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『メリー・メリー・クルシメマス? 〜魔女の残酷なお誘い 』
フレイヤja0715


●急な呼び出し

 身を切るように冷たい風が吹き抜けていく。
 だが赤に緑に金銀の彩りに埋め尽くされ、街はどこか暖かく華やかな雰囲気に包まれていた。
 それを見て歩く人々の顔も、どこか優しげに見えるのだ。
 そんな光景を脳裏に浮かび上がらせ、フレイヤは神経を集中する。
「黄昏の魔女が命ずる。世の矛盾に目を向けず、己の喜びに浸る者どもに報いを」
 顔は真剣そのものだが、言ってることがちょっと怪しい。
「光当たらぬ存在を踏みつけ、あまつさえその屍に胡坐をかく許されざる者ども。……クリスマスに浮かれるリア充共に隕石が降ってきます様にーーーー!」
 叫び声がむなしく部屋の壁に反響した。
 フレイヤはほっと息をつき、顔を上げる。
「……よし、とりまこれで毎年の恒例行事おわりっと」
 かなり物悲しい恒例行事だ。しかも未だかつて、カップルの上に隕石が降って来たというニュースも聞かない。どうやら呪詛についてはまだ力不足らしい。
 その分を補うという訳でもないが、この後例年ならば続きがある。電信柱の陰に潜み、通りかかるカップルに向かって呪詛の言葉を唱え続けるという大事な用事だ。
「ふふ……今年は私も忙しいのよ!」
 という訳で、ここから先は省略。今年のフレイヤは、ぼっちクリスマスではないのだ。
「何と今年はお姉ちゃんとクリスマスを過ごすのよ! やったねよしこちゃん!」
 もしこの言葉を聞いてる者がいたら、泣きそうである。
 だがフレイヤ、いやここは本名の良子と呼ぼう。良子が幸せならば、それでいいではないか。
「てーわけで、お姉ちゃんのためにプレゼント買って来よーっと」
 うきうきと準備を始めたフレイヤだが、そこではたと手を止める。
 クリスマスの浮かれた街に、ひとりで買い物というのもなかなか面白くない状況だ。
「そうだ、こんな時こそ彼を呼べばいいじゃない! さもん! ことぶこ!」
 魔女は召喚円陣を床に描く代わりに、携帯電話を取り出した。

 これが結局、呼び出しに一番早いのである。


●ポケットの中
 
 約束の場所で待っている寿に、フレイヤが駆け寄る。
「あっことぶこー! ちゃんと来てたわね!」
 待ちわびた相手の声だったが、寿はそう見せないように必死に取り繕った。
「ああ。ついさっきついたばっかりだけどな!」
 ずっと待ってなんかいませんよー? そんな精一杯の強がりで前髪を掻き上げてみたりして。
「あっそう。あ、これよろしくね。今年はおねーちゃんと一緒のクリスマスだから、プレゼントいっぱい用意しなくちゃなのよ!」
 フレイヤは寿の言葉をさらっと流すと、両手に持っていた大荷物を押しつけた。
「やっぱこーいう時に男手があると助かるのよね!」
 おねーちゃんへのプレゼントの買い出し。畜生、知ってた。知ってたとも。
 寧ろ予想通りの展開過ぎて、涙も出ない寿。
「これでゆっくり他のお店も見て回れるわー。……ちょっと、早く来なさいよ! 時間足りなくなっちゃうじゃない!」
 ゴスッ。
 荷物持ちの報酬は、避け切れないスピードで繰り出される腹パン。
「ぐほぉッ……!?」
 ……フレイヤ。あんた、世界を狙えるぜ。
 このフレーズがここまで似合う男も寿ぐらいだろう。
(ふ……これもコミュニケーションと思えば!)
 どうにかよろめきながら、フレイヤの後を追っっていく。

