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『それは、0か1かの選択 』
綾鷹・郁8646)&藤田・あやこ(7061)&鍵屋・智子(NPCA031)

1.
 ドォォォーン!!
「右舷、被弾! 乗組員に負傷者が出た模様!」
「反撃しろ、綾鷹副長!」
 不意打ちの攻撃を喰らい、旗艦USSウォースパイト号は重大な損傷を負った。
「艦長!?」
 艦長・藤田(ふじた)あやこもまた、その被害を受けた1人であった。
 副長である綾鷹郁(あやたか・かおる)は艦長代理とともに、あやこを船医のいる病室まで運んだ。酷い怪我だった。
「しっかり! しっかりして!!」
 意識のないあやこに必死で郁は話しかける。応えて…!
 病室のベッドに移す。その刺激で、あやこは目を覚ました。
「うっ…ここは?」
「艦長!」
 郁は涙がこぼれそうになるのを堪えた。問題はここからだ。
「今船医を呼んでくる!」
「待って! …動かない…足が、動かない…」
「…え?」
 郁はあやこの言葉に顔面蒼白になって、船医を呼びに行く。
「…脊髄にダメージがあるわね。これ、触ってる感覚はあるかしら? …やっぱり無いのね。最悪…一生半身不随といったところね」
 鍵屋智子(かぎや・さとこ)船医は、あやこを見るとメガネをくいっとあげながら、そう言った。
「そ…んな!」
 郁が叫ぶと、それをあやこは制止した。
「郁…智子の診断に間違いがないのはわかっているでしょ? …娘の前で醜態をさらすわけにはいかない。郁、あなたに頼みがある」
 いつになく真面目な顔をしたあやこに、郁は嫌な予感がする。
「副長であり、戦友でもあるあなたに…エルフの慣習通り名誉の自害の介錯を頼みたいの」
 あやこの言葉が冷たく郁の心に沁みる。嫌だ。嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!
「船医! こっちに来て!」
 郁はあやこの頼みは聞かずに船医と艦長代理を研究室に連れ出した。
 他に…他に何か手があるはず! 死ぬなんて…そんなの…!!


2.
「…私も驚いたのだけど、あやこ艦長には2つ心臓があるわ」
 カルテを見ながら、智子は嬉しそうに言った。
「2つ!?」
「そう。これはとても幸運と言えるわね。道は残されているわ」
 智子は嬉しそうだった。それは狂喜と言っても過言ではないほどに。
「どんな方法があるの?」
 郁が訊くと、智子はにやりと笑う。
「治療法は2つ。死亡率7割の脊椎再生手術か…回復率6割で補助具を用いた安全なリハビリ。どちらかよ。もちろんどちらにも長所・短所があるわ。脊椎再生手術は成功すれば短期間での復帰が望める。対してリハビリは長期に渡っての努力が必要になる」
「そ、そんなのもちろん危険な手術よりリハビリの方がいいよ!」
 郁の即答に智子は面白くなさそうな顔をした。
「…私としては手術をお勧めするわ。脊損治療の臨床例ができるのだもの」
 そう言った智子のセリフは建前で、脊損治療に都合のよい玩具を前にただそれを試してみたいだけだ。
「………少し考えさせて………」
 郁はそう声を振り絞った。
「そう。いい返事を待っているわ。私は他の乗組員の怪我の具合を見てくるわ」
 智子は郁をその場に残して、他の乗組員が収容された倉庫へと足を向けた。
 武人たる艦長・あやこを誰より知る郁は人道との狭間で悩む。
 武人として戦えなくなること、それを世間に見られながら汚名にまみれて生きること。
 けれど、それは本当に必要なことなの?
 そんな郁の心を知ってか知らずか、艦長代理は一言だけ言った。
「障碍者の人生をあやこに押し付けるな」
 押し付ける…? あたしがあやこ艦長に生きていてほしいと思うことは押し付けなの…?
「死なせない…死なせはしない!」
 郁はそう強く言うと、立ち上がって智子の後を追った。

「ふっふがぁぁぁぁぁ!!!!!」
 倉庫から断末魔が聞こえた。野戦病院と化した倉庫は通路にもけが人が溢れていた。
 けれど、この悲鳴は…!?
 郁が急いで中に入ると小さな小瓶を持った智子が絶命した乗組員の前に立っていた。
 乗組員はピンクの泡を吹いて、息絶えていた。
「な、何を…?」
 郁の震える声に、智子は振り向きもせずに淡々と答える。
「新薬よ。未承認だけど、効果が出ている人も大勢いる薬。…この人には合わなかったみたいだけど、尊い死は無駄にしないわ」
「患者を…試すな! この人には待っている家族がいたのに。なんでこんなことを…!!」
 乗組員の亡骸の前で、智子は冷たい視線を郁に投げかける。
「貴女の家族がこの薬に縋る状態でも? 少しでも助かる方法が目の前にあるのに、みすみす死ぬのを待つの? 私はそんなことできやしないわ」
 智子の正論に、郁は返す言葉もなかった。

