『やわく、満ちて 』

宇田川　千鶴（ja1613）

　今宵は煌めく粉雪が降る聖夜。
　ここは人里離れた並木道。二つの人影がそこにはあって。
　側を大きな河が緩やかに流れ、凪いだ水面には外灯の明かりがゆらゆらと映り込んでいる。

「お久しぶりでございますね」
　出迎えた執事姿の青年は、優美に笑んだ。
　碧灰色の髪に細い銀縁眼鏡。こちらに向けられたまなざしも、以前と何ら変わりない。
「それでは、参りましょう」
　かつん、と足音を鳴らし。二人をエスコートしながら、大理石の床を歩み始める。
「ここに来るのも久しぶりやねぇ」
　周囲を見渡しながらながら、宇田川千鶴は呟いた。
　驚くほどに高い天井、漆喰で塗り固められた壁。幻想的ですらある、淡い灯りに照らされた廊下。
　あの時と、何もかも同じで。
「ええ、そうですね」
　隣に並ぶ石田神楽が、静かに微笑む。ワインレッドのドレスを身につけた千鶴を見て、うなずきながら。
「やっぱりそのドレス、千鶴さんによく似合っています」
「おおきに。神楽さんもな」
　黒のフォーマルスーツは、前と同じ。けれど一つだけ違うのは――
「使ってくれてるんやね、ネクタイピン」
　神楽の胸元で艶を放つ黒曜石を見て、千鶴は微笑む。今年のバレンタインに自分がプレゼントしたものだ。
「もちろんですよ。私はどうも、こうした小物を選んだりするのが苦手ですし……」
　神楽は胸元に視線を落とすと、タイピンをそっと一撫でする。そして再び振り向くと、にっこりと。
「何より気に入ってますから。大切にしています」
「……そう言われるとなんか照れるな」
　神楽の時折現れるこうした物言いは、千鶴をどぎまぎさせてしまう。普段は見せないふいうちも、こんな夜だからこそ。

●穏

「それでは、今宵もごゆっくりお過ごし下さい」
　案内役の執事に礼を言い、二人は運ばれてきたワインで乾杯をする。
「やっぱりここのワインは美味しいな」
　グラスを手にほうとため息を吐く千鶴を、神楽はじっと見つめている。
「……どうしたん？」
「いえ、何でもありません」
　不思議そうな千鶴に笑んで見せると、神楽は流れる音楽に耳を傾ける。
　室内に流れるのは華やかなクリスマスソングでは無く、ジャズアレンジされたもののようだ。ゆったりとしたリズムとテナーサックスの音色が、心地よく響く。
「久しぶりですね。こうして二人で食事をするのは」
「そうやね……普段はなかなかそんな余裕も無いし」
　息つく暇も無いほどに、戦いに追われる日々。そんな自分たちにとって、たっぷりと時間を使って食事を味わえるのは、いつだって特別で。
「そう言えば前に来た時に話したのは、進路のことやったね」
　なかなか聞く機会の無かった将来のこと。神楽の想いを初めて知ったのもこの時だった。
　少し前に終わった進級試験を思い返しながら。
「神楽さん結局五年生になったんやね」
「大学院生、と言うことにしてください。大学部五年生というのは違和感有りまして」
　苦笑する神楽に、千鶴もつい笑いながら。
「あ、院生やね。了解」
　結果的に神楽は大学部に残ることになった。卒業してフリーの撃退士か一般人に戻るかを考えていた彼が残ったのには、何か考えがあってのことなのだろう。

　――ま、でも。
　千鶴は内心でこっそり思う。
（こっちとしては良かったかな。まだしばらく……）
　一緒にいられる。
　そのことで、どこかでほっとしてしまう自分がいるのも確かで。
（おかしな話やな。それで年の差が埋められる訳やないのに）
　よぎるのは置いて行かれる心細さと、先が見えない焦燥感。自身の中に根付く感情に、こういう時嫌でも気付かされてしまう。

