える。
「いや。みなもさんはこれからも新たな力を手にする事もあるだろうし。拡張性は大事だよ。それに……」
 ふと、彼は表情を緩める。
「最初は二冊だけでも、少しずつ集めて、自分だけの図書館を育てていけばいいんだ」
 その言葉と表情は、みなもには本が好きな人の思いがこもっているように思われた、らしい。

 ――そんなわけで。
「じゃあ、さっそく頑張りますっ!」
 数分後、みなもはとっても気合いが入っていた。
「やりかたは判るかな? 以前やったように、自分の心の中へと集中してみて」
 以前彼女が訪れた自身の心の中は、水の世界だった。あの場所へと再び向かえばいいのだ。こくり、と頷くみなもに雪久はふと思いだしたように告げる。
「恐らくみなもさんはほぼ無限の書庫を作り上げることが出来ると思う。だけど、あまり深い場所には近寄らない方がいい」
 雪久は「これは聞きかじりなんだけど」という前おきをした上で述べる。
「人の心は、みんな深い所で繋がっていると言うよ。だから、もしかすると……誰かの心と繋がってしまうかもしれない。優しい心ならまだ良いかもしれない。だけれど、もし悪い心だったら……」
 言葉に、みなもにも思い当たる記憶があった。
 あの本の世界で姫君達を脅かした宰相を模っていたモノ、悪心。
 それは「この世界より上位の場所よりやってきた」と語っていた。
 上位の場所というのが「物語が創造された場所」という意味だとしたら――。
「……気をつけます」
 表情を引き締めみなもが頷くと、雪久も頷き返す。
「それじゃあ始めよう。……君の心の世界に、君だけの図書館を作るんだ」
 彼の声がフェードアウトし、耳元でこぽり、と小さな音がした。
 目を開くと見覚えのある水の世界がどこまでも広がっている。どこからか射した光が揺らめく水面を遠くに映し出している。そして下方を見れば水底はほぼ見えない程に暗い。そして先ほどの音は時折浮いてくる泡によるものだったらしい。
 黒犬も、そして白竜の力もこの場所に存在している。姿こそ見えないが、力ははっきりと感じるのだ。
 ――いいかえれば、水に溶けこんでいる、とでもいうべきか。
(……たしかにお餅とは比較にならない……かも……)
 気をつけないと本当にべったりくっついちゃうかもしれない、という考えをみなもは慌てて振り払う。
 そして、真っ暗な下方はあまり意識しないようにして、目前の水の世界へと集中する。
(あたしの本棚は――)
 ――そして彼女の建築は始まったのだ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
小倉 澄知 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年12月24日

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