 とぼとぼと病室へ向かう郁の足は重い。
 途中、待合室に人影を見つけた。艦長の娘だ。確か、今日は運動会だったはずなのに…。
「郁さん!」
 娘は郁を見ると足早に近寄ってきた。体操着にブルマ姿。慌ててやってきたのだろう。
「ママに逢わせて! 私、ママ譲りの美脚でリレー1等取ったのに…なんでこんな…」
 今にも泣きそうな娘に郁は改めて思う。
 やっぱり、あたしは…。


3.
「貴女の慣習は馬鹿げてる。…皆を思いやれ!」
「郁! 艦長になんて口のきき方を!」
 艦長室に移動したあやこと艦長代理を前に、郁はあやこを叱った。
「君は…それでも親友か?」
 あやこは郁の言葉に訝しんだ。艦長代理も頷く。
「人命第一の人間流は妖精王国武人たる艦長に馴染まぬ。死なせてやれ!」
 郁はそれでも主張を曲げない。いや、曲げるものか。
「艦長がどうしても介錯を…というのであれば、筋を通すべきよ。…正式には、娘が介錯すべきだ!」
 あやこの顔が険しくなる。今のこの状態を見られたくないがための選択なのに…それを…それを…!
 開いた口がふさがらないあやこと艦長代理に、唐突に声がかけられた。
「死亡率7割の完全回復手術と回復率6割長期リハビリ、どちらかを選ぶといいわ」
 智子だった。相変わらず冷たい目をしていたが、どこか楽しそうにも見えた。
「6割回復? そんなのは回復とは言わない! 戦士生命は終わりだ!」
 あやこは喝破した。しかし、郁はそれに食らいつく。
「でも、治る可能性があるんだよ!?」
「うるさい!」
 あやこは動かぬ足で一歩を踏み出す。しかし、足に力が入らないので、そのまま転倒してしまった。
「醜態を晒すなら死を選ぶ…それが私の決めたことだ!」
 あやこの気迫に押されかけた時、艦長代理が静かに言った。
「生死を賭けた手術は武勇だ! …死ぬ覚悟がおありなら、死亡率7割にかけてみませんか?」
 それは、一か八かの大勝負だった。

 手術の用意が始まる。
「ママ!」
 ブルマ姿で剣を持ってあやこの病室へ駆け込もうとする娘を、郁は慌てて制止した。
「いいじゃない! なんで邪魔するの!」
 郁の手を振り切って、娘は病室へと入るとあやこの傍へ駆け寄った。
「よくお聞き…私は闘う。だから、あなたも闘うの。…困難にお耐え」
「ママ…!」
 娘はぽろぽろと涙を流しながらあやこにすがりつく。
「時間よ」
 智子の非常な声が聞こえ、母子は引き離された。
 麻酔が効く。あやこの意識は薄くなる。
「うふふ…楽しみね。成功させてみせるわ」
 智子の執刀が始まる。それは自信に満ちた手術のはずだった。
 …しかし…。


4.
 ドンッ!!
 あやこの体を電撃が走り、海老反る。
「ママ! ママ!!!」
 娘の泣き叫ぶ声が廊下にまで響き渡る。
 途中まで、何もかもが順調だったのに、どこから狂ったのか?
 あやこの心拍数が落ちるとともに、手術室には焦りの空気が走った。
 しかし、それはもうどうにもならないまでになっていた。
「ママ―――――!!」

 黒い列ができていた。
 菊の花の匂い。線香の匂い。
 沈む空気があやこに対する追悼の意を表している。
「ママ…ママぁ…」
 グスグスと泣く娘を、郁は抱きしめた。
 艦長の遺言だった。娘を郁に託すと。
 式はしめやかに執り行われ、誰もが悲しみに暮れる。
 棺に納められたあやこはエルフの慣習にのっとり、ブルマ姿で眠っている。
「どうか…安らかに…」
 出棺の時は近い。郁は涙がこぼれないように上を向いた。
 と。

「ウヲラッッシャーーーーーー!!」

 バキッ! と派手な音がして棺が内側から破壊された。
 いったい何が起こったのか!?
「ママ!」
「そ、そんな…!?」
 目の前に立ったのは、あやこ。ウォースパイト号艦長・藤田あやこ!
「ふむ。7割に勝ったのね…興味深いわ」
 智子は薄ら笑いを浮かべる。いやいや、そういう問題?
「ママ! ママ!」
「会いたかったわー!」
 ブルマ姿でトラックを駆ける藤田母&娘。その光景は異様。
 ぽかんとしていた郁だが、あやこがよろめいたので思わず駆け寄った。
 しかし、あやこはそれを制止した。
「いいのよ。…おいで」
 あやこは郁を制止しておいて、娘に甘えた。
 な、なんなの? この変な気持ちは…。
 喜びと嫉妬と…なんだかよくわからない気持ちが郁の中に膨れ上がり、涙となって流れていく。

 郁は複雑な胸の内を誰にも言わずに封印することにしたのだった…。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
三咲 都李 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年12月26日

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