「でもまぁ」

　耳に届く神楽の声に、視線を上げる。神楽はにこにこと普段の微笑をたずさえたまま。
「私が先に卒業するよりは、千鶴さんが卒業するまで居座るのも悪くないかもしれませんね」
「……どうしてそう思うん？」
　問われた神楽はほんの少し考える素振りを見せながら。
「そうですねぇ。まだ自分はここ（学園）でやり残したことがある……と言うのもありますが」
　手にしたグラスをそっと飲み干す。
「何より、千鶴さんの側にいられますからね」
　当たり前のように答える神楽に、一瞬言葉を失う。
「わ、私のことなら気にせんでええんよ。神楽さんは神楽さんのやりたいことを……」
「やっていますよ。だから学園に残ることにしたのですから」
　恋人であり、戦友であり、親友である彼女と共に。そう願うのは、神楽自身にとってもそれが必要だと感じているから。
　神楽は窓の外に視線を向けると、独り言のように呟く。
「私は千鶴さんと同じスタート地点に立って、そこから同じ景色を見てみたいのかもしれません」
「同じ……景色？」
「ええ。それはきっと、今よりずっと鮮烈に見えるのでは無いか。そんなことを、時々考えるようになりました」
　千鶴は彼が言ったことを考えてみる。
　神楽と並び立った場所から臨む景色は、いつもと違って見えるのだろうか。今の自分にはわからない。けれど想像すると、少し胸が躍るのも確かで。
「……見てみたいな。私が言える立場やないかもしれんけど」
「そんなことはありません。いつか必ず――」
　貴女と共に。
　外の雪は、先程よりも幾分穏やかになっていた。

●緩

　キャンドルライトの灯りが揺らめく中、二人はのんびりと食事を楽しんだ。
　静かなジャズの合間に、暖炉の火がぱちぱちと音を立てる。
　外の雪は相変わらず降り続いていて。
　食後に出されたのは、敢えてナイフを入れていない小さなクリスマスケーキ。
　二人で取り分けながら、ジングルベルを口ずさんでみたりして。
「こうやって、今年のクリスマスも一緒に穏やかに過ごせて良かったわ」
「そうですね。お互い相も変わらず危険な依頼にもいきますからね。こうした時間は貴重です」
　神楽はそう言った後、千鶴の顔を再びじっと見つめ。
「千鶴さんが楽しそうでよかった」
「え？」
「いえ。来年もまたこうして穏やかな時間を過ごしましょう」
　そう言って微笑む神楽を見て、千鶴はようやく気付く。
　ああ、そうか。
（神楽さん……何も言わず待っていてくれてたんやな）
　どこか気持ちの余裕が無かった自分に、神楽は気付いていて。知らずうちに心がゆるむのを、見守ってくれていたのだ。
「……やっぱり、なかなか敵わんな」
「何か言いましたか？」
「ううん。ええんや」
　不思議そうな神楽に向けて、かぶりを振る。
　――敵わないのなら、それもええんかもしれん。
　そう素直に思えるのは、そのままの自分を神楽が受け入れてくれると知っているからだろう。
　だから自分も。
「ずっと、そのままの神楽さんでいてな」
　いつだって、自分も受け入れるから。

　食事が終わり、姿を見せたのは先程の執事。
「今宵も楽しんでいただけましたか」
「ええ。今回も素敵な時間を過ごせました」
　礼を言う二人に青年は微笑んでみせ。以前と同じ言葉を口にする。
「最後に、私からお二人に質問がございます」
　半ば予測していたのだろう。千鶴と神楽は顔を見合わせてから、うなずき返す。

「最初にお越し頂いたときに伺った答え。それは今でも変わりませんか」

　あの時問われた「二人を結びつけるもの」。互いの答えは共に『信頼』だった。
「ええ、変わりません」
　最初に答えたのは神楽だった。何も言わず続きを待つ執事に向け、少しだけ説明を加える。
「信用、つまり信じて用いるのではなく、信じて頼る。だからこそ私たちは結びついていられるのだと思います」
　ちらりと向けられた視線に、千鶴も微笑み。
「大丈夫、答えは私も一緒やわ。今も昔もこれから先も変わらずね」
　互いに信じ合い、頼り合えるから共に在れる。簡単なことだけれど、とても尊いことだと知っているから。
「肩を並べて日常に居座り、戦場に立てる。嬉しいことです」
　神楽の言葉に青年は頷いてみせる。その様子を見ていた千鶴が、おもむろに切り出す。