 ショッピングモールの通路は大混雑だった。
 街中では平和そうな人々の顔が、ここでは若干殺気立っている。プレゼントを探すのも、支払するのも、ラッピングを待つのも、この時期はいちいち時間がかかるからだ。
「あっあのマグカップ、すっごく可愛い!!」
 フレイヤはそんな人ごみの中にあっても、目敏く目的の物を見つけてはすいすいとすり抜けて行く。
「ちょ、黄昏様、待って……あ、すみません、すみません……!」
 だが後を追い掛ける寿は、大きな荷物を提げているので上手く人を避け切れない。
 荷物が当たる度に聞こえる舌打ちにいちいち謝りつつ、見え隠れするフレイヤの背中を追い掛ける。
 今はただ、めんどくさそうな人に当たらないように祈るのみだ。
 それでもフレイヤを眺めている時間は楽しかった。フレイヤはまるで花園を気まぐれに飛び回る蝶のように、ひらひらと店から店へ、棚から棚へと移っていく。
 そう、少なくとも頼れる「男手」としては認識されているのだ。それで寿はほんの少し、報われた気分になる。
 だが、ひとつ問題があった。
(どうしよう……いつ渡すんだ、これ)
 寿は上着のポケットの中に収まった小さな包みのことを考え続けていた。
 期待してはいなかった。
 それでも万が一。いやいや、億が一。クリスマスデートだったら、プレゼントぐらい用意しないわけにはいかない。ハハハ、あくまでも保険ですけどね! 念の為ですけどね!
 あ、でも、あんまり大きな箱だと渡すのに迷惑かも知れないし。
 かと言って、高い物は負担になるかもしれないな。それが理由で拒否されるのもお互いに気まずいだろ?
 でもちょっと自分で買うには贅沢感があって、しかも使って貰えそうな物で!
 ……寿は女子のつもりになって、品定めに奔走した。
 結果、見た目はちゃんと男子なのに、仕草や思考など妙に高い寿の女子力が一層上がってしまったのだが。
 その渾身のプレゼントを渡すタイミングがなかなか見つからないのだ。
(さり気なく渡す予定だったけど、コレ、完全に両手使えないよね!?)
 寿の足元が心なしかふらついているのは、疲労の為だけではなさそうだった。


●甘いひととき

 一通り目的の店を歩き回りさすがに少し疲れたのか、フレイヤが足を止めた。
「お腹もすいたわね、ちょっと休憩しましょ。あっちにクレープ屋さんがあるのだわ!」
 指さす方へ向かうと、店が見えるより先に甘い香りがふわりと漂い始めた。
「何がいいかしらねえ」
 メニューを眺めていたフレイヤは、確認しようと振り向く。
 寿は荷物を両脇に、立ち止まって屋根の向こうの見えない空を見上げていた。というか、白目になっていた。
(うーん、いいわ。荷物持ちを頑張って貰ったお礼に、ここは奢ってあげちゃおう)
 寿はものすごくいい奴なのだ。それは間違いない。
 急な呼び出しにもすぐにすっ飛んで来てくれる。
 見返りも求めず、こちらの頼んだことに従ってくれる。
 クリスマスの賑わいの中、一人ぼっちで買い物するのが寂しいなと思ったとき。真っ先に顔が浮かぶぐらいには、特別な男友達。
 何でも話せて、それを一生懸命に聞いてくれて。
 ……ちょっと自分はずるいのかな、とも思う。
 大切な言葉をくれたのに、OKの返事はずっと返せないでいるから。
 けれど少なくとも今の時点で、彼の望むことを叶えて上げることはできないのだ。
(あ、なんかちょっとムカついてきちゃった)
 色々考えていると、無性に寿の腹に拳を叩きこみたい気分になってくる。
「お待たせしました〜」
 だがそのもやっとした感情は、差し出されたクレープの前に吹き飛んだ。
 寿、命拾いである。

