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『天儀、神楽の都。冬の一日 』
リズレット(ic0804)

 ぼんやりと、天井を眺めていた。
 窓から差し込む、冬の傾いた日差しが、それでもゆっくりと昇って行くのを感じながら。
 気だるい手足を、寝具に投げ出したまま。
 ぼんやりと、天井を眺めていた。
 ――……ちょっと、疲れているのでしょうか……。
 しばらくボーっとしてから、やっと、それだけの事に気がつく。
 そうか、私、疲れているんですね。
 ふと思い返すと、お仕事に一生懸命で息抜きも余りできていませんでした……。
 ……。
 もう一度、目を閉じて、ゆっくりと考える。
 そうだ、今日は、休養の日にしましょう。今日の予定は、特にありませんし……。
 巷で美味しいと評判の甘味処……行ってみましょうか……。
 そう決めて、ゆっくりと起き上がる。

 冬。寒いけれど、風は穏やかで、柔らかな日差しが降り注ぐこの日。
 リズレット(ic0804)はこうして、神楽の都、その中心へと足を向けたのだった。



 とはいえ。
「わ……」
 その、噂に聞いていた甘味処。扉を開けて店内の様子を見るなり、リズレットは小さく声を上げていた。
 思った以上に混んでいる。混雑するような時間は外したつもりなのだけど、やはり、人気のお店に思い付きで立ち寄る、と言うのは少々無謀だっただろうか……。
「お客様一名様ですか? ……申し訳ありません、あとからご相席をお願いするかもしれませんが、それでもよろしければ」
「は、はい。すみません……」
 お願いされている立場なのはリズレットの方なのだが、何故か恐縮してぺこりと頭を下げて、案内された席に着く。」
 上質な紙に書かれた御品書を開くと、説明文に小さく添えられた可愛らしいイラスト一つ一つについ、目を奪われた。大分簡略化された絵なのだろうが、それでもどれもおいしそうだ。
「御注文お決まりですか?」
「あ、えっと、それでは……お奨めがありましたら、お願いします」
 結局、そんな注文になった。目移りして決められなさそう、と言うのもあったけど、せっかくだから……という気持ちもある。曖昧な注文に、店の人は嫌な顔一つせず、むしろ自信ありげな様子で「かしこまりました」と下がっていった。これは、期待していいのだろうか?
 そんな予感に胸を膨らませた、まさにその時。
「あ、ここ?」
 すぐそばで聞こえてきた声に、リズレットは顔を上げた。見れば長身の青年――ジャミール・ライル(ic0451)と言う名を知るのは、もう少し後だ――が、様子をうかがうように、傍らの店員とリズレットを交互に見ている。ああ、相席を頼みたい、とのことなのだろう。ぺこり、と頭を下げて、男性に着席を促す。真顔でこちらを見ていた青年の表情が、笑みに変わる。
 綺麗な笑みだな……と、思わず目を惹かれた。
 青年の顔立ちがかなり整った部類に入るだろう、と言うのもあるが。
 すっと引き締まった口元のラインが、柔らかな曲線に変わるその刹那。その動きが、とても綺麗だった。
 つい見入ってしまったせいで、同時に目の前の彼の特徴的な姿にも気付く。ここ、神楽の都ではあまり見かけない装い……アル=カマルの方だろうか。
 ……と、いけない。あんまりまじまじと見つめては失礼だろう。気付いて、リズレットは、不自然のないように、相手から意識を逸らす。そう言えば、甘味は何が出てくるのだろう。こういうところでゆっくりとするのは本当に久々だから楽しみ……。
 今度は、リズレットが向こうの視線を気にするはめになった。そわそわしていたのが出てしまっていただろうか? 穏やかな笑みをたたえたままこちらを見守るような視線に、やんわりと微笑み返す。
「お待たせいたしました。今月の新作甘味の盛り合わせになります」
 そこで、待ちわびていた茶菓子が運ばれてきた。
 開拓者の集う、神楽の都。その中で評判のこの店の品。その特徴はずばり、開拓者から得た知識をもとに、積極的に新たな技術を取り入れ融合させた菓子にあるという。
 大きな丸皿に綺麗に盛りつけられた複数の甘味は、この国の伝統をしっかりと受け継ぎながら、明らかによく知られたそれとは違う顔ものぞかせていた。
「いただきます」
 控えめに告げた開始の合図には、もう、隠しようの無い期待が零れ出てしまっている。
 一つ、一つ。丁寧に味わっていく。それは予想に反することのない、噂にたがわぬ、いやそれ以上の味わいだった。
 始めに食べた品はしっかりした、それでいてくどすぎない甘さともっちりとした食感の、伝統的な味わい。次の一品はさっぱりとした果物の風味が、ふんわりとした口どけで舌の上に広がっていく。こっちは? 独特の風味。何かのハーブだろうか。知らない味……だけど、嫌じゃない。
「……美味しそうに食べるねえ」
「――……!!?? は、あ。いえ、そのっ。ひ、久しぶりで、あのっ……すみません……」
「え? いや謝る必要なんて全然ないけど。いい顔だったよ? 見ててこっちが幸せになるくらい。……あーすいませんおねーさん。俺にもこの子と一緒のくださーい」
 夢中になって食べていたら、目の前の男性が、それで決めた、とばかりに店員に注文を告げていた。恥ずかしいやらどう思えばいいのやら。……でも、本当に美味しいから、損をさせることはない……と、思う。
 こうして相席したのも何かの縁だ。せっかくだから彼も気に入ってくれると、なんとなくだけど、嬉しいかな……。
「ところで君…どっかであった事無い? なぁんか、見た顔な気がするんだよねー……」
「え?」
 丁度いい会話のきっかけになったのだろう。問われてリズレットは、再び相手の顔をしっかりと見た。……言われてみれば、どこかで会ったのかもしれない。妙な既視感は確かにあった。ただ……はっきりとは思いだせない。見慣れぬ異国の人間だ。見たら忘れなさそうな気もするのだが……。
「ま、そんな深刻な顔で思い出さなくてもいいよ。いつか会ったことより、今日こうして会えたことの方が重要だし?」
「そうですか……? そう、かもしれませんね」
 本当にどこかで会っているのならば、思い出せないのはとても申し訳ない気がするのだけど。でも、向こうが気にしていないというのならば、あまり気に病むのも帰って気を使わせるだろうか。
 少し迷ったけど、結局、気さくに笑う相手と美味しいお菓子の前で、いつまでも悩んでいるのはもったいないと思った。丁度良く、彼の元にも注文した甘味が運ばれてきたので、互いに手を伸ばし始めて。そうして、気がつけば二人はごく自然に雑談を始めていた。
「そーいや、名前なんてゆーの? あ、俺はジャミールね、踊り子さんでーす」
「あ……リズレットと申します」
 なんて、気がつけば、自己紹介が後回しになっていたほどに。