「なぁ、執事さん。質問し返してもえぇ？」

　聞いた青年は意外そうに、けれどどこか楽しそうに瞳を細め。
「ええ。何でしょうか」
「貴方と大事なものがあるなら、それを結びつけるんは何？」
　問われた執事は、一旦考え込むように沈黙する。
　答えを待つ千鶴の瞳に宿る微かな好奇心に気付き、神楽はおやと思う。それと同時に、自身も返ってくる回答に興味を覚えつつ。

「そうですね……『興味』でしょうか」

「……それはまた、面白い答えやね」
　千鶴の反応に、青年は優美に口元をほころばせる。
「相手を知りたいという欲求が、『特別』の根拠だと思っていますので」
　それは繋がりと言うにはあまりにも根源的で。神楽は頷きながらも、告げる。
「ではその質問に答えられた貴方は、そこにいる意味を見出したのでしょうね」
「そうですね。だからこうして、問いかけているのです」
　聞いていた千鶴はやや面食らうと同時、ほんの少し羨ましくも思う。なぜならこの青年は、自らの欲求に何の躊躇も無く忠実であるから。
（普通はそうはいかんもんなあ）
　聞きたくても、聞けない。伝えくても、なかなか届かない。
　皆そんな思いを抱えながら、進んだり戻ったりを繰り返していると言うのに。
「どうしました？　千鶴さん」
　不思議そうな神楽に、首を傾げながら。
「うん、なんかあれやね。色んな人がおるんやなあ……って思って」
　すると青年は、とても愉快そうに。
「ええ。だから面白いのです」
　まるで子供のように無邪気な肯定。聞いた千鶴もつられて何だかおかしくなる。
「そうやね、その通りや」
　微笑む青年に対し、素直に伝えるのは感謝の言葉。
「答えてくれて、おおきにね。楽しかったわ」
「こちらこそ、有意義なひとときをありがとうございました」
　見送られながら外に足を踏み出すと、そこは一面の雪景色だった。

●満

　帰り道。
　少し歩きたいという千鶴の希望を汲み、二人は新雪が降り積もる並木道をゆっくりとしたペースで歩む。
「すっかり積もってしもたなあ」
　新雪に足跡を付けながら、千鶴が呟く。
「そうですね。見事なホワイトクリスマス……と言ったところでしょうか」
　星一つ見えない夜空を見上げながら、神楽も瞳を細める。
　漆黒の空から舞い落ちるのは、儚くて美しい白の結晶。
　聖夜を彩るには、少し色が足りないかもしれない。けれど自分たちには――

　これだけで、いい。

「そう言えば。先程の執事への質問ですが」
　神楽は思い出したように。
「千鶴さんが好奇心を他者に向けるのは、珍しいですね」
「そう？　誰かにとっての大事なものと繋がる糸をなんとなく聞いてみたかったんやけど……」
　言った後、千鶴は思い直したのか少し恥ずかしそうに。
「うん……そうやね。やっとなんか……人と話す余裕が出来たんかもしれん」
　ふわりと微笑んで。
「神楽さんのおかげやわ。ありがとうね」
「こちらこそ。素敵な夜をありがとうございました」

　恋人であり、戦友であり、親友であり、そして――大事な人。
　今は側にいられるのなら。

　聖夜の鐘の音が、遠くいつまでも鳴り響いていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号／ＰＣ名／性別／年齢／ジョブ／結】

【ja1613／宇田川　千鶴／女／２１／鬼道忍軍／信頼】
【ja4485／石田　神楽／男／２３／インフィルトレイター／信頼】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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グランメゾン『雪のひとひら』にようこそ。
穏やかさと少しの甘さと。そして幻想的な一夜をお過ごし頂けましたでしょうか。
執事からの二度目の質問と、予想外の質問返し。
大変楽しみながら書かせていただきました。

※尚、「穏」と「緩」の章に差分があります。

winF☆思い出と共にノベル

久生夕貴

エリュシオン

2013年12月24日