「ことぶこー! イチゴとバナナ、どっちがいい?」
 フレイヤは両手にクレープを持って、寿の前に現れた。
「どっちでもー」
 だが提げた紙袋だけではなく、その上の腕と身体の隙間にまで器用に荷物を詰め込んでいる寿は、手を出すことができない。
「……しょーがないわね、私が食べさせてあげるわ」
「えっ」
 突然、石になる寿。
 アーンきた! 正式名称なんていうのか知らないけど、とにかくアーンきた!!
 都市伝説だと思ってたけど、アーンは本当にあったんだ!
 俺ここで塩の柱になっても良いかもしれない!
 どうしよう、どれぐらい口開けたらいいんだ、これ。1センチか。2センチか。指2本分か。ツーフィンガーってやつか。
 勿論、この思考は恐るべき速さで脳内処理されている。
 だがフレイヤにとっては、顔を強張らせたまま動かなくなった寿が何を考えているのかまでは判らない。
 だから、クレープが嫌いなのかと思ったのだ。
「……食べないの? だったら私が食べちゃうけど」
 寿、思考の海から顔を出す。
「あ、いや、ちょ待って、食います食います! よしこ、俺、クレープ大好きだし!」
「そう? じゃあ口開けて」
 フレイヤがクリームが零れ落ちないように、クレープを注意深く差し出す。自然と距離は近付く。フレイヤの細い指がすぐ目の前にあった。
 寿はクレープの香りと共に、そのひとときを一生忘れることはないだろう。
「あ、ごめん」
 ぶしゃ。
 ちょっと手元が狂って、鼻がクリームに突っ込んだことも、含めて。


●薔薇の香り

 一日歩きまわって、ようやく買い物は完了する。
「ま、大体こんなものかしらね」
 フレイヤは大小様々な紙袋の中身を整理し、そこそこ持ちやすい状態に纏めようと試みる。
 寿はああでもない、こうでもないと荷物を広げては入れなおすフレイヤを、面白そうに眺めていた。
「よしこ、それ重い物の下になったら、皺になるぜ」
「ああっほんとなのだわ! やり直しー!」
「それ、この大きな紙袋の方が良くね? ほら貸せよ、割れ物は纏めた方が持ちやすいだろ?」
 なんだかんだ言いながら、相変わらず繊細な気配りを見せる寿。
 どうにか持てる状態になった所で、フレイヤが満足そうに荷物を提げた。
「ことぶこせんきゅー! んじゃまたね!」
 金のウェーブの髪が揺れ、青い瞳がキラキラ輝く。
 なんて残酷な、黄昏の魔女様。
「うんまたな。途中で転ぶんじゃねーぞ?」
「うっさいわね! 大丈夫なのよ!!」
 フレイヤが頬を紅潮させ、踵を返した。
 寿がちょっと複雑な表情で自分を見ているような気がしたが、それは多分きっと気のせい。


 そして帰宅。
「はー疲れた! さってと、ちょっと確かめておかなくちゃなのだわ!」
 フレイヤはそれを選んだ理由を思い返すように、一つ一つ袋から取り出した戦利品を部屋に広げていく。
 するとその中に、見覚えのない小さな包みがひとつあった。
「あら? ……こんなのどこで買ったのかしら」
 中から出てきたのは、薔薇の香りのハンドクリームだ。
 洒落たデザインの小壜の蓋を開け、フレイヤはその贅沢な香りを確かめる。
「どこかでおまけにくれたって訳でもなさそうね……?」
 それが何処で紛れ込んだのか。
 フレイヤにはちょっとわかったような気がした。
「カードぐらい入れておいたらいいのにね!」

 次に会った時、そう言って拳を抉り込むだろうフレイヤであった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0715 / フレイヤ / 女 / 21】
【ja2303 / 梅ヶ枝 寿 / 男 / 18】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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メリークリスマス! ちょっと遅くなりましたが、お買い物ノベルのお届けです。
男子を振り回す魔女様がとても素敵です。振り回される方はどうなのか、微妙なところかもしれませんが。
世界を狙えるパンチは以前にも書いた気がしますが、どうしてもイメージが合うように思えまして。ご容赦いただければ幸いです。
尚、冒頭部分は同時にご依頼いただいた分と対になっております。併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました!
winF☆思い出と共にノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年12月30日

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