「……あ」
 そうして、食べ進めていくさなか。思わず声を上げてしまった一品があった。
 間違いない。これは彼女の故郷、ジルベリアの材料と技術を使った品だ。
 完全に、彼女が知る味ではない。やはり、この国の人間になじみやすいようになのだろう、多少の変更が加えられてはいる。だけど……。
 懐かしい。
 故郷の味とは少し、違うけど。
 ううん? でも、どうしてだろう。むしろ、故郷の味がそのまま出てくるよりも、親しみを感じるような……。
 少し、ゆっくりと。
 時間をかけて、味わってみることにする。私はこの味に、何を感じているのだろう……――
 意識せず、脳裏に浮かびあがったのは、父と母の背中だった。
 地方領主の父と、猫系神威人の母。
 種族の違う二人の背中を、特に異質に思うことなく、ただ幸せに、その愛を疑うことなく育った。
 今なら、少しだけだけど分かる。そこに、二人のどれほどの努力があっただろうと。
 この地方伝統の菓子と、彼女の出身国の菓子。その融合はある意味、ただ故郷と言うそれ以上に自分の根源に近いのだ。
 遠く離れた地に来ても。
 私には、しっかりと、根付いているものがある。
 偶然にも再確認できたその事実が、ただ美味しいという以上に自分を癒していくのを感じた。
「ホント、幸せそうに食べるよねえー……」
「はい。……とても、美味しいです」
 また、不意に話しかけられて。今度は、とても穏やかな気持ちで、そう答えることが出来た。
 ……実際、とても幸せだったから。
 ああ、そうだ。
「いろんな味があって、とても美味しいですよね……ジャミールさんは、どれが一番おいしいと思いましたか?」
 ふと、聞いてみたくなった。この中にはアル=カマル風味のものもあるのだろうか。あるとすれば、彼が気に入るのはやはりそれだろうか?
「うーん?」
 何気ない問いに、彼はやはり、どこか優雅な動作で首をかしげて。暫く考えた後に、答えた。
「んー。どれが一番、て決めるものでもないかな。むしろ、色々あるなら、その違いを楽しむ系?」
「な……なるほど……そんな考え方がっ……」
 それも、とても素敵な考え方だと思った。……どれが一番、なんて、もしかして、とても子供っぽい質問だっただろうか。少し、恥ずかしくなる。
「……ちなみに、リズちゃんが一番気に入ったのってどれなの?」
「あ……えっと……それです……」
 聞き返されて、遠慮がちに、彼の皿にはまだ残っている一つを指差す。彼はそれを、はくり、と一口食べて。
「うん。いいね。これも美味しい」
 そう言って、にっこり笑ってくれたから。ほっとして、それから、やっぱりちょっと嬉しくて。
「君って甘いモン好きなの? んー……そだ、この後暇なら、このへんの美味しいお店案内しようかー」
「え? ええと、そうですね……甘いものは、大好きです」
 気がつけば、ほぼ初対面の異性のそんな申し出を、あまり抵抗なく受け入れてしまっていた。

 かくして本日は、偶然出会った二人の、甘いもの巡りの日となったのだった。



 故郷とは遠く離れた、忙しない日々に生まれた隙間の日に。
 たまにこんな素敵な出会いがあるから、何とかやっていけますと。
 ふと、故郷に続く空を見上げてリズレットは心で呟いていた。

 そんな、冬の一日の話。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0804 / リズレット / 女 / 14 / 砲術士】
【ic0451 / ジャミール・ライル / 男 / 24 / ジプシー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせいたしました。
甘味処で偶然出会った二人の話、ということで、そこからどのようにキャラクターと物語を紡いでいくか……
と、無い知恵を絞ったところ、このような形でまとめさせていただきました。
キャラクター描写について、ご不満な点がございましたら、遠慮なくお申し付けください。

この度は、ご発注ありがとうございました。
winF☆思い出と共にノベル -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年12月27日

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